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新・カッパのサンポ

ブログ更新について

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2014.10.4

時間を外した日と宇宙の構造

最初にお断りしておきますが、本日の内容はあくまでも個人的かつ概念的解釈であり、学生時代物理でロクな点数を取らなかった人間が書いていることをご了承願います。

昨日はコズミック・ダイアリー(マヤ暦)を日常使っている人間にとって特別な「時間を外した日」でした。
コズミック・ダイアリーというのは宇宙と地球の関係性から時間を捉えたもので、現行のグレゴリオ暦とは一線も二線も画します。
そもそも非常に近場の地球と月と太陽の各々の自転および公転周期を考えても、月によって28日だったり31日だったりなんてことはあり得ないのであって、その点コズミック・ダイアリーは28日×13ヶ月=364日と非常に規則的です。
365日に1日足りないから、本日7月25日を時間を外した日にしているのではありません。(コズミック・ダイアリーは7月26日から1年が始まる)

今のガタガタの暦から28日周期に変える(戻す)だけで人間の心身は自然に健康になるってご存知でしたか?
医療者は自分の技術を磨くとともに、病気の原因となっている社会毒を変えていくような運動をするべきであり、医師会や歯科医師会などはまさにそのために存在するのだと思うんですがねぇ。

ここで「時間を外した日」を宇宙の構造から考えてみましょう。
宇宙というのは最初究極に高密度の一点がビッグバンにより拡大・膨張して存在しております。(図上段)
絵の巧拙はご容赦願います。
では宇宙の果てはどうなっているのか?・・・すなわち宇宙の膨張より早い速度でそこを駆け抜けるとどうなるのか?
これについては拙著「シャングリラからの伝言」にも書いてありますが、最初の究極の一点に戻ってきます。(図中段)
戻るのですが、そこはあまりに密度が高すぎて何ものたりともその場にとどまることができず、押し出されるようにまた次の拡大・膨張へと進みます。
でもこれだと、結局は堂々巡りでそこに存在する生命体の進化という点で問題があります。
大学院出たら、もう一回幼稚園から?みたいなね。

「時間を外した日」を宇宙の構造から考えてみる

ですので下段の図のように、膨張しきったら次のステージの一点から新たな膨張が始まる、そして各ステージはそれ自体が漸次的膨張の形をとっている、というふうになっとります。
これを一つの宇宙の始まりと終わりと捉えても良いし、一年の始まりと終わりと捉えても構いません。
最後の図において、一つのステージが終わり次のステージに向かう最初の究極の一点、本来ここに留まることが出来ない点、これが非常に緩やかな時間の流れの中では、さもそこに1日という単位があるように見える。
この古い膨張からの出口であり、次の新しい展開への入り口である、いわば宇宙の関門(コズミック・ゲート)、これが実は「時間を外した日」の秘密です。
あくまでも僕の解釈ですよ~。

宇宙というのは複数あり、こういう形態のもの同士はワームホールというので繋がっているという、ちょっと常人の理解を超える話です(どっちでもええしね、そんな細かいこと)

「時間を外した日」というのは日本の現行の暦でいうなら、大晦日の除夜の鐘が鳴り始めて鳴り終わるまで、てなところでしょうか。
28日周期を意識して生きている人、古代マヤの叡智にアクセスして生きている人、にとっては特別な意味を持つ「時間を外した日」ですが、それを意識していようがそうでなかろうが、宇宙と地球の関係性にとってはやはり特別な日であることに変わりはないのであります。
本日からは新たな意味(エネルギー)をもつ一年が始まります。
今はもう個人意識だけでは生きていけない時代です。
自分と地球、地球と銀河、銀河と宇宙、宇宙と自分。
その中で如何に生きるのかを考えた時に、いわゆるエゴというのはありえないんですな。

2014.7.26

乳歯の治療

乳歯の治療というタイトルですが、乳歯の治療をしないという話。
僕は保険医ですから、いろんな人が来られますので、すべての人に理想論を当てはめることもできません。
歯科のことを適当に考えている人は、こちらも適当に扱います。
そんな人に口の健康の大切さを、、、、なんてアホらしくって。

しかしながら、小さなお子さんがおられる場合には、かなり真剣にお話します。
原因を取り除かないままの虫歯治療など全くナンセンスであると。
すると親は言います。
「この子、甘いものが好きで・・・・」
「あのな、甘いものの味を小さい時から覚え込ましたんは、親であるあんたやろ!」
大人は言い訳しかしませんので、そんな言い草は一切無視です。

一方、食生活や間食を見直して歯の治療が必要ないように努力してみる、という姿勢を見せられた方には重曹うがいや重曹を使った歯磨きをお勧めしています。
重曹を買いに行くのが面倒と言うロクデナシのために、受付で重曹の販売もしています。

虫歯の多発傾向のある6歳の男の子、詰めても取れるし、次々虫歯作ってくるし、、、で、重曹を使ってもらうことにしました。
す・る・と、虫歯の進行が止まっているだけでなく、再石灰化が始まってる。
感動です。
今は基本的に永久歯と接している乳歯の虫歯以外は、穴が開いていようが大きく欠けていようが、咀嚼障害がなく、痛みや腫れがないのであれば一切手をつけずに重曹指導です。
保険であればお金儲かりません。
補助的にドックセメントを使うこともあります。

それにしても削って詰めないとお金がもらえない保険制度って、ダメねぇ。。。。

2014.7.26

顎関節症

左の顎関節が動きづらく口が開きにくく奥歯で噛めないという40代の女性がいらっしゃいました。
以前、僕がマウスピースを作ったことがある方です。
今は僕の身体の見方が違うので、噛み合わせや顎関節だけ見たりはしません。
というか、むしろそんなところは見ません。(一応見るけどね)
ざっと耳の位置、乳様突起、肩甲骨、腸骨、座骨、全体の姿勢を見て、「ああ、こりゃ顎関節症にもなるわ」というふうでした。
噛み合わせは確かに良くないのですが、明らかに下半身の問題が上にきていると思われます。
そこでマルケン・バンバンというストレッチ板に乗ってもらうと、10度に調節してやっと乗っていられる状態です。
本来は25度に乗れないといけません。
これを3回ほど繰り返しながら顎を開け閉めしてもらい、背中伸ばしをしているうちに、浮腫んだ顔がすっきりしてきて、姿勢も良くなり、顎も楽に開くようになってきました。
あとは右でばかり噛んでいて、低位舌のまま嚥下するので左の顎関節が後方に変位することから、あいうべ体操の指導と、内科の受付をしているため椅子の座り方の指導をしてその日は終了。

以前でしたら、マウスピース作るとか、顎関節のマニュプレーションするとか、噛み合わせの調整するとかしていましたが、今は基本的に何も手を下しません。
指導だけで改善するのです。
しかも僕は最初の診断をしただけで、あとは指示を受けた歯科衛生士が全部やってくれました。
途中僕がしたことといえば、「年寄り!」とか「乳でかっ!」とか、言わんでもええこと言うただけです。
衛生士は姿勢咬合医セミナーで学んだことが実践できて結果が出て大喜び。
すべて含めて一時間弱かかったのに、初診料と管理料だけしかもらえない。
ま、いっか。
ちなみに僕は30度に乗っております。
そのうち、マイケル・ジャクソンのNo Gravity が出来るようになればうれしいかも。

その後の経過観察でも順調でした。
これ下手に真面目な歯医者行くと、噛み合わせを整えて顎関節症を治そうとしますから、一杯被せ物のやり直しとか歯を削ったりする可能性があり、えらい違いですねん。

shisei

ファスティングの感想

結局は2日間で、3日目にはどうも身体が食べ始めたがっていたようなので、朝にブルーベリー1パック、昼は素麺、夜は普通食というふうに戻していきました。
その間感じたことは、通常通りの生活をしているとどうも脱水状態に傾きやすいということです。
腎臓が排毒をし続けるからなのでしょうか?
だからよくあるファスティングのコースでは酵素ジュースを1日2リットル位飲んだりするのでしょう。
ただし、酵素ジュースは糖分がてんこ盛り入っているので微妙~なんですが。
肝臓も排毒作用が高まるので結構負担がかかるようです。
これらは尿や便の色でわかります。
調べてみたら、ファスティングを開始する前の食事も大切で、その消化にエネルギーを随分使うようだと、せっかくのファスティングの2日や3日間のうち丸1日が無駄になってしまうということらしいです。
するとファスティングしたのにあまり効果を感じないということに、、、、納得。

2014.7.26

腸と健康

長時間乗り物に乗り続けるような出張を何日か続けると確実に体調は悪くなります。
それは腸が動かないからだと思われます。
でも、飯は食ってるわけですから、腸は動いてはいるものの動きが悪いのでしょう。
食べ物が合わないとかでない限り、下痢ではなく便秘になります。

先日、初診で部分的に歯周病が進行している40代の男性がいらっしゃいました。
ところが基本治療と簡単なアドバイスだけでかなり改善したのです
本人が真面目というのもあるのですが、その方は休みの日には山歩きしたり市民マラソンの練習したりしておられるようで、これが大いに影響したのではと考えました。

一方、同じく40台で歯周病が全体的に進んでいた有機農業をやっている男性がいました。
一通りの治療はしましたが、今ひとつ反応が良くありません。
ハードな肉体労働をしているにもかかわらずです。
この両者の違いは何でしょうか?

僕は下半身の使い方、運動の仕方にあるのではないかと思います。
下半身の骨格筋を全身に振動を与えるような形で使うのが良いのではないか?
バイブレーションがミソです。
下半身の骨格筋が運動によりマイオカインという生理活性物質を放出し、これが全身に様々な良好な影響を及ぼすようです。

つまりは、腸が動くとは、食事による蠕動運動のことばかりではなく、身体運動によるバイブレーションにより腸管の中で様々な生化学反応が速やかに進むことをもいうのであり、むしろそちらの方が(不食が成立するわけですから)健康には重要なのでありましょう

ということで、わたくし川邊先生に教えてもらった、アグネス・チャンもやっているという、エアー縄跳びを始めておる次第です。
その場で出来て、2,3分で済み、1銭もいらないのが抜群。

おまけにこれ、ペース配分次第で有酸素運動にも無酸素運動にもなるんざんす。

ジョッギングじゃダメなのか?と問われれば、歩いたり走ったりすると、行った分だけ戻ってこないといけないでしょ。

エア縄跳びは嫌んなったら、その場でやめれる。

2014.7.16

不食とプラーナ

話がこういう流れになりましたが、大阪府八尾市というところに知る人ぞ知る森美智代さんという鍼灸師さんがいらっしゃいまして、映画にもなりましたが、この方がそもそもは自分の難病克服のために始めた断食が不食になり、それで長年過ごしておられます。
不食を実践している人は世界中に山ほどいますが、不食が成立することを信じられずに詐欺師呼ばわりする馬鹿者もそれ以上にいます。世の常です。
また、不食が悟りへの道と勘違いして、それが出来ることが精神性が高いのだと思い込んでいる人たちも多く、辟易します。(原因と結果が逆)
不食の人は、いわゆるプラーナと呼ばれる生命エネルギーを大気中から摂取し、それを体内で必要な栄養素に転換できる能力があるといわれており、僕もそう考えます。
僕はプラーナをその気になればいつでも見ることができるので、その存在を疑うものではありません。
そんなものが何故見えるのかというと、大気中でプラーナは(おそらく荷電しているからかな)周りの塵芥をくっつけるからだそうで、これは神智学大全に書かれていたのを立ち読みしました。
空中で半透明な粒子がブラウン管運動をしております。
ただし大阪弁で言うところの”ひんがら目(焦点を合わさない)”をしないと見えません。

fast food と fasting が同じ言葉なのは面白いですね。fastとは飢餓という意味ですから、マクドは結局は飢餓食なのかな?
不食の事実を鑑みた時に、巷で流行している「分子整合栄養医学」というものには少々抵抗を感じます。
それが有効な場合があることも理解はしていますが、今ひとつ僕自身は馴染めません。
でも勉強せんとあかんやろうな、とは思います。

2014.7.16

寄生虫の益と害

「寄生虫なき病」というのをようやく読み終わりました。

自己免疫疾患にかかっている医療ジャーナリストが、自らある種の寄生虫に感染することにより、体内の免疫制御機構を正常化し病気を緩解させるのですが、そのことについてたくさんの取材を重ねながら検証している内容です。
ですので非常に読みづらくめずらしく時間がかかってしまいましたが、アマゾンの書評にも書かれていた通り、医療従事者は読んだ方が良いであろうとは思いました。

人間はそもそも細菌・ウイルス・寄生虫と共生していたのであり、人の細胞の数より皮膚表面や体内にいるそれらの数の方が圧倒的に多いことを考えると、人って何?とすら思われてきます。
それが行き過ぎた衛生管理により、バランスが崩れてしまい免疫が過剰反応してしまうことにより様々な難病を引き起こしている可能性が高いという話。
トイレの水洗化、道路のコンクリート舗装、冷蔵庫の普及などは便利なようで数十年経って現在、人に対して当然の結果をもたらしているようです。
やはりきちんとした食生活をしている人や家畜の糞尿を肥料に、微生物の力を借りて生命力に満ちた土を使って育てた野菜を丸ごと頂くというのがよろしいようで。
ちなみにこの本の表紙、気持ち悪いよ。

2014.7.16

fasting

どうも内臓に疲れが溜まった感があったので、一昨日2日間よりファスティングしました。
もしこれでオナラやウンコが臭くならなければ食べているものに問題あり。

一応、自宅ではマクロビなんだけどなぁ。

相変わらず(?)臭ければ腸内細菌の問題で、そうなればプロバイオティクスのお世話になるしかない?

以前にTVで宣伝されていたオレンジジュースもどきを飲んでダイエットしよう、というのを試した時は確か1,5キロほど痩せましたが(そんなもんすぐに戻る)、今回はダイエット目的ではありません。
そもそもその目的でファスティングすること自体がどうかと思います。
ファスティングで今回一番つらいのは、空腹感ではなくて暇を持て余すことです。昼休みも夜、仕事終わってからも、することないんで、しゃあないから勉強でもしよか、みたいな。。。。
7年前にやった時は2日目が一番空腹感でつらくて、3日目になるとあと何日でもできるぜ、的な感じでした。3日目の夜に桃を少し食べたのですが、その時の桃の美味しさと溢れる果汁のみずみずしさと、生命に対する感謝の気持ちで胸一杯に感動したのを覚えています。そういう意味では例えダイエット目的であってもファスティングはいいかもね。
さあ、今回は何から食べ始めようかしら・・・・

2014.7.16

姿勢咬合

昨土、日、川邊研次先生の姿勢咬合医セミナーに衛生士2人と参加しました。
なんでか知らないけど、こんな状態に…。
ちなみにお母さんの抱き方によって、赤ちゃんは息がしにくく、お乳が飲みづらくなるという図。

shisei002

姿勢咬合医セミナー2日目。
またしても、なんでか知らんけど、こんな状況に。
川邊先生と美容師のジョニーさんです。
正しいシャンプーのやり方のデモだそうです。
見やすく分かりやすいからだって…。

姿勢咬合医セミナー

正しいシャンプーのやり方のデモ

2014.7.16

出生前診断

新型出生前診断が導入されたこの一年間で陽性と判定された142人のうち113人が中絶したとのこと。

もちろん妊娠された本人は悩んだ末での結論だと思われますが、僕自身は非常に残念に思います。
「障害を持った子が生まれたら」で検索すると当院のHPの記事はトップページに表示されます。

ですので時折そのような親からお礼のメールを頂くことがあります。
魂はわざと障害児の形をとって生まれてくることがあり、それはなぜかというと、障害者がどれだけ生き生きと暮らせるかによってその社会の文化度が計られるからです。

また、そのことにより自分の両親や周囲の人々に対して無償の愛を体験させるのです。だから彼らは必要な存在なのです。
つまり、障害児がいない社会というのは本来あり得ないのであり、特にダウン症のような天使がそのまま生まれてきたような人たちから、その生の機会を奪ってしまうというのは話にならないのですが。(親の苦労や心配は重々承知しています)
そもそも障害児が生まれるにあたって、この親と決めてきたということは、それだけ愛の資質を見込まれているということなのに、親は自分で自分の進化を逆ネジ巻くようなことをしてしまっている。う~~~~ん。。。。
産婦人科医の池川明先生の話を持ち出すまでもなく、うちの3人の子供たちは胎内記憶や誕生前記憶を語っていたので向こう側のことはよく知っておるのであります。

2014.7.16

虫歯が無くなれば歯医者は困るか?

ごく小さな詰め物が取れただけで虫歯でもないのに、「虫歯だから削ってセラミックにしましょう、オゾンで厳密に殺菌もするから20万円かかります」などとほざいて、それをもってナチュラル歯科(実名ではないよ)などと寝言を言ってる頭の腐った歯医者がいる。それが僕より少し若いときてるから一体何考えてんだと思う。

「もし予防歯科が徹底すれば、いくらそれが保険適応になるといっても歯医者は食っていけるのか?」という誠にレベルの低い質問も当然ながらあるでしょう。
中には、「そうは言っても、まったく虫歯や歯周病がなくなるわけじゃないから何とかなるんじゃない?」などと同じ低レベルな次元で回答をする人もいるでしょう。
別に歯科に限ったことではなく病気が無くなれば医療者はやっていけるのでしょうか?
(もちろん外傷や先天性のものは除きます)

これね、医療者がやっていけるから病気が無い社会状況が維持されるのであって、そのような保険システムを構築する必要があります。
が、この問題の本質はそんなところにあるのではないのです。

僕なら次のように答えます。
「自分が正しいと信じる道を行けば結果は後からついてくるでしょう。ただしそれが自分のエゴのためではなく宇宙と調和したものであればという前提です。
なので僕が今考えていることを推し進めていっても僕は少なくとも食ってはいけます。
しかし『虫歯が無くなれば歯医者はどうなるのか?』といったことを考えるような人は、まさにその不安どおりの現実を体験することになるでしょうね」

要するに一見3次元世界に見えるこの現実社会は実は多次元的になっており、予防を進めていく人間と、そんなことをして病気がなくなったら俺たちはどうなるのか?と考える人間とでは違う現実に出会うということです。
僕は新しい歯科医療の可能性を見出すでしょうし、他方はまぁ、廃院ですかね。
あるいは悪魔に魂を売って冒頭の歯医者みたいになるかですね。
(でもそこのHP見たらいいように書いてあるんだよなぁ・・・・


一番困るのは、不安に駆られる人たちにはここに書かれていることが理解できないということなんでございます。

2014.6.29

妊婦さんへの言葉

一昨日、衛生士が診ていた妊娠5ヶ月の女性に僕が最後に言ったこと
途中、チェアの上で足を組んだりしていたのを注意。

「子育てはもうすでに始まってますよ。あなたの足を組む癖が骨盤を歪め、お腹の赤ちゃんに窮屈な思いをさせ、赤ちゃんの姿勢を歪めてしまいます。またあなたの肋骨も連動して歪んで女性の病気になったりすることもあります」

「結局、妊娠中に母親は自分の身体の癖を見直し、感情や心の癖を見直さないといけないのよ。さっき衛生士が言ってた”あいうべ体操も”母親の舌の位置を治すことで、子供の呼吸や嚥下機能を正常に発育させることを目的としているのです」

「あなたの食べた物が赤ちゃんにいき、あなたが口呼吸をすると様々な有害物質がそのまま血液の中に含まれて赤ちゃんにいくのです

「あなたが自分の癖に気づくことで、赤ちゃんは心も身体も健康なまま育つし、虫歯や歯並びの問題から縁遠いまま大きくなるよ」

この時期に一番大切なのは、夫婦関係が円満なことなんですがね。
赤ちゃんの対人関係はそこから始まっておるのだな。

2014.6.29

酔っ払いの誓い

木曜日は奈良県歯科医師会の学術委員会。例によって委員会後は飲み会で盛り上がる。その場で僕が宣言したこと。

・奈良県歯科医師会から日本歯科医師会を変える
・歯科の保険医療システムを変える
・原則として外傷、先天性、新生物等のやむを得ないものに限り治療行為を保険適用するが、虫歯や歯周病等の治療に関しては保険から除外する
・保険は予防や健康増進に関してのみ適用する
・歯科医師会から日本の医療システムや健康に関する概念を変える
・心身の健康を害するものが何かは明らかなのでそれを社会から排除していく
・旧弊の考えに固執する歯科医師会会員は脱会してもらう
・会費を払っているから会員のために何かしてくれという考えから、会費を払ってでも会を通じて社会に貢献するという考えの会員を増やしていく
・歯学部は医学部口腔科になるべき
(ここから先は昨日言った事ではない)
・予防医療を通して、国民に生きることの意味について知ってもらい、より創造的な人生を歩んでもらう手助けをする
・日本から世界を変えていく、そして地球とうまく共存する道を歩

むこう50年でこの計画を実施していきます。
ただし主役は若い人たちで僕は逆風を遮る役目。
これが成就するまで歯科医師会会員でいるつもり。
だよ~~ん。

2014.6.29

総義歯治療の一例

先日セットした自費の上下総義歯。

調整が終わった後、患者さんに試食してもらう。
まずは楽勝の左上、胡桃から・・・・・問題なし。
次に右上、アーモンド。これかなり硬いです・・・・・問題なし。
左下、茎わかめ・・・・・噛めます。食感の違いもわかります。

さあ、いよいよ真打登場!これが噛めなければお金が頂けないというイカです。
食べられました。痛みも無ければ義歯が動かないので中に食べたものが入るということも無い。
なのに患者さんは、「前の入れ歯よりマシです」としか言わない。。。。
ま、いいんですけど。
茎わかめがどうにか噛めるという感じだったら、このイカは出さないつもりでした(ズルい)

普通よくやるのは草加煎餅のようなものを食べてもらって感激してもらうというやつですが、これは実際問題大したことじゃないんです。煎餅というのは歯で挟んでおいて手でパキッとやるし、その後も粉々になっていくから、あくまでもパフォーマンスね。
このナッツはその点、ガッツいります。最後の最後まで硬いです。
イカに至った日にゃ、義歯じゃない普通の人でも噛みにくいと思います。後からスタッフに食べさせたら驚いていましたもん。
この義歯は本当はリンゴの丸かじりが出来るはずなんですが、僕でも普段そんなことしませんので、必要がないということでやってません。
ほんとは怖かったというのも、ちょっとだけあります(笑)

上下金属床で今回の治療費は80万円也。
僕は高いとも安いとも思いませんし、適正価格とも思いません。
ただ、今回の治療に関しては自分がもう一度基礎からきちんと義歯を仕上げていこうという自分のための勉強の意味合いもあって、僕とすれば若干安く設定したつもりです。
かなり細かいステップを踏みました。
その代わり、この患者さんの主訴が前の義歯ではイカやタコが食べられないということだったので、それが食べられなければ必要経費(技工料金として必要な約20万)だけは頂きますが、主訴が解決しないわけですから僕の取り分はなし、という話でした。
そりゃ必死になるって(笑)

しかし、こうやって苦労して入ってきたお金も、スタッフのボーナス、源泉税、自分の市民税、おまけにわけのわからん特別徴収制度という名の下にスタッフの市民税を院長が納めなければならない、あと所属している各種学会や研究会の年会費等々。
入れば出て行く。
お金というのはそういうふうになっておるのでしょう。

余談ですが、日本にはこのような義歯で一千万円請求する歯科医もいます。
お金の価値観は人それぞれなので別にいいんですが、一千万あったらキャッシュでCT買えるね。
それと、この写真撮るときにナッツの入ってた大袋を思いっきり倒してしまって、診療室の床がナッツだらけになりました。
仕方が無いので拾い集めて殺菌水で洗浄して、屋上で干したら甘くなってかえって美味しくなったとさ。(でも嫁さんはムカッとしている)

食材

2014.6.29

インプラントの弊害

当院は極端に違和感の少ないMTコネクターという義歯を取り扱う全国でも数少ない医院のひとつでして(ただしMTコネクターの本質は噛み合わせにある)、だからあまりインプラントを強く勧めることもないのですが、最近どういうわけだか滅多にないインプラントラッシュです。器具の滅菌の関係上毎日というわけにはいきませんが、ここのところ毎週かな。本日は上顎洞のソケットリフ(おまけに隔壁あり)と抜歯即時埋入というオペが終わったら飲みに行こか的なハードなものを昨日やりました。

インプラントをしてから体調が悪くなる方がおられるようで(当院の話ではないが、僕がそれに気づいていないだけかもしれない)、それはインプラントがアンテナの役目をして電磁波を拾うからということらしいです。それが本当かどうかはわかりませんが、電磁波を拾うというのはあり得るでしょう。せっかくやったインプラント
除去したら体調が戻ったとかいう話もたまに聞きます。

そもそもチタンなるものが生体内で本当の本当に安定しているのかというのも疑問に思うのですが、それ言い出したらすべてワヤなので今のところ知らん振り。一応安全ということに世界基準ではなっていますし、整形の世界ではごく当然に長年にわたって行われておりますから歯科のインプラントだけがどうこうというものではありません。ただ脳に近いからね・・・・。

もし、歯槽骨が歪んでいてそこにインプラントを埋入すれば、歪みを串刺しにして固定してしまうことになりますね。さらに複数のインプラントの被せ物を連結したりすればなおのことです。もしかしたらこれもインプラントによる不調の原因なのかもしれません。

ということで来週、FEI代表の高橋先生にオペ直前に施術してもらってから、インプラントを埋め込むということを初めてやってみます。その患者さんはわざわざ上越からお越しになるんです。

なんでも厳密に考えていけばしんどいですね。僕の性格上はつらいものがあるかな。適当におちゃらけたんがいいんやけどなぁ。

ちなみに一昨日電車に乗っている時に、ずっと右上の臼歯が舌の側面に当たって痛かったので、おそらく上顎が歪んでるんだろうと軽く頬の上から調整したら、おおっ!当たらなくなっちゃったよ。。。。おまけにいまだに当たらんし。

2014.6.24

ぎっくり腰

整体の前後で噛み合わせがどのように変わるかを視覚化してみようということで、FEI本部の高橋代表が当院におみえになって、うちのスタッフを施術しレントゲンとシリコンバイトをとってみることにしました。今から考えれば印象して模型作って3次元計測装置で計れば良かったんですが、まさかここまで変わるなんて思わなかったもので・・・・。

と、その2日前にスタッフの1人(30代)がよりによってというか、ナイスタイミングというかぎっくり腰になって動けなくなりました。翌日(実験の前日)は仕事休んで一日家で寝ていました。当日も姉に車でうちまで送ってもらって階段にすがるように診療室に入ってくるような状態です。

で、高橋先生は一見して「彼女はほとんど歪んでないように見えるので、これだけだとあまり面白くない症例なんだけど、実は・・・・・」
実は彼女の脇腹にはかつての手術痕があり、それを施術すると本来っていた身体の歪が表面に出まくって、、、彼女は一般的に可愛いと思われる容貌ですが、ものすごい不細工になったんです。手術の縫合痕すなわち皮膚の引きつりは内部の筋膜・筋肉・肋骨・内臓の歪みとなりますから、通常の施術の前にまずはそれを除去しないといけないわけです。これだけでも一般的な整体とFEIが違うことがわかります。

一応、主訴はぎっくり腰ですが、高橋先生はそんなことお構いなく施術を進めていきます。どこにどんな症状があろうがやることは同じだから。で、整った瞬間、彼女は痛み無く身体を自由に動かせることに驚いておりました。さっきまでのあれは何だったの?みたいな。
ぎっくり腰の原因と思われることもいくつか指摘してもらいました

さあ、これからが本番。噛み合わせを歯槽骨の歪みをとることにより整えていきます。その前に全身が整っていることが大前提。その結果、シリコンバイトでの計測では顎の幅径が小さくなりました。そして僕がここをもう少し強く当てて、ここは当たらないようにしてくださいとの指示通りに動かしてもらいます。僕の方こそ、今までの噛み合わせ治療は何だったの? です。

噛み合わせと全身の関係性というけれど、それはあくまでも歯科医の視点であり、全身医という目から見ればすべてが全体の一部です。そう考えると一般医療のあり方も歯科医療のあり方も現状では話になりませんね。ことさらのように噛み合せの重要性を強調する人たちにも違和感を覚えるようになってきました。

また、被せ物一つ入れるにしても、身体の歪んでいない人なんていませんから、そのままの状態でつけてしまうとどうなるでしょうか?その歪みが固定したものなら問題ないのですが、日によって歪みが変わるとなると、歯科医院でつけた時は身体に調和していても、翌日には被せ物自体が顎や頭蓋骨を歪めてしまう原因になりかねません。少なくとも噛み合わせに関係するような治療の際は身体を整えてから・・・・・というのはほとんどの歯科医院では実際問題難しいでしょうから、やはり虫歯の治療などしないように予防しましょう、となるんですな。

2014.6.24

骨格バランス療法FEIとは

FEIとは「進化する骨格研究所」という意味です。なんの頭文字なのかはちょっとおいときます。
僕は世界中に数多ある療法の優劣を述べるつもりは全くありません。何だって患者さんが治れば良いのです。が、それが本当に治ったといえるのか?が問題なのです。そして再発しないの?そこの症状は取れても別の場所に問題起こさないの? これに答えられる医療者はかなり限定されるでしょう。だから、咬合治療で腰痛が治っても、それがどうした!?と思うわけ。

要は何より大切な”診断やいかに”、なんです。腰痛の診断だけしたって意味無いんです。だから主訴なぞ聞かなくても、きちんと全身の歪みやバランスの診断が出来てそれを整えられて、歪みの原因を指摘できれば終わった頃には治っているし再発だってしないはずです。ただし1回の施術でそこまでいくとは限りません。他の施術でつけられた歪みをまず取らないと、本来の歪みが出てこないこともしばしばあります。だからマッサージなど行っちゃダメよ。


例えば軽く足を広げて直立した状態で右足の親指を上に曲げてみてください。右足は荷重面積が少なくなりますから、身体のシステムは左右均等な荷重をかけようとして最初に腰が右の方に変位していきます。ところがこの状態で色んな動きはしづらいですから、そのうち腰を身体の中央に戻しても左右均等な荷重になるように身体の様々な部分が歪んでいきます。達磨落としのイメージね。


その結果もし腰痛がでたとしたら、確かに坐骨・腸骨・仙骨は歪んでいるかもしれませんが、本当に施術するべきポイントは右足の親指を元の位置に戻すことですよね。この診断が出来るのかどうかが重要で、出ている症状はあくまでも結果。歪みの本当の原因とバランスを取るために結果として歪んでいるところは分けて考えないといけないということです。多くの施術師は結果の部分を触ろうとしますので、本来の治癒には至らないというわけです。

よく整体によって身体がそこそこまともな状態にあるのは良くて4日位と言われるのはそういう理由です。原因がそのままだから戻ってしまう。そして多くの原因は足組みや頬杖などの本人の癖です。
頚椎や腰椎を直接的に歪めるというのは事故などの外傷以外では普通考えづらいので、ほとんどのケースでは結果として歪んでいるだけでしょう。そしてそこを手術したりするからどうしようもないよね。


身体の症状は本来の原因から離れたところに出ることが多いです。いくつも癖があればそれだけ複雑なバランスの取り方・歪み方になります。大きな歪みのある場所では組織の血流不足、すなわち代謝障害や酸欠が起こりますし、神経の伝達障害、口呼吸による扁桃腺からの細菌感染や腸内からの細菌感染によりミトコンドリアが機能異常を起こし様々な疾患を誘発します。ですので、整体だけですべて解決とは思いませんし、西洋医学的検査も重要だと認識しています。
少なくとも診断における医療の細分化など笑い話もいいところで、だから医者は病気を治せないし、一部の歯科医は噛み合わせですべてが治るなどと戯言を言うのです。

2014.6.24

FEI整体とわたし

先日うちの衛生士二人が川邊研次先生のセミナー受講のため東京に行きました。大きな目的は子供の姿勢教育をするためです。これを東京まで勉強しに行きたいと言ってくれる事が何より嬉しいのです。

噛み合わせをある程度勉強していくと、どうしても物理療法にいきつきます。歯科医によっては自分で整体をしたり、あるいは整体師と連携して治療にあたっている人もいます。僕はというと、噛み合わせ治療をして身体の不調を治そうなどと毛頭思わないので、そういうつもりで現在整体を勉強しているわけではありません。だって噛み合わせ治療ということは、ほとんどの場合歯を削ったり被せ物をやり直したりするわけで、そんなこと出来れば避けたいし(面倒くさい)、やりたけりゃそういう治療を謳っている医院でやって下さいと今なら言えます。


不定愁訴(頭痛・腰痛・肩こり等)といわれるものを歯科医が治せなくってもこれは問題ないでしょう。ところが、歯が痛いとか沁みるとか言われて、口の中に原因を見出せない場合、これは歯科医の診断能力を問われても仕方がありません。だって症状が歯にあるわけですから。もうおわかりのように、その原因が身体のゆがみにあることが少なくないので、ただそれだけのために修行しておるわけです。


そもそも何故こんな超マイナーな(知名度が低いという意味)整体法と出会ったかといいますと、2年ほど前、僕がまだスピリチュアルなお話会というのをやっていた頃、船井総研の下部組織である”にんげんクラブ”新潟支部に呼んでいただいたことがあって、その時にたまたまFEI整体師さんの施術を受けたのがキッカケです。まあ縁としか言いようの無い出会いでした。
これによって当院のスタッフは身体の不思議、精巧さ、そして病気や体調不良の原因はすべて自分にあることを学んで、全員がワンラックアップしています。嗚呼、ありがたや。

2014.6.24

食は社会を変える

最近、とみに歯を削らなくなってきました。虫歯の治療をしていると、それをしている自分に腹がたってきます。それとともに患者さんにも「こんな馬鹿なこと金輪際させないでね」などと言ったりしています。

ドックセメントを用いた歯を削らない治療法もそれ自体に意義があるのではなく、患者さんに自分の生活を見直すキッカケであることが重要なのです。原因はすべて自分にあるということ。

口の中のトラブルの原因に対する丁寧な説明はしますし、治療法に対する説明ももちろんするのですが、以前のように自費治療の優位性を話すことは全くなくなりました。「歯医者に歯の治療しに来るな」と心の中で思っていますから、「先生は入れ歯とインプラントとどちらがお勧めですか?」などと聞かれても「僕どっちでもええし。治療そのものに興味はないので自分で決めて」となります。不思議なことにそうすると勝手に自費治療になっていくようです。(ホントはもちょっと丁寧に話しますけどね)


僕は極論すれば患者さんの健康などに興味はありません。歯科治療も生活指導も僕にとっては手段に過ぎません。では何のための手段か?
それは地球を救うためです。もし皆が食を見直せば、今の不誠実極まりない食品産業が壊れていけば、病気の原因がかなり減るわけですから、製薬会社がやっていけなくなります。人の不安を煽って契約する保険会社も成り立たなくなります。たくさんの余剰人材が一次産業に流れるでしょう。社会の在り方が変わらざるを得なくなります。
コンビニがどんどん店舗を増やすような社会はおかしいと気づかなくてはなりません。
もし個人の力で社会を変えたいと思うなら、自分の食生活を見直しなさい、そしたらついでに健康にもなるよ、と患者さんには伝えています。
今のままでは、いくら子供を塾や習い事にやっても、子供たちが成人する頃には地球は住めなくなってるか、無くなってるかもよ。僕は別に人類が自ら滅ぼうが関知しないけれど、今回も過去の消滅した文明と同じことやるつもりなの? できれば人類の進化とともに地球も進化する方がよくない?

