本日は片想いの話。

誰ですか、タイトル見て「そりゃ髪の毛やろ」って思ってる人は!

片想いです、片想い。

青春の淡い思い出です。

 

実はわたくし、昔振られた女の子の実家の近くに住んでおります。

彼女、奈良ではそれと知られた酒蔵の長女です。

向こうは高校の一年下でした。

ある日、あまり人通りのない学校の階段の踊り場に呼び出して(友達を使った)

「ジブンのこと好きやねんけど、僕のことどう思てますか?」と言ったのです。

大阪では相手のことを”じぶん”と呼んだりしますので、慣れてないと話がゴチャゴチャになってしまうので注意が必要です。

でね、今やったらもっとマシな言い方すると思うのですが、これ恋の告白じゃありません。

言われた方は困ってしまいます。

「今度どっか行かへん?」とか「付き合うて」とかやったらわかるんですが、これはいただけません。

今のこのよく回る口と悪知恵があって、あの頃に戻れるならウハウハやね、マジで(笑)

 

ところが中学の時はこれでいけたんですな。

「わたしも好きです」という言葉を引き出した経験があるんですよ。

忘れもしない南海平野線の平野駅で電車に乗る直前に、聞こえないような声で相手が言ったのを、はっきり聞いたのです。

それが中二の春のこと。

その4年後の高三の時に振られたわけです。

自分の息子やったら、こんこんと説教しますね、これ。

「おまえは何やっとんねん!」と。

 

ちなみに聞くけど、皆さん、吐き気しませんか?

大丈夫ですか?

大丈夫やったらもうちょっと続けます。

 

あの頃は好きな子はまあ半年ごとに変わったりなんかするんですが、それでも誰か好きな子がいて行きの電車で会うだろうかとか、通学路や全校集会の時に会うかとか、そんなことに胸ときめかしていたのです。

今思うに、片想いというのが楽しいではないか。

思いが叶っちゃうとあとはエネルギーの奪い合いになってしまう。

自分の相手に対する期待と相手のとる言動とのズレが気に入らないわけです。

こうやって恋は破綻していく。

 

百人一首などを読んでみても、昔の人は愛なんて言わないのですね。

男女間のそれは全部「こひ」です。

そして恋というのは、あくまでも一方的な想いのこと。

これが両側通行になると恋愛となるのでしょうか。

僕はでも、恋がいいかなぁ。

 

昔あって今ないもの、それはそういった甘酸っぱい恋心であります。

現在の僕の恋愛感情とか一般的なセックスの話とかは、近々書く予定です。

sexualityについて書かないような、それをどこかタブー視しているようなスピリチュアルブログは片手落ちもいいところです。

このブログもそろそろそういったことを書いても良い時期が来たように思います。

 

昨日のブログで、「自分が正しくて相手が間違っている」という考えが、いまだ自分の中にあるということを思い知ったと書きました。

普通自分のことをメッセンジャーなどと偉そうに言っている人は、自分のそういった現実の姿を見せられると落ち込むし苦しむでしょう。

でも僕はワンネスに向かっていることも知っているし、そうなりたいと宇宙にお願い済みです。

ですから現状は現状としてしっかり認識しますし、それをどうにかしなくちゃとは思いません。

思うと苦しむ。

だいたいが僕は、自分に甘く他人に厳しいです。

すごくきっちりしているようで、メチャクチャ隙だらけのO型だったりします。

相撲で立ち会ってすぐに両差し決められるような人です。

それでも、そんな僕でいることが心地いいんだなあ、これが。

今気がついたけど、明日って七夕じゃん!

2011.7.6