観自在の世界~DEAD ZONEを見てきた男の話~

昨日は歯科医師会館で学術講演会が開催されました。

久しぶりのスーツです。

あ、ちなみに今週金曜日から補綴学会に出席するため、休診して広島に行ってきます。

平和公園内にある国際会議場であるのですが、なんせ久しぶりの広島、すごく楽しみ。

1年8カ月しかいなかったけれど、僕にとっては第二の故郷。

阪大の医局の同期が現在広島大学にいるし、他にも何人か知り合い(全部飲食関係だけど、笑) がいて、皆に会えるのがうれしい。

「ふうらい坊」という、かつてダッサイ居酒屋だったのが(味は良かったんだけれど)、今は移転して押しも押されぬ人気店になっているみたい。

15年振りくらいになるけど、行ってみようかな。

お世話になった横山歯科ものぞいてみて、できたら見学させてもらおう。

白衣持って行かなくちゃ。

パソコン持っていくので、ブログは何とか更新出来ると思います。

 

さて、昨日は三人の先生がそれぞれの講演をなさいました。

タイトルは以下の通り。

 

「在宅往診に必要な総義歯製作の理論と実際」     横浜市開業 加藤武彦先生

「避難所の肺炎予防~神戸の経験を生かすために~」

前神戸市立中央市民病院歯科部長

田中義弘先生

「食べられる口の可能性を求めて」             茅ヶ崎市開業 黒岩恭子先生

 

順序が入れ替わりますが、本日はその講演内容をお話します。

皆さんにとっても興味深い内容だと思うので。

 

まずは「避難所の肺炎予防」のお話。

この田中先生は阪神淡路大震災の時に、避難所での口腔ケアに奔走されたご経験がおありで、そのことを踏まえてお話になりました。

震災とか関係なく高齢者の死亡原因で多いのが肺炎によるものです。

それはなぜ起こるかというと、口の中の細菌が寝ている間に喉から肺に入って、知らない間に進行し、症状が出た頃にはレントゲンを撮ると肺が真っ白、ということのようです。

もちろんそればかりじゃないでしょうが、比率的にいっても決して少なくないそうなのです。

さて、震災による死亡者はもちろん圧迫死、焼死、溺死などの直接死が多いわけですが、震災後3日目位からそれによる関連死というのが増えだし、そのうち約24%を肺炎が占めるのです。

水が断たれるし、なにより歯磨きどころじゃありませんから当然といえば当然なのですが、もしその重要性が認識されるならば、亡くならなくてもよい命が助かるわけです。

だから可能であれば早期に水場を確保し、歯ブラシやうがい薬を配布することと、口腔ケアの重要性の啓発が必要であると述べられました。

これは僕は全く知らなかったことなので、ずい分納得させられるものがありました。

 

今現在、歯科医師会からの派遣をはじめ多くの歯科医のボランティアが現地入りしています。

ご遺体の確認作業、そして入れ歯などの応急処置、口腔ケアに従事します。

我が奈良県歯科医師会からも近々三人の歯科医が気仙沼の避難所となっている体育館に派遣される予定です。

 

次に黒岩先生のお話。

この先生は在宅や介護施設における口腔ケアの草分けでして、口の機能が低下している高齢者や痴呆の人、障害を抱えてしまった人をいかにして、きちんと咀嚼・嚥下できるようにして、会話が出来るようにするか、主に舌や口の周りの筋肉のリハビリと工夫された介護食を通して行われます。

食べるということの大切さは今さら言うことでもないでしょうが、実際の症例を見せて頂くとその効果に驚かされるばかりです。

本当に死んだような表情の患者さんが、生き生きとして血色も良くなる。

少しだけ黒岩先生の講演抄録から抜粋してみましょう。

「これまで私が関わってきた急性期の患者さん方はICU(集中治療室)の病棟にいる時から口腔ケアを行い、早い時期に食べられる口を再構築することで入院期間が短縮し、自宅や老人施設に戻ってからのADL(Activity of Daily Living、日常生活における活動性のこと)が非常に良いと、本人をはじめ医療・看護・介護の現場から喜んでいただいています」

実際、昨日の黒岩先生の講演参加者は歯科医よりもそのような現場にいる方が圧倒的に多かったのです。

看護士、病院勤務の歯科衛生士、理学療法士、言語聴覚士、栄養士、そして家庭で親の介護をされている一般の方、等々。

質疑応答も非常に活発で、要するにそれだけ現場では口腔ケアの重要性と効果について認識されているところも多いということです。

もちろん、口腔ケアというのは非常に手間がかかるので、これ以上そんなことに忙殺されてなんかいられないと看護士さん達に言われることもあるようです。

 

生まれたての赤ちゃんは、バビンスキー反射といって掌に指を近づけてあげるとギュッと握ってきます。

また口の周辺に何かをもっていくと吸綴します。

まだ目の見えていない赤ちゃんがお母さんの乳首を吸えるように、生まれもって携えてきた反射です。

口の周りの刺激とそれに対する反応というのはそれくらい生命の根源に関わるものなのですよ。

 