2014.6.24

衝撃と身体の歪と波動(バランス)の法則

わかる人にはわかる非常に素晴らしい内容(とりあえず自分で言っとく)
身体に衝撃が加わればそれがどのように波及するかということなのですが、外傷などの急性のものは除いて考えてみましょう。

誰にでも癖はあるものです。
その癖が身体を歪めてしまい様々な病気の原因になっている、その病気には癌まであり得るということは、あまり一般的に認知されていません。
歪みはすなわち局所の代謝障害を起こすのです。
局所の低酸素と低体温は癌の格好の温床となります。
なので、たかが癖などと侮ってはいけないのであります。
非歯原性の痛みも往々にしてこの癖から来ていたりするのですが、それは頬杖などの直接的なものから、足組みなどの一見関係なさそうなものもあります。座り方とかね。

ここに頬杖と足組みの癖がある人がいます。
それぞれの癖は衝撃波としてゆるやかに体内を伝わっていきます。
衝撃波と言ってもぶつかったりするわけではないので、ドンッ!というよりはジワ~ッといった感じですね。
ここからが大事なところなのですが、この2つの衝撃波は波としての性質を有していますから、お互いに干渉し合います。
つまり2つの波が重なるところでは、それらが引き起こす歪みは代数和となり、増幅したり隠れたり(臓器に歪みが移動することも)するのです。
一見、まったく歪んでいないように見える胸椎の7番。
足組みの癖による大腿骨の歪を取ってみると、あらら?めちゃくちゃ歪んでますよ胸椎7番!!
同部において2つの波がお互いに作用しあっていたために正常に見えた胸椎7番において、片方の波を除去することによって、もう片方の波による歪みが表面に現れたということです。

この事実は、まともな整体師なら(FEIを学んでいる者は誰でも)経験的に知っていることですが、波として理論化している人はいないのではないかな。
医者・歯医者は知りません、たぶん。
ですので整形外科領域において、オペが専門化するのは仕方ないとしても、診断まで専門化するのは僕は大いに疑問なのです。
僕の兄は股関節ではそれなりに有名だった(過去形)整形外科医ですが、僕が鎖骨骨折した際の彼の診察は、それは心もとないものでした。
歯科医なら経験したことがあると思いますが、患者さんで首の手術してから色々と不自由している人いらっしゃるでしょ。
僕は何人も見てきました。
それは必ずしも外科医の技術の巧拙ではなく、そもそもの診断に問題があるのではと思うのです。

また、噛み合わせを治せば体のすべての不調が治ると豪語する先生がいますが(それも数多くいるから困ったもんだ)、本当に身体のシステムを理解していればちょっとそれはないよなぁ、と感じるはずです。
確かに噛み合わせの身体に対する影響力は多大なるものがありますが、歯もね、関節なのよ。
釘植関節といって、歯は靭帯をもって顎の骨と連結しているのです
であれば、きちんと全身の関節や骨の歪みを診断し、その中に噛み合せの診断も含まれているというのが本来じゃないでしょうか。
おまけに、ヘボな整体師にかかって身体がおかしくなっても元に戻せますが、噛み合せの治療と称して歯を削ったら二度と元に戻らないのよ。
歯科領域の関節といえば顎関節しか頭に浮かばない歯科医も多いでしょうが、歯も関節ならそこだって徒手的に動かすことが可能なんだよなぁ(いわゆる歯列矯正ではない)。

波の性質は他にも、反射・屈折・回折というのがありますが、ここまでくると物理が苦手な僕には手に負えません。
でもきっとそのように衝撃波は体内で挙動しているはずです。

2014.6.24

肺癌の原因と特効薬

一昨日、ある女性患者さんにケトン体について質問されました。
俺に化学のこと聞くなや!と心の中で思いながら、たどたどしく答えました(笑)
要するに糖質を栄養素として摂取しなくても、体内に蓄積している脂肪から糖新生できるし、一方で出来るケトン体は脳や筋肉の強力なエネルギー源になる、という話です。
でも、いきなり糖質制限すると、僕もそうだったのですが脳が糖質不足に陥って良くないので、やるにしても徐々に変えていく、本当は医師の管理下で体調をみながらするのが望ましいと伝えました。

彼女が何故その質問をしたのかというと、現在ご主人が肺癌と糖尿病を患っていて、自分が出来ることといえば食事を(ケトン食に)変えることくらい、らしいです。
この人もHP見て来られた方なので次のような質問も受けました。
「先生、やっぱり肺癌も心の問題と何かつながりがあるんでしょうか?」
「ありますね。ただ、それだけではないし、長年の食生活や生活習慣、ストレスなどいろんなことが複合して起こっているわけです」

奥さんにはご主人の匂い(エネルギーの破片)がついて残っていますから、それを一応嗅ぎ取りながらご主人のことをイメージしてみます。
「ご主人はおそらくね、ご主人のお父様が非常に厳格に子育てなさったので、小さい頃から中々親に認めてもらったり褒めてもらったりされたことがないようです。そのために愛情に飢えていて寂しい想いが強い、というのが一応今回の肺癌の心理的原因で、父親のいうように生きようと一所懸命頑張ってきた結果が糖尿病ですね」
「先生、全くその通りです」

おそらくこのご主人は仕事的にはそれなりに成功なさったのだと思います。
こういった場合、そこをリタイアした頃に体調を崩されることが多いようです。
僕に相談したのがご主人本人であれば、まだアプローチのしようもあるのですが、厳格な父親に育てられているわけですから案の定、手術・化学療法・放射線療法を受けられています。
西洋的治療がなければという前提で、もしかしたら奇跡が起こるかもしれない、誰にでも簡単に出来ることがあるんです。
それは何だと思いますか?

もし、自分が(誤って)自分の子供をことのほか厳しく育ててしまった。
その子供は自分の言いつけを守り、一所懸命頑張って生きてきた。
それが今、自分の目の前で肺癌になり糖尿病と闘っている。
自分には現在すべてのことが理解できている。
あなたならどうしますか?

普通は、子供の背中をさすりますね、愛情を込めて。
もしかしたら懺悔の気持ちも込めて。
言葉に出したらなお良いですね。
「ごめんな。よく頑張ってお父さんの言いつけ守って生きてきたね。ありがとう」

という気持ちを代弁して奥様がなさっても同じことです。

例え抗癌剤でボロボロになっていても、これをしたら花道を歩いて天国に行くことができます。

2016.6.24

自殺について

HPを読まれた方から、お陰様で自殺を思い止まり前向きに生きていこうと決めました、という旨のメールを先日頂きました。
著書も含めて少なくない人の人生に影響を与えているのは知っています。
自殺に限らずいじめの問題にしても、その本質を書いています。
毎日70人くらいが自殺に関するHPの記事を読まれていることを考えると、その記事が救った命は少なくとも数人とかいう単位ではないでしょう。
救えなかった命の方がもっと多いのかもしれません。
いずれにせよ、良かったと思う次第です。

が、僕は別に自殺を止めようなどとは微塵も考えていません。
物事に良い悪いがあるという概念がないので、したけりゃ勝手にしたら?と思っています。
ただし、自殺すれば全部チャラになってやり直せるなんてことはドエライ甘い考えだということや、そもそも生きることの意味も知らないのに、人生がつまらないとか苦しいだとかを理由に自殺することがナンセンスでしょ、という旨のことを書いています。

ちなみに、最近では自殺というのをやめて自死と呼びましょうという風潮になってきていますが、これはとんでもない間違いで、自死というのはかつて人が今のように病気で死ぬということがほとんどなかった時代に、寿命を予感した老人が飲食を断ち、新たな生命エネルギーを取り入れるということを止め、静かにお迎えが来るのを待つ、という行為のことを指します。

よく何でそんなことを断定できるのか?何を根拠に言ってるのか聞かれることがあります。
そんな時僕は決まってこう答えるのです。
「知ってるから知ってる」
DNAが記憶していることの根拠を聞かれても、それは聞く方がおかしいのです。

2016.6.24

子育ての意味

次に若いお母さん方に伝えることがこれです。

子育てとは自分育て。

若い未熟な大人が子育てを通して一人前にな る、そのためのもの。

子供はどんな形をとろうが親の心の映し鏡なので、そこにきちんと自分を見ることができるかどうかがポイント
子供の人格形成は胎内にいる時から始まります。

この時の夫婦関係が如実に子供に現れます。

あるいは生まれてから3歳まで。

ほとんどの人はこの間にネガティブなものを刷り込まれます。

知らないうちにそれに囚われて生きてきました。
子供は親が何に囚われているかを行動を通して見せてくれるのです

それによって親の愛情が逃げていくかもしれないのに、親のことが大好きだから勇気を振り絞ってそうするのです。
親は叱ります。

自分自身の一番弱いところ、嫌いなところを見せつけられて腹が立つのでしょう。

これは要するに自分を叱っているわけです。
親が自分と自分の親の関係を素直に見つめて、何に囚われているのか、それが自分の人生のハードルとして乗り越えるべきものであれば、それは何なのか(自信を持つこと、自立すること等)を見つけられればしめたものです。
そのようにして子育てを通して親が自分と対峙するようになれば、子供の魂は自分の子供としての役割は終えたと感じ、安心して自分自身の人生を自分のために自立して生きるようになります。

ここに書かれているたった十数行のことを誰も教えてくれないから、親は子育てで悩み、どうすれば良い子に育つか、頭の良い子になるか、才能を伸ばせるか、どの習い事をさせよう、どの塾が良いの、良い私立へ行かせたい、といった親の一方的な希望的観点からの子育て論が横行するのです。

歯医者で言うかね?こんなこと(笑)・・・・・うちでは言うのよ
これなくして小児歯科やマタニティ歯科なんぞあり得へんねんけど。。。。

ワンネス歯科はそういうところなので、時折母親に子供の相談受けたりしますが、例外なくご主人との間がうまくいってない。その原因は自分と自分の親の関係にある。と言っても伝わらないことも多いです。60歳を超えると、それまでのすべてが壊れていくようで、自分を見つめるというのが怖いのでしょう。結局、子供のせいにして終わりです。

嗚呼、愚かしき哉


最後に、じゃあ僕は誰にこれらのことを教わったのかというと、うちの子供たちからなのでした。

2014.6.9

正しい情報の得方

 僕が若いお母さん方に最初に話すのは次のこと。

「一番大切なことは正しい情報を得ること。そのためには僕の言うことも信じないように。帰ってからきちんと自分で調べてください
「ネットにはあらゆることに関して様々な見解が書かれています。正反対のことを書いてたりもします。多くの人は自分のエゴのフィルターを通して情報収集をしようとするので、自分にとって不都合な情報は引っかかってきません。だから心を無にしてきれいな状態で調べ物をしないと偏ってしまいますよ」
「インプラントの手術が怖いと思っている人は、インプラントをして腫れたとか、失敗したとかいうブログばかり目につきます」
「あるいは玄米に関しては栄養的に完全食だから身体に良いという意見と、貧血を起こすからダメという意見と両方あり、僕は両方正しいのだと思っています。つまりは適用する個人により変わるということで、誰にとっても絶対的に正しいということは少ないのかな
「で、最終的にどの意見を自分にとって正しいとして採用するのかというと、それはね、直観です」
「え?ちょ直観ですか?」
「当たり前やん、そんなもん(この辺からちょっとぞんざい)。あのね、勘の悪い野生動物はすぐ死んじゃうよ」
「そうですね」
「生命が安全に生きていく上でこの直観がものすごく大事なのに、今の若い方はしょうむない教育のせいでこの勘を育てるということができてないの」
「なるほど」

となるわけでした。

2014.6.9

乳製品は本当に毒なのか?

 随分乳製品にケチをつけることを書き連ねましたが、では真っ当に飼育された牛から出来るものだったらどうなのでしょう?

そこで問題になるのは2点。日本人の多くの大人が乳糖不耐性なのと、乳脂肪分のうちのオメガ6の存在でしょう。
僕はこのように考えています。

乳糖耐性の人間も少なからずいるわけで、その人のDNAがどこから来ているのかが問題ではないでしょうか。

モンゴルやチベット由来であれば乳製品摂るのも悪くない気がします。

いや、たとえそうであっても、日本の地に長年住んでいるとDNAも環境に適応するから、やはりダメなんだという考えもあるでしょうし、それに対する反論は持っていません。
オメガ6は一応必須脂肪酸ですから、摂り過ぎが問題なのであって悪者ではありません。
どのようなサプリも様々な謳い文句を披露してくれます。

人間が機械であればその効能は額面どおりあるでしょうが、個人差があまりにも激しいのです。

僕はO-ringはあまり好きじゃないけれど、何らかの波動測定を用いて合う合わない、必要か必要でないかを決めていくべきなのかなと思っています。

このことを無視して、これが身体に良いからと勧める人の何と多いことか。

サプリ出すにもやはりきちんとした診断があってのものだろうということです。

2014.6.9

乳製品と炎症

僕思うんですけど、抜歯後に急性症状が出たなら普通はその原因を探ろうとします。

今であれば問診で食生活のことも聞きます。

ころがリウマチ、アトピー、喘息などの慢性炎症の場合は急性化などが通常ないわけですから、何がキッカケでということを患者も医者も考えません。

そうしますとその背景にある食生活や生活習慣に思い至らない、ずっと現状のままですね。

メインテナンス中の患者がある時、掌蹠膿疱症になりました。

膚科に行きアレルギー検査をしたものの金属アレルギーはないとの診断でした。

これは後ほどパッチテストの期間が短すぎて出ないだけというのが当方で確認されました。

24,48時間くらいじゃダメなのです。

病巣感染の可能性は考えづらかったので一応注意深くアマルガム(水銀化合物)を除去したところ案の定一時的に症状がひどくなりました。

いくら注意して相応の体制を整えてやっても切削粉は吸い込みますからね。

で、除去したらどうなったかというと、一時的に緩解したものの再び元に戻ったのです。

次に疑うは腸管免疫の低下です。

通常、掌蹠膿疱症患者はビオチン(ビタミンB7)が欠乏していると言われているので皮膚科で同剤を処方されます。

卵白がビオチン吸収を阻害するためそれに対する指導が必須なのですが、うちの患者は主治医からそういった話を全く聞かされていませんでした。
そこで問診してみると乳製品が大好きとのことで(ずっこけそうになった)、当面は一切の乳製品を止めること、肉類もよく吟味して出来れば控えること、精白した小麦粉で作ったパンも止めることを指示しました。

すると1週間でかなり改善したのですが、一切止めるということができなかったようで、改善したにとどまりました

あとは自己責任と思ってそれ以上強くは言いませんでしたが、昨日の来院時に見たら手袋してなかったので治ったのでしょう。
僕が声を大にして言いたいのは、一体、皮膚科の医者は何を問診しとんねん!!ということです。アホか。

歯科においても、歯ぐきが腫れてきた患者がいるとします。

切開して膿み出しするような炎症のタイミングでもない。

聞いてみるとヨーグルトを毎日摂っている。

これと糖分を控えさすだけで治っていくことも少なくないんです。

でも歯医者にそういう視点がないと、やはり何らかの処置をされますね。

それはそれで良いんだけど、なぜこのタイミングで腫れたのか?を考えないとその歯科医は進歩しない気がします。

2014.6.9

ダービーとヨーグルト

 競馬を始めて21年。初めてダービーの馬券(3連複ですが)を 取りました。が、自分的な本命ではなかったので取ってもチャラ。

4枠7番が取り消した時点で、3番か16番の馬が来るのは確実だったのですが、普通桜花賞2着の16番の方に重きを置くよなぁ。3番は保険馬券だったので仕方なし。


先日は東京の馬喰町(ばくろちょう)というマイナーな場所で那覇で開業されている宮城正照先生の「歯科医療変革セミナー」というのを受講しておりました。

例によって懇親会も出て、今回は昨日のうちに新幹線で帰りました。

車内前方掲示板はとにかく見ないように、唐突に競馬の結果を知らされないように気をつけて深川めし食ってビール飲んでおりましたが、トイレに行くため後方へ歩き出したら、考えてみれば(考えなくても)当たり前なのですが、そこにも掲示板があることを失念しておりました。

僕って、きっと頭のどこかのネジが緩んでるんだと思います・・・・

セミナーは非常に面白くて、今、歯科の最先端はマイクロスコープを駆使した審美だったりインプラントだったりでしょうが、歯科が人々の健康を守る最前線におり、治療より予防、予防よりヘルスプロモーションへという意識の変革をしている歯科医も数多くいるという現実に僕はうれしくなりました。

そういう人たちと今後も関わっていきたいです。

もう治療は十分。

僕の中では救急医療や先天性疾患に対するもの以外で、治療行為などをやっている医者・歯医者は三流なのだと思っております。

そんなもので治癒などしないしね本当は。

で、つい最近まで僕もその三流の中にどっぷり浸かっておったわけです。

乳製品がとにかく身体に悪い、慢性炎症の原因になるからと患者指導してきましたが、僕はそれはホルモン剤や農薬や抗生剤によるものと考えていました。

昨日のセミナーでそれ以外に脂肪分の質も大いに問題なのだということを知りました。
で、今朝一の急患です。

先週金曜日に上の半分埋伏している親知らずを抜歯したところ、上顎洞と交通しており、止血用のスポンジを入れて縫合して注意事項を述べて帰しましたが、土曜日の午後からえらく腫れてきたそうで、今朝見ても頬がパンパンでした。

縫った糸は取れてスポンジもなくなっていたため、洗浄後、再度スポンジをいれ滅多に出さない抗生剤を1週間分出し、場合によっては耳鼻科に行ってもらう旨伝えました。
以前から抜歯の翌日は何ともないのに、抜歯後2,3日してから腫れてくる患者がいるのは何故だろうと思っていましたが、今朝の患者から診て欲しい旨の電話があった時点で頭にひとつのアイデアが浮かびました。で、聞いたのです。

「乳製品好き?」
「う~ん、コーヒーにミルクいれるくらい。。。」
「それは関係ないな」
「あ、あとヨーグルトは好きです」
「土曜日以降食べた?」
「はい」

どうもね、牛乳よりヨーグルトがまずいみたい。

おそらくいい歳した大人が牛乳をコップ一杯とかは飲まないけど、ヨーグルトは小皿に一杯は食べるからでしょうね。

オメガ6ですか、悪いのは。これ炎症促進するのね。
おそらく、抜歯翌日は多少普段と違う食事にしてるのだけど、2日目くらいから通常食に戻して、乳製品が好きな人はそれを摂って結局腫れてしまう、というところじゃないでしょうか。

これから抜歯やインプラント手術後の注意事項にこのことを付け加えなくちゃ

あとは揚げ物や炒め物に使う油にも注意しないといけないですね
 

あ、ちなみに同業の皆さん、歯を抜いた後に抜歯窩治癒不全になるのは、患者がその歯を本当に抜歯してよかったんだろうか、と思っている時ですから、僕は「抜歯前に十分納得してからにしてね、後から言われても知らんよ。僕は、抜いても抜かんでもどっちでもええし」とインフォームドコンセントを行っています(笑)

2014.6.9

口の中の異常と心の(感情の)歪

 かつてこういう患者さんもいました。40代の女性です。

 これまた同じく左下の第一大臼歯の痛みなんです。前後の歯も相手の上の歯も含めて全く問題なし。場合によっては上の歯の痛みを下に感じたりすることもありますから。
 で、僕が問うたのが「最近、息子さんと何かあったん?」
 患者「・・・・・・いいえ」
 僕「でも、原因それしかないんだけど」
 患者「例えば息子が最近独立して家を出て行ってわたしが寂しい思いをしてるってことですか?」
 僕「だからぁ、そういうことを言っとるんだよ」

 もちろん何もせずに症状は消失。

 右側の第一大臼歯なら娘さんとの関係。もちろん必要ないときにはそんなこと患者に伝えませんが、以前二人ほど妙齢の女性に言ったところ、どちらも 「うちの娘はほんとにロクでもない娘で・・・・」との答え。 
 つい先日もそういうことを言った女性患者は、「それ娘のことじゃなくて母です。最近、母との間がちょっと・・・・」 ということもあるので、自分が娘の立場で、ということもあるのでしょう。
 
 漢方医が脈診だけで診断しないように、僕は総合的に判断しているのであって、何でもかんでも心理的な面から決めつけているわけではありません。
 このような診断法をしている歯科医はフランスに一人だけいるのを知っていますが、彼女と僕とは少し見方が違います。そもそも西洋人と日本人(東洋人ではない)とは全く別の生物だと思っておりますので。

2014.6.9

口の中の異常と身体の歪み

 当院においては僕の思考の現実化が異常に早いです。ある治療法を学んだら次の日にはそれを必要とする患者が来たりします。お金が欲しいなぁと思ったらインプラントを希望する患者が殺到・・・・・とならないところが困ったものですが(笑)
 今月の14日に直江津でFEI整体の勉強会があり、身体の歪みを整えると噛みあわせどころか顎の大きさ・形まで変わるということを参加者全員が経験しました。すると翌々日の診療日には(翌日は休診)、歯には全く異常がないのに痛みを訴える女性が二人も来院。
どちらも左下の第一大臼歯に痛みを感じており、エアーをかけるとしみる。また親知らずが埋伏している状態であるが、それ以外には前後の歯も含めて何の問題もない。でも痛みはあるわけです。いわゆる非歯原性疼痛というやつ。さて、どう診断しましょ?
 まず、親知らずが中から前の歯を押してきている可能性はあるが、とりあえず歯自体に異常はないので心配はいらないことを伝える。
 身体の歪みの連動性、つまり足の指の歪みからでも第一大臼歯部の骨の歪みを誘発し痛みを起こすこともあることを説明し、最近思い当たるような打撲等はなかったか聞く。
 それがなければ慢性的な癖の可能性があるので、一番直接的に顎を歪め易い頬杖をしていないか聞く。
「いや~、そんなことしてないと思いますけど・・・」 と言いながら右手で下顎を触っているのを指摘して、「あのね、そういうことを言っとるんだよ」 と大笑い。
 一応、当該歯周辺の歯および骨のマニュプレーションみたいなことをやって様子をみてもらう。
 最後の最後に究極の一言 「あのね、この歯のトラブルって息子さんとの間の問題でも起こることがあるんだよね」  患者「・・・・・・」
 翌日、一人の患者から昨日より痛みがひどくなったのでロキソニンを飲んでもよいか?との電話があり、飲むように指示。
 で、結局翌週に診てみたら、ロキソニン飲んだ患者はそれ一錠飲んだらあとは全く何事もなかったかのように痛みはなく、もう一人もあれから徐々に痛みはなくなって、今は全然大丈夫ですとのこと(後者はやっぱり頬杖してました、と自白)
 こういった場合、下手したら歯の神経抜かれたり、極端な場合は抜歯までありえるんです。僕がもっと身体の歪みの診断が素早く適切にできれば良いのですが、今のところこんな感じです。つくづく口の中に起こっていることは全身の状態を映しているのだと感じ入る次第でした。
 最近では「歯なんか磨いても磨かんでも一緒じゃ。本当の原因は違うところにあるの」とまで患者に言うことありますからね(笑)
 ちょっと知ってる歯医者のために言っておきますが、これは「その人療法」などではありませんので念のため。中足骨だけに着目しているわけではありません、当たり前ですが。

2014.5.27

スタッフのやる気

患者さんに砂糖の害について話していると、必ず「では砂糖の代わりに何を使ったら?」ということを聞かれる。僕は料理に砂糖やその類似物を入れることによって甘みを出すという考え自体を改めて欲しいと言うのだが、実際いきなりには難しいことも理解できる。食生活の改善はえてして「あれダメ、これダメ」みたいになりがちで、指導される方にとってはよほどのモチベーションがなければ変えてみようとはなりにくい。
ということをスタッフから相談されました。うちではもう何年も家族揃ってマクロビなもので、家ではほとんど砂糖を使いません。そこで昼の休憩時間に嫁さんの砂糖講座が始まって、結局、僕が直江津へ整体の勉強に行ってる間にうちでマクロビ料理教室を開くことになりました。ついでに味噌も手作りしてもらうことに。
いくら僕がセミナーで知識や技術をつけてきたって、患者さんの心を動かすのはスタッフなので、いよいようちも本格的に進化しだしたなぁ、と感慨深い今日なのでした。

2014.5.27

胡麻豆腐

昨日はまさかの休日診療急患0。
それはええことなんやろうけど、俺の日曜返せ~、と言いたくなる。
おかげで持っていった本全部読んで、まだ時間が余っちゃった。

・歯科発 ヘルシーライフプロモーション~食育・生活習慣指導と栄養管理~
花田信弘監修
・身体・精神・愛・魂・成績までも育む「食の摩訶不思議」
市来英雄著
・治療用義歯を用いた総義歯臨床 松風カラーアトラス

深水皓三編

控え室のテレビがつかず、オークスは見れませんでした(←どうでもよい)
本を読んでいて、専門的な話になりますが、Ⅱ級骨格の人の総義歯においてタッピングポイントと嚥下位(GoAのアペックス)のズレが往々にして大きいのは、舌が低位にあり逆嚥下を長年続けてきたからであり、それは単に治療義歯を入れるだけでは修正できないことに気がついたのは自分的に収穫でした。

さて、胡麻豆腐です。

僕はここ2、3年冷奴に生姜や醤油などをかけたことがありません。

常に天然塩です。

ただし豆腐が美味ければという条件付です。
皆さんは僕がふざけてると思われるかもしれませんが、絹豆腐に塩をパラパラと振って、白胡麻・黒胡麻を摺ってやると、胡麻の風味はするしプチプチした食感はあるしで結構いけるのであります。

最近では甲州ワインをよく飲みますが、ワインのキャップシールなるものを剥がして伸ばしてみたら、あら不思議。
おなかの赤ちゃんを見つめる妊婦さんになりました。

胡麻豆腐

ワインのキャップシール

2014.5.27

お節介な歯医者のお節介じゃない仕事

昨日、3人の子供の乳歯のう蝕と1人の大人の永久歯のう蝕に対し、生活指導(あいうべ体操や食生活の指導)と重曹うがい・ブラッシングを指示するだけで帰した。
今さら歯を削って詰めるという診療体系には戻れないとはいうものの、少し複雑な気持ちになったのも確か。
うち一人の少女はチェアでの泣き方が普通じゃなかったので、もしかしたら父親が暴力的だったかもしれないとも思わせた(離婚している可能性もあるがそこまで聞かなかった)。
本来ならT4Kという装置を使って嚥下と呼吸の改善を図りたいところだが、いきなりはかわいそうだったので夏休みの際に様子を見て勧めることにした。

子供に起こっていることはすべて結果。
原因は両親(大人)にある。
「でもお母さん、あたしが悪い、とか、親の責任、とかじゃないんです。あくまでも原因と結果」
だから子供だけに何かを注意して治そうとしてもうまくいかない。
健康のことは母親の管轄なので、母親が子供と一緒に生活習慣を見直すようにしないと。
いや、それより重要なことは子供が親の心の反映として見せてくれているものに気づいて、自らを癒さないとあなたの家族は前へ進みませんよ。
てなことを最近は申すようにしております。

2014.5.27

抗酸化食品

ついに当院でもSODSHを販売することにしました。

いくら健康に気をつけている人でも、紫外線や放射線、電磁波、大気中の化学物質、ストレスなど、避けることの出来ない身体を酸化させる要因に晒されている現実があります。これらは現代においてよりシビアな状況になりつつあります。

僕はサプリメントは原則として必要な時に飲み、身体が立ち直れば止めていくべきものだと考えており、その間に食生活やその他の生活習慣を改めていくのです。しかしながら、我々を取り巻く環境のことを考えると、酸化というものに対しては何らかの手段が必要なのは認めざるをえません。それは環境が改善するまで半永久的に続けなければならないでしょう。

患者さんを診ていても、明らかに身体が酸化傾向にあるなというのが一目でわかる人が少なくありません。先ほどもある女性に勧めようかなと思っていたら、向こうから興味を持って質問されてきたので十分説明の上、サンプルを渡しました。「これ飲んでるから今のままの生活でいいや、じゃダメよ」と言いつつ。

この食品は抗酸化以外に様々な不足しがちな栄養素を補ってくれるのと、作っている会社が非常に信用できるので導入しました。これからどのような変化が現れるのか楽しみです。

抗酸化食品

なお、うちの受付には張り紙がしてあって、こういうことを理解した人にしか販売しません!と書いてあります。

2014.5.27

インドの水と咀嚼の話

 よく噛むことの効用はわざわざ記す必要もないでしょう。脳を活性化させるとか、唾液分泌を促進させるとか、その他もろもろ。特に唾液は通常中性ですが多量に分泌されると弱アルカリになるので、食事中に口の中が酸性になるのを中和する働きをもつようになります。また、よく噛むことによって満腹中枢が刺激されるので、腹八分目で十分になります。早食い選手権に出るような人は噛まずに飲み込んでいます。でないとあれだけの量は食べられません。
 歯医者なら誰でも知っている元岡山大学歯学部小児歯科の岡崎好秀先生は、よく噛むことで食物の表面積が増し、唾液や胃液と接触しやすくなり消化されやすく殺菌されやすくなる、泥水であっても少しずつ飲むことでより殺菌効果が高まるとおっしゃってます。それは確かにその通り。でも、それだけではないという話をします。
 以前、僕の知っている女性の住職さんが、先代の住職である母親とインド旅行に行きました。もちろん巡礼の旅でしょう。するとある時突然、母親が生水を飲みだしたのです。娘は驚いて吐き出すように言いましたが、「よく噛んで飲んだら大丈夫よ」といって、結局飲み干してしまった。でも、その後も何ともなかったということです。よく噛むことによって何の効果が上がったと考えるべきでしょうか?
 咀嚼とは自分の身体と同化させる行為です。普通は食物を粉々にすることだけを同化だと思っていますが、実はそれ以上に大切なのが自分の体温と同化させることなのです。消化酵素だけに限らず、体内で行われるあらゆる生化学反応には至適温度というものがあります。当然ですが体温あたりでそうなっているはずです。仮に常温の食べ物だったとしても、そのまま飲み込めば体温とは10度近く差があり、内臓は熱エネルギーを奪われます。逆に熱すぎてもだめでしょう。これから暑くなって冷たいものばかり摂っていると、そりゃ体力落ちるっちゅう話です。
 よく、30回噛みとか50回噛みとか言いますが、口の中の温度と一緒になったと思ったら飲み込んでいいというサインですよ、と僕は患者さんに伝えるようにしています。だから、飲み物でも本当は噛んだ方がよいのです。それによって身体の中の消化や無毒化の工程が円滑に行われるということでした。意外にこういう見方はされていない気がします。

2014.5.27

歯の値段

フェイスブックからの転載ですが、面倒くさいので何月何日掲載分ていうのは省略。

うちのHPをもうちょっときちんとした歯医者らしくしようかな、とも思ったけど、これでもHP見て来ましたという人や紹介の患者さんが増えてきてるので、ま、いっか、と思ったりなんかして。

何度も申しますが、うち、普通の歯医者です。

でも、頭の中は普通じゃありません(笑)

 

 先日放送されたNHKの「プロフェッショナル~運命を変えた8 つの言葉」を見た方も多いと思います。最後に登場した義肢装具士の林伸太郎さんの本編を以前に見たときに思ったことがあります。「これ、いくらチャージするんやろ?」 僕の感覚ではあれだけのものであれば最低でも指1本15万円、普通に考えたら30万円、高くて50万円まではあり。
 最近僕が患者さんに言うことがあります。「あなたね、仮に事故で手の指2本切断したとしましょう。それを見た目も機能も十分に回復したとして、それに健康保険が利きました。全部で8千円です、って言われて、あなたその人工の指を大丈夫だと思いますか?品質を信用できる?できるわけないよね。でもね、保健の歯の値段てそうなのよ」
 僕は現行の健康保険制度が歯の価値を下げていると思いますし、だから口の健康を大切にしない人、口だけではなく健康そのものに対する認識が低い人が多いのだと思います。それに甘んじている歯医者も残念ながら同罪でしょうね。戦後の虫歯の洪水時代に、この保険制度で皆が救われたのでしょうか?長い目で見たら歯の治療のせいで身体ぐちゃぐちゃになってる人は多いと思います。歯科医の技術の問題じゃありません。原因をないがしろにして治療を繰り返すからダメなんです。保険点数を上げろって話じゃなくってね・・
 Dr.Priceのことを引用するまでもなく、虫歯や歯周病が戦後増えたのは砂糖と小麦以外に考えられないわけでして、決して歯磨き指導が大切なんじゃないんだよなぁ。するけどね、一応。

2014.5.27

大シャングリラ計画

~5月9日投稿分より~

 日本という国や社会が、政治家や官僚によって変わらないというのは皆さんよくご存知の通りです。歯科医師会はじめ各団体は職域代表と称して議員を送り込むわけですが、皆さん非常に視野が狭く視点が低く、要するに自分たちさえ良ければ的発想が基にあるので、結局は国が良くなるなどということは起こりません。
 一方、野に目を転じてみると、今、日本各地で自給自足のコミュニティが立ち上がってきています。福井の萌叡塾もそのひとつ。電気をどうするのかという大きな問題はあるのですが、それ以外ではほぼ自給自足が成立している状態です。食が壊れているという日本の現状を鑑みた時に、安全な食べ物を自給するというのは非常に大切なことです。コミュニティ内での自給にとどまらず、それを望む外部の人たちにも有機あるいは自然農で育てた作物を届けることが出来るというのがミソです。それによってコミュニティには属さない人たちが、間接的にコミュニティの経済を支えることになるから。 
 目指すべきコミュニティの形として、その中には様々な職業の人がおり、原則的にお金は存在しません。お金は主に外部との間での物のやり取りの際に必要となります。コミュニティが孤立しては意味が無く、そうでない人たちとも密に交流します。労働はすべてその本来の意味である奉仕の形で行われます。もちろん原価がかかるものも多いのでそこは一考を要します。皆が皆畑をする必要も無いでしょうが、小さくてもやるでしょうね、楽しいから。放置された杉林は手入れされ、活用され、形を変えていくでしょう。秋には鎮守の神様の下、盛大に感謝の祭りが開かれます。


 ここでひとつ質問を。
 もし、明日からお金というものが無くなったら、自分の仕事の対価も無償だが、欲しいものもすべて無償で手に入るようになったら、皆さんは今の仕事を続けますか?

