A child is born ~子供がいるべき場所~

本日は子供の日ということで、それに相応しいお話をひとつ。

ずっとこのことを書くのを待っていました。

勘のいい人はすでにお気づきでしょうが、サイドメニューのこどもの心にある「12歳の決断~ある親子の物語~」は実は我が西塔家の話であり、登場する両親は僕と妻、Iちゃんとはまさしく長女の藍のことであります。

当時はタイムリー過ぎて自分のこととして書けなかったので、あえて友人の話として書きました。

 

昨年の3月、藍は近くの公立中学の入学準備のために、友達と一緒に学校に備品を取りに行く日まで約束していたのに、急に妻に「お母さん、わたし将来自給自足の生活がしたいから、中学に行っても時間の無駄やと思うし、どこかそんなとこ知らん?」と問うたのです。

「さあ、お母さんはそんなとこ知らんから、いっぺん為ちゃんに聞いてみたら?」

冷静に考えると、もうこの時点で普通の母親の対応じゃないですよね(笑)

一般的には「あんた何言うてんの!」と頭から反対するもんなんでしょう。

 

その後、藍はもし中学に行かなければお父さんとお母さんは恥ずかしい思いをするか、とか

将来社会人になってから差別されるか、といったことを聞いたようです。

妻は、「お父さんもお母さんもあんたが選んだことで恥ずかしいとは思わんから、そんなことは気にせんでええよ。小卒やということであんたをそういう目で見る人は見るやろうけど、きっと今後あんたが出会うような人はそんなことないんとちゃうかな」と言ったそうで、仮に藍が僕に聞いても同じように答えたでしょう。

さすが僕の嫁さんです。

 

サイドメニューの記事とダブるところはあるかもしれませんが、ここでも少し詳しく書いてみます。

早速、藍が為ちゃんに電話したところ「知ってる。ここやったら大丈夫というとこ知ってる」

結局ね、そういった自給自足を求めるコミュニティというのはいずれ宗教的になっていったり、仲間同士うまくいかなくなって、長年安定してやっているところというのは少ないらしいのです。

福井の山の中に東京から出てこられて28年、という人たちがいました。

今では地元の人たちともうまくやっておられます。

初老の男性一人(この方は昔東京で進学塾をなさっていました)、比較的年のいった女性二人、どちらかといえば若い女性二人の計五人の共同生活です。

昔の製材所を買い取って、そこで自給自足的生活をしておられます。

電気や水道は使うので、完全な自給自足ではありません。

ただ電気を使うといっても、昭和の30年代前半の使い方。

部屋に煌々と明るい電気がついているというふうではないのです。

トイレは当然汲み取りであり、それはすなわち肥やしになります。

ちなみにここのトイレ、全然臭くないんですよ。

まともなもの食べてると、出るものも臭わないようです。

そんな人たちをなぜか為ちゃん知ってるんですねぇ。

 

3月の連休に為ちゃんとキャンプという形でうちの子供たち三人が遊びに行かせてもらいました。

泊まるとお金がかかるので、そこの庭にキャンプしたのです。

そして鶏の餌やりとか卵の回収、薪割りとかを体験させてもらいました。

連休が終わって帰って来たのは下の二人だけ。

藍はそのまま残ってしまいました。

電話で彼女は「わたしの理想の場所見つけた!」

さあ、それから僕たち親は大慌て。

まずそこが本当に藍を預かってくれるのかどうか、そして中学をどうするかを決めなければなりません。

もう入学式は目前に迫っているのです。

 

3月の最終の土曜日、夕方の5時に診療が終わってから妻と二人で(子供たちは為ちゃんキャンプ)北陸自動車道をとばして初めて現地へと向かいました。

幸い雪はありませんでしたが、なんせろくに街灯もないド田舎の夜道です。

「橋を渡って道沿いに来て三つ目の集落」と言われて、確かに集落がわかれているのを数えながら行くと、ある建物の窓から懐中電灯をクルクル回しているではありませんか。

それが目的とする場所。

時計を見れば9時を過ぎていました。

中に入って薪ストーブがガンガン焚かれているカフェ(土日だけカフェをやっている。古い本棚と柱時計がある、知る人ぞ知る人気の場所)で早速、親とコミュニティの方々との話し合い。

結局その晩はあまり好感触ではありませんでした。

まだ12歳の女の子を責任を持って預かるのは難しいということで、そりゃごもっともな話です。

向こうの責任者の男性と妻がずっと話をしていたのですが、最後に「お父さんはどうお考えですか?」と聞かれたので「僕は藍のことを全面的に信じています。僕が今あるのも彼女のお蔭だと思っていますので、彼女の選択をできるだけ応援してあげたいと考えます」と答えました。

その上で著書の「シャングリラからの伝言」を数冊皆さんに手渡し、「この中にも子育てと教育について書いてありますので、よろしければご一読ください」とお話し、五右衛門風呂に入らせてもらいその日は寝たのです。

 

さて次の日になってみると皆さんの様子が明らかにおかしい。

なんか、受け入れ態勢万全という感じです。

どうやら僕の本を皆さんあの遅い時間から読まれたみたい。

そこでもう一度、藍の意思を確認したうえで親子三人でお願いしたところ「やってみましょう」ということになったのですね。

通常、親は今の教育体制に反発して、「うちの子にはこういう教育は受けさせたくない」ということで次を模索するようです。

ところが僕は、「教育とは本来こういうものである」というところから始まっていて、現体制の否定から次を考えるということをしないわけです。

それが昔、進学塾を経営しつつ本当に子供に必要な教育について頭を悩ませていたその男性の心を打ったようなんですね。

はっきり申しまして、僕が娘の藍に父親らしいことをしてあげられたなぁと思うのはあれが初めてでした。

要するにその方たちは、藍のことはもちろんなんだけど、親のことを観察していたのです。

 

