当ブログが他の方の記事とシンクロすることがよくあります。

昨日でいえば、アンパンマンの作者のやなせたかし氏のインタビュー記事がありました。

まさしくその通りのことです。

「アンパンマンのマーチ」が今、大ブレーク中です。

歌詞の内容が非常に深いんですね。

ここには記しませんが気になる人は調べてみてください。

 

時折頂く「いろんな気づきをもらいました」というメールなどを拝見するにつけ、最近段々とこのブログもあまり必要なくなってきたなぁと感じます。

僕の中では少なくともこのホームページを隅々まで読むような方は全く心配いらないという確信があるからです。

ただ通り過ぎていくだけの方については、わかりません。

でもそのような人も含めてすべてが完璧に進行しつつある、というのはもはや疑いようのないことなのです。

早く人類が覚醒しないと2012年に間に合わない、と焦っている人も多いわけですが、僕のスタンスは

もう大丈夫!!

何があっても大丈夫!!

です。

 

ところが今の僕は思考の現実化が非常に速いので、そういうことを思うといきなりホームページを訪れる人が減り、読まれるページ数も減ってしまいます。

もう次の日には結果が出ています。

本来皆さんがこういうメッセージを必要としないことが正しいわけなんで、それはそれで結構なことなのですが、やはり僕としてはたくさんの人に読んでもらうことによって自分というもののの存在を確かめたかったりなんかするわけです。

そこで僕は意識の持ち方を変えることにより、僕が経験することも変えることにしました。

つまり、もう偉そうにメッセージを書くというよりも、読み物として楽しいものを皆さんに提供して喜んでいただく、そういうふうにしよう。

実際の書いている内容は変わらないかもしれませんが、まあこう考えると、「もう皆さんに必要なメッセージなんかない。皆さんはもう十分にあらゆることに気づいている」ということと、当ブログがこのまま続いていくことが矛盾しなくなるんですね。

 

今朝、妻と近くのコメダコーヒーまでモーニングを食べに行きました。

今、またしても読みなおしているマルロ・モーガンの「ミュータント・メッセージ」

僕が本棚からある本を手にするということは偶然ではあり得ないということを知っています。

そのタイミングでまた本を読み、必要なことをこのブログに載せることで誰かの心の栄養になるのだということを知っています。

そのコメダコーヒーで本を読みながら途中「永遠という時」について考えだしたその時、BGMで平原綾香さんのJupiterが流れました。

僕は店の高い天井までの空間を凝視しながら、その神の差配に感謝するのです。

他のお客さんの耳にも同じに届いているはずなのに、この違いはいったいなんだろう?

ワンネスとはなんだろう?とふと再考してしまうのです。

 

もし鏡がなければ・・・・

僕は自分の姿を自分で見ることができない。

すると僕は自分の姿を他人の目を通してでしか確認できない。

自分がどんな人間でどんな姿をしていてどんな匂いを発していて、、、、自分が何者であるのか?

それらは自分が何者かで在ることにより、他人を介して結局は自分に帰ってくる。

そこで自分自身を認識するのだ。

 

本日はすごく気持ちの良いお天気です。

昨年、「平城遷都1300年祭」が終わると同時に、奈良を訪れる人が激減しました。

今は「平城天平祭」という訳のわからんイベントをしていますが、GWに入りようやく観光客も戻って来た気がします。

それでも外国人の数は少ないですが。

さて、僕もしばらくしたら妻とどこかのお寺にでも散歩にでかけてこよう。

2011.5.4