 僕は続けます。もし、考えるようなら今の仕事は皆さんにとってその程度のものだということです。


 さて、日本にそういったコミュニティがたくさん出来、それぞれが成熟していく中で、コミュニティ同士のつながりも重要になってきます。小さな州が連携を取り合って合衆国になるように、日本中に点在する小さなコミュニティとそれに関わる一般の方々が有機的につながることにより、それが実質的な日本となる。もはや政治は意味をもたなくなり、大企業は自らの在り方を再考せざるを得なくなります。チキンラーメンだって味の素だって、創業者の意思は世のため人のためだったはず。
 それが日本になるといいましたが、日本が良ければそれで良いわけではありません。志を同じくするならば外国人も受け入れます。さあ、お立会い!皆さん、少しくらいは耳にしたことがあるかもしれませんが、ここであの「エスペラント語」がようやく日の目をみるかも、です。井上ひさし、梅棹忠夫、宮沢賢治、柳田国男、ちょっと変わったところで出口王仁三郎なんかもエスペランティストだったそうです。ちなみにうちの娘二人もエスペラントを習っていたりします。
 先日テレビで見たのですが、アメリカではすでに一部のセレブ達が自分たちの稼いだ金で貧乏人たちを養うのは馬鹿馬鹿しいということで、独立したコミュニティを作り納税をしないため、街は破綻状態になっているということでした。形も趣旨も違うけど、まあそういう動きがアメリカらしくもあるわけです。


 シャングリラは別名シャンバラともいいますが、理想郷のことで、チベット奥地にあるとか、シャスタ山の地下にあるとか、多次元的に霊的な形で多数存在するとか、皆の心の中にあるとか、いろんな言われ方をしております。それに憧れる多くの人は、シャングリラがすでにあってそこに辿り着こうとするわけです。僕もずっとそう思っていました。しかしながら、もし僕が上に書いたことが実現したなら(実現させるのですが)、それってシャングリラじゃないでしょうか。小さな理想郷がたくさん繋がって大きな理想郷を作る。その小さな理想郷は自分たちの手で作る。これって、スゴイじゃ~ん。各コミュニティは個性的で考えも様々でしょうが、決して他の在りようを批判せず、尊重しながら連携できるのかが大きなポイントです。


 先日、萌叡塾の塾長の谷崎さんに、こっちに来なさいと言われました。もちろん、すぐには無理ですが、「シャングリラからの伝言」という本を上梓し、同名のHPも立ち上げている僕とすれば、これが僕を含めた家族の運命なのか、と思います。子供たちはすっかりその気。この大シャングリラ計画がある程度完成するまでは、僕は寿命を頂けるのかなと思う今日この頃。
 ちなみに、以前塾長に「僕は赤い灯、青い灯がない所ではよう住みません」と言ったことがあって、こないだ会ったら「西塔さん、赤提灯作るから」って言われました。いや、そういうことじゃないんだけどなぁ・・・・

2014.5.13

The Essence

~5月9日投稿分より~

 え~、わたくし、自分の医院のHPの方では毎日700人以上が何らかの形で訪れ(クローラーアクセスは除く)1500ページ前後の記事が読まれております。歯医者のHPとすれば突出しているのでしょうが、何せ書いてる内容が内容なもので、あまり自慢にもなりません。医院の宣伝になど、こっから先もなっておりません(笑) その中でブログの固定読者というのが300人位はいるようですが、言ってみれば自分のファンの人に対して何かを書き続けても仕方が無いと思うようになりました。ですので、このフェイスブック上で、そことは違う方たちを相手に思いをぶつけてみたいと思って書いておる次第です。

(僕のフェイスブック友達には、小児の心臓外科では日本有数の医師や阪神タイガースのチームドクター、各有名企業の第一線で活躍している人、そして予防医療に燃えている歯科医師たち、などがいます)

 「問題の本質は何か?」を突き止めるためには、そもそも「本来どういう姿であるべきなのか?」を知っておく必要があります。当然ですね。「どういう姿?」というのは、あるひとつの決まった形があるわけではなく、元来の目的に添っているのか否か、ということです。


 歯科医師会を例にしてみましょう。多くの歯科医師は歯科医師会の存在意義について、歯科医師の親睦団体だとか、歯科医師の権利や生活を守るためだとか、学術団体、だなどと申しております。これは歯科医師会が発足した当時の目的をそのまま引きずっている、真に蒙昧な意見であります。そんなもの時代の趨勢とともに変化して当然なのに。言うまでも無く、現在における歯科医師会は国民の健康を守るために存在します。それが最初に来るべきで、他の事は瑣末なことでしかありません。
 今、歯科医師会の中での話題は周術期の患者さんに歯科がいかに関わるかでしょう。これまた、起こってしまっていることに対してどうしましょう的な、そしてそこに保険点数が眠っているからという、まことに愚かしいことこの上ない発想です。(必要性は認めますよ、もちろん) 保健で良い医療をというのがおかしいのです。なぜなら、そこで言う医療は治療のことだから。予防という概念は皆無。今、多くの心や身体の病気が不誠実極まりない食品もどきによる影響が大きいという現実を見たなら、まずそれに対して働きかけるべきでしょう。そうすりゃ、虫歯も歯周病も(顎関節症は少し違って嚥下の問題です)、医科的な病気も激減しますよ。歯科医師会のごとき大きくも小さくもない団体なら全員の意思統一は比較的図りやすいし、そういう運動したときに誰かが不慮の死を遂げるということも起こりにくいと思いますけどね。


 さて、一般的な話として「どうあるべきか?」を問うならば、元来の目的とは「人が生まれて生きる目的」に他なりません。「幸せとは何か?」でもよいでしょう。それらの理解なくして、医療も農業も芸術もありとあらゆることは存在意義を持ちません。「何のために?」が重要なのです。とりわけ、「生きる目的」を教えない教育なんて漫画でしかありません。詳細はHPに譲りますが、これだけは強調しておきます。それは「あらゆる生命体が本質的に持っている欲求は”進化”なのだ」ということです。進化のためには障害あるいはハードルと呼ばれる困難な壁が立ちはだかり、それをクリアすることによってのみ生命は進化する、これも当たり前のことです。アホな心理学者はそれをストレッサーと呼び、生命の根幹を貶めております。おまけに、ストレスの定義にその派生語であるストレッサーを用いるという馬鹿なことをしておきながら、その馬鹿さに一向に気がつきません。歯科のセミナーでも心療内科医を講師に招きストレスについて講義してもらったりすることがありますが、皆さん笑わせてくれます。だって、ストレスの意味もわからずにそれについて講演している上に、その医師のストレスが透けて丸見えだったりしますからね(笑)


 元来、こういったことは我々のDNAに情報として刻まれているので、わざわざ他人に教えてもらうようなことではないのです。なぜそうなってしまうかというと、親や大人が子供のことを劣った、何も知らない者として扱うからです。大切に接すれば勝手に宇宙の叡智に触れるようになるものを、馬鹿扱いして、つまらない既成概念を詰め込もうとするから、子供たちは叡智と切り離される。そして、受験戦争を戦ってきた人にありがちな、「教わらないことは知らない」人間の一丁あがりです。僕の親もそうでしたが、ではなぜ僕がこんなことを書くのかというと、忘れもしない2006年の6月か7月か8月(忘れとるがな)に頼みもせんのに宇宙的なエネルギーが連日やってきて、僕の第三の目を無理矢理覚醒させられたのです。それ以来、以前のキャラはそのままで、
でもちょっと違う人になってしまったのでした。

2014.5.13

教育と賢者の石

~5月8日投稿分より~

福井の美山にある”そういう所”はその名を萌叡塾といいます。かつて都内でその名の進学塾をしていたことから来ています。今は塾ではありません。先日訪問した際にそこの塾長の谷崎さんは次のように申されました。「地元民はダメ!福井ってのは、日本で一番学校教育が厳しく学力テストでも上位なんだけど、それがダメにしている原因」
福井県民がダメかどうかは別にして、その言わんとするところは実によく理解できるのです。

僕は大阪教育大学の附属中・高を出ました。その中でも当時有名だった入江塾に通い、灘高や東大を目指していた友人たちは、とてもかなわない程頭が良かったです。その頭の良さは今思えば、記憶力と(与えられた)問題の解決能力です。大人になって高級官僚と会う機会がありましたが、やはりその頭の回転力はずば抜けていました。ただ、彼らと人生やこの世界について討論したことがないので、彼らの頭のよさがいかようなものかは判断しかねます。

その後、関西では京大と並んで賢いとされる大阪大学の歯学部に進学しましたが(たまたま新潟大学が数ⅡBまででよくなったり、地方大学に歯学部が新設されたりして阪大がエアポケットになって何とか潜り込めた)、そこで出会った人たちの中で「こいつ頭ええなぁ」と思うやつは一人もいませんでした。今もいません。

話がややこしいので一応、歯学部限定とさせてもらいます(笑) どういうことかというと、僕は自分では到底思いもつかないような独特の視点から見た風景(意見、考え)に触れたいわけです。しかしながら、受験勉強がよく出来たという条件を満たした人間は、常識的な視点しか持っておらず、話していて実につまらんのです。なぜなら、そのような視点は僕も持っているからで、相手の言うことは容易く理解できるし、コミュニケーションとってる意味も希薄に感じられるからです。大人になってからの頭が良いとは、ちょっと意味が違うのです。

>今の時代、真に頭の良い人間は未来を見ている。今起こっていることに対してどうすれば自分の安全を確保できるかなどとは考えない。本質的に何が問題なのか?それを解決するためには何が欠けているのか?どうすれば良いのかを考え、それに対しいかに効率的に実際に行動に移すか、を真剣に考える。
そこに自分も他人もありません。皆が幸せでなければナンセンスなんです。 与えられた問題を解くのではなく、何が問題かを自ら考え解決していく能力こそ、賢者の石なのでしょう。(ここは無理矢理の感あり、笑)

そして、そこにこそ今回生を受けた宇宙的な意味を見出すのです。

写真は件の萌叡塾。小学校卒業したてで、こんなとこに親元を離れて3年間も居た長女はすごいと、親の僕でも思います。

萌叡塾

萌叡塾

2014.5.13

受容と教育と学習と

~5月7日投稿分より~

 

 うちでは、ある時から子供たちのことを極力全面的に受け入れ、 大人の考える良い子になるように、というような子育てを一切止めました。個性的であって良いし、少なくとも家族に対しては感情を抑えるようなことをせずに大爆発させてOK。すると、あれだけひどい怒鳴り合いの喧嘩をしていた子供たちが30分後には仲直りしている。ただし、お互いに相手のことを「こいつは、こういうヤツやわい」とは思っている(笑)
 これもある時、いかに僕が子供の心をわかってやっていないか、寄り添っていないかに気がついて、それ以来子ども達の考えや思い、どう感じたかなどをきちんと問うて聴くようにしました。元々、子供の方が大人より劣っているなどと微塵も思っておりません。
 そして先月、近くの公立中学に入学した長男(3番目の子供)が、数日間通った結果、僕に話があるということで次の如く申しました。
「お父さん、あのな、学校にいるとな、自分が自分でなくなっていく気がして、自分がわからんようになるねん。僕は結構明るい性格の方やと思うけど、教室で全然笑えんと座ってる自分がいてるねん」
 ああ、あなたもか・・・・
 長女は小学校を卒業するやいなや、将来は自給自足の生活をしたいから中学行かずにそういう所で学びたいと希望し、またそういう所が見つかって、3年間お世話になりました。次女はやはり早々に校門をくぐろうとすると息苦しくなって今は畑と勉強を少々。
 考えるに、今の学校教育というのは富国強兵策をそのまま引きずっていて、単に国に都合の良い人間を養成するという目的のためだけにあるのではなかろうか?国に都合が良いというのは簡潔にいうと、いかに金を稼いで納税してくれるかということです。教育という言葉もよく見れば、大人(体制)の傲慢さを表しているとも思えます。結局教育の先にあるものは金なので、そんなものが国民に幸福をもたらすわけがない。
 学校が悪いとか先生が馬鹿だとかいうわけではありません。システムの欠陥なので、そのシステムの中で育ってきた人が、それ以外の価値観の元では役に立たないのは当然であります。でも、現状の学校のシステムを維持する中で、いかに多くの子供の心を壊しているのかに全く気づかないのは如何なものか?とは思いますけど。家庭訪問の際に担任の先生に息子は僕に言ったことをそのまま伝えたのですよ。
 自分はありのままで価値があるのだ、という育てられ方をしてきた子供たちは、今の学校には馴染めないでしょう。逆にいうと、普通に通学している子供たちはどうなんでしょうね?ちなみにシュタイナーの学校は正式に認められていないので、普通に就職しようとしたならば、通常大検を受けないといけなくなります。
 学校には行かなくても良いけれど、勉強はやはり大切だよ、と子供たちに諭した話があります。(勉強というのもよくわからない言葉ですな) うちの3人の子ども達の夢は将来、3人で自給自足の生活をすること・・・・・
「仮にあなた達がそういう生活をしたとしても、自分たちだけの自己完結した暮らしは成り立たない。絶対に周囲の人とのかかわりを持たないとやっていけない。人は自分の考えや気持ちを表すのに様々な方法を用い、その方法を学んで表現したり、あるいは人の表現をくみ取ったりすることを学ぶために国語がある。そうやって周りの人とうまく関係性を保つのだ。それが外国人相手だと英語になるまでの話。 また、あなたたちは周りの社会ともかかわりを持たねばならない。そして個人にも社会にも歴史や育ってきた背景というものがあり、それらを理解しないことにはうまくかかわれない。だから社会科を学ぶのだ。 あなた達が自給自足をするならば、この大地や川、地球や太陽や月などとかかわらなければならない。だから理科が必要。 そして地球が宇宙の一部であるからには、宇宙の共通言語である数学を学ばねばならない。 これらのことによって、あなた達は全体性の中で創造的に生きていくことができるのだ。基礎なくして創造的ではあり得ない」
 
 この連休中に、福井にある自給自足を目指している”そういう所”に息子を預かってもらうため送り届けてきました。しかし、そこで我々家族の将来を左右するようなことに出会うとは思いもしなかったのでした  (つづく?)

2014.5.13

綺羅星於大阪城

~5月1日投稿分~

 もう10年以上前のことです。診療が終わって奈良の三条通という目抜き通りを歩いていると、とあるビルにあるライブハウスの看板に「本日 渡辺香津美ライブ 19時開演!」という張り紙が。 何気なく見て通り過ぎながら、「ん?渡辺香津美て、あの渡辺香津美か? 渡辺香津美がこんなライブハウスに来るか、普通?」
 以前テレビでビートたけしが、「こないだあるスーパーでさ、【ダウソタウソ本日来店!!】て書いてあってさ、”ン”じゃなくって”ソ”になってんだよ。ひどい話だよまったく(笑)」 と言っていたことを思い出し、これもきっとその類だろうと思いました。よくみたら渡辺香寿美とかね。
 もういっかい看板のとこまで戻って見たらやっぱり渡辺香津美と書いてあって、チャージが確か2500円と、本物だったらバカ安の値段。 とりあえず店に入っていったら、ちゃんとチケット売っていて、「これってあの渡辺香津美さんですよね?」 という僕の問いに 「はい、そうです」の答え。 僕はあの店であれだけの客が入ったのは見たことがない。きちきちに席を案内されたお陰で、小さな店のフラットなステージのすぐ近くで聴くことができました。
 しばらく待っていると、やはりあの!渡辺香津美さんがアコースティックギターを持って横を通り過ぎていく。思わず心の中で「うわっ!本物やっ」 前日にブルーノートで大エレキ大会があったそうで、今夜はアコでという、何と超ラッキーなことよ。僕の3m位のところで、彼が音を弾き出した瞬間、背筋に電気が走り、感動に打ち震えました。後にも先にも背中に電気が走ってエクスタシーを感じたのはあの時限りです。と同時に、学生時代にスイングジャーナルで見た記事を思い出しました。渡辺さんがライブをやった時に、彼のマイルスデイビスが聴きに来ていて、ステージが終わってから楽屋までやって来て、どんな指使いしているのかフレットの押さえ方を見せてもらった(マイルスが見せてもらう側ですよ!)とか。 やっぱり凄い人だぁと思いました。ギターは小さなオーケストラと言われておりますが、まさに至言。ただし、そういう人が弾けばという話。
 音楽というのは結局は振動なのだろうと思います。「はじめに言葉ありき」の如く、宇宙は振動から生まれた。だから一見、リズムやメロディに酔いしれているように思うのだけど、核心は振動なのだろうと。やはり生は違いますね。吉本ですら花月でじかに見ると格段に面白いですから。 International Jazz Day in Osaka行きたかったなぁ。。。。

懇親会の魔力

~4月27,28投稿分~

 本日は朝5時に起きて、虎ノ門にある日本財団ビルで行われている 第2回POIC研究会総会に出席中。最初の講演は、大変残念…。
 僕はだいたいが冗談好きな人間なので、真面目に健康に関する話題ばかり書くのはアレなんです。
 今日のメインレースは荒れると思い、インターネット投票のために虎ノ門のりそな銀行で入金して、ATMコーナーを出るとJRAの服着たオッチャンが立ってる。「この近くにWINSあるんですか?」「そこです」 え? りそなの斜め前がWINSて。手数料の108円損した。
 昼からは「あいうべ体操」の今井医師他、興味深い話が聞けるはず。

 今井一彰先生は口呼吸の弊害について強調しておられ、ただそれを改善するだけでリューマチやアトピーが治っていった症例をいくつか提示されました。先生がこのことを言い出した10年位前は全く相手にされなかったそうですが、少なくとも今は歯科では呼吸の大切さを認識しているものの、医師の中でのそれはまだまだという現状だそうです。

 で結局、懇親会に出席せざるを得なくなり、二次会にも出ざるを得なくなり(このあたりから記憶が怪しい)、門前仲町に泊まらざるを得なくなり、今日の始発で帰ってこざるを・・・・もう、ええか(笑)

 僕、このPOICの七谷社長が好きなんだなぁ。

2014.5.13

花粉症対策

~4月26日投稿分~

そこはかとなく反響があったので続けます。
 まず断っておくべきことは、花粉症に限らずどのような症状でも、原因が一元的であることはあり得ないので、様々な複合因子が関連しているということです。その中で多くの人にとって呼吸を意識すればかなり改善する可能性があるよ、と言いたいだけ。健康に関してこれが絶対的に正しいというのは?ですが、これは絶対に良くないというのはあります。
 身体に傷がなければ、外来物質はどこから体内に侵入するかというと、そんなもん口の中しかおまへんのです。だから歯周病で歯茎が炎症を起こしていると菌血症になるし、口呼吸していると扁桃組織内の白血球に細菌やウイルスが取り込まれて脳下垂体はじめ全身を回る。回るだけならともかく、そこで細胞に取り込まれ同化し、ミトコンドリアによるエネルギー産生を阻害する。ということはその細胞がまともに機能しないということです。あとは化学物質満載の飲食物で腸管免疫はボロボロ。てな具合です。歯科の重要性はインプラントや審美にだけあるわけじゃないのね、はっきり言って。
 さて、かく言うわたしも口呼吸にならざるを得ない時間が少なからず、というか長時間あります。それが診療中なのですが、マスクがいかんのですな。マスクの鼻当て部分の金属をキュッと鼻の形に折り曲げますと当然ながら鼻で息がしにくくなります。気がついたら口呼吸に。マスクの種類を変えりゃいいんでしょうけどね。
 花粉症の方はよくマスクをして外出されますが、あれは口呼吸のトレーニングをしているようなもので、口をしっかり閉じて鼻呼吸してりゃ良いだけなのに。昼間に鼻呼吸のトレーニングをして寝ているときもそれを維持するというふうな心掛けが必要でしょう。
 ところが今をときめく南雲医師は「花粉症は口呼吸で治そう」などとマジで言っておられます。今、手元に著書がないので根拠が何だったか忘れましたが、これは日野原氏の「うつ伏せ寝健康法」と同じくらい止めて欲しいもののひとつです。
 よく考えていただきたいのですが、例えばインフルエンザウイルスをマスクだけで防げますか?そんなの絶対無理なのであって、必ずどこかで吸い込んでいるわけです。通常は鼻粘膜や副鼻腔粘膜でブロックされるところを、口呼吸していると本来免疫の最前線たるべき扁桃腺にわざわざ敵を迎え入れて、一緒になって体中を巡るという、それって逆免疫?みたいなことになっております。つまり、ある程度の量のインフルエンザウイルスが扁桃腺に侵入しそこが決壊した時点で発症する(かなりいい加減ですが)のではないかと考えます。
 ただし鼻呼吸にも弱点があって、それが乾燥した空気なんです。いくら鼻呼吸していても乾燥していてはウイルスは素通り、あるいは乾燥してひび割れた鼻粘膜から侵入することもあるでしょうから、冬場は加湿器ガンガンに・・・・したら一度、寝室の床がビチャビチャになったことがあります(笑) 濡れたガーゼを鼻の上におくのは、止めた方が良いでしょう。。。。
 呼吸については改めて書かないといけませんが(ちなみに、ここで書いているようなことは多くの歯科医は知っていますよ、たぶん)、前回書いた舌のポジションが正しければ、必然的に上下の口唇は閉じ、唾液分泌は促進され(副交感神経優位というのかしら)、下顎はリラックスしたポジションに落ち着き、上下の歯は噛みあわないので、歯ぎしりなどやろうと思ってもできません。歯ぎしりの原因は舌の位置だけではありませんが、気になる人はそこを気をつけられると改善するかもしれません。くどいようですが、過度の飲酒は全部ぶち壊しにしてくれますのでご注意を。
 先ほどテレビで「炭水化物が地球を滅ぼす」と言ってた医師がいました。要するに糖質制限(炭水化物として糖質を摂らない)のことなのですが、これも様々な見方があって当然だと思います。た・だ・し、反対意見を述べている人は全員自分が炭水化物の中毒になっているという自覚がないことだけは確かですな。だから麻薬より怖いっちゅうの。麻薬は誰だって悪いと認識しているけど、炭水化物はそうは思われていませんからね。

2014.5.13

花粉症の原因

~4月26日投稿分より~

 僕もある年齢から突如ブタクサや黄砂に反応するようになりましたが、あることを改善して今ではほとんど症状が出ません。それが実は舌の位置なのです。正しい舌の位置というのは舌先が上の前歯の裏側の歯茎に接しており、舌全体は上顎にピタッと吸い付いているような状態です。この話だけでも延々語ることができますが、花粉症に関してだけ書いてみます。

 舌がこの状態だと唇は閉じられ自然と鼻呼吸になり、これが重要なんですな。僕の経験上で話すと、花粉の症状が出るのは確かに日中ですが、寝ている間に口をあいて口呼吸になっていることにより、花粉や黄砂やPM2.5を喉の扁桃組織に吸収させてしまうのが問題なのだと思います。これだけで全然変わりますが、残念なことにそこそこの飲酒をしますと鼻粘膜が膨潤し、口呼吸になってしまうのでアウト。これが僕としてもつらいところです(笑)
 さて、内海聡氏の本にも書いてありましたが、果たして花粉症というのは本当に花粉そのものが原因なのでしょうか?僕の答えも否!です。原因は花粉がコアとなって周囲につけてくる化学物質であろうと確信を持って言えます(あるいは花粉そのものが農薬汚染されている) 化学物質(石油化合物)が原因なのなら、どこかでそれに出会って感作されている必要があります。ダイオキシンなどの大気中の汚染物質もそうでしょうし、何より体内に入れているものの影響が大きいでしょう。すなわち、農薬や添加物、合成ホルモン剤等々。これらが蓄積されていってある時に発症するのではないかと推察します。
 今ではオーガニックのものを探せばありますが、2,30年前は自分自身にそのような意識がなかったし、供給も少なかったと思います。食事で摂取してしまっているものの中でも無視できないのが学校給食です。色んなものが入りまくりの牛乳や小麦を選択権のない子供に強制的に摂らせている、それも身体を作る上で大切な6年の間に。
 考えてみれば今や母親の血液がそもそも汚染されていますから、母乳も羊水も臍帯血もそれ自体が胎児・乳児に対して毒であります。こういうことをしていながら、今の子供たちにはアトピーが多いとか、キレやすいとか、何言ってんだ!?っちゅう話ですな。間接的に女性ホルモンを摂っているわけですから、初潮は早くなるし、精子は元気なくなるでしょう、そりゃ。
 いったいどこから手をつけてよいかわからなくなりますが、まずは真っ当な食材しか買い求めないという消費者の態度が重要でしょう。そうしますとオーガニックの需要が増えるわけですから、それに携わる人も増え値段も下がります。もしかしたら大手食品メーカーも(食品というが、本当は食品の形をしたこれも石油製品)心を入れ替えるかもしれない。
 余談ですが、花粉症は鼻腔や副鼻腔周辺の骨、およびそれらと連動して動く骨の歪も大きく関与している、ということはお伝えしておきます。それら歪を引き起こすのが頬杖や足組みの癖だったりするので、それを直さない限り良くならないかも、ということも書いておきます。

2014.5.13

Clear Water ~清潔な水~

4月25日投稿分より

この度、当院はNPO法人POIC研究会(Professional Oral Infection Control)の安全施設認定を受けました。
これは歯科診療台から出る水が安全基準を満たしており細菌が一切検出されない(0個)ことを示します。
日本赤十字社のHPをご覧になればわかりますが、献血をご遠慮いただく方として2番目に「出血を伴う歯科治療(歯石除去を含む)に関しては、抜歯等により口腔内常在菌が血中に移行し、菌血症になる可能性があるので治療後3日間は、献血をご遠慮いただいています」と書かれています。

あくまでも口の中の細菌が血液に入りますよ、としか書かれていませんが、当然診療台から出る水の汚染のこともわかっているけど、書くとまずいから書いていないだけでしょう。

水の対策を施していない医院では、基準値を満たすどころじゃない、莫大な数の細菌が検出されます。
それらは特に毒性の強いものではありませんが、体調によっては日和見感染を起こし得ます。
当院ではエコシステムという次亜塩素水を循環させる器械を導入しています。
これをいれたキッカケは、ある時、下の埋伏している親知らずを抜歯した際に術後感染を起こしたことによります。
あらゆる器具を滅菌しているにもかかわらず、何故そんなことになったのか当時は理解できませんでした。
それがどうやら骨や歯を削るときに噴霧する水の汚染によるものかもしれないと気づいたのは2年前のことです。
うちですらそうなんですから、もっと頻繁に外来やオペ場で手術をしている病院の口腔外科などは恐らくヒドイものでしょう。
このことに関して日本歯科医師会雑誌でも特集が組まれましたが、対策が進んでいるという話は一向に聞きません。
一部のドイツ製の診療台において次亜塩素水を循環させるように改良しているようですが。

奈良県においては本システムを導入している歯科医院はうちだけ(つい先日2軒目が誕生!!)現在の歯科の経営状況を考えると、CT・実体顕微鏡・レーザーなどの集患に役立つようなものへの投資はあっても、患者が知らなければわかりっこない水の汚染対策などに300万ほどの投資に二の足を踏むのは仕方がないのかもしれません。
しかしながら、こんなことは国民の知るところになってから手を打っても恥ずかしいだけなんです。
そして何よりこのシステムを導入して強く感じるのは、患者へ安心を届けるというよりは、医療を提供している我々が安心して仕事が出来るということです。
こんなことで他院との差別化などとは更々思わないので、皆が早く気づいて改善してくれたら良いのにと願う次第です。
下手に歯石なんぞ取ってもらったら菌血症起こしまっせ!!
水の対策だけでなく、口腔内の細菌を極力除菌してから治療をする必要があります。
POIC研究会では500ppmの次亜塩素水による術前の除菌を推奨しており、当院もそのようにしております。

安全施設認定証

さらにどうでもよい話

4月24日投稿分より

皆様、かようなことがサッと出来ないと咬合を語るにあたわず(←ウソ)
これはゆで卵なので生卵よりはよほど難しいはずなのに、意外と簡単だった。よっしゃ!と思ってスマホで写真撮ろうとしたら嫁さんがテーブル揺らしてコロリン、、、、再トライの図
ちなみに、達人になるとこれを逆さまに立てたり出来ます。僕は出来たことないです。

egg

更に難しいのがこちら↓。

egg002

これに比べたら卵を立てるなんて超簡単。
ゆで卵の薄皮を残して殻だけ剥いたところを捉えた奇跡の一枚。長年挑戦し続けるも挫折続きで、ようやく完成した瞬間には一人深く静かに感動を噛みしめた。周りの人には変わったヤツと思われただろう。だって遠目には単にゆで卵持って打ち震えてるオッサンですから(笑)
これを成し遂げるために必要なのは圧倒的な運と少しの執念とコーヒー冷めてもやり続ける根気。
コメダコーヒーさん、ありがとうっ!!

どうでもよい話

4月18日投稿分より

火曜日の仕事終わってから速攻でサンダーバードで富山へ行き、翌 朝から直江津(新潟)で行われるFEI整体の勉強会に夕方まで参加。その後奈良へ戻って昨日は朝から札幌へ行き、MRC(トレーナー)システムの講習会を受講し、そのまま日帰り。今、思えば、なんで新潟から札幌へ飛ぶということを考えなかったのか、、、、はっきり言って馬鹿じゃないのワタシ(笑)

行きの伊丹空港の売店でサンドイッチとコーヒー頼んだら、278円て安っ! コーヒー代が抜けてたことを自己申告するとお礼を言われる。
今度は札幌からの帰りの搭乗前に売店で生ビールと柿の種買ったら766円、1001円出したら「5円のお返しです」 って、「いや、それ間違えてませんか?」
なんで往復でつり銭間違えるの? なんですかそれ?

 

4月23日投稿分より (これはどうでもよくない話かもしれない)

大学の元同級生がこのたび厚生労働省歯科保健課長に昇進したらしい。いわゆる歯科保健行政のトップである。元、というのは彼の方が卒業が一年あとだからで、僕は個人的には親しくなかった。

普通に考えれば、「一緒に歯科界を変えていこう!」となるのかもしれないが、彼は卒業後一貫して官僚畑で暮らしているので、考え方のすり合わせは不可能に近いかも、とも思われる。
僕はなにも保険点数アップしてくれなどという下衆なことをお願いするつもりはない。保険で良い医療というのであれば、その医療内容が問題なので、いつまでたっても治療行為に点数をつけていること自体が遅れているのではないだろうか。そろそろ本格的な予防医療に転換していくべきであろう。

それと小・中・高の保健授業の内容を大幅に見直し充実させる必要がある。それによって疾病は劇的に減少するはず。健康を保つ上で何より大切なのは教育なのだ。特に小学校あるいは幼稚園での呼吸と嚥下のトレーニングが必須と思う。

というようなことを、彼とディスカッションできるようであれば、歯科の未来は明るいのだが。是非そうあって欲しいと願う次第である。

2013.5.10

塩と日本人

ま、これは今までにも書いてきてることですが、一応載せておきます。

4月14日投稿分より

降圧剤の話をするなら、巷でよく推奨される減塩についても語らねばなりません。僕のあくまでも個人的感想としまして、鎌田實氏が長野県で行った減塩運動により脳血管障害が減少したという事実が、この減塩ブームをかなり後押ししている気がします。
それが1974年頃からですので、当時の塩というのはいわゆる精製塩です(海水を電気分解したNaCl) こりゃ、どう考えたって取り過ぎたらあかんでしょう。日本は元々良質の塩が取れるところだったらしいですが、それが管制になり、かなりの長い期間塩といえば精製塩でした。
で、考えてみれば”塩”というのは海水から水分を除いたもののはずです。よく言われるようにそこには様々な微量元素や酵素が含まれており、塩化ナトリウムは確か成分割合として6~7割位だったように記憶しております。そうしますと、精製塩は果たして塩と呼べるのでしょうか? 減塩という言葉自体もおかしいのではないでしょうか? だって、精製塩というのは厳密に言って塩じゃないし。
減塩という時に、塩の素性について云々しないのは如何なものかと思います。もし良質な天然塩ならさて、どれほど血圧に影響あるのでしょうか?
戦後、GHQが最初にもたらしたのがチョコレートでしたね。そして学校給食。砂糖と小麦と乳製品で、その上に塩を管制にしたわけです。どうですか、これ?
ちなみに、ならまちワンネス歯科では歯ブラシの他に天然塩も販売しております。
食品から塩分を減らした結果、保存性も悪くなり旨味もなくなったため、たくさんの保存料・化学調味料他、添加物が幅を利かすようになりました。それが結局日本人を心身ともにボロボロにしてしまった、と思うのは僕だけじゃないでしょう。

2014.5.10

薬剤汚染

例えばオルメテック錠というのは腎臓でのNa再吸収抑制や血管の平滑筋に働いて血圧を下げる作用があり、現在最も汎用されているものですが、その正式な添付文書には次のようにあります。

(重篤な副作用)
1.血管浮腫 2.腎不全 3.高カリウム血症 4.ショック・失神・意識消失
5.肝機能障害・黄疸 6.血小板減少 7.低血糖 8.横紋筋融解症 9.アナフィラキシー 10.重度の下痢
(その他の副作用)
皮膚、循環器、消化器、泌尿器、精神系他多数

で、これだけ怖い副作用がたくさんありますよ、というつまらないことを言いたいわけではありません。
まず、主作用、副作用という言葉に含まれるトリックに気づいて欲しいのです。
一般名オルメサルタン メドキソミルという化学物質は、血圧を下げるということを目的とすれば、それが主作用で、他に現れる身体症状は副作用になるというだけの話なのだということです。目的を高カルシウム血症の治療とすれば副作用が即ち主作用になり、降圧作用は重篤な副作用ということになります。
つまりは、頻度の差こそあれ、化学物質を身体に入れると各所で様々な影響が出るという当然の話であります。
ここで新薬が認可されるまでの過程をみてみましょう。
最初はラットなどの動物実験です。その結果が良好であれば、医・歯学系の学生掲示板に高額のアルバイト募集の紙が貼られます。言ってみれば人間モルモットですね。ホテルで缶詰になり薬を服用しながら数時間ごとに血液検査や尿検査をするわけですが、学生ですから皆が真面目なわけではありません。僕の同級生などは友達呼んで宴会したり、彼女連れ込んだりしていました。どんなデータじゃ(笑)
まあ、そこでも結果が良好であれば大学病院にお願いして臨床治験とあいなります。治験の書類を作るのは結構面倒くさいので、多忙なお医者さんの手を煩わせるまでもないと、もしかしたらMR(医薬情報担当者)が代わりに書いたりすることもあるのかもしれませんし、ないのかもしれません。その際に生データをこそっと改ざんするなんてことも、もしかしたらあるのかもしれません。
そんなこんなで新薬承認となるわけですが、学生による人体実験はオルメテックの場合で6人~24人でしか行われていないようです。期間は長くて7日間。臨床治験は569症例、長期観察は一応1年間(何人の被験者かは不明)
さて、ここからが大事なところです。
短期的には副作用が自覚的・他覚的な身体症状としては出現しなくとも、体内では確実に薬による生化学反応が各所で起こっております。降圧剤などは無思慮に10年以上飲み続ける(医者は出し続ける)のが普通ですから、副作用の蓄積効果というものが当然出てきます。歯科医は数ヶ月に一度、定期健診という形で何年にもわたり患者さんと付き合っているのでわかるのですが、ある時突然なんらかの症状がでることがあります。症状は様々ですが、認知症のようなものだったり、眩暈だったり。どう考えても生活習慣等の問題ではなく、もしかして薬?ということが多いのです。もちろん確証はありませんが、僕は自分の臨床的な感を信じます。
単一薬剤でも長期服用の影響は不明なのに、何種類も飲んでる人はどうなるのでしょう?薬による複合汚染というのは非常に恐ろしいものだと思っています。
では血圧のコントロールは必要ないのかということですが、そもそも本態性高血圧は原因不明とされていて、原因のわからないものに対症療法を行っているわけです。原因がないのではなく不明なのであれば、それを究明する努力こそ必要でしょう。
治療というのは治癒を目指すから治療なのであって、降圧剤による血圧のコントロールはそれが長期にわたる限り、高血圧症の治療などではありはしない、という当たり前のことをほとんどの人がわかっていないのは絶望的でさえあります。

4月12日投稿分より  

ここで僕が問題にしているのは、薬剤の盲目的な長期投与の危険性についてであって、薬を全否定しているのではありません。

我々歯科医には、定期健診等を通じて患者さんを長期間にわたり観察しているからこそわかることがあって、それは一般の開業内科医は知りえないことです(本当はそうであっては困るのですが、現状はそうです)

ですのでこれに対する医師のいかなる反問も全く意味をなさないと申し上げておきます。

2014.5.10

わたくし、元気です。

別に体調悪くて更新していないわけではありません。

単に面倒くさいのと、スピリチュアルメッセージとしては、伝えるべきものは伝えたという思いがあるからです。

お知らせ欄でも書きましたが、最近ではフェイスブックに投稿しております。

アカウントをお持ちでない方、持つ気もない方のためにこちらの方にも順次転載しておきます。

なお、フェイスブック上でのお友達は、社会的に活躍している方も多いということは申し添えておきます。

つまり、ここで書いているようなことに対するそういう人たちの反応が見られたり、見られなかったりするとういことです。

では、第一回目から

初めて自分から投稿します。明日の夜、「奈良県総合医療センター 登録医の集い」というのがホテル日航奈良で開かれます。いわゆる病診連携、医科歯科連携というものです。僕も参加するのですが、これが第一三共というヒモ付きなのです。どうして今だにこういった会を薬屋に金出させてやろうとするのか理解しがたいです。普段から患者さんに無意味な内服薬について注意を促している僕とすれば非常に苦々しい思いがあるのですが、医科歯科連携の必要性は確かに感じるので仕方なく出席する次第です。  それで昨日診療中に、第一三共のプロパーが挨拶に来ました。受付が持ってきた案内状を見ると、そこには一緒にタクシーチケットが包まれておりました。うちから日航ホテルまで歩いて10分かかりません。これは受付に返却するよう指示しました。式次第をみると、まず10分間”情報提供”と称してプロパーからオルメテック錠(降圧剤)について説明があり、その後約一時間にわたり数人の講演。会終了後に“情報交換会”が”用意”されているそうです。要するに懇親会を名前を変えているだけなのですが、薬屋の金で飲食など頼まれても嫌なので、ここはスルーするつもりです。いったい、医科の世界のこういった風習は中にドップリ浸かっていたらおかしいと感じないものなのでしょうか?どいつもこいつも脳味噌にウジ虫湧いてんちゃうか!

~4月9日投稿分~


思い起こせば、「シャングリラからの伝言」はそもそも新聞広告に「〇〇のような症状がありませんか?もしかしたら△△という病気かもしれません。お近くの医療機関を受診しましょう」と、さも医師会が患者啓蒙のために出しているように見せかけた、製薬会社の誘導記事が載ったことを、騙されないようにと指摘したのが始まりでした。

今も、子宮頚部癌ワクチンが否定されたら今度は麻疹です。

妊娠がわかってからでは遅いのでそれまでに、とのこと。

そりゃそうでしょ、その方が不妊や異常を生みやすいですから。

インフルエンザワクチンは相変わらずですが、うちの患者さんには止めとけって言ってますけどね。

2014.5.9

弁当の日~ヒトは食により人となる・口は命の入り口~

2週間前の木曜日、上記講演会が生駒郡歯科医師会主催で竹下和男氏を講師に迎え行われました。

僕は”弁当の日”の話を、ビッグコミック・オリジナルの「ひよっこ料理人」で読んで知っていたため、この案内を見た時にすぐさま聞きたいと思いました。

子供たちは僕が読み終わったビッグコミックから「ひよっこ料理人」だけ切り取って保存しているので、学校がある慧を除き僕と嫁と藍とふうの4人で参加しました。

ちなみに子どもが作る”弁当の日”とは・・・・パンフレットより引用します

 

2001年、香川県の小学校で竹下和男校長(当時)が始めた”弁当の日”

子どもが自分でお弁当を作って学校に持ってくるという取り組みです。

何を作るかを決めることも、買い出しも、調理も、弁当箱に詰めるのも、片付けも、子どもがします。

親も先生も、その出来具合を批評も評価もしないという約束です。

この取り組みを通じ、子供たちは感謝の心を知り、自己肯定感が育まれています。

失敗の中から多くを学び、生きる力を身につけています。

大人たちは見守る大切さを知り、子供の成長を通じて子育てが楽しいと思えるようになっています。

家族団らんが増え、家庭に笑顔があふれるようになっています。

そんな好循環が”弁当の日”を通じて全国に広がり始めています。

2013年6月現在、”弁当の日”実施校は全国で1200校を超えるまでになりました。

今回はさらに、”子ども達の脳や味覚の発達、歯や噛むことの大切さ”についてもお話して頂きますので、皆様の口腔や全身の健康増進に繋がればと思います。

 

久しぶりに素晴らしい講演会で、感動の時間を過ごしました。

始まってすぐ「まずはこのスライドショーを見てください」と流されたのが”ハナちゃんのみそ汁”

この話も以前にテレビで見て知っていましたが、怒涛のように涙があふれ出ます。

これは竹下氏が使われたものとは違いますが、およそこんな感じです。

 

 

 

講演会の詳細についてここで語るのはつまらないので止めておきます。

竹下氏は全国各地を回っておられるので、もしお近くで機会があれば是非是非参加されることを強くお勧めします。

大切な何かを伝えてくださいます。

一番最初に竹下氏が校長としてこのアイデアを出した時の教職員・父兄その他の猛烈な反対は推して知るべしでしょう。

しかるに、今は全国でこの取り組みが活性化している。

実際には学校で実施できなくても、この講演で心を動かされる人がいる。

ある視点から見ると、四国のたった一人の校長先生が猛反対の中始めた試みが、日本の食育に多大な影響を及ぼし、子供たちや親の心までも変容させていくことができるという、ものすごい可能性を僕たちに見せてくれているわけです。

このアイデアを思いつかなければこうはなりません。

その為には自分の出世や実績ではなく、本当に子ども達の将来を考えていないと出てきません、このアイデアは。

反対を押し切ってやるのではなく(そういう部分も皆無ではなかったでしょうが)、情熱を持ってきちんと周囲の理解を求め、全責任は自分がとるという勇気を携え、そして結局は周りの協力も得た状態で実施していく行動力。

どれが欠けても無理だったでしょう。

今は、竹下氏が作った前例と実績がありますから、まだやりやすいと思います。

最初にこれをする人はすごい。

食育に限らず、このようなことを僕たち一人一人も何かやれるはずです。

 

ちなみに演題の「ヒト」とはいわゆるホモ・サピエンス、生物としてのひと、という意味で、それが食を通じて”お陰さま”の意味を知り、感謝の言葉が出るようになり、親の愛や地球の恵みの愛を知るようになると「ヒト」がはじめて「人」になる、ということです。

 

講演の翌日には、西塔家では次のような計画ができておりました(嫁さんから聞かされる)

これから毎週一日は家で弁当の日を実施する。

つまり、子どもが一人で夕食の準備から片付けまでをする。

ただし、原則としてその為の特別な買出しはせず家にあるもので作ること。

先週は慧から。

麻婆豆腐、ほうれん草のおひたし、こふきいも、玄米、みそ汁、(なぜか)自家製の大きな梅干

ほうれん草とこふきいもは、僕が小学生のとき家庭科で習って初めて作った料理でもあり、同じものを今でも教えているのかと思うとプチ感動しました。(ていうか変化しなさすぎ?)

