行きつけの蕎麦屋さんからの帰り道、ふと夜空を見上げると朧月夜だった。

視線をおろすと、一組の男女が同じように月を見上げていた。

それらを視界の中にボヤっと入れながら歩いていると、僕の意識ははるか、はるか以前に飛んでいった。

 

僕が初めてこの地球に来たとき

海辺の砂浜で同じように夜空を見上げていた

月がきれいだった

ただ、僕にはその頃、言葉というのがないので

思考とか、感じるとか、思うとかいっても、今とは違うのだった

 

なんと言えばいいのだろう

ただきれいな満月を眺めていただけ

そしてそれが、よくわからないんだけれど

僕の胸のあたりからその周辺を満たしてくれて あったかくしてくれる感覚

今日一日、何をしていたかの記憶もない

あるのは、ただ満足感だけ

明日、何をしようという予定もない

ないのは 不安、恐怖

今、ここにいる自分がすべて

 

月から視線を横に動かしてみると、そこには満天の星たち

手を伸ばせば届きそうだ

実際、手を伸ばしてみて星の塊をクシュッと手でつぶしてみると

指の間からこぼれていく宝石たちは

天の川をつくっていく

 

確かさっきまでは、空には真紅の円いかたまりがあるだけだったのに

そしてもう少し前にはそれが真っ黄色だったはずななのに

あのかたまりは何処へ行ったのだろう?

いまあるのは黄金色の、でもどこかに錫色が混じっているような

どことなくすずしげな、同じようでちがう円いかたまり

 

僕はいる。

いま、ここに。

背後の森では、獣たちがあくびをしている

時おり、魚が水面を飛んでいく音が聞こえる

そしてすぐそこを、エビやカニが夜の散歩を楽しんでいる

 

いったい、僕は何処から来たんだろう?

そして、何処に行くのだろう?

この永遠の問いが頭に浮かぶのは

はるか、はるか、後の話なのだった

いまは、これで、しあわせ。

 

ただ何となく感じるのは

この感覚がずっとは続かないだろうということ

きっと、いずれ、何かが変わっていくのだ

僕はいくつも生き、いくつも死ぬだろうけれど

けれど、かならず、ここに帰ってくる気がする

言葉ではなく、ただ、からだでそう感じると

なぜだか、涙が頬を伝うのだった

 

もしかしたら、ぼくは、永遠なのかもしれない

 

そう、いつの日かきっと、そうなる気がする

だから、明日のために眠りにつこう

すべてを、一から始めるために

 

2011.5.15