少し昨日の記事を受けて介護の話を続けましょう。

不慮の事故や病気で、昨日まで元気だった人がいきなり不自由な身体になる。

それだけじゃなくって、表情を見てもまるで別人のよう。

表情というのがまったくないことだって多いのですね。

 

あなたが病院に泊まり込みで介護をしても、先が見えない不安があります。

例えばご主人がそうなったとして、意識ははっきりしているなら、言うことを聞かない自分の体や、伝えたいことが伝えられないもどかしさにストレスがたまり、つい近くにいる奥さんに当たってしまうのも仕方がないのかもしれません。

奥さんにしてみれば、極限にまで気力体力をつくして介護しているのに、そういう反応をされると当然腹が立ちます。

他に誰もいないのを確認して、ご主人を口汚く罵ったり、頬っぺたに平手打ちをくらわしたり、腕をつねったりするかもしれない。

でも何をしても結局、その後自己嫌悪ですごく落ち込むのは目に見えています。

そういう時、自分だけ健康なことに否定感を抱くと、原因不明の腰痛、膝の痛み、背中の痛みなど、痛みといっても激痛なのですが、発症することもあるようです。

 

介護の結果、みるみる回復するんだったら誰だって頑張れますよね。

そうじゃないから困るんです。

ご主人にしても、昨日の加藤先生のようにもう一度診療できるようになりたいという強い動機があればつらいリハビリを頑張れます。

でもすでにリタイアされた方ならどうでしょう?

モチベーション、上がりますかね?

 

霊的見地からは、前世では介護する側と介護される側が逆だったとか、無償の愛を教えてもらってるだとか、なんとでも説明できるでしょうが、当ブログはそのような気休めにもならないような言葉を書いたりはしません。

このように思ったら少しは頑張れるんじゃない?というようなのは単に誤魔化しているだけなので僕は大っ嫌いなのです。

 

あなたは体験しに来ている。

そして表現するために生きている。

 

原則はただそれだけです。

それを自分の人生にどう照らし合わせるかはその人次第なのであって、僕の関知するところじゃありません。

ただし、あなたは体験の仕方を変えることはできます。

出来事は同じなんだけれど、それをどう感じるかは変えられるということです。

表現の仕方ももちろん変えられます。

先ほど言ったように、「このように考えたら腹が立たないんじゃない?」というようなものではないですよ。

むしろその逆で、頭で考えるから腹が立つんであって、何も考えずにいると例えどんな感情がやってこようが、それらは一瞬で自分の中を過ぎ去っていきます。

するとある特定の感情に捉われていることがなくなりますので、表現の仕方は自動的に変化していきます。

 

自発呼吸ができないような重度の障害の方はどう考えれば良いのか?

いわゆる尊厳死を認めるのか否かという領域には今は踏み込んでいかないことにします。

これについては「神との対話」でも話題にはのぼっても、結論書いてなかったくらいですからね。

結論めいたことは書いてあったけど。

ここでは自発呼吸はあり、目もしっかり開いているという人について考えてみます。

 

このような人はいかに表情の変化がなく、身体をピクリとも動かせなくても意識はしっかりしており、頭の中ではきちんと思考しています。

考えてみてください、感情を出そうにも表情に出せない、表現しようにも身体が動かない、でも頭は非常にクリアに働いている。

こうなると時間は永遠に過ぎていかない気がしますね。

大変につらい状況です。

大切なのは一人の人間として尊厳を持って接すること。

相手は身体は動かなくても、心は動いています。

うれしくても笑えないし、つらくても泣けないけれど、感情は動いています。

人にとって最も基本的で、不食でも生きていけるけれど、これがなければ生きていけないもの、それは人間関係です。

だから障害を抱えた人から、それを取っ払わないで欲しいのです。

病院の現場は忙しいし、介護する家族も肉体的にもきついのですが、どうか話しかけて感情のやり取りをして頂きたいわけです。

 

家ではとても面倒見切れなくなって認知症の親を施設に預ける。

その施設では程度の差こそあれ、皆が認知症。

50人いれば表情のない人が50人いるわけです。

そんな所でいくら認知症の進行予防のプログラムをやったところで無駄というものです。

だから家で親の面倒をみろと言っているわけではありません。

ただ事実はそうであるということを述べているに過ぎません。

 

昨日、誤嚥性肺炎の話をしました。

寝ている間に細菌が肺に侵入するというものです。

また、お餅などの食べ物を喉に詰まらせて亡くなるお年寄りもいます。

これらは突き詰めて言うなら、すべて咀嚼・嚥下に関わる筋肉の衰えに起因します。

昨年12月に徳島大学の口腔解剖学講座に見学実習に行った時に気づいたのですが、誤嚥を防ぐのに最も効果的なのは口の周りの筋肉を鍛えることです。

嚥下するのに関与する筋肉と連動しているからなのですが、喉の周りの筋肉を鍛えるといってもこれは無理があります。

しかし口の周りの筋肉は鍛えることができます。

昨日の黒岩先生もそのような方針でそこに刺激を与え筋肉を動かすようにリハビリされます。

こう考えていくと、最も大事なのはまずきちんと噛める入れ歯をいれていること、

そして表情豊かな生活を送ること、この二点につきるのですね。

 

身体が動かない人であれば、意図的に介護者が顔の筋肉のストレッチをしてあげる必要があるでしょう。

でもその場合であっても、感情が動くように普通に接してあげれば、少なくとも脳から表情筋への運動神経は刺激されるわけです。

これを中断しないこと。

このことを皆さんもっと認識して頂きたいと思うわけです。

2011.5.17