玄米もみそ汁ももちろん一から慧が作ります。

上出来でしたが、最後は疲れきってフラフラになっていた感じが。。。

 

今週は一昨日がふうさんの番。

山芋のコロッケ、酢ごぼう、玉ねぎと小松菜の煮びたし、土鍋で炊いた玄米、みそ汁

美味しかったです。

土鍋で炊いてるからおこげがあるんですが、全部嫁と子供たちに取られてしまい残念↓

藍は何を作るかな?

こういうことをすぐに実行するのがすごいよね、うちの子たちは。

 

実は今年から、休みの前の日にしか飲みに行かないのと、もうひとつ、可能な日は皆と一緒に夕食を囲むことにしています。

どうも、うちの子供らは自立が極端に早そうなので、親子全員で一緒に暮らせる時間があまり残されていない気がして・・・・

今さらながら、というか今になってようやく気づいたのですが、家族揃って食べる食事は単に美味しいだけじゃなく、楽しいだけじゃなく、言葉にするのは難しいですが、すごく大切な時間だということが実感されます。

2014.3.20

遥かなる直江津

先週の水曜日は新潟県上越市でFEI整体の勉強会がありました。

昨年の9月にベーシックを受けてアドバンスも受けましたが、実際問題診療中に1時間近くかけて(それも超未熟な状態で)患者さんを触診するというのは無理なわけです。

風呂上りの子供捕まえて練習しようにも、まだ寒いし風邪ひかれたら困るし。

なので極力各地で開かれる勉強会に出席して、その場で練習させてもらうのが今のところ最善かと。

それでも本業のセミナーと重なって出られないことも多いのですが。

 

火曜日の診療が終わって、京都駅近くの新阪急ホテル前23時発の高速バスに乗りました。

幸いにして一番前の席でしたが、結構揺れるし正直言ってほとんどまともに寝られません。

朝5時半くらいに富山駅に着いて、まだ直江津行きの特急まで1時間近くあるもので仕方なく近くの吉野家で朝飯。

8時くらいに直江津に着いて、これまた会場が開くまで1時間くらいあるので仕方なく近くのホテルで朝飯(トーストセット)。

朝飯2回も食べんと時間つぶれんて、つらいわ。

 

他の会場(東京・名古屋・大阪・福岡)で開かれる時は、本部の高橋先生が新潟から来られる関係で午後から夕方までなのです。

どうせやったら丸一日勉強会に参加できるのが良いので、わざわざ新潟まで行くわけ。

ていうか、新潟(市)やったらまだ行きやすいんです、飛行機で。

直江津はいかん。

めちゃ不便。

 

9時半から始まり、最初は質問をするのですが、これがまた非常に勉強になりました。

どうして仰向きで寝れない人がいるのか?とか。

これってすごく重要な問題なんです、わかっている人間には。

その後、ペアになって自分がその日課題としている触診を練習します。

ちなみに、この前日、数人の先生方(FEI整体の)対象に動物整体のセミナーがあったそうです。

動物といっても、頚椎と胸・腰椎の数の関係で犬・猫に限られます。

ドッグカフェでやったそうですが、実際、整体で驚異的な回復をすることもあるそうで、お困りの方は一度FEI整体本部(上越サンクリニック)までご相談を。

 

僕は普段全然練習できていないわけですから、それが丸バレになるので尻込みしそうなものですが、今回はなぜかそこそこ触診できるイメージが頭の中に出来上がっていました。

不思議です。

ペアになった先生は非常に真面目な方で、まず最初に僕が患者役になったのですが、すごく丁寧な触診をされます。

基本に忠実に、自己流ではなくされるので僕とすれば触診されながら勉強になるわけです。

ふんふん、なるほどこうするのか。

で、僕の身体の歪を診断し、高橋先生に問うわけですが、ここでビックリ。

まず背中から僕の身体を一目見た高橋先生は「西塔先生は、ほら、ここからここにかけて線があるよ。最近どこかいかがわしいとこ行った?」

「え?いかがわしいとこですか?最近はあまり・・・・(←アホ)」

ま、要するに僕の右の肩甲骨の内側辺りから右腰にかけて何かの痕があるちゅうことやったんですけどね。

考えられるのは・・・・・あっ! 高速バスのシートの痕!? 斜めに座って寝てたし、、、、

そんなことが服の上からわかる?ふつう。

高橋先生にかかると全部この調子。

身体が立体的かつ格子状の線があるように見えるそうです。

この人ちょっとおかしいです(笑)

 

僕はその時、左の胸椎の2,3,4番が歪んでいる(2番が上方へ、3,4番が下方へ変位)状態だったのですが、果たしてその歪みは元々の原因なのか、どこかが歪んでそのバランスをとるために歪んだものなのか?

で、大元の原因を探すわけです。

それに対応して歪んでいる場所を。

ペアを組んだ先生はこれが中々見つけられなくて苦労されていました。

高橋先生にダメ出しされまくりです。

「ここですか?」

「ブーッ!」

てな具合。

 

そこにいる先生方は自分で整体院を開業されている方ばかりで、そこでは一人前の院長なはずなのですが、高橋先生にかかるとまるで子供。

そのくらい診断と手技に差があります。

皆さんが下手なのじゃなくて、高橋先生が異常なのです。

 

僕が触診する番になり、それなりに真面目にやっておりますと、一応の歪が5箇所見つかりました。

その中で原因となっている所と、バランスをとるために歪んでいる所を見極めていくわけですが、この先生の場合は腸骨の歪が原因だったのです。

「高橋先生~、いいですかぁ?え~っと、この辺とこの辺とこの辺が歪んでます」

「西塔さん、もうちょっと専門用語使いましょうよ」(笑)

僕の治療は大雑把過ぎて、それでも改善はするのですが、高橋先生に補助してもらいやってみると、ただ指をそこに置いているだけなのに、きれいに整っていく。

すごいです。

 

前にも言いましたが、僕はたくさんある手技療法の優劣をつけるつもりはありません。

治れば何だって良いわけですが、でも本当の原因を突き止めないものは、そもそもそこに診断がないと考えます。

ほとんどの内科医のやっているのがそれですね。

高血圧症とか糖尿病なんて病名であって、診断ではありませんのでね。

 

5時過ぎにお先に失礼して富山へ。

以前、シャングリラミーティングにもわざわざ参加しにきてくださった男性に久しぶりに会って飲むためです。

帰りの高速バスまで4時間近くありますが、あっという間に時間が過ぎました。

もう一人連れの女性がいたのですが、コズミックダイアリーを希望されていたので直接手渡し。

そしてこの日にもう一人メールが入り、計20冊のダイアリーが2ヶ月で完売。

これも凄いことです。

 

結構飲んでたのだと思うのですが、気がついたら、というか目が覚めたら朝の4時。

フリースは脱ぎ捨ててるし、シャツも脱いでるし、上半身、下着のシャツだけて。

当然メガネもスマホも床に落ちてます。

言っておきますが、ここはホテルの部屋じゃありません、高速バスの一番前の席です。

ほぼ最初に乗り込んだ僕の横を通って、皆さん自分の席に着いたのね、満席やったし。

ま、でも帰りはそこそこ寝ることができたということで・・・・

 

しかしながら、高速バスはもう止めます。

周り若い子ばっかりやし、50超えて乗るもんやないわ。

ということで来月からは前日に富山まで行って、そこで泊まり、翌朝ホテルで朝ごはんを頂いて厳かに特急で直江津に行くことにしました。

 

さてさて、お知らせです。

柳瀬さんの講座「マヤの叡智」を奈良か大阪で開催したいと思います。

主催は僕です。

別に柳瀬さんに肩入れするわけじゃありませんが、何か知らんけどそういう流れになっておるようです。

どんなものかはブログを読んでいただければお分かりでしょうし、あるいは講座「マヤの叡智」をご覧ください。

最低でも13人は集めなければならないので、もし少しでも興味のある方は下のメールフォームよりお知らせ頂ければ幸いです。

現在日程を調整中ですので(基本的に祝日か日曜日しか僕は無理)、詳細が決まり次第お知らせします。

とりあえず受けてもいいかな?くらいでも結構ですので、よろしくお願いします。

 

なお、5月には岐阜で開かれる予定ですので東海地区の方はそちらもどうぞ。

柳瀬さんは今後、北海道、東京、沖縄等で開催したいとお考えのようですし、その他でも要請があればどこへでも出向くとのことですから、僕の方にメールをくださればある程度アレンジするようにします。

2014.3.18

Cosmic Reading 3rd lesson(最終回)

2月2日の僕の52歳の誕生日に始まった速読セミナー最終回は3月1日、講師の柳瀬さんの誕生日に開かれました。

不っ思議~~。

と、第一回目のセミナーの懇親会でのことを話すの忘れてました。

会場の居酒屋へ皆より早く着いた僕は、とりあえずその時いた女性3人とともに奥からつめて座ったわけです。

それはたまたまで何の脈絡もなく座ったのですが、後から話をしていてわかったのは4人全員がディクシャギバーだったということ。

おまけに3年位前に神戸で開かれたワンネスフェスティバルで僕は「シャングリラからの伝言」の販売ブースに座っておりましたが、ある女性が本を買おうとして僕の前に立ち止まられ、本を手に取ると表紙を見て涙が止まらなくなったのです。

これは印象的な出来事だったのでその方の顔をなんとなく覚えていました。

で、懇親会で僕の目の前に座ったのがその人だったのです。

どえ~っ!!

きっと前に座って正面から顔を見なければそうと気づかなかったと思います。

なんですか、こりゃ?

 

さて、今回は博多駅近くにカプセルホテルをとっていたので大丈夫です(何が大丈夫じゃ)

3回目を迎え、皆さん読むのが驚異的に速くなっているし、きちんとアウトプットも出来ている。

だいたい15分から20分で一冊読むもんね。

スゴイね。

今回のメインは、「ガラスの仮面」の脚本を手に登場人物に成りきって(インラケシュして)演じてみることです。

僕は誰を演じたかといいますと、これが主人公のマヤだったりなんかします。

本物の紅天女に目覚めていくマヤです。

わたし、天女なの・・・

さすがに少々照れが入っているのを柳瀬さんには見破られましたが、それでも精一杯演じきりまして楽しかったわけです。

 

その後の懇親会は絶品薬膳のお店で、ここが超美味しい。

こりゃいっぺん来たらリピーターになるわ。

ここで解散となり、少々呑み足らない僕はチェックインの後、街を散策したろうと思ってましたが、ホテルのレストランが夜中の2時までやってまして、浴衣でテレビ見ながらビール飲む方がええわという事で外出せず。

それにしても博多のカプセルホテルはレベル高い、特に風呂がどのホテルも素晴らしい。

僕のようにただベッドで寝るだけ、下手したらベッドで寝ることもようせんような人間にはこれで十分。

 

その日は大変美しくベッド(個室カプセル)で寝て、翌日曜日は清清しく起床し、奈良へ帰って午後から歯科医師会の講演会のお手伝い。

講師の先生は僕より随分年下ですが、なんと僕がお世話になっていた広島の横山先生のところに頻繁に見学に行き、今や師匠と弟子の関係になっているそう。

審美的にも機能的にも素晴らしい症例を見せていただきましたが、そもそも治療行為にほとんど興味がない今の僕には全然訴えるものがありませんでした。

予防だったら話は違ったのにね。

その後、17,8人でまたしても懇親会。

僕が言いだしっぺで始めた学術委員恒例の”とりあえず基本は生ビールの大”が、この時ばかりは「いらんわぁ、それ・・・・」

 

コズミックリーディングを受けて時間の感覚が変わりました。

時間は相対的なものであり、伸び縮みする実感があります。

すべては自分の意識次第。

そして当然ですが、時間というものは過去・現在・未来といった直線的な流れなどではなく、そこにあるのは因果の序列(原因と結果)なのだということ。

宇宙時間、自然時間を取り戻すということは、因果がわかるということです。

そして宇宙創成の目的と自分の生きる目的が、相似形であるということがわかれば、それらが重なり合うような生き方をすれば、時間とは因果なわけですから、必然的にシンクロの嵐勘十郎になります。

 

次のブログで少々お知らせがあります。

そういや、秋の一人旅の話はどこへ飛んでいったのでせう?

2014.3.17

3年目の3.11 ~あなたを思う、そして宇宙に祈る~

コズミックリーディングがすべて終了し、メンバーの多くはその後もメーリングリストで繋がろう、毎月勉強会を開こうと言っておられます。

僕ももちろん大賛成です。

それを受けて柳瀬さんから出た課題が「3.11」

僕が図書館で借りてきた本は「言葉に何ができるのか 3.11を超えて」 

その中に次のような記述があります。

~「”悲しい”と言ったって、この悲しみはいままで体験したどれにも該当しない悲しみであり、やりきれなさだし、絶望感です。こういう感情を規定する言葉を探したい。とは言え、新しい言葉を生み出すことというのはあまり意味がないと思います。いま我々が使っている言葉の組み合わせによって、新しい感情の本質をすくっていく。とにかく言葉が見つかれば感情の本質は見つかってくると、言葉の側にいる人間としては思うんです。それが見つかったときに震災の本質ももっと明らかに語れることができるんじゃないでしょうか」~

 

体験を表現する言葉が見つからない、それはそんな体験いままでにしたことがないから。それくらいの体験なので言葉に出来ない・・・・

自分たちのことを、何をして欲しいかを、今どういう状況なのかを、聞かれても答えようとしない人たちがいたと聞きます。

だから、東北人は忍耐強いとかムラ社会だとか、よそ者を信用しないとか、、、ではないのかもしれません。

 

明日の水曜日には新潟直江津でFEI整体の勉強会があるため(本部がそこなので仕方がない)、今夜から夜行バスで富山まで、そこからJRで行きます。

先日の仙台ー金沢間のバスの事故は他人事ではありません。

でも、僕は自分の乗る路線だったら嫌だなという思いでしかニュースを見ませんでした。

それに乗っていた運転手や亡くなったり負傷したり、あるいは負傷はしなかったがショックを受けた人、その家族の気持ちなどには全く思いが至りませんでした。

コズミックダイアリーを使っていて、インラケシュ(わたしはもう一人のあなたです)などと口では言っていても、咄嗟に頭に浮かぶのはそんなもんです。

 

現実問題として、僕自身は福島に限らず東北(太平洋側)や関東方面で採れる魚や野菜は食べない方が良いと感じています。

もはや住む場所でもなくなっている気もします。

汚染度合いと福島原発の現状を見たら、それが冷静な判断だろうとも思います。 

しかし、現にそこで暮らしている人、逃げ出したくても逃げ出せない人、ふるさとを離れたくない人、復興のために一所懸命な人、のことを考えたときに、この言葉は大変思いやりのない言葉ととられるでしょう。

僕はここで祈りの言葉を発しようとしていますが、こんなことを平気で書く人間が矛盾しているではないかと言われることでしょう。

 

現実を冷静に観たら、現在も進行中の深刻な土壌と海洋汚染、すでに深刻な影響が出ている(決して公式に発表されることはない)植物や昆虫や、そして人間。

この状況で、東北の物産を買って応援しようとか、頑張れ東北、負けるな東北、というのは見当違いも甚だしいと思います。

何かが違います。

ようやく漁に出られるようになった人、ようやく畑を耕せるようになった人、そしてそうでないたくさんの人。

ではどうやって暮らしていくのか、どうやって生きていくのか、自分たちはどうなってもいいというのか。

これらに対しての答えは持ち合わせていません。

心を鬼にして言うならば、問題の本質はそこではない気がするのです。

 

このように書いてきても、もし、福島や宮城、岩手で学会やセミナーがあれば参加しますし、その時には地元の食材を頂きます。

躊躇はなく、そんなものは当然なのであり、応援などという気持ちもありません。

被災地・被災者がお金を必要としているのであれば、出来る限りの寄付はしますし、人材を必要とするのであれば赴いてお手伝いもします。

しかしながら復興計画は関西にいる僕たちにも全く見えてきませんし、どうして良いのか僕たちにもわからないのが本当のところです。

しかし決して忘れてはいないのです。

特にマヤの叡智の講座を受けてからは、柳瀬さんが始終フェイスブックに書き込まれますので、いつも祈っているというのも真実です。

 

祈り=意乗り   神の意に乗ること あるいは神が民の意に乗ること

今回の震災とそれに伴う原発事故が例え意図的なものであろうが、純粋な天災であろうが、人的災害と捉えようがそうでなかろうが、そこに神の意思があるとするなら一体何なのでしょうか?

 

それは自然と共生することを忘れ、便利さ、豊かさに中毒し、経済的発展だけを追い求めてきた結果、人類自らが自分たちに起こした自業自得の出来事ではないでしょうか。

それが、偶然か必然か、日本であった、東北地方であった、ということです。

もしそうなのであれば、これは日本人全体がそのことに気づき、人として生きるための社会的概念や価値観の大方向転換をし、それに沿った生き方に改めていくべきと考えます。

今の政治は全くもって信頼できませんし、そこに任せるなどはとんでもない話です。

いい加減、お上にお任せという考えは返上すべきですね。

我々一般民衆が意識改革をしていき、その結果そこから次の日本の舵をとる人たちが出ていくようにしなければなりません。

 

祈りは、そこに神の意思を観ることです。

そして何が神の意思なのかを考え、その意に沿うように軌道修正することです。

決して、「神様どうか〇〇してください」とお願いすることではありません。

僕たちはそんなに弱い生命体では決してありはしません。

 

本日、3月11日に寄せる人々の思いはそれぞれでしょう。

でも僕は、被災されたすべての人のあらゆる思いや生き方に共振したいと思います。

残る人、出て行く人、文字通り頑張る人、絶望したままの人、すべての人のすべての思いと行いに寄り添いたいと思います。

地震の直後から、感情を表す言葉も見つからない状態になり、様々なことを乗り越えながら今に至った人々、あるいは乗り越えられなかった人々、天へ旅立たれた人々、ボランティアに行った人々、またそれに助けられた人々、それをテレビでみていた人々。

あらゆる人々の思いと行いに。

 

そして、静かに、かつ力強く

祈ります

ありとあらゆる、生きとし生けるものすべてに対し

もちろん自分自身にも

神の意と、宇宙の意と調和しますことを

 

どうぞ、視点を高く高く持っていってください。

成層圏を越えて 太陽系を超えて 天の川銀河を超えて 

そしてそこから日本を、東北をみてください。

そこにいる人たちをみてください。

そしてそこから自分の町と自分自身をみてください。

心静かに、客観的に、

そのとき、あなたの主観はエゴではなく神の意とともにあります。

何をすべきか見えてこないでしょうか。

 

本日14時46分。

別に時間を限定しなくても良いんですが、日本中の人が祈りを行うことを願います。

僕は今でも、東北の方々がその役目を引き受けてくださったという思いに変わりはありません。

 

以前にもアップした動画です。

2014.3.11

Cosmic Reading 2nd lesson

僕の誕生日である2月2日に第一回目のコズミックリーディングがあり、すぐさま課題が出ました。

生命に関する本を読んで(もちろん速読)レポートをメーリングリストに投稿すること。

また”人生を変えるノート”というのを作り、それに速読した本から何カ所か引用し、それについてのコメントを書くこと。

 

まずは自分の本棚を探します。

「生命保険見直し術」

これレポートしたら本気でおこられるやろなぁ・・・・

待合室の本棚も探します。

買ったけど、読んでなくて生命に関する本・・・・・・あ、あった。

「満月がきれいと僕は言えるぞ」

人生を変えるノートのトップバッターに相応しい本、山元加津子さんと脳幹出血で身体が麻痺してしまった宮田さんの共著。

二冊目は図書館に探しに行きました。

「ミクロコスモス~生命と進化~」

この時にたまたま速読の練習用に「子供を伸ばす魔法の11カ条」と「子供を伸ばす父親 ダメにする父親」というのも借りました。

アナスタシアの第三巻も出ていたので本屋さんで買いました。

ところが、この第三巻はアナスタシアが生んだ赤ちゃんに関する話なのです。

まだ幼い子供に対する父親としての接し方を著者のウラジーミルがアナスタシアから教わるというていです。

なんか、つながってますね~。

 

およそ200ページ位の本を20分で読んで10分でまとめあげるのが目標。

最初はなかなかそうはいきません。

どうしても40分とか50分とかかかります。

それでも、1時間はかからないわけです。

確実に進歩しています。

 

また、人生を変えるノートですから、そのへんの大学ノートじゃいけません。

それなりの体裁のものじゃないと。

というようなことを嫁さんに喋ってたら、「うちにあるよ、そんなノート」

へ?

実は昨年のクリスマス前に提携先の矯正歯科の先生がプレゼントしてくれていたのです。

なんか、つながってますね~~。

 

レポートをメーリングリストにあげると、しばらくして柳瀬さんがチェックしてアドバイスしてくださいます。

それが実に的確なわけ。

その通りに手直しすると、見違えるようなシュッとしたレポートに変身します。

受講者は柳瀬さんにそれなりの受講料を払ってはいますが、それにしても柳瀬さんは本当に文字通り全身全霊で僕たちの進化のナビゲートをしようとなさってます。

時間を無視して喋り続けることを除けば実に感動的ですらあります(笑)

 

初回のセミナーからちょうど2週間後に行われた第二回目、今回は当日の朝行って、夜最終便で帰ってきました。

速読の核心部分は第一回目ですべて話されているので、本来なら二回目は要らないと言えば要らないのですが、そうそう上手くいきませんもので受講するわけです。

そうしますとまた一段階進化するのです。

懇親会出るつもりはなかったけど、今から皆で飲みに行くいうのに、じゃあさよなら、なんて僕が出来るはずがないのね。

 

で、またしても課題がでます。

今回は“環境”についてのレポート。

要するに、最初は生命で次は環境だっつう話です。

柳瀬さんは環境意識コミュニケーション研究所の所長さんでいらっしゃいます。

バリバリの電通マンだったのを退職し、環境意識コミュニケーション以外のことは一切やらないという研究所を立ちあげられました。

皆さんご存知の超有名人も何人もこのコズミックリーディングセミナーを受けてらっしゃいます。

 

そして明日3月1日土曜日は第三回目(最終回)の速読セミナーが博多は天神であります。

この日は柳瀬さんのお誕生日でもあります。

僕の誕生日に始まり、柳瀬さんの誕生日で終わるという、これはいったい何なのでしょうか。

 

この一カ月で読むスピードは格段に速くなりました。

でも課題が出なかったらそこまで練習しなかったろうし、果たしてここまで進化したかしら?

なお、文学作品などを速読する必要はまったくありません。

「神との対話」を20分で読むなんて馬鹿げたことはしないわけです。

あくまでも情報を取りたいという本の読み方です。

でも何気に専門書ですら読むスピードは速くなりました。

本を読む行為が楽しくなります。

そしてコズミックリーディングは速読自体が目的ではない、我々の意識のパラダイムシフトが目的なのであるという柳瀬さんの言葉に、今歩き始めた道が僕たち受講者をどこへ連れて行ってくれるのかすごくワクワクするのです。

明日は泊まりですので、しこたま飲みます。

明後日、日曜日は午後から歯科医師会で用事があるので朝早く戻って来なければなりません。

で、会の後、またしても学術委員と講師の先生で懇親会です。

ええ感じです。

 

お知らせ欄に載せましたコズミックダイアリーの最初の10冊は完売致しまして、追加注文をいれました。

まだ迷っている方、よろしければ進化の道を歩み始めませんか?

本が早く読めて、内容を他人に伝えられるというおまけ付きというのは凄いことですよ。

2014.2.28

Cosmic Reading ~コズミックリーディング 1st lesson~

最近、休診日の木曜日に3週連続で嫁さんと通っているカフェがあります。

Crambonといい、いわゆる授産施設のひとつなのですが、すごく雰囲気の良いお店です。

阪奈道路の富雄と生駒の間にありますので、車で20分そこそこはかかります。

500円で焼きたてのパンがバスケットに3~4個、サラダ、コーヒー、ゆで卵、自家製ジャム、マーマレード、オリーブオイルがついてきます。

サラダは一回だけおかわりできますが、パンはおかわりし放題で、コーヒーはいっぱい100円でおかわり可能。

すごいでしょ。

crambon egg.jpg何時間でもいれます。

でね、ちょっと思ったのね。

もし写真のように、ゆで卵がすでに剥いてあって出てきたら、食べます?(笑)

(これは単に思いついて撮っただけで、ここでは殻付で供されます。当たり前や)

 

話は2月2日に博多で行われたコズミックリーディングに飛びます。

柳瀬式速読術ともいいますが、上を直訳すると宇宙的読書とでもなりますかね。

どういうことか?

奈良から博多って結構遠いのね。

東京行くのとはわけが違うので急遽前日入りすることになり、当日のカプセルホテルを予約しました。

関東行くときゃ京都から新幹線乗りますが、西に行くときは新大阪からです。

新大阪駅は博多駅がかつてそうだったように様変わりしていて全然違う駅になっとる。

新大阪、岡山、広島、小倉と停まればいいのに、間でちょこちょこいらん駅に停まりよるさかい時間かかんねやわ。

 

昨年、大阪で講座「マヤの叡智」を受講した時にすでに速読まで進むつもりでしたが、残念ながらその際の受講者の中で他にそういう人がいずに、九州が盛り上がっているということで博多での速読セミナーとなりました。

こういう時に人はえてして次に大阪で開催されるのを待とうとします。

そんな時間がもったいないと思わへん?

今の自分の学びたいという波というのがあるので、それに乗らんとあかんのですわ。

ちなみに僕はまだ休みの前の日にしかお酒を飲まないルールは守っておりますよ。

 

10時くらいにチェックインして飲みに行く店を探しましたが、大雨が降っているし、なかなか一人でカウンターでというお店が見つからない。

仕方がないので風俗の案内所の男性に「すみません。どっかこの辺でいい居酒屋さんありませんか?」

教えてもらいました。

案内所で飲食店の紹介を受けたのは生まれて初めてです。

すぐ近くにあるそのお店の名前が「風来坊」

僕が広島にいた時によく行っていたお店の名前と同じで、その店は今や広島食べログランキング1位になったこともある有名店に変貌してしまいました。

カウンターで他のお客さんの博多弁を聞きながら心地よく飲んでいると、隣の女性がどうやらオーストラリアに語学留学していて今は里帰りしている最中らしい。

100歳くらいからタスマニアに移住しようと考えている僕は思わず話しかけました。

話、盛り上がりました。

でも何しゃべったか覚えてません。

なんやかんやして居酒屋の大将に次に行くバーを教えてもらいました。

そこでもまた盛り上がりました。

でも何しゃべったか、何飲んだか、何も覚えてません。

ホテルに帰ったのが朝の4時だったのだけは覚えています。

貴重品をロッカーに預けようとして全然閉まらないので、フロントの女性が「ロッカーの番号を最初に押してください」と何度も声を掛けるのですが、暗証番号ばかり押して・・・・・

速読の話はもうちょっと待ってくださいね。

こういう話書くの久々な気がするもんで。

それから風呂入って寝て気がついたら9時半!

講座は10時15分からです。

タクシー乗りました。

会場のビルの地下にあるロッテリアでコーヒーを買おうとすると柳瀬氏がいらっしゃって再会の握手。

じゃ、いよいよ速読のはなしですよ~。

 

僕は普通よりは読むのが速い方だと思いますが、速い人よりは遅い。

お酒も普通よりは強いと思いますが、強い人よりは弱い。

とにかく知りたいことが今は山ほどあって、たったか読まんと追いつかん。

そこで速読なのですが、この速読は速読が目的ではないらしい。

それがどういうことかは後々わかることになります。


まず目から鱗だったのは、例えば一冊一分で読めるといわれれば、凄い速読術だなと思いますよね。

でも一冊一秒て言われたら、「ウッソ~、そんなんムリムリ、ぜ~ったいに無理!」と思いませんか?

へたしたら相手のことを変な目で見たりなんかしてね。

その無理だという感覚を持っている時点で、あるいは凄いと思っている時点で(自分には到底出来ないという含みがある)、もう本当に無理になっているということ。

そんな短時間で読めないという概念をまず捨てるということなんですね。

ハァ、な~るほど。。。。

それともうひとつ。

コズミックリーディングというのは、まず瞑想状態に入って宇宙(高次元)とつながって、その状態で読むんです。

考えてみれば僕が書いた「シャングリラからの伝言」はあとがき以外はすべてそのような状態で書いたものです。

つまり頭に浮かんだことをわかりやすい日本語に直すという作業を僕はしただけで、自分で考えて書いたわけではないのです。

もしそうなら、もし僕がそういう次元とつながって書いていたのなら、読み手もそこにつながることにより書かれていることはすぐに読める、というか本を手にした時点でもう読めているということになりますね。

書いてあることは、宇宙とつながって意識をそこに向けるだけで、すでに自分の中にあるということを知るだけです。

そういえば僕の本にも「知っていましたか?この本はあなたが書いたものだということを」とだけ書かれたページがありました。

午前中は講義と練習。

 

お昼の休憩時間が30分しかなかったのですが、僕と柳瀬氏ともう一人の女性の受講者で地下の食堂に入りました。

時間がないので早く出来るものが何かを聞き、せやのに3人ともその中から別々のものを頼んだんです(笑)

ほしたら出てくるの、はやっ!

たぶんね、2分も待ってないよ。

午後からは、登場人物の気持ちになりきる練習です。

題目は谷崎潤一郎の春琴抄です。

大家のお嬢様で盲目のお琴とお付きの奉公人の佐助の話です。

それでも美しかったお琴に振られたことを腹いせに手下を雇ってお琴の顔に熱湯を浴びせた男がいました。

許されぬ心で通じ合っていたお琴と佐助ですが、お琴は佐助に「お前にだけはこの顔を見せとうない」と叫びます。

すると佐助は意を決して自分の両目を針で突き「これでもう何も見えしまへん」と伝えます。

これだけ端折るとあれですが、おわかりでしょうか、この二人の心の中が。

この場面を参加者が2人ずつ演じてみせるのです。

人それぞれの演技があっておもしろかった(他人から見たら僕の演技もそうだったんでしょう・・・・)

登場人物になりきらないとうまくいきませんから、いわゆるマヤの叡智でいうところの”インラケシュ”です。

(わたしはもう一人のあなたです、という意味)

 

脚本や戯曲、あるいは一般書でも会話形式のものであれば一度試してみられたら良いかと思いますが、このようにその人物になりきって読んでいくと今までとは全然違った味わいになります。

もちろんその場合は速読にはなりません(なったら凄い!・・・て言うたらアカンかったんやっけ?)

 

コズミックリーディングはいわゆる速読とは違います。

集中力と目の動かし方の訓練のようなものとは次元が違うのです。

いくら速く読めてもその内容を他人に語れなければ意味がありません。

何時間、何日もかけて一冊の本を読み、それについてアウトプット出来ないのなら時間の無駄なのです。

アウトプットとは、どこに書かれていたどの内容にどのように感じたか?ということです。

そして、あくまでも目指しているのは高次元にアクセスし”皆で”進化していくこと。

だから凄い!(これはアリ)

興味のある方はどうぞ「マヤの叡智」の扉を開いてください。

 

三次元で生きている僕たちはやはり三次元でしっかり生きなければならない。

しかし高次元の叡智とつながることは出来る。

というか、つながらなければ進化しない。

速読のいいのは読書という三次元ツールを用いて高次の叡智とつながり、それを三次元にアウトプットする点。

ディバイン(聖なる存在)におまかせ~、と言っているのとは違いますね~~~(笑)

だって、少なくとも毎日7つの習慣(28日周期を意識する、ノンエゴの瞑想をする、他人の気持ちに共振する等)を行い、速読のトレーニングをし、それをノートに綴るという努力をしないといけませんから。

てなことで、話は2nd lessonへと進みます。

2014.2.18

ついにその日がやってきた~カッパ再び博多へ~

新月から始まり新月で終わった2014年1月ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

一月に一回の更新が普通になった今日この頃。

今年は僕にとって特別な年です。

明日、2月2日は僕の誕生日でして52歳になります。

コズミック・ダイアリー(マヤ暦)的に言うと、生まれた年の生まれた日のKINが再び52年して巡ってくる年であります。

「KIN95 青い自己存在の鷲」の日に生まれた西塔治が、52年ぶりに「KIN95 青い自己存在の鷲」としての2月2日を迎えるわけです。

 

でもそれだけではないのです。

僕の長兄がすい臓がんで亡くなったのが彼が52歳の年でした。

2,3歳年が離れているだけならこのような気持ちにはならないでしょうが、僕の場合16歳も離れているのでついにその年齢がきたか、という思いが非常に強い。

だからと言って自分も癌になって死ぬということではありません。

同じ歯科医であった、そして僕とは全くスタイルの違う診療をしていた兄が亡くなった年齢を僕がどのように生きるのかが僕にとって非常に意味のあることだと感じるわけです。

何としても進化しながらこの年を、この歳を超えていかなければいけない。

それがあの兄の弟として生まれてきた者の生き方でしょう。

 

その特別な日を博多で迎えます。

今日の診療が終わり次第、博多に行って宿泊し、明日は柳瀬宏秀氏のコズミックリーディング・セミナー(宇宙の叡智とつながった状態での速読を会得する)に参加するためです。

焼酎飲むためじゃありません。

元々、コズミック・ダイアリーのセミナーを受けた時点から、速読セミナーは僕の中でセットでした。

さらに進化したい、もっと深く叡智とつながりたいという思いがあります。

 

昨年の秋に新しい衛生士が入ってから当院のスタンスが変わりつつあります。

より予防にシフトした診療スタイルに変えようとしています。

そうすると歯科にとどまらず身体に関する様々な情報や知識が必要になり(西洋医学だけにとどまりません)、勉強する時間がいくらあっても足りない現状です。

なので速読を是非とも習得したいという強い願いがあるのです。

ちなみに今年になってから、お酒は休みの前の日だけと決めています。

たとえ家にあってもです。

何かを得るためには何かを手放さなきゃですね。

ということで委細はまた後日の報告ということで。

2014.2.1

願いと祈り

新年明けましておめでとうございます。

〆縄2014.jpg

いや~、2ヶ月のご無沙汰でした。

普通はこれだけ更新があいてると、「お身体大丈夫ですか?」みたいな心配メールが来るかと思いきや、そんなん一切無しでさみし~っ!

11月の一人旅から帰ってからというもの、なんやかんやとバタバタで、ブログ書く気も起きない状態。

久しぶりにキーを叩いているとめちゃくちゃ違和感あるね。

書くことがないのかと言われるとそんなこともなかったのですが、とにかく自分のこと、仕事のことで精一杯で余裕が全然なかったのだけれど、裏を返せばそれだけ集中して生きていたということでして、それはそれで誠に結構なことだったりもします。

 

前にも言ったかと思いますが、ある程度精神世界をやってくと、翻って現実の世界に集中するようになるのであります。

スピ系のセミナーなんぞ今さら気持ち悪くって”オエッ”って感じ(笑)

少なくとも地球人はこんな感じで存在しているわけですから、精神性や霊性の追求というのはやり過ぎると脇が甘くなってしまい社会性の欠如に陥りかねません。

やはり仕事というのがあるのはよろしいわけです。

そこで自己表現・創造が出来ますから。

進化や成長が確認しやすいですし。

 

なんやかんや言いながら、はや2014年になってしまいました。

で、世界はどうなっているかというと相変わらず混沌。

日本はどうかというと getting worse!

いや、マジでやばいよ、日本。

 

嫁さんに言われて気づきましたが、昨年末はテレビで忠臣蔵をほとんどやらなかった気がしませんか?

調べてないのでわかりませんが、もしかしてゼロ?

(そういや今年のうちの御屠蘇に使う日本酒は、お歳暮に頂いた愛知の”義侠”でした)

これがなにを意味するのかピンときますか?

原作はあれだけの名作なのに、テレビでほとんどCMが流せない状況となってしまった12月末封切りだった映画「永遠の0」

安倍首相が(どうしてこのタイミングで?)靖国参拝して、韓国に送った銃弾が返されるという話になり、アメリカも懸念を示すだって。

facebookでは猪瀬氏がボロクソに書かれ、僕はあれはハメられたのだと言うと、あの退職金はないだろうという返事が返ってくる。

そんなもん退職金を無理にでも出した方が猪瀬氏が益々イメージ悪くなるからに決まってるのに、そんなことすらわからない。

マスコミの報道は加工されていますから信ずるに足りません。

議会での答弁だって継ぎ接ぎに編集されていますからね。

恐くてあまり書けないけど、それと同じタイミングで餃子の王将の社長が殺されたのも無関係とは考えづらい。

なんか、知らず知らずのうちに洗脳され、マインドコントロールされている気がしませんか?

マスコミを本当に動かしているのは日本人じゃないからね。

危ないよ、日本。

仲井真知事が県民を裏切ったのなら、リコールすればいいじゃないかと僕は思う。

 

さて、僕が精神世界に足をつっこんだ7年前のお正月から、初詣では個人的な願い事もゼロとは言いませんが、必ずもっと大きなことの元に自分の願い事をくっつけたものです。

つまりは世界のために、うちの小さな歯科医院が繁栄するように。

ここで言う繁栄とは、当方のコンセプトに共鳴する人が集まってくれて、その人たちからも発信してもらい、かつ経営が安定するようにという意味です。

最近ではこっちも偉そうになってきて、昨年のお礼と今年の抱負を述べ、「まあ一緒に頑張ろや。俺もやるけど、神さん(春日の神のこと)、おまえもな」 的な・・・・

これもかつて書きましたが、多くの人はすっくない賽銭で、めちゃくちゃ大きな、それも自分の為だけの願い事をしとる。

ド厚かましいにも程があるっちゅうねん。

大人がそれですから、子供も当然そうなります。

金が入れば良い、受験に受かれば良い、etc.