途中、ある女性の参加者を被検者になってもらって実習がありました。

まず最初に口が乾燥するとどうなるかを体験するために、口のあらゆる粘膜部分にオブラートを貼りつけていきます。

すると喋っても何を言っているのかわからないし、物を咀嚼するどころの話じゃなかったのです。

口の中が乾燥している患者さんの状態を体験すると、口腔ケアに非協力的だった看護士さんたちも納得されるようですね。

 

噛むことによって脳梗塞により半身不随だった男性が奇跡的とも言える復活をする、その話がNHKの「ためしてガッテン」でも紹介されました。

黒岩先生はそれこそ休日返上で働いていらっしゃいます。

普段は開業医として働き、休診の時は口腔ケアについての講演や実習、また要請に応じて片道数時間もかけてあらゆる所へ(施設や病院、自宅で介護している家庭など)道具を抱えて出かけられます。

まるで、ナイチンゲールかマザーテレサのような人でした。

 

最後に本日のタイトルでもある加藤武彦先生のお話を紹介しましょう。

この先生は歯科医なら知らない人のいない義歯の大家ですが、いち早く在宅診療に取り組んでこられました。

ところが数年前にご自身が脳梗塞で半身麻痺になったのです。

発作が起きて3日目のこと。

入院先の病院で、まさに蜘蛛の糸の世界、くらーい井戸のような所での臨死体験をなさいました。

その時に、このままだと本当に死んでしまうと思われたそうです。

まだやり残したことがある、そう強く思った加藤先生は無意識に「どうか、あちらの世界に戻してください」とお願いしました。

ちょうどその時、お兄さんの声が聞こえたそうです。

また、知り合いの介護福祉士の「加藤先生!全身の介護の方はわたしがやるから、あなたは口の方をお願いねっ!」との声も。

そうすると、向こうの方にわずかな光が見えてきて、ようやくのこと現世に戻ることができたということです。

この強烈な臨死体験は加藤先生の人生観を大きく変えました。

 

その後、診療に復帰したいという強い願望の元、通常の人の3倍はリハビリを頑張られたそうです。

そしていま、下肢に少し不自由さをかかえるものの、以前のように往診に行けるようになられました。

自分が障害を持って、はじめてその人たちの大変さがわかったとのこと。

加藤先生もテレビで紹介されたのですが、これはその時のビデオの内容です。

 

ある町で住民の高齢化に伴い、福祉施設を充実させることが急務だと考えた市長は、様々な施設が集合した形のケアタウン構想を推し進めました。

そして、その竣工式の日に、なんと市長本人が脳梗塞で倒れ不自由な身体となり、そこの入所第一号となってしまったのです。

倒れてから入れ歯の具合が悪くなり、痛くてはめられない、食事も満足にできない状態になったので、依頼を受けた加藤先生が入れ歯の調整に訪れました。

テレビカメラがまわる中、加藤先生は約2時間かけて調整を終え、ようやく痛くなく外れない入れ歯に変身したのです。

入れ歯をいれた市長はレポーターに「いかがですか、今のご気分は?」と聞かれ、車椅子の上でほとんど喋らず、喋ったにしても非常に聞きとりにくかった声とは一転、大きな、そしてハッキリとした声で大演説を始められたのです。

要点は次のようなものでした。

「わたくしは、不本意にも竣工式と同時に倒れましたが、そこで気がついたことは、大切なのは建物ではなく、そこに近代医学がすぐに駆けられるような体制作りだということです。

現在こんな体ですが、必ずやケアタウンをそのような施設に創りあげていく所存であります」

ビデオの中に写る人たちも、また歯科医師会の講演会場にいる人々も、驚きとともに市長の一言一句に釘付けです。

さっきまで、生きる意欲さえあるかどうか定かではないように見えた市長が、入れ歯を調整して入れただけで、まるで別人の如く魔法のようによみがえったのです。

 

観自在」とはいうまでもなく、般若心経の冒頭部分であります。

あるがままの自分を観る。

加藤先生はあの日の奇跡的な生還以来、これが座右の銘になりました。

以前の自由に右手が使える時の自分を観ても仕方がない、今のありのままの自分を受け入れよう。

そう思われたそうです。

 

長くなりましたが、昨日一日を通してもっとも印象的だった言葉は、黒岩先生の見せてくださったビデオの中でも介護の方がおっしゃっていたことであり、また黒岩先生自身も語られたことなんですが、「介護を通して、実は介護をしているわたしたちが患者さんに元気をもらって帰るんです」というものです。

そこには、一所懸命ボランティアの努力に応えようとする障害を持つ患者さんがいます。

そしてそれを支える家族やボランティアの無償の労働があります。

結局、人の人に対する献身的な愛というものが昨日のかくれたテーマだったような気がします。

感動をくれたみなさんに乾杯!

あ、まだ仕事中ですけどね(笑)

2011.5.16

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