そこは自分達が自給自足の生活をすることが目的であるので、小さなゲストハウスがあったり、予約制で食事ができたりカフェがあったりするものの、基本的には外部の人を受け入れるというコミュニティではありません。

でもたまたま知り合いの人から頼まれて、不登校の児童とか引きこもりの子供を預かることがあるらしいのですが、必ずと言っていいほど最後には本来お願いしてきたはずの母親が子供を奪い返しにくるそうです。

そこの人たちは「今、家に戻らない方がいいのに」と思いながらも、それ以上は言えませんからただ黙って見ているそうなんですね。

同じようなことを為ちゃんも言ってました。

「ここだったらうちの子供もなんとかなるんじゃないか」と勝手に考えて「どうかお願いします」と頭を下げて預けたくせに、為ちゃんが子供を取ったみたいになってるんです、その親の中では。

 

長くなるんですがもう少しいきます。

僕は何も自分達の子育てが素晴らしいだろ?というつもりで書いているわけではありません。

ただうちに起こった事を書き綴っているだけで、何を感じるかは皆さん次第なのです。

 

そこを辞する時、そして帰りの高速で僕たち夫婦は、寂しくて、切なくて、愛おしくて涙が止まらなかったわけですが、次には中学をどうするのかという難問が待ち構えています。

仔細は省略しますが、いろんな人のご協力の元、何とか地元の中学に形式上在籍することができました。

今は不登校の子が少なくないので、昔みたいに出席日数足らなければ落第とかじゃないんですね。

最低限、夏休みや春休みの担任との親子懇談さえ受けておけば、卒業証書をもらえるのです。

それさえあれば今後高校に進学したいと思っても出来るわけです。

僕たち夫婦は、小さい子供のことだからすぐに嫌になるだろうとは思いませんでしたし、また一度言いだしたんだから最後までやり抜きなさいとも思いません。

 

一年過ぎた今、彼女は相変わらずそこに居るし、鶏は一人で最後まで捌くし、粉だってまわせる(うどんやそばのこと)、自分の畑もあるし、パンも自分で焼ける、そういう生活をしています。

テレビは一台あるけどビデオの再生しか映りません。

パソコンもなければ、携帯はみんなで一台だけ。

勉強は時々元塾長が教えてくれます。

冬になればカフェの窓がすべて雪で覆われるようなところで、ひと冬過ごしました。

コミュニティの人たちが一番驚いたのは、藍が風呂場に置いてある洗濯板で当たり前のように靴下を洗っていたのを見た時だそうです。

いったい、どういう育てられ方をしているのか?と思うのもまあ今の時代、当然なのかもしれません。

 

去年の初めての夏休みの担任との懇談。

藍は初めて在籍している中学校の門をくぐりました。

そもそも学校行ってないのに何を懇談するの?と思うわけですが、どんなことをしているのか?今楽しいのか?等だったそうです。

その先生は高校生の息子さんがいらっしゃるそうですが、藍のことを校長から聞いた時に自分が親だったらどうか?ということを自問したとおっしゃいました。

その結果、絶対にそんなことは出来ないという結論に達したらしいです。

そもそも僕たち夫婦は、そこのコミュニティのことなんか元々全然知らなかったわけですね。

すると「じゃあお母さんは全く知らない人にお嬢さんを預けられたわけですか?」

「はあ、まあそういうことになりますかねぇ・・・・」

「・・・・・・」

それから担任の先生は、もうお前らとは喋らんわ!モード満開だったそうです。

そりゃしゃあないわ(笑)

 

帰りに学年主任の先生もしゃしゃり出てきて「中学校は義務教育だから、行っとかないと後で苦労するよ」ということを散々言われたそうです。

で、帰って来てから藍が一言

「苦労するのんうちなんやから放っといて欲しいわ」

え~、これが例のフウさんの姉でございます。

うち、こんな子供ばっかりです。

 

ここでひとつ説明がいるのですが、義務教育とは教育を受ける義務ではありません。

日本国憲法を紐解くと次のようにあります。

まずは自分の能力に応じた教育を受ける権利

そして自分の保護下にある子供に普通教育を受けさせる義務

前半は明らかに主体は本人であり、後半は親であります。

そして子供本人が教育を受ける義務というのはどこにも書いてありません。

今回の場合、憲法や法律に照らし合わせて判断してもその是非は難しいでしょうが、僕はすべてを合法的に行いました。

組織の中枢部に理解のある方がいらっしゃったお蔭です。

現場は???で仕方がないでしょう。

誤解のないように言っておきますが、一連の件に関して僕たち夫婦が娘に強制したことなど何ひとつありません。

すべて本人の希望によるのです。

そしてその公立中学の教育が悪いとか、そこの先生方を馬鹿になんかしていません。

みなさん現状の中で最善を尽くしておられるのを知っているからです。

 

長くなるので続きは明日。

実は今日、僕の母親の米寿のお祝いがあったので、藍はうちに帰っています。

これは強制的に帰らせたのです。

奈良公園周辺の料理屋さんはゴールデンウィークだし、あまり落ち着かないだろうということで、新若草山ドライブウェイ途中にある遊景の宿「ホテル平城」さんでお世話になりました。

夏にいつもプールに行くところです。

ならまち周辺でも色々とお店は知ってるし、やってる人も知ってるところが多いのですが、もし皆さんも何かあれば一度ホテル平城さんに行かれてはどうかとお勧めします。

景色は素晴らしいし、お料理も美味しいです。

隣に座った米寿の母親が僕より早いペースで食べてましたもん。

ではまた明日

2011.5.5

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