本来は身についた穢れ(我のことね)を祓い、新しい綺麗な気をもらう機会なのに、穢れの2乗になって帰っていきよる。

無明とはこのことですな。

 

僕にマヤの叡智を伝えて下さっている柳瀬宏秀氏も、同じことをおっしゃっており、元バリバリの電通マンですから僕よりはるかに大きな規模でより太い人脈で次のことを広めようとしておられます。

”初詣の願いを祈りに”

元来、願いも祈りも同義の言葉ですが、ここでは願いとは個人的なエゴ満載のものをさしています。

祈りとは神の”意”に乗ることだそうです。

つまりは、自分が生まれてきた目的に沿う生き方をする、それを助けてくださいという意味ですね。

幸せ=仕合わせ でした。

神と人間がお互いに仕え合っている状態。

いったい僕たちはこの世界にどのような形で仕えることができるのだろうか、ちゅうこってす。

御縁がありますようにと5円玉だけ放り込んで 「神様、今年こそ良い人と巡り会えますように・・・」

帰って餅喰うて、屁ぇこいて寝てくれへん?  みたいな(笑)。

 

元日の朝は非常に清清しい空気ですが、実を言いますと、うちなんかでしたら春日大社に歩いて行くわけですが、参道歩いていてカラ揚げとかイカ焼きとかの匂いがしてきた時点で、えら穢れやいう話です。

本殿の周囲なんて最低のエネルギーですよって。

それはね、皆の自分さえ良ければ的な思いが莫大な量集まりましてね、それに引き寄せられて低級霊がうじゃうじゃと・・・・・。

いや、ホンマの話でっせ。

もひとつ言うとくと神社側も金勘定してますさかい話にも何にもなりませんわな。

全国で20数社が柳瀬氏の”初詣の願いを祈りに”に賛同されたそうです。

僕は、呼びかけたのに応えなかった神社を公表したれ!と思いますけど(笑)

 

初詣に行くと神社の神聖な祠を写メに撮ってる人が少なくありません。

これがどれだけ失礼なことかわかっているのでしょうか。

いい年した大人もやってるからどうしようもない。

たまに御神体が見えるように開帳している祠があります。

その時、祠の入り口正面に邪気や魔物が入って来ないように凸面鏡が置いてあったりします。

そしてそこに映るのは自分の姿。

それを写メ撮ってるというのが、どれだけ愚かな行為か分かりますか?

 

今は神棚を置く家は少なくなりました。

うちにもありません。

ただ心の中には当然あります。

子供が悪さをした時に「お天道さんが見てるよ」という親はもはや天然記念物。

「甘いもん食べたら虫歯になるよ」ですら明らかに悪意のあるスイーツブームのお陰で風前の灯。

砂糖は今のような使われ方においては、心身両方に対して毒でしかありません。

砂糖は脳の栄養源などとホザく輩の言うことなど聞いてはいけません。

 

お節料理は買うもの?

そのうちお節料理自体も消え去るかもしれない。

ここだけは家族や来客に対する願い、健康で長生きしてお金に困らず良い人生を送る、というのが込められて良いのです。

それを神様に捧げ、そのお下がりを頂く。

「そんなもん、お節作るのどんだけ大変かわかってんの?」 と言う人がいます。

あのね、それだけの願い事を込めるんやから大変なの当たり前やと思いませんか?

あなた、それ結局小銭で大きな願い事するんと一緒だっせ。

お節料理を拵えるのに、手間暇がかかるのが ”ダメ”  という考えが幼稚やねんって。

ま、今の時代、どこまで手作りするかは人それぞれでしょうけれど、根本のところがわかってなければ、日本人の心が伝承されない。

 

もう僕たちの子供の世代では女性がお節を作れなくなっているかもしれません。

おせち2014.jpg

藍とふうさんは作るやろうけど。

僕思うのね、団塊の世代と呼ばれる人たちの日本文化を伝える意味での無責任さと手抜き加減はひどいよ。

それで文句ばっかり言うてるか、現実逃避して沖縄や海外に移住だってさ。

きちんとやったことの、あるいはやらなかったことの責任取ってから引退してくれっちゅうねん(プンプン!)

仕方がないから僕は正月早々辛辣な文章を書いとるわけです。

手作りコンニャクや蒲鉾の旨さったらないよ。

「今年は棒だら上手いこと炊けた」 なんて言葉も死語なんですかねぇ。

一人旅の顛末は近日公開!

皆さまのこの一年のご健康とご多幸と、宇宙の叡智とともにあらんことを心からお祈り申し上げます。

2014.1.2

富士山麓カッパ泣く

皆さん、おはようございます。

11月2日、一人旅も3日目に入り、明日は東京入りしてようやく学会です。

僕は今、御殿場高原リゾート「時の栖(すみか)」というホテルで、朝食を終え部屋でこれを書いています。

富士山は薄ぼんやりとしたシルエットで窓から見えます。

さすがに温泉も美味しい魚も少々食傷気味であります。

本日はこれから横浜へと向かい、高校卒業以来という友人と会う予定。

宿泊はカプセルホテルとこれまた極端。

 

僕が旅ログを書くとなると、時系列でシンクロ的な出来事が並ぶようになり、まあそういうのも写真には収めてあるのですが、本日はそんなことよりもっと大切なことを伝えたいと思います。

 

と、その前に、僕がこの度を始めた10月31日というのは、コズミックダイアリー(13の月の暦)的に言うと260日の一周期が終わって次の260日周期が始まるまさにその日、KIN1でした。

一人旅は前から決めていたし、KIN1も当然その日は元々そうなわけですが、僕が宇宙の周期を最近意識しだすようになってこれですから、そりゃ感動します。

そしてね、もいちど言いますが、僕が今いるホテルの名は”時の栖(すみか)”なのですな。

 

御参考までにKIN1のKINの書を

銀河の音は「磁気の」   キーワードは 目的 ひとつにする 引きつける

太陽の紋章は「赤い竜」  キーワードは 誕生 育む 存在

 

わたしは育むためにひとつにする

存在を引きつけながら

目的という磁気の音とともに

わたしは誕生の入力を確信する

わたしは2倍になった自分自身の力に導かれる

わたしは銀河の活性化の入り口

わたしに入りなさい

(訳:柳瀬宏秀氏)

 

今回の旅でつくづく僕がいかに家族のことを愛しているかを思い知りました。

自分の想いや感動をすぐ横にいて聞いてくれる人がいないのは寂しいものです。

これもすべて妻の久江がこの世界で僕を見つけてくれたからだと思っています。

そして僕が家族のことをそのまま受け入れられるように(嫁さんは「はあ?」と言うかも知れませんが、笑)なったからです。

また、うちの子供たちは、そのまま受け入れざるを得ないような行動をとってくれます。

ありがたいことです、いやホンマに。

 

往きのこだまの中で、「新・シャングリラからの伝言」の序文を書きだしました。

完成するかどうかわかりませんが、また完成しても出版までいくかどうかもわかりませんが、とりあえず書き始めました。

例によって書きながらわかったことがあるのです。

人生の目的は体験を通して自分を深く知ること。

このことを例えば、今、親に愛されていないと感じる人、あるいは友達にいじめられている人、そういった人にそれはそれを体験したかっただけで、体験し尽くしたと思ったらそこから離れたら良いんだよと申してきました。

戦っても逃げてもいけない、ただ体験しなさい、と。

それはその通りです。

次のステップとして新たに自分を創造していくというのがあります。

自分の可能性を知りたいわけです。

創造することによって、新たな体験ができるなら、

つまりは”体験したいことを創造すれば良い” ことになります。

僕はまさにここに突入したく今、気持の切り替えをおこなっているところです。

 

で、結局、創造し体験するのは”楽しい” となります。

よって楽しくないことは嘘なわけです。

ただし、ここには付帯条件があって、それはその創造・体験が宇宙の法則=愛に基づいているかどうかということ。

自分のためだけ、それはそれで良いのですが、それが他人のため、それを通して宇宙のため、そういうものに仕えていることになるのかどうかです。

 

最終的な結論として、僕が皆さんに今朝もっとも伝えたいことというのは、

 

人生の目的とは、感動することなのだ

わたしは感動するために生きている

感動するために創造している

そして他人の感動に触れることによって

自らも感動するために文字通り ふれあうのだ

 

でした。

皆さま、良い連休をお過ごしください。

インラケシュ(わたしはもう一人のあなたです)

 

あ、もし野毛の場外馬券場で僕を見たら声をかけてください。

あなたはもう一人のわたしです・・・・

ぜんぶ台なし、、、、、

2013.11.2

Pure Mind

道を歩いていると、ふと例の如く変な感覚にはまってしまった。

思考が停止し、自分の視点だけが動いている感覚。

道行く人々は、人生の何たるかも、生きる目的もわからずに、ただ生活している、まるで愚かな家畜のように見えてきた。

僕、対、他の馬鹿な民衆。

その傲慢すぎる考えに我ながらひいてしまって、少し距離を置いて自分を見てみると、それらは僕が意図して思ったことではなく、単にそのような思考のエネルギーに包まれただけであることがわかる。

 

思考が停止しているといっても、ごくわずか残っているようだ。

その残りの思考を使ってもう少し見てみると、どの人にもそれまでの人生の経験や記憶があるのであり、僕が今考えたようなことがすべての視点にあり、それらを顔に出さず皆が歩いているのだと想像すると、実に恐ろしくもある。

しかし、この思考ですら単にそのエネルギーを拾っただけに過ぎず、僕の思考ではない。

マインドを思考と訳すのか、既成概念と意訳するのか、難しいところであるが、自分を捉える自分と他人を分離するような考えもマインドならば、それをマインドの仕業だと判断するのもマインドなのだから面白い。

 

一度、すべての価値判断を捨ててみる。

一切の邪念、妄想が浮かばないようにした状態、心の曇りを取り払った状態で周りを見てみると、それはもう単なる風景でしかない。

自分の中に何の感情もないので情景などというものでもありはしない。

そのまま視線を自分に移してみると、そこにあるのはただのきれいな空っぽの魂の器とでも言うべきもの。

ああ、僕は本当はこんなにきれいだったのだ、と感じ入る。

 

目を凝らしてよくよく見てみると、その空っぽのはずの器にはごくごく薄く色のついた水が入っている。

この色が僕の個性であり、僕の性格であり、僕そのものであり、この色の波長に応じた物事を呼び寄せる。

Pure Mind

僕はいったい何色だろうか?

 

 

皆さま、3週間のご無沙汰でした。

わたくし、11月の1~4日まで本当ならケビンのヒーリング上級セミナーを受けるはずでした。

ところが思うところあり、そちらをキャンセルして3,4日と東京で開かれる顎顔面口腔育成研究会の学術大会に出席することにしました。

思うところとは、ヒーリングは誰でも出来るとはいうものの、本来は専門職であり、その能力に秀でた人がやれば良いということ。

素人が手を出すと、そりゃいろんな奇跡が起こるかもしれませんが、知らないうちにクライアントのネガティブなエネルギーをもらいまくる可能性だって大きい。

なので家族やごく親しい人だけに必要な時にする、くらいでいいじゃないか、と。

 

診療所の方は完全に休診の予定でしたから、スタッフなんぞもすでに個人的な予定を入れており、今さら仕事できない状況。

考えてみれば明日、10月31日は木曜日なので元々休診。

つまり僕は学会前に3日間の休みがある。

これは一人旅だろうと考えました。

明日より関東方面に向けて旅に出ます。

 

ヒーリングセミナーを申し込んだ動機も自分をリセットするためでした。

診療所の方針も予防に向けて大きく方向転換しようとしているし、先週から新しい衛生士も入ってくれたし、色々と心の中を整理したく思います。

様々なシンクロにも出会い、本来の進むべき道を行っているとは思うものの、どこかモヤモヤしたものがあるのも事実。

自分を見つめ直してみる。

当ブログを読んで、心が晴れたとか、導いて頂いたとか言って頂くのも面映ゆいのです。

僕個人がまだまだ模索中ですから。

 

誠実な思いだけを胸に、あすの朝、京都駅から”こだま号”に乗り込みます。

旅先の温泉地でブログを更新できるようならしますので、その節は読んでやってください。

では、ごきげんよろしゅう。

2013.10.30

パラレルワールドはかくの如く存在せり

原発汚染まみれの日本で東京オリンピックを開催しようというくらいだから、凱旋門賞はオルフェーブルが勝つのかと思っていたらさに非ず。

フランスの3歳牝馬に完敗しました。

考えてみれば去年のジャパンカップでも3冠牝馬もジェンティルドンナに負けたのでした。

今年のJRA夏の2歳重賞戦はすべて牝馬の勝利。

なんか、やっぱり凱旋門賞もきっちりオペレートされてる(着順がすべて事前に決まっている)のね。

でも2020年に東京という街は本当に存在しているだろうか?

 

最近心掛けていることに、なるべく朝日を浴びること、月光を浴びること、があります。

4階建てのビルに住んで仕事をしていると、ついそういった自然な一日のリズムから離れがちになるので、もうちょっと人間らしく生きようというわけです。

これを書いている朝5時40分現在、僕の部屋の窓からは朝焼けに照らされた数々の雲が幻想的な風景を作り出しており、こう書いている間にもその色合いは刻一刻と変化しています。

昨晩久しぶりに「What dreams may come」のDVDを観たのでちょっとシンクロチック。

 

人は睡眠状態に入る際に、体中の全細胞が超高速で振動するというのは、今までに2回ほど経験しました。

あるいはよくオカルト映画とかでありますが、エクトプラズムのように口唇の隙間から魂の欠片のようなエネルギーがフ~ッと吐き出されて眠っていくのは何度か経験して知っております。

そういう場合は非常に短時間で深く良質の睡眠が取れるようです。

昨夜もそうであったので今朝は4時44分という早起きをしたわけね。

今は空の雲は通常通り白い色をしております。

ということは雲が絶対的に白色というわけではなく、どのような光に照らされるかという問題であることがわかります。

 

さて、時々「パラレルワールドへ行く方法」などという馬鹿馬鹿しい検索で当方へ来る方がいます。

もうこの時点でパラレルワールドが何かということを理解していないのが丸出しなので、質問自体が間違っているため答えなどに絶対出会えないのであります。

例を挙げてご説明しましょう。

いったいいつになったら本業の記事書くんでしょうね。

 

11月のはじめにJOYヒーリングの会のインストラクター養成講座があり、迷った挙句、すでに受講料も振り込んでいたのですがキャンセルして返金していただきました。

なぜ迷ったかというと、以前より参加するつもりでいた矯正の学会が同日程で開催されるからです。

結局はそちらの本業の方を選択しました。

あ、今の空はまるで割り箸につけた水飴をかき混ぜたみたい。

 

最初ヒーリングの方の申し込みのファックスを送り、なるべく早く参加費を振り込みたかったのですが僕の財布にそれだけのお金が入っていない。

そこで妻に家にその分のお金があるか聞きました。

ちなみに参加費は7万5千円です。

で、ないとのこと。

仕方がなく次の日の昼休みに銀行口座から振り込みました。

振込先はゆうちょ銀行で、郵便局はすぐ近くにあるんだけど、銀行は駅まで行かないとダメなんです。

 

しばらくしてから、振込みが二重になっていることが発覚しました。

妻に言わすと、「あの時お金はあるからわたしが振り込んどくて言うたのに・・・・」とのこと。

そんなこと絶対にないのね。

あくまでも僕的には、、、、

でも妻はそう言ったんです。

妻的には、、、、ね。

 

結局、僕がヒーリング講座への参加を逡巡していたからパラレルワールドを作ってしまったわけ。

この場合は僕と妻の分離意識というよりは、僕の中での思考の分離がそれを作ったと言えるのかもしれません。

かくの如く、パラレルワールドというのは同じ世界に共存します。

というか、この例でいくと、今現在は僕と妻は同じところにいるのだけれど、その妻は僕の迷いが作り出した”受講費を振り込んだ”という過去の並行現実を経由してきた人であり、僕が「それだけのお金は今手元にない」という言葉を言った妻とは別の人であります。

怖い?

でも同じ人よ。

なぜかというと我々は同時に多次元の様々な場所に存在しえるからですわ。

おわかり?

結局、ペガサスさんの本の内容は間違ってるね。

 

大切なことはね、そうと気づいたらあの時確かにああ言った、いや言わない、なんて争いは起こらずにすぐに事態は収束し、あとに何のわだかまりも残さないということなのですわ。

日本と中国・韓国にはまったく無縁の話でございますわね、オホホホホ。

2013.10.9

Miracle Box

うちの診療所の外観がビルの二階で大きな全面ガラス故、歯科医院と認識されないという裏めり太郎(ホントは目立つと思ってやったのに)と同様、このホームページも歯医者のそれと思われずにスルーされる方も少なくないことを最近知り、わたしは悲しいのであった。

いっそのこと思いっきり普通の歯医者仕様のHPにしたろか。

ここに書かれたことは、それを肯定しようが否定しようが、共感しようがそうでなかろうが、読者が自分の中の真実の声に耳を傾け、そこにこそ本当のことがあるということに気づくきっかけにして欲しいという目的のためだけにあります。

ですので歯科の専門分野のことに関すること以外で僕に何かを尋ねてこられるのは筋違いかとも思います。

最近どうも過去記事が邪魔になってきて、断捨離して超スマートなHPに変えようかという気にもなっております。

よそのブログでもそうでしょうが、それらしいことを書くと必ず頼ってこようとする人がいるのは実に鬱陶しいというか情けないことです。

これは今までにメール相談を寄せられた方に向けて発信しているわけではありませんので誤解なきよう願います。

いつまでもこんなこと書いてるから、依存する人がネットで検索してくるのであって、書かなきゃいいんだよなぁ・・・・。

 

さて、愚痴はそれくらいにしておいて本日お送りするのは、サンデー・ショートショート。

カッパの小劇場でございます。

喪黒福造ではございませんのよ。

ではでは・・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

フオッフオッフオッ

そこ行く人、この箱がなにかわかるかな?

この中にはな、この箱を開けた人の明日が入っておるのじゃ。

フッフッフッ、、、、

正真正銘、パラレルワールドも何もない、その人のたった一つの未来が覗けるのじゃ。

イヒヒヒヒ、ただ、それが言いたかっただけじゃわい。

もう行ってよろしい。

 

なにをそんなとこで固まっておるのじゃ?

もしかして、おまえさんこれに興味があるのかい?

フフフフフ。

悪いことは言わん、この箱のことは忘れてしまえ。

え、なに? だったら最初から呼び止めるなとな。

そりゃもっともなことじゃの、ホッホッホ。

 

おまえさん、開けてみるかえ?

わしゃ他に本業をもっとるのでな、金は取らん。

インドのアガスティアのようなものと一緒にせんでもらいたい。

た・だ・し、、、、、

開けた後のことは一切わしは関知せんでな。

どうなっても知りゃせんぞ。

それだけの覚悟を持ってないのならやめとくことじゃ。

 

なに、どういうことか、とな?

例えばじゃ、箱を開けるとする。

すると中は空っぽのことがある。

これが何を意味するのか、おぬし、わかるか?

そうじゃ、おまえに明日はないということじゃな。

それでも開けるかい?

ハッハッハッ。

 

ホウ、普通はこれを聞いたらとっとと帰るんじゃけどな。

おぬしは随分と変わり者のようじゃの。

こんな話もあったぞ。

ある年の夏のことじゃ。

彼女を探しとる男がおっての、箱を空けたら職場の同僚の女性と一緒に食事をしている風景が現れた。

そこで次の日彼女を誘ったら、すぐにOKしてくれて、そのあとはトントン拍子じゃ。

クリスマスにプロポーズして、バレンタインの日に結婚しよったわい。

すぐに元気な男の子が生まれて幸せの絶頂にみえた。

 

ところがな、あまりにうまくいったもんで、この男はわしの所へやって来て、この箱をひとつ売ってくれと言うんじゃ。

金儲けでやっとるわけじゃないんで、滅多に販売することはないんじゃが、その時はどういうわけか譲ってやった。

なに?いくらで売ったか?

フフフフ、それは言えんの。

 

毎日箱を開けては、そこで見たように行動し、そいつは会社でもどんどん出世していったそうじゃ。

そのうちそいつは、自分でものを考えんようになった。

未来に支配されてしもうたんじゃな。

それでもどうなるかがわかっておるのじゃから、不安とか心配は一切ない、、、、

いや、この時点まではなかったと言った方がいいかの。

 

ある朝のことじゃ。

いつものように箱を開けると、そこに見えたものはなんと・・・・

あの普段は優しそうに見える奥さんが、いつまでも泣き止まないまだ赤ん坊の息子の首に手をかけている姿じゃったんじゃ。

男はうろたえた。

それで結局な、そんなことをしようとする奥さんのことが怖くなり、許せなくなって、怒りに任せて包丁で刺し殺してしもうたんじゃよ。

まだ、何も起きてないのにの。

それはちょうど、男がその箱をここで買ったまさにその日の出来事じゃった。

、、、、っと、おい、おぬし、何処へ行くのじゃ?

箱を開けるのじゃなかったのかぇ?

、、、、、、、、

 

フッフッフ。

結局の、人は明日を知ってしまったり、明日のことを心配ばかりしていると、今日が生きられなくなるんじゃよ。

と、誰もおらんのに言っても始まらんか・・・・

お、そうじゃった。

今晩、日本馬がフランスの凱旋門賞を勝つという歴史的な出来事が起こるような気がするぞい。

ま、でも未来はわからんからの。

 

さてと、次はどいつに声を掛けようかのう、、、、、

 

2013.10.6

KIN235 青い磁気の鷲

最近、ブログの更新が飛び飛びなので、ひとつの記事にいろんな話をぶち込んであります。

よってその記事に相応しいタイトルが浮かばないときがあり、そのため本日は13の月の暦からいただいております。

ちなみに僕はKIN95 青い自己存在の鷲です。

これについては、来週セミナーを受講することになっているので、そのうち詳しく書くかもしれません。

いづれにせよ、現行のグレゴリオ暦で生活するというのは限界に達している、というか最初っから無理な話でして、暦によっても僕たちは意識操作されていることを知るべきでしょう。

 

時間というのは言ってみれば宇宙における自分の位置です。

では今日という日は皆が同じ位置にいるのかというと、各人が生まれてきた日(エネルギーの質)が違いますから、同じ今日でも細かく言えば人それぞれ意味合いは違います。

これを地球における自分の位置という限られた視点に貶めたのがグレゴリオ暦、もっというと、自分さえ・・・というスタイルのものです。

本日は新月。

溜まった余分なものを吐き出し切り、新しいものを纏っていく準備をする日です。

 

楽天イーグルスが念願のパ・リーグ優勝を果たしました。

マー君はホントにすごいですね。

一方ではバレンティン選手がついに60号を打ちました。

2013年にこういうことが起こるのにはきっと意味がある・・・・なんてことはどうでも良いのです。

 

先週の土曜日は慧の小学校の運動会、診療所の昼休みにちょこっと観に行きました。

リレーになると周りの親のビデオカメラも凄いけど、お母さん方の「〇〇、頑張れ~! 抜かせ~!」の声にも圧倒されます。

っていうかね、抜かせ~、の相手の子の親が横におったらどうすんの?

その子が自分の家によく遊びに来る子でもそうなの?

僕にはその感覚が理解不能です。

 

発達障害の子は5mとか10mとかハンディをもらった地点から走ります。

こういった子の親は、そりゃ誰かを抜かしたらものすごくうれしいでしょうけれど、そういうことは現実に起こらないので、ただ元気に走ってくれているだけで胸が一杯じゃないでしょうか。

昔、姉が言ってましたけど、超未熟児で生まれた娘(僕の姪)が小1の時の運動会の駆けっこで、一番ビリで途中こけたりしても一所懸命走っている姿を見て涙が止まらなかったそうです。

そういうもんじゃないでしょうかねぇ。

 

よく東北出身のスポーツ選手が勝つことによって被災地の皆さんに勇気とエールを、なんてことを申します。

しかし、負かした相手の選手はボランティアで瓦礫整理を手伝ったかもしれない。

その選手の県庁からたくさんの支援物資や、ボランティアスタッフをバスを連ねて東北に送ったかもしれない。

いったい、何を考えてんだと思うのです。

現実にそれで震災に遭われた方が勇気づけられるのなら、それはそれで何も申すことはありません。

でも、、、、、、。

だから勝敗を決めるようなスポーツはくだらないというのです。

その感覚を理解してもらえないのであれば、僕のブログは単なる戯言にしか聞こえないことでしょう。

 

今の僕はディクシャもヒーリングもしておりませんし、それには相応しい人がいるだろうという考えですが、かつて個人セッションを受けた方にこんな人がいました。

40代の主婦の方ですが、そんだけ道に迷って苦しいのならケビンの泊まり込みのセミナーでも受けてみたら、と提言しました。

泊まり込みと言っても、一泊か二泊ですし、その人のお子さんはそこそこ大きくなっているのです。

でも、家庭があるからそんなことは無理だと言います。

主人にも言えないし、子供のこともあるし、お金もかかるし。。。。

全部言い訳ですよね。

「ああ、じゃあ僕が言えることはもう何もありません」

心の中では、「あんた死ぬほど苦しいんと違うんかいっ!別にケビンのセミナーが最善とは思わんけど、たかが数万円と3日くらい家を空けるのができないんなら、あなたの悩みはその程度ということやで」と思ってしまいます。

 

インドに一カ月行った人が変化するのは、それだけの情熱を天に示したからに他ならないのであって、インドが良いとかインドに呼ばれたとかではないのです。

だからそれに応えてもらえるのです。

インドに行く旅費もセミナー代も余裕で払っている人などほとんどいません。

でも皆、真剣なのです。

わかります?この違い。

実はお金の問題じゃないのです。

それは非常に表面的な言い訳に過ぎない。

本当はね、心底現状を何とかしたいと思っているか、あるいは僕はクララ症候群と呼んでいますが、不幸で可哀想な自分というぬるま湯にいつまでも浸かっておりたいと思っているかの違いなのです。

後者の場合、たいてい問題の本質を他人のせいにします。

ここでいう他人の中に自分自身も含まれているところが、またやっかいなんです。

まあはっきり言って、ずっとそうやっとれ!って話ですよね。

わたしゃ知らんわい。

 

この有名な脳科学者の話は以前より話に聞いて知っていましたが、TEDに出演していたとは知らなかった。

いわゆる悟った状態について述べています。

スピーチの最後に彼女は聴衆に向かってこう問いかけます?

「あなたは左脳で物事を判断して生きるのと、右脳で周囲と溶け合って生きるのとどちらを選びますか?」

「皆が右脳で生きるようになると世界が平和になると思うんだけれど」

 

この右か左かという二者択一の判断を迫るのも実は左脳の働きなんだけど・・・・

僕が右脳で受け取ったメッセージのイメージを皆にわかり易く伝えるためにどの言葉が適切かというのは左脳が働かなければ無理な話です。

ということなのね。

動画はコチラ   http://japan.digitaldj-network.com/articles/18707.html

 

2013.10.5

人生は挑戦だっ!

昨日曜日はFEI整体の勉強会が大阪でありました。

スプリンターズステークスは外れました(話とびすぎ)

ほとんどの人は何故3着に16頭中15番人気のマル地馬マヤノリュウジンが来たのか首をかしげていることでしょう。

その理由は昨年のこのレースにおいて1番人気で2着に敗れたカレンチャンに騎乗していた池添騎手が乗っていたからに他なりません。

これこそが今年のG1戦線を解く鍵なのですが、馬券というものは外れる時には外れる。

 

およそ生命体たるもの、宿命的に持っている欲求があります。

”進化したい” 

これです。

進化するためには当然目の前に乗り越えるべき壁の存在が必要です。

どんな壁を乗り越えたいのか事前に決めて生まれてくるのですが、そんなことも忘れてしまって生きていますと、人生途中で何度も挫折して最後には死にたくなることもあるのかもしれません。

書いてしまえばこれだけのことで、きれいなお花畑の中で、手を伸ばせば何でも揃うというような状況は、2,3日もすればそれ自体が苦しみになります。

退屈で、退屈で、、、、、いっそ死んでしまいたい、なんてね。

空から見たら、お花畑の中で数万人が自殺していた、みたいな(笑)

 

てなことなので、人によればこの世は魂の修行だとか、学校だとか言うわけですが、修行や学校が楽しいという人は別として、僕自身はそういうのは好きじゃないのでやはり楽しくいきたいものだと思っています。

でも壁は厳然として目の前に聳えたち、そういった理屈ですから、ひとつの大きな壁を乗り越えてヤレヤレと思っていたら今度は頂上も見えないような壁がまたかよ!という具合に出現してきます。

いったいいつまで続くんだろう?

こう考えるとやってられなくなる気持ちもわかります。

でも自分でチャレンジするために”自分で”決めてきたのだから、そういったものだと諦めて、、、、じゃなく挑戦しているんだと楽しめたら良いですね。

エベレスト登山なんてそうでしょ。

本人はつらいけど楽しいのです。

だから成功してもまた次の冒険に出る。

 

人のからだ(肉体的じゃない)は、身体性と精神性と霊性から成っております(ざっくり言うとですけど)

なのでどれかに偏るのは健康上よろしくないわけね。

スピリチュアルやる人はどうしてもそっちばかりに行きがちです。

身体の方は健康のためにやるヨガとかサプリの摂取とかになりがちです。

それらが悪いとは言わないけれど、果たしてそうなのだろうか?

健康を崩している何かがないですか?

そっち直すのが先じゃないの?

誤った生活習慣のことです。

 

精神性や霊性の方はどうしてもそっち系の本やセミナーになります。

たいていの人は実生活で悩みや苦しいを抱えていて、その解決の糸口として精神世界の門をくぐることが多いようです。

なんかの本を読んで助けられたとか、過去世療法を受けて人生が変わったとか、それはそれでいいんだけど、なんか違う気もする今日この頃。

 

先ほども言った人生での壁は、我々一人一人に対して特定の意味を持つように、壁そのものじゃなく、その人自身の特性(個性)を作り上げるようになっております。

受け手の側の個性をコントロールすることにより、壁に特定の意味を持たせる(その人が超えていくべきものという意味を持つ)

そのコントロールの方法として過去世があるのであり、特定の親の元に生まれてくることによる条件付けなどがあるのです。

勘違いする人は、過去世に壁の原因を求めるし、親を恨んだりします。

それらは人の個性を作るだけであり、その個性の元だと壁がかなり手強くなりがち

ところが、その個性でもっても、その壁を超えることができる。

個性には陰と陽があり、言い換えればネガティブとポジティブという意味になるのですが、ネガティブな個性に翻弄されて生きていると壁はとてもじゃないけど太刀打ちできない。

ところがそのポジティブ面に気づき活かしだすと活路が開ける。

そういう具合になっております。

そのうちにネガティブがいわゆる悪いという意味でもないことに気づきだすでしょう。

それも必要なのです。

 

こうやって我々は物事や自分や他人を比較したり、否定したり肯定したりを繰り返しながら、結局はワンネスに向かっていきます。

そしてワンネスに必要なのは個々の陰陽両方共の個性であるということなのです。

それらが覆い隠されずに輝く時に、まあ、次のステージかな。

 

過去世というのはDNAと同じで、それを持っているからと言ってこの世界で必ず発現するわけではありません。

首を絞めて殺された人が、胎内でへその緒が巻きつくみたいに、この現象界においてそのスイッチをONにする何らかの出来事がない限り人生に影響を及ぼさない、というかないのと一緒。

つまりね、すべてのヒントも答えもこの三次元世界にあるのだということです。

そしてそれらに気づき自分を奮い立たせるだけの勇気は誰でも持っているはず。

スピリチュアル好きな人にはもう一度、知らず知らずのうちに何かに依存していないかチェックして頂きたいものです。

僕が思うに、精神性や霊性が高まれば、とんでもない能力が開花したり、愛に包まれたり、とかではなく、より現実世界に集中して生きるようになるんですけど。

5次元へのアセンションはね、そこを目指すのではなく、3次元を一所懸命生きていれば勝手に行きつくという思いが強くなってきました。

 

「シャングリラからの伝言」はずっと依存されるのを拒んできました。

これからも一緒です。

それは個人から力を奪うことになるからです。

すなわち個人の力を信じています。

でも本人が自分の力(霊的な力じゃないよ、勇気のことだよ)に気づかない場合が多いので、こればかりはどうしようもありません。

だって力を与えることは、出来ないのじゃなくて、僕はしませんのでね。

 

てなことをFEI整体の高橋先生と飲んで喋っていて考えさせられました。

すでに何人かが当ブログを読んで、FEIの治療院を受診しているというのを聞いてブログの影響力に驚き。

もしかして幾ばくかの人たちが競馬中毒に・・・・・ならんか、そんなもん。

2013.10.1

科学する心~湯快リゾート顛末記~

本日、最初に一言申し述べておきます。

僕は誠実であること、表裏のないことを是としてやってきましたし、自分自身で唯一誇れるものとすればそこかもしれません。

ですので、競輪競馬はするし、酒は浴びるほど飲むし、女癖は・・・・これは相手の事情というか好き嫌いもあって別に良くも悪くもないし、でも、、、、あとは自分自慢みたいなこと。

個人の幸せ、創造性、家族の幸せ等々に関してもほぼ書かなくても良いようなことまで赤裸々に書いております。

その中で僕がどのように考え、どのように行動して、そしてどうなって次にどのようにしたかを書いているつもりです。

よってスピリチュアルリーダーなんておこがましいものではありません。

単に日常のことを淡々と書いているだけです。

そこで読んでくださっている誰かが何かを気づくきっかけになれば、それで良しということです。

何かを教示しているわけでは決してありません(そのような書き方をすることもあるけれど)

ほんでもって何の気づきももたらさなくっても、それまたOK。

 

常々書いておりますように精神世界だけを追及している人は僕は原則として信用しません。

その人のプライベートが見えてこないようでは信用するに足りないと考えます。

多いのよ、校長先生の子供が非行に走ってたり、イジメをする側だったり、新興宗教の教祖の家庭がボロボロだったりなんて普通にあるのね。

本当にすごい能力があって本当に真の道を歩んでいる人は決して表には出てこないとも思っています。

ある意味において、私が救ってあげるみたいな人は偽者なのですよ、はっきり言って。

そのリーダーがそのように言わなくても、結果としてそうなっていれば同じこと。

 

そんな僕でも、一応、最近お酒をある程度制限するようにしております。

これは身体をいたわるというよりは、これだけ勉強するべきことがあるのに時間がもったいないというのが一番の理由です。

競輪競馬もかなり大人しくやっております。

というか競輪の車券などは当分買っておりません。

でもオールスター競輪で後閑真一選手が優勝したのは知っています。

43歳で追い込みから自力型に転向してG1優勝なんて前代未聞で考えられません。

すごいです。

あとはロト7はかすりもせんから、ロト6だけにしようと考えたり。

 

そんな感じでおりますと、今まで表面を取り繕ってセミナー開いていた人が、嫌な言い方をしますと化けの皮が剥がれてきたりみたいなことがあるようです。

具体的に書けないところがつらいところですが、今の時代、いつまでも物事を隠しておけないの。

僕はずっとこのままのスタンスですが、徐々には進化しているつもりではいます。

皆様も、あまり他人に頼らずに自分を信じるほうが裏切られることがないと存じますけど、如何でしょうか。

 

今月15,16日の連休前には愛媛からブログの読者が奈良に来られると言うので、一緒に飲んでおりました。

初対面の女性と会うというのは出会い系みたいで(やったことないけど)ドキドキします。

東尋坊あれら.jpg

で、家族旅行の行き先が石川から福井です。

初日は良かったのね、

道空いてたし、予定よりも早く着きました。

まずは東尋坊です。

写真は硫黄島じゃありませんよ。

東尋坊家族.jpg

これだけ人が多くて数ある売店の呼び込みも激しい中で自殺もないもんだ。

きっと場所と時間帯が違うんでしょうけどね。

ここで昼食とったのですが、値段は張ったけどさすがに美味かったし、腹いっぱい。

ビールなんか飲んでたら残してたね、きっと。

1962トラック 日本自動車博物館

その後、粟津温泉街へと向かって、すぐ近くにある日本自動車博物館へ。

ここね、車に全く興味のない僕ですら面白かったですよ。

なぜか僕の生まれ年がナンバープレートになっているトラックもあったりなんかして。

経済成長の真っ只中、いや、戦争で何もなくなったところから一から作っていった創業者や職人達の矜持とか魂とか、そんなものを強く感じました。

TOYOTA2000GT

写真はTOYOTA2000GT

めちゃくちゃ格好ええやんかいさ!

僕がかつての日本の車で一番格好いいと思うのはセリカXXでございます。

今の車はどれもこれも一緒に見える。

AKBみたいなもんやね。

オーストラリアトイレ

また、ここのトイレは世界のトイレ博物館みたいになっていて、どの階のトイレにも世界各地の便器がズラッと勢ぞろい。

僕はせっかくだから、ここでウンコしよと思って、どうせやったら和式の方が清潔でええよなと考え(←この時点で和式=日本のもの という図式が頭にない)、しゃがんだらINAX製でズッコケました。

わたくし往々にしてアホなのかカシコなのか分からない時があります。

ちなみに写真はオーストラリアのトイレ。

ホテルに泊まっても子供たちは8時に寝るので、僕と嫁さんは寝室とは別の部屋で本読んだりDVD見たりしておりました。

それにしてもインターネット・コーナーで子供だけじゃなく大人までゲームしてるのはどうなのって感じ。

夕方から降ってきた雨は夜になって激しさを増しています。

次の日は一日芝政ワールドで遊ぼうと思っていたのですが、ダメなのは確定的。

慧なんかは家に吊るしてあるテルテル坊主の首ちょん切ったろか、などと怖いことを申しておりました。

で、福井にある恐竜博物館を提案したのですが、子供たちは誰も興味を示さず。

え?なんで?普通これやろ?

ということで、日本で初めて人工雪を作った中谷宇吉郎氏の雪の博物館というのと、絵本作家である加古里子(かこさとし)氏のふるさと絵本館に行くことになりました。

 

翌朝、雪の博物館に着く頃には、はっきり言って天候は嵐。

結構新しい造りなのに、博物館の中は雨漏りしていて、あちこちにバケツが置いてある上に、強風で扉が勝手に開いたりとか・・・

雪のペンダント.jpg

僕的には館内を案内してくれるちょっと年齢のいったお姉さんが妙に色っぽくてプチうれしい。

ま、それがなくても面白かったです、ここは。

宇吉郎氏は彼の寺田寅吉の門下生であって、雪を研究しようという思いつきも凄いけど、当時の実験機材で天然の雪の結晶のすべての形を実験室で作り出すことに成功し、気温・湿度等の条件とその下で出来る結晶の形の相関性をプロットした表まで作製していたのには驚きました。

写真は大変寿命の短い”雪のペンダント”作りをしているところ。

 

氏の生涯を紹介するビデオ上映を見ていると、次のような言葉がありました。

「”これはなに?” が ”これはなぜ?” に変わるとき、そこに”科学するこころ”が生まれる」

一応大学院出ている僕とすれば、いたく心に響いたのでした。

今の医学者たちは忘れてるよなぁ、この感覚を・・・・

教わった事を覚えるだけですもの、皆さん。

かこさとし絵本館.jpg

かこさとし氏は漢字で加古里子と書くので、嫁さんはずっと女性だと思っていたようです。

高一、中二、小六の子供たちはそれぞれに好きな絵本を取り出して見入っています。

普通、この位の年の子供がそこまで絵本に興味を示すだろうかと変に感動してしまいました。

これも毎晩嫁さんが寝間で絵本の読み聞かせをしてくれているお蔭だと思います。

さあ、この時点で僕は既に高速が広範囲にわたって通行止めであることをスマホを使って知っていました。

そこで地道で帰ることにしたのですが、そちらもかなりの渋滞です。

今日中に帰れるだろうかと言ったりしながら、途中、栗東から高速にのることができ、結局着いたのが夜の11時半前。

そうであっても今の僕には家族そろっての旅行は非常に楽しいものであるのです。

連休明けの仕事は忙しく、長時間の運転と相まって結構疲れたまりましたけどね。

帰ってくる途中、福井県内で川の傍を通る時もその増水の勢いの凄さにビビりましたが、嵐山ではもっとエライことになっていました。

秋の行楽シーズンに向けてボランティアさん達が活躍しておられるようですが、どうやらこういうことはこれから日本で頻繁に起こるようですよ。

 

なんやかんや忙しくて、この記事書き始めてアップするまでにずいぶんかかってしまった。

では、また。

2013.9.26

プロジェクト・シャンバラ

東京でのオリンピック開催はほぼ無いと考えており、おそらくマドリードであろうという僕の予測は外れました。

こういったものは言うまでもなく上位にいるフリーメーソンが決めているので、「ふ~ん、そういうことか」と思うのです。

開催設備や周辺のインフラ整備、それに伴う他の観光地での経済効果等々。

これで日本の経済は当分右肩上がりの成長?

日本はまたしばらくの間経済(お金)中心の社会でいくのか?

いつまで同じことを繰り返すの?

 

でもね、昨日の原発の話じゃないですが、オリンピック開催という極端な経済活性化があれば、その一方でかえって精神性の追求や目覚めへの欲求が高まる気もするのです。

是非そうあって欲しいものだ。

それにしても安部首相の原発問題は完全にコントロールされている発言には、驚くというより開いた口が塞がらないとはあのことだ、みたいなね。

一国の首相が全世界に向かって誰でもわかるような嘘を公言するというのは、もしかしてこいつ馬鹿?

とはいえ、東京に決めたのは世界中枢トップにいるメーソンメンバーなので、安部がどのようなスピーチをしようとも、滝川クリステルの笑顔がどうであろうとも関係なかったのですけど。

イスタンブールの反政府デモも(テレビでそんなドキュメンタリーやってましたが)、東京開催を正当化するための誘導だったのかもしれません。

ていうか、きっとそうでしょう。

 

話変わって、、、、この間にずいぶん書くのを上から〇〇に邪魔されました、、、あ、これ独り言です。

本の「シャングリラからの伝言」は7月位からアマゾンでの新規入荷が途絶えております。

他のウェブショップはどうなのか知りませんし、そもそも出版社に在庫があるのかもわかりません。

ただわかるのは、もうあの本は役割を終えたのだろうということです。

あれが世に出たのが2009年12月。

我々が興じている人生ゲームの目的・法則(ルール)・ゴールについて具体的に書かれています。

精神世界の本に見えて、実は非常に現実的な本なのです。

2013年9月現在、我々はもっと高い視点・視野(=次元)で生きなければなりません。

そういう時が、今すでに足元に来ているのです。

 

藤圭子さんが亡くなってから「自殺したらどうなるか」で当HPを訪ねてくる人が非常に増えました。

以前だと一日60人くらいがその検索できていたのが、今はその倍以上来られます。

異常ですよね、はっきり言って。

これは時代(次元、波動)の変化について来れない人が、生き場が無くなってそっちに逝ってしまうことを示しています。

これもひとつのアセンションの姿なのかもしれません。

 

では、次の時代に相応しい本やセミナーを探す?・・・・そういうもんじゃないと思うけど。

僕の本は、あとがき以外は全部僕が書いたわけじゃありません。

正確に言うと僕が何かを参考にしながら頭で考えて書いたものではなく、大まかなアイデアの塊(インスピレーション)を頭で日本語に直す作業をしていただけです。

宇宙の本当の話とか、月に人がすでに住んでいるとか、宇宙人の話や地球誕生の話、人類誕生の話などは少しくらいはこのブログで書きましたが、あまりにもトンデモ話(本当はそうじゃないけど)にとられると、大事なことの信憑性まで疑われるので今までは敢えて書いてきませんでした。

それはこれからも変わらないと思います。

 

もうすぐ書店に並ぶはずのペガサスさんの新刊 「不可視の王国《アストラル界》へ行こう」を読みました。

昨日書きましたように本人から直接サインとメッセージも頂いております。

震災前の千葉県市川市で行われたシャスタの篠原夫妻とペガサスさんのジョイント講演会に参加した際に、彼女には僕の本をサイン入りでプレゼントしてあります。

その新刊本に並行現実に関する記述があります。

読みながら「なんか見たことがある文章やなぁ。やっぱりみな同じこと考えんねんなぁ」と思っておりましたが、さらに読み進めてみるとアレ?

明らかに当方の本の中の「ようこそパラレルワールドへ」からの引用(パクリ)じゃありませんか!

こんなもの僕の本を3回くらい読み直した人なら、すぐにわかるレベルの引用です。

それも引用している旨はどこにも書かれていません。

当然、僕も事前に何の断りも聞いていませんし、直接サインもろてるのに・・・・・って話です。

 

皆がワンネスに目覚めたら、過去の並行現実は消滅していくという記述が僕の本にあるのですが、そこだけ「こういうこと言ってる人がいますけど?」と高次の存在に聞いていて、思いっきり間違いだと言われているし。

他は全部ペガサスさんの考えを正しいかどうか質問する体になっています。

なぜ引用だとわかるかというと、並行現実をわかりやすく説明するのって結構難しくって僕も例を探すのに頭を悩ませたんですね。

通常はCDやDVDなどを例にとることが多いです。

つまり今、Aという曲を選曲して聞いているが、他の曲も同時にそのディスク上には存在する、てな感じ。

僕はケーブルテレビのチャンネルを使って説明しました。

その例の出し方がまるっきし一緒なの。

ていうか、読んだらわかります一発で。

他のページでは引用したところはその著者名や書籍名を明記しています。

これって、いったいどゆこと?

 

ここまで読まれて、もしかしたら僕が怒っているのではないかと思われるかもしれません。

そうじゃないということを言うために、そしてそれと気づいた読者が誤解しないようにこれを書いているのです。

彼女ほど強力なサイキック能力と回転の速い頭がある人が、こんなことを知らん振りでするはずがありません。

わかってやっているのです。

僕は自分の本に関して単に上からのメッセージを(そんなの勘違いと思われても結構)訳しただけと書きました。

彼女も書きたくて本を書いているわけじゃなく、地球を救うために書かされているのであって、そのせいで随分危険な目にも遭っているのです。

おまけに彼女がこの本を書くことは随分以前(地球誕生の時から?)から決まっていて、書く内容も高次の検閲を受ける状態です。

そのような状況下での明らかな無許可の引用なのね。

皆さんはどう考えますか?

 

僕は「あ!おんなじ人が書いてるんや」 と思いました。

これは同じ高次の存在からインスピレーションを受けているということではありません。

僕はあくまでも基礎クラス担当であり(こっちの方がある意味難しい)、自分も皆さんと同じように悩み迷いながら生きていくスタンスです。

ただね、彼女の本の内容が以前から決まっていて、僕の本がそこで引用されているのであれば、それも決まっていたということになり、とどのつまりは

「シャングリラからの伝言」はプロジェクト・ペガサスの一部であるとも言えます。

 

彼女が僕が読むことも、それに気づくことも承知の上で断りもなく引用したのは、僕を彼女のプロジェクトに(危険に遭わないように。僕一般人ですから)巻き込まないようにという配慮と、それらすべてのことを僕は理解するであろうと知っていた故でしょう。

僕の考え違いだったら笑ってください。

僕はそのことに深い感動すら覚えます。

 

彼女は年内にもう一冊本を出版し、今年いっぱいでペガサス名での活動を引退する意向です。

そこで

プロジェクト・シャンバラ

   

ここでいうシャンバラとは5次元のこと。

次元なんかわからないというのなら、先ほど言ったより高い視点・視野で構いません。

自分の波動を上げる一番の方法というのが、ペガサスさんも書いていましたし当方もずっとそう言ってきたつもりですが、きちんと毎日を生きることなのです。

自分が幸せであること。

家族が幸せであること。

これが人類が幸せになる必要条件なのです。

 

そのためには、自分の身体をいたわること。

自分の心に正直に、そしていたわること。

心は嘘で弱ってしまいます。

自分の霊性に気がつくこと、そしていたわること。

 

自分の次元を上げるため、言い換えればもっと人間として成長するために誰かを頼る必要はもうありません。

あなたは自分で自分の深い部分・核心に触れることができるはずです。

だからこそペガサスさんが引退などと言い出すのであり、僕がずっと非依存を旨としてやってきた所以です。

成長したい、進化したいという願い・欲求さえあれば、あなたは絶対に大丈夫。

その声は必ず神に聞き届けられるでしょう。

 

なお、僕はワンネス意識によって過去の並行現実が消滅することは間違っているとは思いません。

そこには誤解と齟齬があると考えます。

ただ、同じプロジェクトの中の話であり、僕もペガサスさんも文責はとるものの自分で書いたわけじゃないというのがありますから、間違っているといわれても一向に腹も立たない。

本日はこんなところです。

もう当分スピ系の話はいらんなぁ。

重たいわ。

なお、ペガサスさんの新刊を読んで一番の収穫は、5次元ヒーリング(相手に触れず、意識だけで瞬時に身体を整えてしまう)の本質がわかったことです。

結局はこれもハウツー(やり方、方法)じゃないのねってことでした。

 

追記:2014年5月現在では、ペガサスさんの無断引用については全く違う見解をもっておりますが、それについてはご想像ください。

2013.9.12

Danny Kaye with New York Philharmonic

土曜日は朝9時過ぎに家を出て一路東京は亀戸へ。

亀戸なんて行ったことないです。

総武線、乗ったことないと思います。

途中、乗り換えの秋葉原のホームに立って街を眺めてみると、一種異様な雰囲気ですな。

降りたくない、この駅って思いましたもん。

 

前にペガサスさんに会ったのが震災前の2011年2月22日。

その間いろいろとあったようですが、彼女の個人的なことはおいておきましょう。

僕は午後からの第二部のみ参加。

およそ30数名の参加者でほとんどが女性です。

ペガサスさんがどんな話をしたかというと、話なんてほとんどないんです。

ただ、運気を上げるために次から次へとめまぐるしくグルーピングを行い、そこで自己紹介するというもの。

ほぼ2時間それをやっていました。

では期待外れだったかというと、これが結構面白かったわけ。

そこでの気づきは、例えば僕であれば家族だったり、親兄弟だったり、スタッフや友人、その他多くの知り合いに支えられて生きているというのはわかりますが、全く離れたところに住んでおり、面識もないにもかかわらず、ある人(複数)の存在があって自分は動けているんだということでした。

これって結構普段気づかないのよね、当たり前だけど。

 

その後、懇親会がありましたが、僕は別件の懇親会のために赤坂の方まで戻らないといけなかったので不参加。

もうすぐ書店に並ぶペガサスさんの新刊「不可視の王国《アストラル界》へ行こう」が20冊だけあって、クジにあたったもので購入し、サインをもらいました。

ペガサスおつかれさま.jpg

一人一人違うメッセージを書かれるのですが、僕が書いてもらったのがコレ。

だっていきなり言われたもんね 「まあ、いろいろ大変でしたわね。ご苦労様です」 って。

同じようなことはシャスタクラブで治美さんのセッション受けたときにも言われました。

わざといろんなカルマを身に着けてきて、それを生き抜いていくことでメッセージを発信するみたいな。

考えてみれば、「魂の目的 ソウルナビゲーション」という本は服部みれいさんの本で紹介されていたのです。

で、その本は小峰一雄先生のパーティに参加するためだけにわざわざ奈良から東京まで行った時、会場のビオレストランの前が青山ブックセンターでして、入り口入ったらすぐにみれいさんコーナーがあり、「あ!みれいさんの新刊が出てる」と買ったわけ。

そもそもみれいさんの本を初めて買ったのは、梅田のファッションビルにある雑貨屋さん。

その近くの映画館に確か”いわさきちひろ”さんの自伝的映画を観に行った帰りだった気がする。

それで魂の目的を読んで具体的な今回の僕の人生の課題を知り、なぜかマヤ暦を学ぶ運びとなる。

こう考えますとね、なんか僕は自分の意思で生きてるんじゃない気がしますね。

誰かに動かされているに違いないと思うのです。

 

ペガサスさんの新刊については ”僕から” 少々申し上げておかねばならないことがあります。

まだ発売前ですので皆さん想像もつかないでしょうが、多少なりとも衝撃的な事実があり、それについては次のブログで詳しく述べます。

 

スカイ21という身体スキャナーの症例発表会は日曜日ですので、懇親会は前倒しで土曜の9時からホテルニューオータニでありました。

さすが東京の永田町近くとなると、ホテルの警備も厳しいですね。

そこで久しぶりに会う秋田の田中先生と話をし、酒を飲むわけですが、僕の近くにいた内科の女医さんがまた変わってらっしゃるのです。

飛行機に搭乗中に見た3機のUFOをビデオで撮ったり、ウミヘビが歓迎のダンス(らせん状に8の字を描いていた)を動画で撮ったり、竹内文書なんてことを口にしたり、当然ペガサスさんのことも知っていて、僕は思わず「あなたね、そんな話、僕と田中先生やから普通に聞いてますけど、頭おかしいよ、それ(笑)」

おまけにこの人、サラ・ブライトマンと楽屋で並んで写真撮ってるし、「真実のレムリア」の著者オレリア・ジョーンズにメール打ったら「家においで」て呼ばれたりして、ちょっと、だいぶ変わってますが、症例発表は真面目でした。

それにペガサスさんの色の性格の話を聞いていたもので、女医さんの服の柄といい色といいすごいパワーを持っている人だと感じました。

 

その後、セミナー主催者の社長と僕と秋田の先生で上野のフィリピンパブへGo!

横に座った叶姉妹のような女の子と英語で何を喋っていたかというと、福島原発のこと。

彼女いわく、フィリピン人はフィリピンのことをあまり好きでないのだとか。

治安は良くないし、経済も良くない、料理は脂っこくて嫌、何よりずっとどこかの支配下にあったから、自国愛というのが沸きづらい。

「わたし、ニホンのこと好きだから、ニホン人としてゲンパツ問題どにかしてください」

で、僕は確かにあれは不安になるようなことばかりだけど、でも、人や社会が変わるにはああいう極端な出来事がないとだめなんじゃないか。

だからこそ逆に希望が持てるんだ。

てなことを真面目な顔して、社長がステージで郷ひろみの物真似して唄っている中、胸と背中がV字に大きく開いたドレスを着た女の子にしゃべってました、わたし(←アホ)

 

東京の地下鉄の終電って遅いのね。

そこで解散して僕は赤坂まで戻って一人で飲みなおそうと街を散策しました。

ほぼ午前0時くらいです。

ところがいい店がないのね。

何気にレコードたくさん置いてますというジャズバーを見つけ、ビルの2階に上がって外から店を覗いてみると、大きなスクリーンにクラシックのオーケストラが映っています。

「こりゃ、だめだ」と思って階段を降り、ずいぶん歩いていったあたりで後ろから声を掛けられました。

「さっき来てくださってお客さんですよね。御免なさいね。いま、ダニーケイとニューヨークフィルのDVD流してたものだから、折角来てくださったのにすみません」 とやや年配の女性。

「いえ、別にいいですよ」 と言ってまた歩き始めたものの・・・

「ダニーケイ? ニューヨークフィルとダニーケイ? って、それ何?どゆこと?」

ダニー・ケイとはもう亡くなりましたが、アメリカのコメディアンであり俳優であり、有名なところでは映画「ホワイトクリスマス」でビング・クロスビーと共演していました。

実は彼、譜面は読めないけれど、指揮者としても活躍していたことがあったそうで、このN・Yフィルとの夕べという演奏は語り継がれるほど有名なものだったのです(知らなかった)

 

でね、わざわざそれを言いに結構な距離を追いかけて来てくれて、これで店に行かなかったら奈良の鹿男の名折れやんね。

ということで、今度は僕がママさんの後を追いかける形になり、ママがカウンターに入ってこっちを向いたときにはそこに僕が座ってたという図。

このダニー・ケイの指揮が滅茶苦茶おもしろいのよ。

指揮もきちんとしたプロのそれであり、かつ本物のコメディアンというか、エンターテイナーのそれでもありました。

 

お店は夜中の2時までなので、キリがないということで途中でDVD停めたんですが、その後、僕が学生時代ビッグバンドをやっていたという話をすると、また話が盛り上がり、そこからカウントベイシーのLPを2枚、裏表。

3時過ぎてたかな、もうそろそろということで失礼しました。

ウィスキーをサービスで入れてくれたり、早い時間は原信夫さん(シャープス&フラッツの)が来られてたりということで、とても感じの良いお店でした。

僕はその後、24時間営業の讃岐うどんの店で”しらすおろしぶっかけ”にコロッケつけて、ホテル帰って、きちんとベッドに着替えて入って(なんで、ここ太字?笑)、寝ようと思ったらオリンピックの開催地決定まであと16分だと。

結局テレビつけたまま寝てしまって、朝の5時くらいに東京に決定したことを知り、テレビ消してまた寝る。

東京開催についてはさすがに何か書かんとあかんのですが、これも次回。

 

次の日は普通に講演を聴いて、普通に帰ってきて(JR品川駅暑い~)、競馬の結果を動画で見て「よしっ、よしっ、よっしゃ~っ!!  え? ハナ差で4着?」

一家の大黒柱はモロい↓

 

市ヶ谷釣り堀

それにしても東京の駅って、すぐそばに釣り堀があるとこ多いよね。

なんか、なごむわぁ。

2013.9.10

Gate Open ~本格的アセンション始動~

ゲート・オープンと僕が言うと、皆さん絶対に競馬の記事だと思われるでしょうが、ちゃいまんねん。

久しぶりに真面目なスピリチュアルの話でおますねん。

 

この7,8月は随分エゴ(我)を出しまくった気がします。

まあでもその方が話が早く進むので悪いとも何とも思っていません。

先日、今の政権・官僚に怒りも涙もわかないと書きましたが、今の僕はどうでもよいことに対して、例えば僕自身に対する批判や評価なども含めて、なぜかしら感情が動かなくなってきました。

たまたま去年新潟に招いて頂いたお話会に参加されていた方のブログを見て、かなり辛口のコメントが書かれていたわけですが、普通なら頭の中に自己弁護だったり相手への逆襲的な批判的な考えが浮かぶところですが、そういったものが少し出かけてすぐに消えていきました。

もちろん怒りなどの感情も沸いてきません。

沸きかけて消えるじゃなくて、全く出現しませんでした。

読んだ後もしばらくその事を思い出したりはしましたが、ウジウジ考えたりはなかった。

いったい僕の何が変わったんだろう? と思うわけです。

何のセッションを受けたわけでも、ディクシャチックな宇宙からのエネルギーに晒されたわけでもないのに、最近そうなのです。

エゴを出したことでさえ、反省のかけらもなく、とっとと忘れちゃってます。

実に不思議です。

ただし自分で何をしているかは客観的にわかっている状態です。

 

今週末は東京でsky10という身体のスキャニング&治療装置の症例発表と懇親会があり、それに参加します。

久々似合う秋田の先生と酒を酌み交わすのが楽しみです。

が、懇親会は土曜日の午後7時からです。

一応午後は休診にしておいたのですが、ある時何気なくプロジェクトペガサスのブログを見たところ(普段はほとんど見ない。おそらく半年振りぐらい)、ペガサスさんの東京講演会がちょうどその日の午後2時からあることがわかりました。

う~ん、と考えた末、これも流れだろうと午前中も休診にして参加することにしたのです。

もう絶対にスピ系の会などに参加などしないと思っていたのに。

 

そうしますとですね、またしても何気なくコズミック・ダイアリー(宇宙暦というよりマヤ暦と言ったほうが良いか)のHPを見たところ10月に柳瀬宏秀氏のマヤの叡智に関する講演が大阪であることを知り、これも流れかと思い申し込みました。

最終的にはコズミック・リーディングという速読まで進みたいと思っています。

 

でね、何でか知らんけど、もうこうなったらついでじゃ!とばかりに11月に開かれるケビンのヒーリングセミナーも受講することにしました。

意識だけでやってしまう5次元ヒーリングに興味があるというよりは、随分溜まりまくってきた心の汚泥を一度吐き出して自分をリセットする必要があると感じたからです。

 

僕はどうしても思考が勝ってしまう人間です。

だからこそいろんなアイデアが浮かび、このようなブログも書けるわけですが、そうすると身体の中のエネルギーバランスが崩れがちになるのね。

あれ?僕のハートは何処へ行ったの? てな感じ。

おそらくチャクラ診断したらボロボロでしょう。

これでは困るのです。

全身にある七つの霊的エネルギーセンターであるチャクラ。

概して言うと、下部のチャクラは地球とのつながり、すなわちしっかりグラウンディングして身体を大切にしているかであり、ハートは自分自身の霊的核心部分(愛)、喉は自己表現、第三の目はより高い視点から物事を深く見透す(みすかす、ではなく、みとおす)、天頂は宇宙とつながっているか、を表します。

これらのバランスが取れていないと、それなりの事象を招いてしまいますし、そういった対応しか出来なくなります。

そのために今一度ケビンのセミナーに参加することが必要だと感じたわけですね。

 

「魂の目的 ソウルナビゲーション~あなたは何のために生まれてきたのか~」を読んで、まあ僕が今更こんなこと言うの?て話なんですけど、人は体験するために生まれてきたという漠然とした話ではなく、具体的に自分自身の人生の目的を知ってしまうと、今のままではダメだと強く感じました。

これはいよいよ次のステップだな、と感じました。

つまりは今のような地球に立っている平面的な視線ではなく、より視点を高く、より視野を広く持たなければならない。

もはや地球意識ではなく銀河意識、宇宙意識で生きていく時なのだということです。

こういうことは以前よりよく言われていたことですが、僕の中で起こっていること、僕に起こっていること、地球で起こっていることを考え合わせると、僕にとっては今、このタイミングであるということです。

 

と思っておりますと、8月25日だか26日だかに宇宙のポータル(扉、玄関)が開くという記事を見ました。

僕は今まで宇宙のポータルとかいう話は眠たいというか気持ち悪いというか、避けておりました。

しかしながら今回は本当にそうみたい、と感ずる次第であります。

皆様方個人個人の状況は計り知れませんが、どうやら2013年8月になってそれとわかるように動き出したようですぜ。

 

宇宙意識で生きるとは、宇宙の生命体のひとつとして、今回何のために”いまのこの”地球に転生してきたのかを念頭に置きながら現実世界を創造していくということです。

「前世はエジプトの神官だった」とか「〇〇に巻き込まれて死んだ」などというような眠たい転生のことを言ってるんじゃないです。

どう考えたって、今の地球の現状を見ると、自分の人生を当初の目的通り生きていくことにより発せられる大きなエネルギー、それが他の人のそれとの相互作用により更に巨大なものとなり、この惑星を住民(人間だけではない)ともども次の次元へシフトさせる、それしかないでしょう。


今現在、嘘や欺瞞などで塗り固めた生き方をしている人は必ず裁きを受けます。

アセンションした先にその人たちは存在しないということはどうやらなさそうです。

裁きというのは罰を与えるという意味ではありません。

圧倒的多数が覚醒している状態において、そうでない人たちは自分たちがしてきたことを見つめなおすということを余儀なくさせられるでしょう。

そして今ならどうするかということも問われるでしょう。

つまりは、覚醒者の愛のエネルギーの元、スピリチュアル的な再教育を受けるということです。

安倍首相も他の閣僚、議員たちも、官僚然り、東電の人々もで す。

どうやらこれがアセンションの実体のようですよ。

まるで死んだ時に自分の人生振り返るようなもんですな。


ペガサスさんが何をしゃべるのかは知りません。

でも今秋、僕は自分を白紙にしてすべてに臨もうと思っています。

スピリチュアルのこと結構知ってんで、ではなく、まっさらな自分で話を聞きたい。

これからは女性性の時代であるのなら(女性優位という意味ではない、男性の中にもある女性性という意味)、もはやグレゴリオ暦などは限界に来ているというか、元々無茶苦茶な暦なのであって、こんなん使うからみんな病気になるのよ、みたいな。

月と同じ28日周期の13月周期で生きる。

月の暦といいますが、月の満ち欠けは月と地球と太陽との位置関係で決まるわけですから、月だけの話ではありません。

そこには陰と陽があるわけです。

マヤ暦は以前にも少々勉強しかけたことがあったのですが、すぐに挫折。

でも今回は違います。

周りの状況がそうなってきているので、無理なく日常生活に取り入れられると思います。

ケビンのセミナーも会うのも久しぶりですが、これも初めての受講者のごとく新鮮な気持ちでいきたいものです。


その他にも本業の勉強や、FEI整体の勉強会などもあり今年はかなり多忙な感じ。

でも今年の残り4ヶ月をどう生きるのか、どこを向いて行くのかが、すごく大切な気がします。

皆様におかれましても、どうぞ良き航海を成し遂げられますようお祈り申し上げます。


ちなみにFEI受けた後の懇親会二次会のカラオケで「かっぱなにさま」と「ラブユー東京」の替え歌歌ったら、結構インパクト強かったみたいです。

2013.9.5

身体の歪みと噛み合わせ

NHKの「あまちゃん」でついに2011年3月11日のことを放映しました。

津波そのものはジオラマを使って表現していました。

あれを見ていて、失われた命もそうなのですが、そこで営まれていた個人の、家族の、会社の、社会の物語がプツッといきなり切れたということに涙を禁じ得ませんでした。

 

今から20年ほど前、虫歯の原因は噛み合わせの不調和からエナメル質に微小な亀裂が入って、そこから細菌感染を起こすのであるという僕の意見は全く受け入れられませんでした。

でも今ではそれがほぼ常識となっています。

7年くらい前から言っております心の不調和が口の中の虫歯や歯周病として顕現するのであるという僕の話は今現在もほぼ受け入れられておりません。

最近自分的にわかってきた咀嚼の仕方や嚥下の仕方が間違っているから、歯並びが悪くなったり顎関節症を起こしたりするのだという話も全然受け入れられないようです。

 

そんな僕がこのたびヒョンな縁からFEI整体なるものを学ぶ機会に恵まれました。

FEI整体について大ざっぱに説明致しますと、例えば頭のどこかを机の角にでもぶつけたとしましょう。

ぶつけた頭蓋骨はその部分が凹むかもしれません。

果たして身体の変化はそれだけでしょうか?

少し頭を柔らかくして考えてみてください。

身体がひとつの粘弾性体だとして、どこかに加わった衝撃は当然のことながら身体の隅々にまで及びます。

ぶつけた部分だけが変形するというのは稀でしょう。

他の部分も連動して変化しないと全体として身体のバランスをとれないからです。

その結果、症状は往々にして最初にぶつけた場所と全く違うところにでることが多いのです。

40肩で肩周辺は確かに歪んでいるのだけれど、その歪みの大元の原因は身体の別のとんでもないところにある、てな具合です。

 

今は急性症状としてお話しましたが、通常最初にぶつけてから症状が出るまでには時間がかかることも多いです。

極端な例では出産の際に産道を通る時に受けた歪み、子宮にいる時に受けた歪みが、年齢を重ねてから出るということもあります。

前世で・・・・てなこともあるにはあるんですが、それはちょっと横においときましょう。

 

そういった中で、噛み合わせの不調和、あるいは下顎のズレというものをどのように考えたら良いのでしょう?

これまでだと、マウスピースをいれてみて症状が消えたら噛み合わせが原因、そうでなければその症状と噛み合わせは関係ない、というような診断法が多かったと思います。

Oリングや波動だけで診断をして歯を削るという行為に出るのは随分勇気がいりますね。

下顎のズレは連動した一連の歪みの過程の一つかもしれない。

そういった場合でもそのズレを修正することで症状が緩和することもあります。

でも根本的な診断は外しているわけです。

 

もし身体の歪みをとり、またその歪みを起こしていた根本原因を探ることにより、顎のズレが修正されるのであれば、噛み合わせをさわらずに済むかもしれないし、歯を削ったり被せ物をやり直したりせずに済むかもしれません。

まず噛み合わせの診断をする。

そして身体の歪みの診断をしてその歪みをとる。

再度噛み合わせの診断をする。

これでしょうね、これからは。

 

ただしこの整体法は習得するのにかなりのトレーニングを必要とするので、習ったからといってすぐできるという類のものではありません。

でも施術というのは本来そうなのであって、セミナー受けてすぐ出来るという方がおかしいし、虫が良すぎる気がします。

歯科でも役に立たないセミナーほどテキストは分厚くなります。

役に立つセミナーというのは、テキストは薄くトレーニング時間は長くなる道理。

 

さて、身体を歪める一番の原因は先ほど述べたような明らかにそれと思い出せる外傷ではなくて、どちらかといえば長年の癖によることが多いようです。

足を組むとか腕を組むとか頬杖をつくとかで、指摘しても本人は「わたし、そんなことしていません」などと言われたりします。

その癖が根本原因なのであれば、それを止めてもらわないと治療しても何の意味もありません。

僕が噛み合わせ治療をする際に、必ず指導するその人の噛み癖や嚥下の仕方などもそれに当たります。

 

もし僕がこの施術を会得するようになれば、噛み合わせの世界に新風を吹かすことができるでしょう。

これからはきちんと症例記録を残していき、発表することにより歯科医師の意識を変えていければと思います。

今までにも、歯科医自身が整体を施術したり、あるいは近くの整体師と連携したりして噛み合わせ治療を行うところは少なからずありました。

しかし僕の見たところ、そこには歯科医側の治療者としてのエゴが色濃くみえることが多くあまり好きではありませんでした。

またその整体法が稚拙であれば、それで治る治らないという話ではなく、身体と噛み合わせの関係性の真実から遠ざかってしまいます。

そもそも大元の原因は何か?

FEI整体は僕に歯科医としての進化のきっかけをもたらしてくれるかもしれません。

あとは僕がどれだけ真剣に取り組むかによります。

 

最近、当院にも金属が身体に悪いからセラミックにして欲しいという人が来られます。

そういう時に僕は次のように言います。

確かに金属はアレルギーやガルバニ電流などの問題があるので、あるよりはないほうが良いでしょう。

ただし、今の詰め物や被せ物を外すという行為自体も歯にとってはかなりのダメージですし、多少なりとも今よりも歯を削るようになります。

それをこれだけの本数の歯について本当にやりますか?

皮膚科で金属と身体の症状との因果関係が明らかにされており、その金属も特定されていて、被せ物にそれが含まれているのであれば治療するにやぶさかではありません。

また現在アトピーで苦しんでいるとかであれば、積極的にアレルギー検査をお勧めもします。

でもただ金属が身体に良くないという思い込みだけで、セラミックにすべて変えていくというのは僕はどうかと思います。

口の中の金属が身体に害をなすかどうかというのは、実はその人の免疫力とか抵抗力とかによる所も大きいので、それらを低下させている原因を除去するほうが優先順位高い気がします。

もちろん一本しか金属の被せ物が入ってなくて、それをセラミックにというのであれば、その方が審美的にも自然だろうし喜んでやりますけどね、お金も欲しいし(笑)

 

インプラントもそうですが、金属アレルギーの問題があるから全部セラミックにやり変えましょうとか、身体の症状の原因は噛み合わせだから是非治療をしましょうなどと、そこが歯科の生き残る新しい市場であるみたいな捉え方をされている人もいて、果たしてどうなのかなと思います。

2013.9.4

最近の傾向

ここんところ、わがWindows XPの調子がヒジョ~に悪い。

今日も真面目な続きの記事を書きかけたら、無線が途切れてアウト。

というわけで、つなぎの話を少々。

 

最近、当院では噛み合わせの治療が多い傾向にあります。

これはまさしく僕の思考(指向、嗜好)がそうであるからで、そういう患者さんを呼び寄せるわけです。

で、いろいろな流れの中で現在、かつてかじったことのある治療法をもう一度見直しつつあります。

なぜそういったことになるかというと、10年前、20年前とは僕の経験値が違うからで、経験値とは即ち試行錯誤と失敗の積み重ねということです。

以前に捨てた治療法が、いくら経験を積んだからといってどうして今、有効に使えたりするのでしょう?

 

それはね、結局は診断をどれだけ的確にするかということなのです。

一般的には、こういう場合には①という治療法、そういう場合には②という治療法がうまくいくみたい、てな感じでやっておるのがほとんどの歯科医だと思います。

僕だってそうなんです、がね・・・・

 

患者さんの訴える症状、これをAとしますと、それの直接的な原因Bというのがあるわけです。

近因ともいえますが。

噛み合わせで言えば、ここが高いからとか、顎の関節がずれてるから、とかです。

そしてBという原因を除去するための治療法を考えます、普通。

じゃあBという原因を起こしたのは何?

また、それを起こしたのは何?

そもそも何から始まったのこの病気?

となった時に、答えられない人が多いと思います。

それには忙しくてそこまで考えてられないというような理由もあるでしょうけど。

 

噛み合わせに関して言えば、いや、虫歯でも歯周病でも同じなのですが、ほぼ100%根本的な原因は身体の誤った使い方(生活習慣)にあります。

だとしたら、マウスピース作るのもいいけれど、そこに対するアプローチも当然必要じゃありませんか。

 

僕の中で様々な治療法の整理ができつつあるのは(あくまでも道半ば)、症状の原因を出来るだけ遡って特定していく作業をすることにより、それ即ち正確な診断となるわけで、また各々の治療法が効果を発揮する根拠をも鑑みた時に、診断に対して最も適切と思われる治療法を選択することを学んでいるからです。

ちょっと、ややこしいかしら?(文章おかしい気もするし)

顎の関節がずれるのはあくまでも結果です。

それを引き起こしているのは、筋肉の持続的な過緊張であり、それを引き起こしているのは、もしかしたら噛み合わせ、、、、かもしれない。

続きます。

 

ではなぜ特定の一カ所の歯だけ高くなったのか?

他が低いだけではないのか?

というふうに追い込んでいくわけですね。

この場合、高い所を削れば一時的には楽になりますが、他が低くなったせいで相対的に高いだけなのなら、結局は全体的に低くなってしまい筋肉の過緊張は益々ひどくなって症状はわやくちゃになる可能性大。

 

歯科の世界では、「ほら、こういうふうに顎がズレてるでしょ」とか「ここが高いから下顎が動きにくいよね」というふうには教えてもらえます。

で、顎の位置を是正する装置とか、噛み合わせの調整とか教えてもらえます。

なぜ顎がズレたのか、なぜそこが高くなったのか、というようなことは教えてもらえません。

下顎のズレとか噛み合わせの高い低いなどは先ほども述べたように結果に過ぎません。

そんなもの見たら誰だってわかります。

それをどう治そうか?じゃなくて、それを起こした原因をどう治そうか?が本筋でしょう。

そのためには身体の発するサインをたくさん読みとって情報を集める必要があり、それを解読する能力も必要です。

もちろん問診が最重要なのは言うまでもない。

それこそが診断。

 

ああ、こんなこと書く気サラサラなかったのに埋め合わせのために書いてしまった。

明日は早朝より名古屋へFEIセミナーのアドバンスコース受講のために出張。

泊まりなのですが、栄という繁華街にホテルとったにもかかわらず日曜日というのはどゆこと!?

でも僕、今週からアナスタシアの言うこと聞いてお酒ずいぶん控えてるのよん。

お酒は毒!

じゃあ僕なんか身体中毒だらけ、じゃなくって、毒の中に身体が浸かってる感じやね、こりゃ。

 

前回名古屋に行った時は新幹線ホームの立ち喰いきしめん屋さんでたべたかったんだけど、次から次へと狭い店内にお客さんが入るもので、僕、気後れしてよう食券買いませんでした。

今度は頑張りたいと思います。

基本、あかんたれやねん、わたし。

 

では台風接近の中、皆様良き日曜日を。

月曜日は休診です。

また来週お会いしましょう。

2013.8.31

正義の人

日本は沈没する・・・・誤解しないで聞いて頂きたいのです。

 

”いまの” 日本は確実に沈没します。

安部政権の言うところの強い日本とは、つまるところ経済力のことです。

ここに及んでまだこんなことを言うとるのです。

日本の持つ強みというか個性はそんなところにはありません。

この政権はダメです。

では共産党政権だったら良かったのか?

おそらく問題は政権や官僚にあるのではないと思います。

 

前回のブログで僕は最後に「怒りも涙も出ません」と書きました。

実はこのことこそが重要なのです。

まったくの絶望感、諦めの気持ち、なのですが・・・

「ではどうするの?」ってなった時に、「淡々と自分の人生を生きるしかない」、となります。

自分の目的を遂行するだけ、あとはなるようにしかならない。

 

たとえばハイハイしている赤ちゃんが、あなたの大切な書類をビリビリに破ってしまった。

その時、あなたは赤ちゃんに対して怒るかというと、怒りませんよね。

「あっちゃ~!」とは思うけど、そもそも赤ちゃんに対して腹など立たないわけです。

ところが赤ちゃんの傍にその子の親がいたらどうでしょう?

こりゃもうメチャクチャ腹が立つはずです、その親にね。

その親の子供だと思ったら、赤ちゃんにも腹が立つかもね(笑)

これと同じなんです。

 

いまの行政は赤ちゃんと同じ。

それを常識を備えているはずの大人(がついている)だと思うから怒りや悲しみがやってくる。

ここでいう常識とは、アセンションなど、変化していくべき人類のとるべき姿勢なども含みます。

このブログの読者である皆さんとはもはや次元が違う人が政治を行っているので仕方がないのです。

問題は政権や官僚(赤ちゃんや傍にいる親)にないのであれば、どこにあるのでしょうか?

ここでの主な出来事は大事な書類が破れた、です。

破られたではなく、破れた、あるいは破れている現状がある、です。

さて、問題はどこに?・・・・

 

僕が出会った一冊の本とは、本日読み終えた「アナスタシア(響き渡るシベリア杉シリーズ2)」のことではありません。

もちろん素晴らしい本でしたし、非常に刺激を受けましたが、それではないのです。

僕が言う本とは

「魂の目的 ソウルナビゲーション~あなたは何をするために生まれてきたのか~」

ダン・ミルマン著  徳間書店

3千円近くする本ですので、僕は中古本を買ってしまいましたが、これには非常に影響を受けました。

いわゆる数秘術とでもいうのでしょうか。

自分の生年月日から、自分が生まれてきた目的と、人生における周期について解説されています。

ということは、自分の家族や仕事仲間や友人のそれも知ることが可能です。

それぞれに人生の目的あるいは課題があるのであれば、なぜその人が近くにいるのか、二人が合わさるとどのように目的や課題は変化していくのか?

このダイナミズムが僕の目を醒ましてくれたのです。

そう、これこそが淡々と自分の人生を生きる、です。

そのことが、沈没する日本から逃げ出すじゃなくて、光の国の日本で生きるようになるキモだと考えています。

 

続きは次回のブログで。

 

最後に本日のタイトルですが、フェイスブックで紹介されていたリンク先にある動画。

昨日行われた、日本外国特派員協会主催 泉田裕彦新潟県知事 記者会見です。

2時間ほど逐語訳で進みますが、しばらくすると会員限定視聴になるので、是非、”ながら聞き”でも良いから聞いてもらえたらと思います(僕もこのブログを書きながら聞いてます)

マスコミは徹底して泉田知事のネガティブキャンペーンをはっています。

笑わしてくれる。

最近のテレビ欄みて、「あれっ?」って思いません?

やたらと世界各地、場合によってはすごい僻地にいる日本人とか日本人妻とかやってるでしょ。

そのうち日本は放射能汚染で住めなくなるから、こんなところでも頑張っている日本人がいるんだよ、移住の準備しておいた方が良いよ、というシャレにもならない超ブラックジョークを”意図して”やっているんです。

かなりひどい馬鹿にされ方ですが、それを面白がって観ている日本人が数多いる。

僕ね、本当に思うんだけど、もっとテレビ消そうよ。

新聞とるのやめましょうよ。

ネットの方がよほど確かな情報をつかめますよ。

というか、情報操作によるモルモットにはならずに済むね。

 

どうか皆さんが内なる叡智とともにあらんことを。

2013.8.29

覆水盆に返らず

2週間のご無沙汰でした。

皆さまはお盆をどのようにお過ごしでしたでしょうか?

僕は混んでる時に混んでる所に行くのが嫌なもので、墓参りのついでにいつものごとく吉野川で泳いだり、プールに行ったりしておりました。

それにしても今年のビスタプールは「ここはホンマにビスタプールか?」というくらい人が多かったです。

といっても普通のプールが空いている状態なんですが、それでもビスタプールにとっては混雑なのです。

吉野川2013-1.jpg

これは奈良県五条市にある西塔家の旧墓の前にある橋を渡ったあたり。

非常に心地良く居れたのですが、途中で近所のおっちゃんと称する人が慧をつかまえて頼んでもいないのに、「ここにはトイレの下水を流してるからこれだけ草がボーボーやねん」と言ったおかげで皆のテンションが大下がりして早々に引き揚げました。

事の真偽はわかりません。

吉野川2013-2.jpg

昼食の後はいつもの場所へ移動して、岩の上から飛び込みです。

この岩のすぐ近くの流れが急なところが非常に危険で、2年前に来た時も大学生が溺れかけたのですが、今年は海兵隊みたいな身体した外人が日本人の妻と小学生の息子共々溺れかけました。

それを救ったのが近くにいた背中に入れ墨を入れた男の人。

去年は御所で女の人に信号無視で車をぶつけられた上に、その自覚がないという目にあったので、今年は非常に慎重に運転して帰ってきました。

カッパは盆に帰りますが、こぼれた水は元には返りません。

最近、本当に真剣に愕然とするのは、この国の政治家や官僚たちの愚かさ加減です。

福島原発はもはや日本だけでなく、太平洋を通して地球の海を汚染しつつあります。

3.11のあと、数カ月してアメリカ西海岸で日本から漂着したものがたくさん見つかりましたよね。

放射能汚染された海水はそれどころじゃなく拡がっているわけです。

もはや東電に任しておくなどという選択肢はないのであって、国を挙げて、そして他の国の専門家の助けも求めて解決していかなければならない問題なのに。

皆さん、あそこが痛い、ここが痛いなどと言ってられるのは平和だからですよ。

横で爆弾炸裂していたらそんな痛みなど感じませんよ。

でもそんなことが静かに起こっているのです。

 

にもかかわらず、行政は真実を隠し通そうとするし(隠せきれていないのはfacebookでも明らか)、TPPやら憲法改正やら消費税アップやら、、、、、、

今はそれどころじゃないって。

東京でオリンピックを開いて世界中から人を呼ぶなんて、これはまさしく意図的な殺人行為ともよべる。

もはや絶望的ですらあります。

 

では家族そろってスイスに移住するというのはどうでしょうか?

あと3年もすれば魚介類の奇形や動植物の異常、癌が顕著に増加するなど目に見える影響が国民の知る所となるでしょう。

そうなっても行政はしらばっくれるかもしれません。

それらを海外の避難先でテレビで観ているというのはどんな気分ですかね?

自分たちの家族だけ安全・無事だったら良いというものではないですな。

つまりはこの日本に留まらざるを得ないのです。

政治を変えるとか、官僚たちを打破するとかって時間がないし、どうすれば良いでしょうか?

 

どうしようもない、が僕の今の正直な感想です。

かなり悲観的です。

”一日も早く多くの人が覚醒することによって次元上昇を果たしましょう。それしか方法はないのです” そう唱える人もいます。

確かにこの文句もわかるにはわかりますが、イマイチ僕の心には響きません。

僕は自分の人生を生きるだけ、としか言いようがないです。

 

当方とすれば非常に珍しくネガティブな話です。

でも現状はかなり厳しい。

2012年に地球が滅ぶのではなく、そこから崩壊へのシナリオが始まったのかもしれない。

日本は沈没していきますが、世界中に拡がる海洋汚染も世界各国にすれば他人事ではありません。

結局は雨によってすべての大地が汚染されますから、それこそイスカンダルに放射能除去装置をもらいに行かなくちゃって話です。

もはや怒りも涙も出ません。

 

この8月は僕の人生にとって、またひとつ大きな転機になりそうです。

それはある一冊の本との出会いによります。

この絶望的な状況の中でどう生きるのか?

次のブログではそのあたりをお話します。

2013.8.26

経血コントロールの話 ~Moon Time, Moon Power~

わたくし男で歯科医ですけど、医療者の端くれとしてこのことを書かざるを得ないのでございます。

月経血をコントロールするなんて、そんなことができるの? ってのが一般的な感覚でしょう。

その一般的な感覚というのがそもそも製薬会社に刷り込まれているということに気づいて欲しいのです。

今のような生理用品がなかった頃、女の人は皆、下着(腰巻?)を汚していたのでしょうか?

否であります。

今日のお話はほぼ服部みれいさんの本からパクッておりますので、ひと言お断りしておきます。

 

排尿とか排便とかいいます。

通常はそこを垂れ流しする人はいません。

ではどうして月経血だけ垂れ流しが当たり前のようになってしまったのでしょう?

 

いつの頃からかはわかりませんが、少なくとも僕が物心ついた頃には生理用品なるものがありました。

この生理用品がCMとともに大々的な普及をしてからというもの、女性は生理になると自然と血が膣から流れ出てきて下着を汚すのでナプキンなりタンポンなりを使わなければならない、というふうな認識になっているかと思います。

 

違うのですぞ、女性の皆さま。

女性はそれをオシッコやウンコのように(ある程度)自在にコントロール出来るのです。

出来ないものと洗脳され、小学校の女子だけの保健の授業で生理用品の使い方のようなことを、どこかの製薬会社の営業お姉さんが来て教えるみたいなね(そしてサンプルを置いて行く)

認識を改めて頂きたいと切に願います。

 

そういや小説「ミュータントメッセージ」の中で、アボリジニーの女性が生理になると草むらに行き、なんかの布袋の中に月経血を出す風景が描かれていました。

そのグループの女性は全員その袋の中に出すのです。

最初はえらいニオイがするらしいのですが、段々水分が抜けて乾燥してくるとニオイはなくなり、これがいざという時の薬になるんだそうです。

そりゃ、考えてみれば月経血というのは命の源みたいなもんですからね、すごいエネルギー持ってるでしょう。

 

皆さんがいきなりそんなことはできませんから、まずは布ナプキンを使うとこからですね。

今は結構あちこちで経血コントロールのセミナーは開かれていますし、みれいさんの本では才田春光さんという方が紹介されていました。

女子力アップには何と言ってもコレ!

考えてみてください。

あ、来るな、と感じたら、膣をキュッと締めて血を流れないようにして、トイレに行って出す。

コレができるということは膣の締りが良いわけですから、文字通りセクシャルな意味でも女子力アップです。

セックスの時の快感も自分も相手の男性もアップすることでしょう。

これ、すごく大事じゃない?

女性は膣(子宮)で考えるというけれど、そこが腑抜けだったらどうでしょう?

もはや今はアクエリアスの時代であり、女性性の時代なんですよ~。

 

生理用品の大きな問題として製品の中に含まれる化学成分を粘膜や皮膚を介して吸収することが挙げられます。

ナプキンなら両方、タンポンなら粘膜。

あなたね、タンポンを口の中に一日中入れてたらどうなりますか?

吐くよ、きっと。

身体もおかしくなって、脳神経系も確実にやられるでしょう。

それを膣に入れてるわけです。

製品はどんどん新しくなるので、より吸収力アップ、ってことは何? もっとわけのわからん薬品が入ってんの? 

山崎パンの、今までよりもっとフワフワになりましたと一緒。

怖いっつうの。

口から入った薬物は腸管を通りますので一応肝臓で解毒されます。

けど膣から吸収したものは下大静脈を通って心臓に行きますので、すぐには肝臓での解毒を受けません。

これが問題なのです。

 

女性特有の疾患や不調、あるいは不妊症などに生理用品が関係していないと言う方が難しいでしょう。

 

女性が女性らしくあるために、布ナプキンをどうぞ。

そして月経血コントロールしてみませんか?

するとほぼ月の周期(28日)で生活することができるようになります。

そうしますとですね、満月に向けて貯えていくという感覚と、新月に向けて排出していくという感覚がわかるようになります。

自分に起こることに対して要・不要が直感的に判断できるわね。

そんな人生に、してみませんか?

 

うちではお勧めの歯ブラシと同じ感覚で布ナプキンを勧めたりします(売ってないけどね)

 

明日から3日間のお盆休みです。

奈良は燈花会でえらい人じゃ。

ちなみに、僕は満月に向けても新月に向けても排出して(抜けて)いきます。

いとかなし。

2013.8.12

A Special Day ~特別な日~

それは広島と長崎の原爆記念日に挟まれているということを今更ながらに気づくのであった。

嫁と子供たちは平和の鐘をつきに、某うちから近い超有名な国宝を保持しているお寺に行きました。

でも、そこの管長の子供は出てきません。

自分の家族がそんなことで、この人はいったい何を思って現職を遂行しているのだろう?

今の宗教ってこんなもんです。

宗教それ自体は不必要だとも思わないのだけれど、我が身を鑑みろって思った時に、おかしなこと満載なのでダメなわけです。

これからは、というか今すでに、表と裏が違う人とかものは、とにかく厳しいですよ。

 

うちにHP経由で来られる患者さんというものは、そのほとんどが歯科で検索したわけじゃないのです。

そういったもので検索上位に表示されませんから、うち。

なので、全然違う項目でひっかかるわけですが、僕は本当に素のままです。

此処に書いている通りの人間です。

 

さて、いまだに原爆でとか戦争でとか色々あるのですが、成仏していない人に〇〇しましょうなんてことを言ってる人がいます。

いつも申しますが、もし霊による何かがあるとすれば、それはその人に問題があるのです。

霊というのは変幻自在なので絶対的な状態というのはありません。

見たい人は見たいように見ます。

僕はそのように霊を見ませんので、いきなりの原爆でその辺りを彷徨っている霊なんてのはいないと思っております。

そんな僕でも、ここ、やばいよね、という場所があるにはあります。

でも、やみくもにネガティブなところにばかりフォーカスしないで頂きたいのです。

原爆で亡くなった方々は、収容所で亡くなったユダヤ人同様、高い次元では了解済みであり、ある大きな目的を遂行したのです。

わからないのは、こっちサイドにいる人間なのであって視点が低すぎるのです。

 

アンジェリーナ・ジョリーさんのことをテレビでやっているのを観ました。

彼女は幼い頃に母親から育児放棄をされ、その後和解するものの母親は乳癌で亡くなります。

それらの経験から彼女は夫との間に出来た子供の他にも何人かの養子をもらっています。

彼女に対するたくさんの誹謗中傷は完全スルー。

子供たちの母親がいない寂しさを重々わかっている彼女は、遺伝子検査の上、両方の乳房を切除し、そのことを公表します。

こういった経緯を考えると、安直にアンジーのことをとやかく言えないと気づいたのです。

人にはその人なりの事情があり、安直に裁くのは違うよってこと。

でも彼女が怖れで動いている限り、その怖れていたものを結局は呼び寄せてしまう可能性が高いというのは間違ってはいません。

ただ、僕は少々反省した、ということです。

 

特別な日。

 

実は昨日2013年8月8日は”ならまちワンネス歯科”開業5周年だったのです。

 

開業医とすれば5年なんてあっという間だし、どうということも無いはずなのですが、僕ははっきり断言できます。

この5年間で僕やうちの医院は大変進歩したと。

最初はスピリチュアルをかじっていたせいで、患者さんにやたらとディクシャやヒーリングをして、それが当院の特徴だと思っていました。

今考えれば、それって僕のエゴでした。

押し付けられた方はたまったもんじゃないですね。

でも、そのエゴもそこから抜け出して、次の段階に行くために必要だったのです。

だから何も間違っていなかった。

 

いま、僕は進化の最中です。

それもかなり根源的な進化をしています。

僕の興味は原因除去にあるので、最近どんどん仕事がヒッマ~になってきています。

考えれば、最先端の医療器材を駆使して精度の高い治療をするということ自体がおかしいのです。

そういったものが必要なくなっていくようにするのが正しい歯科医院の在り方でしょう。

そうならないということは院長の興味が治療そのものにあり、自分が治したというところで満足感を得ているということに他なりません。

もちろん現時点では必要なことでしょうが、ベクトル(方向性)とすれば違う気もする。

 

だから僕はFEI整体を習得しようとしています。

ストレスの根本的なところにも優しくアプローチしようと考えています。

本気の人には本気で、身体性・精神性・霊性がバラバラな人にはそれなりに対応します。

無理に相手のスタンスを変えようとしない、望むものを与える。

きちんとHPの当院の方針として書いていたのに、今になってようやくそこに達しつつあるというのも確かです。

こういった理念というものは、言葉だけではダメで、でも掲げなければ目標地点が曖昧になる。

そしてたくさんの経験、多くは失敗ですが、それらを経て気がついたら目標に向かって確実に近づいている気がする。

僕は賢いです。

偉いです。

本当に心からそう思うようになりました。

特にこの半年の進化たるや凄いものがあります。

私は今までの私ではない.jpg

何度も言いますが、他人に聞くのを止めて自分の視点を大切にしだしたからです。

その中で様々なきっかけは他人からもらったりもします。

あとは他人のことを阿呆やと思わないようになれば、とりあえず一人前のワンネス歯科医かな。

5年間頑張ってきました。

次の5年で僕はとんでもない歯科医に化けると思います。

本当にそうなります。

やるよ、僕は。

 

写真はうちの患者さんで修学旅行で行った沖縄で作ってきたTシャツ(昨日のやつもそう)

「この文は誰が考えたん?」

「僕です」

「自分で考えたヤツをプリントしてくれるんか?」

「はい、そうです」

「おまえ、ええセンスしてるやんけ。ちょっと写真撮らしてくれ」

で、これ。

ゆで卵.jpg

特別な日には特別なことが起こります。

モーニング・サービスを食べる度にずっと挑戦していたゆで卵の薄皮残し。

やってみたらわかりますが大変に難しい。

それが昨日できました(於:コメダ珈琲)

ところがですな、薄皮ついたままのゆで卵って食感めちゃくちゃ悪いのよ。

そこで気づくわけ。

ああ、僕は薄皮を残したまま剥くということが夢だったのであって、そういうゆで卵を食べたかったわけではない、と。

どうでもええけど、剥くのに10分くらいかかったので、みどりの家(身障者福祉施設で治療の当番だった)に吐いたのが9時ギリギリ。

 

昨日は大阪駅前ビルの地下でDVDを探していて、急にキューン、キューン、と音がしたので、まさか自分の携帯が警報を鳴らしていたとは思わず、自分が万引きしたのかという錯覚に襲われた”ゆで卵頭”のカッパさんでした(薄皮は・・・・・ない↓)

2013.8.9

柳蔭

このタイトルでピンと来た人はよほどの落語好きです。

上方落語では「青菜」という演目ですが、その中で植木屋さんが庭木の手入れをしている家の旦那さんにご馳走になる”やなぎかげ”

昔、職人さんが暑い夏の昼下がりに少し火照った体を休めるために、井戸水で冷やした焼酎と味醂を合わせたものです。

関西では”柳蔭”、関東では”直し”と言います。

奈良の三条通りにある酒屋の”のより”さんにあるちょっとバーで、料理用においてあった八重桜という味醂と焼酎をグラスに半分ずつ混ぜロックで飲む。

柳蔭.jpg

実は僕は柳蔭を飲むのは初めてで、前からやってみたかったのですが機会がなかった。

単に焼酎とみりんを混ぜるだけなのですが、やらなかったんですな。

心のどこかで、いうてもそんなに美味いもんとちゃうやろ、と思っていたんでしょう。

ところが飲んでみると結構いける、ていうか美味い。

もちろん何杯もおかわりするようなものではありませんが、思わずもう一杯!でした。

「その焼酎とこの味醂買いますぅ」

その時使った味醂は大して高いものではないですが、ネットで調べてみるとうちで使っている三年熟成のみりん”福来寿”を作っている白扇酒造が商品として柳蔭を出してるじゃあ~りませんか。

やりまんなぁ、白扇酒造。

 

本物を伝えていかなければならないという思いで仕事をしている人たちもいるのです。

無責任.jpg

みりん風味に本みりん、純米みりんなどと、種類豊富なように見えてどれも本物から程遠い商品を大量生産している恥知らずな大会社はどうなんだろう。

わたくし思うにね、食料品を工場で作ってるってこと自体がすごくおかしいことだと感じなくなってきている麻痺感は恐ろしいものがあるよ。

そういうものはもう買わないようにしませんか?

そのような会社が全部つぶれて、従業員たちは一次産業に就いたり、実際に食品を地元の人が食べるだけの分を作る商売をしていけばいい。

フウさんが煮詰めて作った塩

写真はこないだ子供たちが為ちゃんキャンプで行った能登の海水をタンクに汲んで来て、フウさんが煮詰めて作った塩。

人は精神性・霊性が高くなれば食べなくても生きていけますが、食べるのであれば食べるという行為が非常に神聖なものであると認識して頂きたいと思うのであります。

工業的に作られた食品をこれまた工業的に作られたレンジでチンしてただ並べる。

どこに食べてもらう人への愛がありますか?

どこに作った人への感謝がありますか?

金出したら買えるんでしょ、ってノリよね。

ましてや食事にありつけることの、もっと深い感謝、生きているんだけど、生かされているとも言えることへの思いはどこへやら。

 

うわべの快楽に身を置くために食を犠牲にするというのは、生きることの意味をわかっていない本末転倒甚だしい行為であります。

みんな手段と目的を勘違いするんだよなぁ。

 

僕は現在、崎谷博征先生のナチュラルパレオダイエットの会員であります。

医療にまつわる裏の話を暴露というのは、あまり好きなスタンスではないのですが、この先生の言ってることとやってることはスゴイと感服します。

最近メールで届いた”癌ができる本当の原因”というのは目から鱗でした。

興味のある人はfacebookとかで調べたらでてきますよ。

明日は特別な日。

2013.8.7

The way to go

最近、地球環境に関する夢を見ることが多くなりました。

おそらくあと10~20年後には原発事故とそれによると思われる癌との因果関係について泥沼の裁判が繰り広げられるだろうと思います。

facebook等では現場で働いている作業員からの告発のようなものが行き交っておりますが、僕はこの手の情報は直接インスピレーションで受け取るのであまりそういったものに惑わされはしません。

しませんが、原発の現場は相当にひどい状況のように感じます。

日本だけの問題ではなく地球規模で汚染水が海を汚している。

もう魚は食べない方が良いのではないかとすら思います。

起こった事は仕方がないにしても、問題は真実をいつまでも隠蔽しようという体質にありますね。

 

昨日近くに新しく出来たお好み焼屋さんに行きました。

ごく小さな店ですが、すでに何人かの常連がいるよう。

食べている時は美味しく感じたのですが、勘定済まして帰り道にはすでに口の中が気持ち悪いのです。

おそらくはソースの中の砂糖か化学調味料のせいでしょう。

でもそこの常連さんはそれを美味しいと感じているわけだし、美味しいと感じて作っている店主がいるわけです。

さすがに日本人の味覚に対して心配になります。

 

とかいいながら、本日夜は北新地でドックセメントの小峰先生らとハモ料理を食べる予定。

小峰先生のドックセメントセミナーのスタンスが好きなのは、他院との差別化というようなことを全く考えていないところ。

要するに歯は削らない方がいいですよ、治療すればするほど早く歯を無くしますよ、だから病気の原因となっている免疫力や生活習慣を見直しましょうね、というところが素晴らしい。

もうね、本当の意味での予防や健康増進(世間ではアンチエイジングという言葉が流行っている)の時代なのよ。

ここで言う“本当の意味での”という言葉は少々深いです。

面倒くさいので説明しません。

小峰先生は一緒に歯科界を変えていこうよとおっしゃいます。

御意。

 

歯科界では今、CTや顕微鏡を使った精密治療が流行りです。

確かに高い精度の治療はより良い予後を招くでしょう。

でもね、虫歯や歯周病は無くなっていくし(無くならないと嘘)、歯を抜かなくなるわけだからインプラントもMTコネクターも必要なくなる。

妊産婦に対する正しい育児教育がなされれば、歯並びが悪くなるなんてことも激減し、矯正治療はごく特殊なケースに限られるようになる。

そうなると今、歯科界でもてはやされているオピニオンリーダー達は、自分たちのスタディグループで何をしていくのだろう?

治療に関する知識や技術よりも、予防に関するそれらが優先されるようになった時、人間の心と身体と霊性とがきちんと認知されるようになった時、きっと大変革が起きるでしょう。

時代はそれを求めている、というよりは我々医療者がそういう時代を創っていかなければならない。

そう考えます。

 

歯科においてレーザー・CT・顕微鏡が現代の三種の神器と言われています。

何度も申しますが、治療行為がこれからの時代は必要なくなっていく、いや、なくしていかなければならないのです。

では三種の神器とは何なのでしょう?

今、一般的に行われている熊谷崇先生のおっしゃるところの予防の概念も僕は少々違和感を感じます。

皆、結果に対する対処法しか考えません。

一見、原因に見えることも結果に過ぎなかったりします。

甘いものを摂り過ぎるから虫歯になるのではなく、甘いもので自分をリラックスさせざるを得ない生き方が原因である、というように。

 

あらゆることに関する唯一無二の判断基準は、「幸せであるか否か」です。

虫歯が0でも、歯並びがきれいでも、その人が幸せでないのであれば、そのような予防的医療行為にいくばくの値打ちがあるでしょう?

ワクワク・ドキドキ系だったり、当院では患者様のことを一番に考えスタッフ一同笑顔で云々と謳っているところも、院内の人事トラブルだったり、院長自身が家庭内のトラブルを抱えていたり、上っ面ばかり立派なことを言ってるところも少なくない気がします。

すべて一番大切なことは何か? ということに気づかずにきているからです。

 

あなたはどこへ向かうのか?

 

東京の青山ブックセンターで偶然見つけた、というか、入ったら即山積みしてあった服部みれいさんの新刊「自由な自分になる本」

これを読んでみれいさんを教祖のように崇める人なんていません。

僕にしてもカッパの作郎にしても同様です。

だから言葉が水のように沁み込んでいくのだと思います。

言ってることはインドのカルキや他の著名なスピリチュアリスト達と何も変わりません。

それを等身大の自分から聞きたいのか、遥か上(と思っている)人から聞きたいのか。

 

あなたはどうありたいと願うのか?

 

うちの子供たちは近い将来、3人でお店をしたいそうです。

現在16歳と13歳と11歳です。

そのために今、何をしたら良いのか常に模索して生きています。

 

僕は今、咬合の真実が知りたいと願い、今さらながら、いや、今だからこそ基礎医学の勉強をやり直しています。

今読んでいるのは生理学の教科書の筋紡錘に関するところです。

常に根拠のある科学的態度をもって診療には臨みたいですが、世間で言われるところの科学的とは少し違うかもしれません。

論文を読んでから生体を眺めるのではなく、生体を観察してから論文を読むといえばいいでしょうか。

明日は名古屋に整体のセミナーを受講しに行きます。

 

2012年が無事終わったからでしょうか、認識不足も甚だしいと思うのですが、今、世界は本当に岐路にさしかかっています。

日本も同様です。

本当に、ここの舵取り間違うとマジやばいよ!というくらい。

ワンネスの感覚で言うと、日本国憲法がアメリカに一方的に押し付けられた、とは思わない。

 

個人の力をみくびることなく、まずは自分がしっかり幸せに生きたらいかがでしょうか?

不安や恐怖や怒りに踊らされることなく、自由な自分でいたらいかがでしょうか?

霊性に関する言葉というものは、結局、時や場所を超えていつも同じことが形を変えて伝えられているだけのような気がします。

 

あなたは長い時を経て、どのように歩んできたの?

そしてどこをめざしているの?

 

では、良き週末を。

2013.8.3

なららカフェ

本日はこりゃもう思いっきり宣伝であります。

先週、ならまちセンター一階(といっても外だけど)の以前喫茶店だった所にカフェがオープンしました。

何を隠そう、僕の小学校の同級生で結構一緒に遊んだ中瀬君がオーナーです。

彼はあの有名な”室生天然酵母パン” ~確か楽天お取り寄せランキング1位になったこともある~を焼いております。

なららカフェ

僕は前の喫茶店には入ったことがなかったのですが、ご覧のように中から興福寺の五重塔が見えます。

水出しコーヒーは大変に美味しい。

モーニングセットはトースト、サラダ、奈良漬、ゆで卵、珈琲or紅茶 で400円也。

パンも初めて食べましたが美味です。

今度は室生の本店の古民家カフェに行ってみたい。

どうぞ皆様、御贔屓にお願いいたします。

 

その後、嫁さんと一緒に高の原イオンに映画を観に行きました。

「終戦のエンペラー」です。

毎月一日は映画の日で、一律千円。

というわけで人、多いっ!

 

僕が宇宙人認定をしているトミー・リー・ジョーンズがマッカーサー役をしていますが、主役はマシュー・フォックス演じるフェラーズ准将です。

こいつと日本人女性との恋愛物語がヒジョ~にだるい。

いらんし、そんな話。

主題は天皇に対する戦争責任をどうするか、です。

 

映画の最後の方で裕仁(敬称略)が出てきますが、僕らくらいの年齢でも映画で天皇陛下が(いくら役者が演じているとはいえ)出るとなると妙に緊張します。

会見の最初に陛下はマッカーサーに向かって次のように述べます。

「戦争遂行の全責任はわたしにあるのであり、それに対する処罰も私が負うべきものである。それらに対して日本国民には何らの不利益も為されないように配慮願いたい」

不覚にも思わず涙が出てきました。

これはマッカーサーの手記にもあるくらいだから本当のことでしょう。

僕は天皇制に対して何の意見も持ち合わせていませんが、昨今のリーダーたるべき者たちのあまりの無責任さと照らし合わせてみると、久々に聞いた”らしい”言葉でした。

 

泡波

夜は橿原市今井町という昔ながらの古民家が立ち並ぶ一角にある粋庵(すいあん)というお蕎麦屋さんで食事。

彼の幻の泡盛 ”泡波” の2升半の瓶が置いてあり目を見張りました。

2升半というのは、商売(一升の倍)繁盛(一升の半分)と掛けてあり、頂き物だそうです。

値段つけられへんね、こりゃ。

僕は泡波がそんなにとりたててメチャうまとは思いませんが、これは値打ちものです。

でも、憲法改正が冗談事ではなくなってきている今に、この映画が上映されるというのは何らかの意図を感じますなぁ。

2013.8.2

Stress Isla ~知りたくないの~

わかりにくいので説明しときますと、Strathisla(ストラスアイラ)というモルトウィスキーがあります。

スペイサイド最古の蒸留所です。

アイラ川が流れる谷間という意味で、それに無理やり掛けたわけですが、ストレスの話です。

ストレスなどそのまま川に流しちゃおうよ・・・・これは、今、思いついた言葉、、、、

 

夏の甲子園、奈良代表は桜井高校に決まりました。

今回は準決勝に天理、智辯、郡山など常連校が一切姿を見せないという異例の事態。

決勝で敗れた奈良大学附属高校の選手たちが泣くのを見るのもつらいものがある。

でもわたしは繰り返し強調しますが、勝敗を決めるようなスポーツなどくだらないです。

そんなもので教育などというのは智辯ならぬ詭弁でごわす。

平和教育と称して修学旅行に広島や長崎、沖縄に行ったりする反面、クラブ活動で運動ならぬ競技をさせている、笑止千万。

 

もしね、甲子園がトーナメント方式ではなく、どの学校も一回戦しかなかったら?

一回試合して、勝とうが負けようがそれまで。

あるいは、総当たり戦で、でも順位はつけない、単に野球を楽しむだけ。

さあ、これではるばる地元応援団が甲子園までバスを連ねて駆けつけるでしょうか?

そもそも選手たちがやる気を出すでしょうか?

少なくとも監督はやる気がせんでしょうな(笑)

だったら、みんな勝ち負けを決める道具として野球を選んでいるだけで純粋に野球を楽しんでいるわけじゃない。

戦国時代じゃあるまいし、県の代表同士の戦いなんてアホじゃないの?

それを高校生に託してるなんて二重のアホじゃ。

 

ストレスの話でした。

歯科に限らず、どのような病気であれ、その原因として考えられるものの中にストレスというのが必ずあげられます。

講演のスライドとか、テレビでコメンテーターとして出ている医者の出すフリップで、およそ4,5番目くらいにくるのです。

以前はもっと下位か、スライドにはせず言葉でお茶を濁すように喋るだけだったように思います。

それだけストレスというのが一般に認知されてきたのでしょう。

でも正直申しまして、わたくしはストレスが病気の原因の最初に来て然るべきだと考えております。

なぜそうならないかと言いますと、誰もストレスが何なのかをわかっていないから上位に出せないというのが真相でしょう。

一番目に書いてもそれについて詳細に説明できないから格好悪いので少し格下げにする。

そして現代はストレス社会ですから、とお茶を濁す。

恐竜やナウマン象がウロウロしてた時の方がストレス大きいっつうの!

そもそも食料にありつけるかどうか、今日生き延びれるかどうか、ていう話ですからね。

 

ストレスというのは端的に言って自己否定です。

本質的に表現したい自分自身がいるのに、高位脳が常識と照らし合わせて自分に対してNOを突きつけてくる、その葛藤こそがストレスです。

著書の方では「自分に嫌われている自分が、それでも自分についていかないといけないつらさ。そして、大嫌いな自分を内に抱えて生きていかないといけないつらさ」 という風に表現しています。

今日あった出来事が(海馬等による短期記憶)、心の奥深く沈めている思い出したくない出来事(大脳皮質に眠る長期記憶)を呼び覚まし、そこで標準や平均的に振る舞えない自分を大脳皮質前頭連合野が思いっきり裁いてきます。

善悪、白黒つけてきます。

睡眠中の話です。

そこで本質的に自分を表現したい情動を出して、ありのままの自分でOKと声高らかに宣言したい旧皮質vs 「あんた、そんなこっちゃあきまへんで」と生まれてから親などに刷り込まれた常識で判断してくる新皮質 の戦い。

それこそがブラキシズム(歯ぎしり)であると、先日の咬合セミナーではお話しました。

だから、歯ぎしりの原因はストレスですが、歯ぎしりをしてストレス解消にはなりようがない、というのはご理解いただけますでしょうか。

戦ったところで何の解決にもならないということです。

ストレスは旧皮質、新皮質ともに感じます。

どちらも相手が目の上のタンコブなんだけど、相手も自分という矛盾。

どうしようもありません。

 

ちなみに歯ぎしりをしない歯ぎしりというのもあるって知ってた?

上下総入れ歯で、入れ歯を外して寝る人でも同じような事が起こり得るのです。

つまりは、脳のその戦いの回路が活性化されれば良いわけで、歯があろうが無かろうが咀嚼筋をそれっぽく緊張させればよろしおまんねん。

 

ほとんどすべての病気の原因がストレスなら、やはり自分を裁いている自分をしっかり見ないと仕方ないよね、こりゃ。

結局スピリチュアリティの話になってくるのでござんす。

10年前なれば、こういった話は出来なかったわけですから、10年後にはも少し僕の言うことも世間で通るようになるのかもしれません。

甘いもの中毒も、書きたかないけど酒中毒も、結局はストレスのはけ口なのであれば、そこを見つめないと何ともならん。

単に甘いものやめた、酒止めたの話じゃないってことです。

 

最近では歯を削るのを極力避けたいと思っているので、理解のありそうな患者さんには深い所まで説明します。

でもね、個人的な核心部分までは中々話せません。

向こうも聞きたがりません。

自分のそういうこと聞きたくないんです、きっと。

本当にズバッと言うと、相手は一瞬止まって、その時間だけ記憶から抜き去ったようにしてその後の話を続けます、経験上。

ま、難しい話ですわな。

 

 

 

「知りたくないの」~原題は”I really don’t want to know”

英語の歌詞の方は、「あなたがどれだけ他人に抱かれようとキスされようと、ものすごく気にはなるけど、でもやっぱり知りたくないの(それは言わないで)」 というようになっております。

ま、難しいですわな(笑)

僕はもうそんな話、じぇんじぇん関係ないけど。

ま、難しい・・・もうええって。

 2013.7.30

KAPPA シャンバラへ行く!?

昨日の記事に補足です。

受付の工藤さんが早退して翌日も調子が悪いと聞いてハタと思い当たったのです。

それが砂糖と頭痛・生理痛との関係で、前に聞いた気がする。

砂糖たっぷりのバームクーヘンも2個連続でもろたし。

で、メールで甘いもの断ちを指示しました。

ネットでそれについて検索してみると、乳製品やグルテンも良くないって書いてあったという話です。

これについてご紹介したいイベントがあります。

誰でも参加できます。

 

大阪府保険医協会主催

映画「モンサントの不自然な食べもの」 市民公開上映会

日時:8月10日(土)  第一部 午後2時半~  第二部 午後5時~

会場:M&Dホール(大阪市浪速区幸町1-2-33 )

会費:無料

参加には事前申し込みが必要です tel 06-6568-7731  fax 06-6568-0564

 

今朝の夢の話です。

とある惑星の住人たち(要するに宇宙人)が自分たちの星が住めなくなってきたので地球に移住してきました。

もちろん関係省庁(って、どこじゃ?)の許可の元ですが、基本、そのことについての詳細は内緒なわけです。

それを嗅ぎつけた研究者たちが何とか内部に侵入しようと試みます。

3人が侵入に成功するも警備していた人(普通に人間と同じ形をしている)たちに拿捕されます。

そのうちの1人が僕です。

 

建物なのか宇宙船なのかわかりませんが迷路のような造りになっていて逃げようがなかった(そもそも僕方向音痴やし)

そこはあくまでも本体(本船?)への入り口というか中継点のような所でして、細かいことは忘れましたが、「本当にこれより先に行きたいと思うのか?」と聞かれます。

行けば帰って来れる保証はないので、家族とは永遠にお別れです。

こういった時、映画でもそうですが、不思議なことに「それでも行きたい」と思うのです。

そこで地球に残ることにした人に対して、家族への伝言(「僕がいなくなっても心配ないから」)をことづけて、先へ進むことにしました。

 

ちょっと説明しておきますが、この建物のような宇宙船のようなものは、地球上に存在するものの、目には見えないのです。

でも中に入ったら、中の構造は普通に見ることが出来る。

存在している次元が違うとでもいうのかしら。

 

本船へはすんなりと行けるわけではありません。

試されます。

まずは目に見えない通路があるはずの部屋に案内されるのですが、それがどこにあるのか暗いこともあり全くわかりません。

すると親指ほどの大きさの光の妖精が二人やってきて、彼らについて行くとはるか上の方から窓を通して光の橋がかかり始めた。

ところが、妖精が消えると、その橋も消え始めました。

僕はあわてて「あ、ちょっと待って!お願い、消えないで。お願いします~」

ここで僕の中のもう一人の冷静な僕は「祈りと感謝やなぁ」

 

結局は、消えかけていた橋はもう一度鮮やかによみがえり、その光の橋をちょとずつ四つん這いになりながら上に向かって進んでいきます。

ところがでんな、橋ったって、ガッチリしてるわけじゃなく吊り橋みたいなもんやから、怖いのなんの。

上空に行くにしたがって風でもすごく揺れるし・・・・

ここで、もう一人の冷静な僕は「智慧と勇気やなぁ」

 

無事到着したのは、やはり宇宙船の中みたいな感じ(そりゃ空の上ですからね)

いわゆるシャンバラとかシャングリラと言われている風景とはずいぶん違います。

あくまでも夢の話ですから色々と矛盾があって、ゴミ捨て場は地面の上にあり、分別は非常に厳しい。

そこにはいろんな個性的な人たちがいますが、何より大切にされているというか、「それがでけへんのやったら、あんたここにおられへんで」的なのは、”調和”です。

 

今朝、子供たちは信楽の火祭りに参加するため、為ちゃん号で出発しました。

いつもなら夏の為ちゃんキャンプは1週間くらいやるんですが、今は畑の水やりがあるから、あまり留守にできないんだとさ。

でね、そのシャンバラチックな所の住民が言うんですよ。

「あのな、君らが地球の環境をきちんと守ってくれへんと、わたしらこれ以上ここにおられへんやんかいさ。また次探さなあかんようになるがな」

 

・・・・・だそうです。

2013.7.27

スイーツという名の麻薬性毒物

先週木曜日の歯科医師会学術委員会終了後、用事のない3名で西大寺南側の某居酒屋さんで盛り上がったのですが、僕の記憶が正しければ、もしかしたら”ハモの造り”を食べた気がします。

湯引きじゃなくて、造りです。

ハモの造りですよ。

小骨どうすんねやろ?

もしかしたら記憶違いかもしれないけど、その時は何の気なしに食ったものの、どえらいもん食べた気もする。

 

太平洋戦争以前、アメリカは来る日のために日本のことを徹底的に研究しました。

東京大空襲も関東大震災での被災地図を手に入れて、延焼しやすい場所を狙って焼夷弾を落としたといいます。

真珠湾攻撃のことも事前に察知していたにもかかわらず、あえて同胞を見殺しにしJapは卑怯で汚い、とのレッテルを張るようにしむけたのは、戦後の世界地図において日本という名の飛び地を作りたかったからに他なりません。

で、戦後GHQによる統治の際に次のことをやってくれました。

 

①塩を統制し、官制の化学的な塩化ナトリウムを与えることにより日本人の身体をガタガタにする。

ミネラル分の不足、添加物による味覚の補填により最終的には多くの疾患の隠れた原因となり、欧米の製薬会社が儲かる。

②それとともに、砂糖と小麦文化を徹底して導入した。

砂糖は日本人にとって元来滅多に口にしないものであり貴重品であった。一年に数度摂取する分には問題ないが、頻繁に口にするようになると血糖値の不安定を招き心身ともにボロボロになる。また甘いものは依存性が高い。

米作は助け合いの和の文化であるが、小麦は機械で刈り取るだけである。

③乳製品を健康に良いという喧伝の元、全国民に広めていった。

これにはパン食とともに小学校の給食制度が非常に役立った。

最終的にはアメリカからの輸入飼料を日本の乳業メーカー相手に捌けることになる。当然遺伝子組み換えである。

 

この記事は書きかけておいといたので、もっと何か書くつもりだったのですが忘れちゃった。

砂糖、特に上白糖は百害あって一利なしといっても良いでしょう。

砂糖の害は調べればたくさんありますが、とりあえず血糖値の急激な上昇を抑えるためにインシュリンが多量に分泌され、不思議なことに一過性の低血糖を引き起こします。

摂取する量が多ければそれだけ深刻な低血糖になりますし、一過性が長引きます。

そしてひどい偏頭痛が起こったり、生理痛がひどくなったりもします。

生理痛の原因のほとんどは甘いものの摂り過ぎといってもいいくらいです。

 

先日も患者さんやセミナーを受講された先生方からお菓子をたくさん頂いて、とりわけ今流行りの甘いバームクーヘン2連発が効いたのでしょうが、受付の工藤さんが早退するくらいのひどい頭痛になりました。

これは数日続き、医者ではパソコンの見過ぎ・肩こり・ストレスなどが原因ではないかとのことで薬をもらってきたのですが、これ飲むと痛みはともかく頭がボーっとするのです。

そういう薬を出すかね、ロクな診断なしに。

ネットで調べてみると、頭痛の原因として砂糖・乳製品・グルテン(小麦)などがあるそうで、工藤さんの場合すべて当てはまっていたそうです。

こういった場合、甘い物の食べ過ぎでかつ低血糖を起こしているので、ゆっくりと血糖値を上げていくように飴を舐めるとか、あと糖尿病専門医に聞いたのですがファンタオレンジくらいの甘さのジュースを飲むのもいいそうです。

ご飯をよく噛むと自然と甘みが出てくるので、そういう食習慣のある人は逆に甘いものを欲しがらないと思うんですけどね。

 

砂糖中毒の人はまた精神状態が不安定になり易い、キレやすかったりします。

僕がお酒を飲み過ぎた時に非常に(頭の悪い奴、礼儀知らずな奴に対して)短気になってしまうのは、ずっとアルコールのせいで大脳皮質からの抑制が効かなくなって、トラウマとして持っている怒りが出るものとばかり思っていましたが、どうやら(お酒も糖分高いので)低血糖によるところも大きいのだと気づきました。

二日酔いの日の昼食を普通に食べてしまうと、昼からものすごく気分が悪くなります。

これって低血糖の上に食事で急に血糖を上げるものだから、またまたインシュリンが出てきて更なる低血糖が続くようになるからだというのも今更ながらの発見です。

そういう時は麺類しか食べられないのですが、それは炭水化物をゆっくり咀嚼することにより徐々に血糖を上げるという無意識からのアドバイスなのかもしれません。

 

とにもかくにも、日本におけるスイーツ流行りは益々日本人をダメにしていきますよ。

食品業界もパティシエと呼ばれる人たちもエエ加減にして欲しいよね。

それでもまだ甘いもの食べますか?

ヤク中と同じですよ、何も変わりませんよ。

日本人は干し柿の甘さから逸脱しちゃダメなのよん。

 

え? じゃ僕が酒止められるかって?

そこですねん。

実は徐々に控えようという遠大な計画を実施しようと考えています。

傾き1度くらいの超スローペースで、とりあえずお盆過ぎたら頑張ってみよかな(笑)

2013.7.26

3-1-1000 久々のキッチン和

え~、無理からですが、参院選と読みます。

今回僕は生まれて初めて日本共産党に一票を投じました。

各政党の掲げた政策というか党の指針を見た時に、唯一共感できたのが共産党だったからです。

ごく当たり前のことを書いているのがここだけで、他は本質を外したことをあ~だこ~だ言ってるだけ。

共産党が良いとは決して思わないけど、他にないから仕様がないか。

 

当然、歯科医師会推薦の石井みどり女史には投票しなかったということです。

僕は心の中で、いっぺん歯科界はどん底の底まで落ちていったらエエねん、と思てます。

ドアホばかりの厚労省官僚にええ風にやられるだけ、やられたらいいって思います。

そしたらきっと、60歳以上の人が会長になるなんてことは起こらなくなってくるでしょうし、執行部は若返りを図らざるを得なくなるでしょう。

そこまでいってから、一からのスタートを切るしかないんじゃないか、と感じています。

 

ほとんどの歯科医師会会員は自分たちの利益のことしか頭にありません。

つまり、初診・再診料を医科並みにアップさせてくれて、他の保険点数も軒並みあげてくれる会長が良い会長なわけです。

そういう歯科医師会運営をずっとやってきたから今の現状があるのに、なぜ同じことを繰り返そうとするのか?

そういうことしているから結局は ”かかりつけ歯科医” 制度という毒入りのエサに喰いついて、橋本元首相へのヤミ献金事件へと発展し、全会員がキレ~に厚労省の策略にまんまとハマってしまうというテイタラクを演じてしまった。

その結果、中央社会保険医療審議会からも歯科医師は外されるという、どうしようもない状態に。。。。

ま、この話はこれくらいにしておきましょう。

 

今回、維新8・共産8・みんな8という結果は、なんだか暗示的な気もします。

民主の大敗は誰もが予想した通り。

奈良市長選はびっくりの仲川げん氏の圧勝。

僕は阪大同期入学の候補者がいたのでそちらを応援しましたが、最下位というこれも驚きの完敗。

 

投票後、僕は大阪の本町へ”ササキ・デンタルショー”に行ってきました。

元々安い値段が売りのササキさんが年に一度の大安売りをするので、普段取引がない医院もこの日だけは行って買いまくるというところも多い。

全部で10万程の買い物をして、約2時間同時開催のセミナーも受けてきました。

歯科界では2大スタディグループというのがあり、その片方の中堅のやり手の先生が講師。

 

最近僕は確信したのですが、そのグループで採用されている噛み合わせというのは実に非生理的なんです(あくまでも私見)

”臼と杵”理論と言わせてもらいますが、僕は生理的に望ましい食べ方というものを最近見つけて、その指導を患者さんにしています。

そもそも正しい噛み方(咀嚼の仕方)というものを誰も定義しないのに、その上で咬合理論を云々するところがおかしいということに誰も言及しません。

歯科の世界では臼磨運動と言いますが、ふつう臼を使って物を磨り潰すなんてことはせんのですよ。

それって擦りこぎだからね。

だから”臼磨”という言葉は言葉としておかしいわけ。

なのに人は臼歯を使って磨り潰すという噛み方をしてしまうから、噛み合わせが歪んでいくのよ。

ああ、なんでこんな単純なことを皆気づかないのだろう????

 

ということで、期待したほどではなかったセミナーですが、短いインプラントの有効性については十分理解できたので、そこは役には立ちました。

で、久々にニコちゃんとこに行こうと思ったわけです。

でも、デンタルショーを出たのが4時半。

ニコは6時開店。

本町ビル.jpg

仕方がないので、本町というオフィス街にもかかわらず日曜日に開いていたIrish & Sports Bar に入り、「今の時間て、アルコール飲めます?」と聞き、「ハイ、大丈夫です」の言葉にギネスの1パイントを注文。

写真はそのバーの斜め前のビルで、何気に外国風な感じがしたので撮ってみました。

ハッピーセット1.jpg

その後メニューをよく見ると7時まではハッピーアワーで、お好みのおつまみとドリンクのセットで980円とあります。

そこでフライドポテトを注文。

480円もお得ですて書いてるけど、ホンマにお得です。

ギネス(生)の1パイントて普通7~800円するからね、たしか。

でも、ポテトの量が多いっちゅうねん。

ハッピーセット2.jpg

ギネス1杯ではポテトがなくならなかったので、しゃあないからもう半パイントとアイリッシュ・ウィスキーのストレートを注文。

う~ん、なんだか食べログ風・・・・

本町アイリッシュバー.jpg

5時半くらいになって夜の営業態勢に入っていく頃から、なんか暑くなってきた。

冷房切ったの?と思うほどなのですが、僕の座っていた窓際の席って東向いてるんやけど、西日が思いっきり向いのビルの窓ガラスに反射してこっちに来ますねん。

こればかりは、どうにもならず・・・・

扇子持ってて助かった。

6時になり心斎橋のキッチンニコへ。

前に来たんがいつか忘れるくらい久々、もしかしたら半年くらい来てないかも。

こないだ山田優さんが来ていたそうです。

こんなきったない、狭っ苦しいところへようこそ(笑)

でゅえっと.jpg

なんやかんや食うて飲んで、これも久しぶりのバー・デュエットへ。

ナベさんと話していて知ったのですが、今、ミナミでは”裏なんば”というのが流行っているのだそう。

高島屋よりも南ということです。

家賃が安いのでしょう、そこに小さくて安くて美味しくて洒落てる店がいっぱい出来てるんですってさ。

ふつう高島屋より南に歩いて行くことはないです。

ちょっと西へ行って府立体育館か、地下に降りてWINSくらいです、行くとしても。

今度探検してみよう。

 

ほいでね、問題はフグなんですよ、河豚。

てっきり冬のものだと思っていたら、本当に美味いのは夏フグなんだそうです。

へぇ~~、と思っていたら今日届いた”あまから手帖”に布施の居酒屋のフグ料理が載っていた。

かつてよく行ってたお店の店長さんが自分で店を出したようでして、布施育ちの僕とすれば近々行かねばなるまいと思う次第。

 

セミナー終わって毎日たくさんお酒飲んでましたせいで、結構体調がイマイチです。

本日より節制して新たに勉強を開始していきます。

また新しい発見があることでしょう。

・・・・・のつもり(笑)

それにしても昨日の中京記念は惜しかったぁ(2着3着はきっちりもってたのに~)

2013.7.22

選挙戦

毎日毎日うるさいですね、街宣車が。

奈良は参院選、市長選、市議会議員選とあり、市議会議員の立候補者なんて山ほどいるので、たまったもんじゃありません。

NHKの連ドラ「あまちゃん」放映中にマイクで音をかぶせてきたやつには絶対入れんといたろう、みたいな(笑)

どの候補者も言うことは同じです。

財政改革や医療・福祉の充実や(出来るものなら前任者がやってるっつうの)、安心して暮らせる街づくりなど。

参院選になればそこに対アジア外交や原発問題やTPPとかがからんでくるわけですが、基本は”現状はこうだから、それに対して私はこうする” というもので、そこは誰も一緒です。

もちろんそれが必要なことはわかるけれど、誰一人として長期的な視点に立った本当の意味での幸せな社会を目指すために何を今しなければならないか、を語る人はいません。

どいつもこいつも・・・・

ひと言で言って該当者なし! ですな。

 

相変わらず選挙が戦いになってるし。

あなた、平和な世界を作りたいんじゃないの?

僕が思うに、野党を閣僚として組み入れないような、狭い了見の政権はダメでしょうね。

そうなった時に、その野党の閣僚は政権内において反対ばかりするでしょうか?

あるいは与党はその閣僚を抑えつけようとするでしょうか?

やってみたらわかると思うけど、違った意見が調和していかないと話が一向に前に進まないことに気づくでしょう。

 

日曜日には、僕は大阪にササキ・デンタルショーに行き、午後からはある先生の講演を聴いてきます。

時間がうまくいけば、夜は久々にキッチン和かな?

2年間の学術委員会での毎月の積立金の余剰分が任期代わりで昨日返ってきました。

結構少なくない金額なので、プチお金に余裕がある感じがしあわせ~なサイちゃんでした。

2013.7.19

セミナー終了!

当院主催の咬合セミナーが無事終了しました。

埼玉から受講しに来られたその先生は某大学歯学部の臨床(客員)教授をされています。

第一日目の日曜日は僕とその先生でのマンツーマンの講義と実習でした。

僕よりもずいぶん年上の先生ですが、非常に気さくな方でやり易かったです。

夜の食事会では第二日目から参加の奈良県歯科医師会の先生一人と、実習の患者さん役として応援をお願いした名古屋の旧知の先生とをまじえて、当分準備のために控え気味だった酒をずいぶん飲んで酔っ払ってしまいました。

二軒目のホテルのバーでは、どうやら先にお二人が帰り、そのホテルに部屋をとっていた名古屋の先生も(支払いをしてもらって!)部屋に戻られ、僕はどうやら昏睡状態だったようです。

なんとなく閉店の空気がわかったのでしょう、目が覚めたらボックス席に座っているのは僕だけのはずなのに、妙に派手で変な色気を出している老齢の女性が一人。

あんた、誰やねん? なんでそこに座ってんの? ・・・・心の声

午前0時30分のことでした。

このバーで寝るのは初めてではありません(覚えている限り3度目)

羽場さん、いつもいつもごめんなさい。

 

2日目も無事終了し、受講者の先生を車で近鉄奈良駅まで送り、診療所の後片付けをして、、、、、

ドッと疲れが出ました。

身体中あちこちパンパンに張ってるし、それだけ知らないうちに力が入ってたんだなぁ、と実感。

でも、やりながら僕はどんどんのって来てる感じ。

最後のクライマックスに向けて、咬合のちゃぶ台ひっくり返すような話や虫歯の本当の本当の原因などを語っていきました。

実習も含めてですが、およそこのような咬合のセミナーを僕は知りません。

唯一、僕がかつて受講した”ナチュラル・オクルージョン・セオリー”のみが該当しますが、今回の2日間コースの内容は実習時間が多少短かったとはいえ、それをも遥かに凌駕すると自負しています。

 

今年になって歯科雑誌のクインテッセンスに広告を3度ほど掲載しましたが、書かれてある文句は歯科医であれば絶対に興味をひかれるはずのものなのに、驚くほど反響はありませんでした。

もし、あの広告内容で、講師が有名どころだったら、きっと問い合わせが殺到していたことでしょう。

その中で唯一受講を希望され、遠く埼玉から来られたO先生には感謝の言葉もありません。

O先生の要望で日曜日と祝日との連休での開催となりました。

そうなると、当面はもうこの海の日しかないのです。

わざわざ日程を合わせたことに恐縮されていましたが、もし2月や3月に受けられていたなら、今回お話した内容は話せなかった.

それら非常に革新的な話は当時の僕の頭にはなかったのです。

 

5月、6月とこのセミナーに向け何となく準備をし、本を読んだり調べものをしたりするうちに、ようやくここ数日でまとまってきた話なのです。

日本中どころか、世界中の歯医者でも誰も気がついていないと思われることをお話しました。

(でもね、世間は広くて、とっくに知っている人もいるかもしれないけど、そういう人は表の世界に出てこないのよ)

O先生がこの連休を指定してくれたお蔭で、僕の頭脳は驚異的なレベルアップを果たしました。

この話は、誰でも素直な気持ちで聞けば、明日からすぐに実践できることばかりです。

差別化もへったくれもない、あらゆる人向けの、腕の差も関係ない単なる”話”です。

その話はなぜ虫歯、歯周病、顎関節症になるのか、なぜ口の中が壊れていくのか、その大元の原因に言及しています。

そこを修正することなく、治療をしても仕方がないでしょう。

子供たちに、その親たちに伝えることによって未然に歯科的疾患を予防できるでしょう。

 

噛み合わせ治療で言えば、ほとんどの歯科医は下顎の位置がずれているために不定愁訴が出現する、そしてそのずれには噛み合わせの不調和があるので治療しなければならない、と考えます。

ではその噛み合わせの不調和はどうして起こったのかについて追求する歯科医はごくわずかです。

下顎の位置ずれというのはあくまでも結果に過ぎません。

一見、原因に見えるそれは結果なのであって、それの原因を探らなければ意味がない。

 

今までの常識を覆すような話というのは学会や論文では非常に認められにくい。

「エビデンス(学術的証拠)は?」と必ず問われます。

あのね、従来の概念が間違っているという問題提起をするのに、それを支持するような論文があるわけないということに何で気づかんか、このボケは! と思います。

しかし、世には変わった歯医者、常に自分で疑問を持ち考え続けている歯医者はそれなりにいて、そういう人のブログを読むと非常に参考になります。

今回も幾人かの歯科医の書いたものに大いに触発されました。

論文じゃなくてブログなのね、本当のことが書けるのは。

 

生涯の中でたった一回きりの咬合のセミナー。

これは僕に多大な恩恵をもたらしてくれました。

俄然やる気が湧いてきました。

僕の新たなアイデアは歯科的な治療介入を極力減らしてくれます。

ただ、その重要性に共感し自分の生活習慣を改めるか否かは患者さん次第でして、相変わらず他力本願でお金と引き換えに歯科医に治してもらう方が良いという人には向きません。

そういう人は徐々に相手にしてられないや、と思うようになってきました。

 

セミナーが終了しましたので、それら健康に関する最新情報をそろそろ小出しにしていきます。

聞いてみれば何てことのない話ですが、明確にわかり易い説明を受けると、きっと何か違うと思います。

まあでも、しばらくは自分の緊張を解いて、酒飲んでホワンとしておきたい今日という日だったりして。

2013.7.16

遺伝子診断

一昨日のNHKスペシャル「あなたは未来をどこまで知りたいですか~運命の遺伝子~」は衝撃的でした。

あれだけ詳細に癌のリスクを見せられたら、そりゃアンジェリーナ・ジョリーも乳房摘出したくなる気持ちもわかるな、と思いました。

中国などでは実際に子供の遺伝子診断をして将来のオリンピック選手を育成したりしているとか。

皆が思うように、これって遺伝子によって人間の優劣を決めることになってしまいます。

しかし、考えてみればどうして特定の遺伝子に傷が付いたり、配列が異常だったりするのでしょう?

そこに環境因子が大きく関与するとなれば、そちらの研究こそ発展させていくべきでは?

 

放射線や電磁波、遺伝子組み換え食品に添加物や農薬、環境ホルモン、様々な化学物質、これらがそのままの状態で遺伝子治療と称して結局は製薬会社が儲かる状況は何?

もしかしたら、ワクチンの中に遺伝子に傷をつける物質が混ぜられていて、その傷を治す薬も同時に開発されていて、2重に儲かるシステムだったら?

 

避けられる危険は避けるべきでしょうが、いつ、どこの世界においても結果に対する策は講じられるものの、原因の追及とその対策を口に出す者は葬られてきました。

経済がまわらないからです。

遺伝子診断の問題はなかなかに難しいものがありますね。

 

昔から言われることに、インドにアガスティアの葉というものがあり、数多ある葉の中には、あなたの過去から未来までがすべて書かれているものも存在する。

(実際にこれを見るにはかなりのお金が必要なのと、玉石混淆で本物を見分けにくい。そもそも本物が存在するのかも微妙)

それが本当だったとして、あなたは自分の未来、いつ何で死ぬか?を知りたいですか? というものです。

 

遺伝子の優劣という話の前に、癌が悪いものという前提が?

そしてもし、いつも”いま”に生きているのであれば、自分の未来を知りたいという感覚も?

健康で生きたいという願いは僕にもあり、そのためにいつもライフスタイルを見直しております。

そうでないと患者さんに指導できませんからね。

それでも病気になるのなら、それはそれで受け入れざるを得ないかもしれない。

 

ただひとつ言えること、最近とみにその重要性を再認識していること、それはやはり”ストレス”なんです。

あらゆる体験をその瞬間に済ませて、感情もその場、その瞬間に置いてくればストレスというものは存在し得ません。

結局はスピリチュアルになってくるのですなぁ。

2013.7.9

きょうの料理

ひとつ追加しておきますが、アルコールを飲み過ぎると鼻粘膜が肥厚し、寝ている時に口呼吸になっていびきをかくか、歯ぎしり・くいしばりをします。

ですので飲み過ぎないようにしましょう。

そんなことできるくらいやったら、とうにやっとるわね(笑)

 

突然嵐のような雨が降ったり、異常に蒸し暑かったり、お天気が定まりませんが皆さまはいかがお過ごしでしょうか?

僕はいよいよ来週の咬合セミナーに向けて準備が佳境に入っております。

考えてみれば、もし受講者の先生が4月に受けられていたら、大切なことを伝え損なったでしょう。

ここ2,3カ月の咬合の核心に迫るインスピレーションはそのくらいスゴイです。

その根底にはなるべく歯科医が介入する余地を少なくし、患者さんに自分で歪みを除いてもらうようにしたいという思いがあります。

下顎の位置を是正すると称する多くのマウスピースによる治療は、是正した位置で噛めるようにするため、最終的に矯正治療か補綴処置が不可欠となります。

こういった不可逆的な治療は、極力避けたいと考えるわけです。

 

ちなみに来月と再来月にFEI整体なるものを学びに行く予定です。

何も異常がないのに歯がしみたりする場合、その部分の顎の骨が歪んでいる(内部応力がかかっている)ことがあります。

その歪みの原因が噛み合わせのことも多いのですが、その部分の骨と連動して動く身体の遠く離れたところの歪みが原因のこともあり、それらを扱えるようになれたらいいなという思いからセミナーを受講します。

 

たとえば、料理教室においては今日は一緒に〇〇を作りましょうといって、皆で作ったものを試食するということをやりますね。

で、そのレシピを大切に持って帰って家でも作ってみるわけです。

今度はまた違う料理を習って、の繰り返し。

これね、根本的に大間違いなんですな。

 

芸能人をよく見ていますと、売れっ子になって少し落ち着いた段階で彼ら彼女らが何をしだすかというと、多くの場合、料理か絵です。

なんでかというと、台本通りに、あるいはディレクターや監督の指示通りに動くのに飽きてくると、より創造的なことをしたくなるのです。

 

料理というのはその本質は非常にクリエイティブです。

失敗しようが成功しようが、美味しかろうが不味かろうが、自分で工夫を凝らしてやってみたらいいじゃん。

そのための基礎を教える、料理の創造性の楽しさを知ってもらう。

それが本当の料理教室っちゅうもんです。

 

で、咬合セミナーです。

歯科医ならわかりますが、どのセミナーも似たり寄ったりで知識を教えようとします。

あるいは頭痛・肩こり・腰痛などの症状をとるためのハウツーを教えようとします。

これで自分で物を考えようとしないアホな歯医者の一丁上がりです。

当方はそういったことは一切しません。

スタンスが違うのです。

僕のものの見方(生体の診方)を通して、受講生に何かを感じ取ってもらう、自分で注意深く観察して自分なりの真実を発見するようになって頂くためのキッカケ作りです。

この「シャングリラからの伝言」と同じこってす。

正直申しまして、大学や巷のセミナーで教えているような咬合の概念を根本的にひっくり返すような、それでいて非常にシンプルなことを話すつもりです。

要するに、そう教えられてきたから何も考えずにそうだと信じ込んでやってきたけれど、よく考えてみたら、よくよく患者さんを観察してみたら、最初に教えられたことには齟齬があるのではないか、ということです。

 

本日、かえる庵さんでは川柳の会が催されるそうです。

わたくしこれから、慧と一緒に散髪に行ってきます。

 

桜散り 緑深きも 枯れすすき

 

おそまつ。(誰ですか、すすきも生えてないやん、なんて言ってる人は!)

2013.7.6

とあるConversation

あるひとりの女の子の治療が終わった時~

 

「ところで〇〇ちゃん、何してる時が一番楽しい?」

「・・・・・・」

「わからん?」

「うん」

「僕はね、何もしてない時が一番楽しい」

「・・・・?」

「だって、いろんなこと想像できるから」

 

治療台からおろしてその子を膝に抱きかかえながら

「この作郎の人形は生きてると思う?」

「・・・・・」

「じゃあ、こっちの引き出しは?」

「生きてない」

「普通そうやんな。でもな、僕は両方とも生きてると思うねん」

「もし、こいつらが生きてるとしたら、何が楽しいと思う?」

「・・・・・、わからへん」

「なにもしてないから楽しいんやと思うんやなぁ、僕は」

 

 

もし、舌が正しい位置にあるにもかかわらず歯ぎしりをするのであれば理由は二つ。

舌は前方で頭を支えている唯一の筋肉です。

ですからただその位置にあれば良いというのではなく、結構な力で支えている必要があります。

もう一点は、寝ている時に横向きの時間が長ければ頸反射により上下の歯の接触が起きやすくなり、歯ぎしりをしてしまうかもしれません。

そんだけ。

2013.7.4

寝相の話

皆さん、おはようございます。

本日わたくしは、ドックセメントの草分け的存在である小峰一雄先生の小峰一雄塾開塾記念パーティに参加するため、午後から東京は青山へと出向きます。

ホテルもとりましたので、月曜日の始発で品川から帰って来てギリギリ診療開始に間に合う”予定”です。

最悪の時は連絡するわ、と、受付には申し伝えてあります。

 

色んな世界で隠蔽していた事実が露呈してきているように感じます。

それでも嘘をつきとおす人たちがいる。

今までの自分の立場を守るために学者ですら嘘をつきます。

サイッテーの人間性です。

でも、正直言って多いです、そういう人たち。

 

寝相の基本は仰向けです。

いびきや睡眠時無呼吸防止のために横向き寝とかうつ伏せ寝とか言いますが、それはあくまでも対症療法です。

日野原重明さんがうつ伏せ寝を推奨している旨を目にしましたが、そりゃとんでもない間違いです。

時代の寵児となっている南雲吉則さんは、花粉症防止のために口呼吸を勧めていて、これも大馬鹿三太郎でござんす。

口呼吸しているから花粉症になるのであって、口呼吸をしたから(というか皆さん口呼吸なんだけど)花粉症が治るとかあり得んし。

通常の大人は普段はまあ口を閉じていると思います。

ところが、舌のポジションが間違っているものだから寝ている時には口を開いてしまいます。

この寝ている時の口呼吸がアレルギーの元です。

 

花粉症対策でマスクって、それって口呼吸が前提になっていることおわかり?

そりゃね、花粉をフィルターがカットしてくれるってのはわかります。

でも、きっちりマスクをするとまず鼻では呼吸しづらくなりますから、口での呼吸を促進しているようなもの。

どうせなら鼻だけマスクから出すようなつけ方をしてみてはいかがでしょう。

ただし、鼻が正常にフィルター機能を果たしている場合に限りですけどね。

 

歯ぎしりやくいしばりも仰向け寝でやっている分には、そこそこバランスのとれた感じでやっているはず。

いや、もしかしたらきれいに仰向けで寝ている時には、そういったことをしないのかもしれない。

これが横向きになりますと、顎に頭の重さが枕や布団越しに反作用としてかかってきますから、それだけでも大変なことです。

その状態で歯ぎしりやくいしばりをされますと、顎は言うにおよばず頭蓋までも骨の変形を惹起し、噛み合わせはアンバランスに変化していきます。

うつ伏せ寝も一緒。

また、全身の骨格をも歪めます。

ロクなことにはならない。

 

よく言われるのは、寝返りをうつことにより人は昼間の身体の歪みをとっているのではないか。

尤もらしいのですが、少々???です。

もし寝返りがそういう理由で正当化されるのなら、起きた時には歪みもとれてスッキリしているはずです。

実際は寝返りをうつ時は眠りが浅くなっているし、やればやるほど朝起きたら身体中が痛いです。

正しい姿勢から考えると、仰向けでじっと寝ているのが一番日中の歪みがとれる。

一番健康に良いのはせんべい布団かスノコベッドですからね。

フカフカのベッドやウォーターベッドは身体の歪みをそのまま許容してくれるから心地良いのです。

要するに歪みが歪みのまま残るということ。

 

で、現代生活しておりますと身体は歪みまくります。

ですので「わたし仰向けじゃ寝れないの」となるわけです。

こういう人は寝る前に体操やるべきでしょうね。

仰向けというのは一筋縄じゃいかなくて、朝までそのままの姿勢・・・・とはなりませんわな。

まず、血が背面に溜まるようになるので、どうしたって寝返りを打って血流を変えなきゃいけなくなる。

だから右向いて、次に左向いてと、寝返りはうって当然なのです。

ただそれが長時間続くと問題を起こす。

先ほど述べた横向き寝の問題点以外に、肩を多くの場合腹側に入れ込むようになってしまい、コレが猫背の原因のひとつとなりやすいこと。

 

血流のこと以外に寝返りをうつ理由は、おそらく日中の歪んでいる時間が長いもんだから、寝ている時にもその歪んだ姿勢の方が楽で、ついそういう姿勢をとってしまう。

安直な言い方をすると、骨盤が左右どちらかが上がっている状態ということです。

しょっちゅう脚を組む癖のある人は、その姿勢が楽できちんと両足を伸ばした状態はつらいわけ。

それをまず寝ている時に再現します。

さすがにその状態が続くとしんどいので、今度はそれに対抗するような逆の姿勢をとって身体が落ち着くようにする。

これが延々と朝まで続くのが通常の寝相であり、仰向きの出現頻度はかなり少ないものと思われます。

昼間の自分の癖を見直しましょうね、という当たり前の結論になりますね。

 

先日僕はダウンと羽毛でできたフワフワ枕を買い求めました。

僕の考える良い枕とは

①後頭部の所で高さがないこと、これがあるといわゆる高枕になり気道も閉塞するしアウト

②頸椎部分はあくまでも布団と首の間を埋める程度の高さであること

③ただし、これに関しては姿勢が修正されていくと頸椎カーブが変わる可能性があるので、今のあなたの頸椎に合わせた枕を誂えましょうというのは、始終見直しをするという前提がないのなら勧めない。

単に歪んだものに合わせて楽なように寝させるだけのものだから。

④首を左右に振った時に、柔らかにサポートしてくれること。

つまりある程度の動きは許容するが、必要以上には横に向けさせないようにする。

 

この枕にしてから、確かに結構横向き寝の時間もあるのだけど、朝起きた時はスッキリしています。

また頭蓋や顎が受ける力が柔らかなので全然違う感じです。

 

もうひとつある整体師さんに教わった重要なことは、寝ている時の手の位置です。

手をお腹や胸の上に置いている人って結構いるのよ。

そうしますと胃腸や心臓に問題起こします。

常に圧迫しているんだから、そりゃそうです。

わりかしシャレにならないくらいの悪影響があります。

心臓を圧迫しながらくいしばりなどしようものなら、どうなるでしょうね?

僕は脳血管障害や心臓の病気の多くがこういったことが原因となっていると考えています。

お医者さんこんなアドバイスしますでしょうか?

それなしに半永久的に薬を出し続けることがどれだけ愚かなことかおわかりでしょうか?

でもね、医者もバカなら患者はもっとバカなのです。

バカを信じる方がもっとバカ。

 

手は身体の横で伸ばした状態で掌は上向き(原始時代なら下向き、でないととっさに起きれないから危険でしょ)

もし、ここでのべたような正しい寝相というのを例え30分でも1時間でも保てれば、かなり良質の睡眠を得られることは僕が保証します。

そして横向き寝やうつ伏せ寝が肋骨に及ぼす力を考えてみてください。

それが内臓にどんな影響があるか考えてみてください。

決して健康に良いはずがないのはおわかりでしょう。

ということで本日はこれにて失礼。

2013.6.30

ギッチョン・パ!~わたしの彼は左利き♪~

昨日は僕にとって特別な日でした。

大学院時代に支給してもらっていた日本育英会の奨学金を完済したのです。

約20年にわたり毎年6月に19万円ずつ。

今年はわずかに端数がでたので20万ちょっと。

わかってはいるものの、19万円をある月にまとめて払うというのはかなりの負担です。

奨学金をもらっておきながら滞納する人も多いようで、僕は去年うっかりして少し払うのが遅れたのですが、すぐに債権回収機構なるところから電話がかかってきました(おだやかな女性の声)

 

奈良公園では今、ドイツの美味しい生ビールが飲めるオクトーバーフェスタなるものを開催中です。

明日、明後日は午前11時からやっております。

オクトーバーフェスタ.jpg

少々お高いのですが、入場無料だし、ステージの演奏に合わせてみんな大盛り上がりをするので楽しいですよ。

ちょっと尋常じゃないくらい地響き立てて盛り上がってます。

「マジか?これ」て思いましたもん。

昔のダンパ(ダンスパーティ)を思い出します。

”君の瞳に恋してる Can’t take my eyes off of you” で踊るとこ見るなんていつぶり?

このテントの外側にたくさんの銘柄のブースが出ており、ソーセージ他の食べ物も豊富にあります。

でも言っとくけど高いよ。

一年に一回のお祭りやったらありかな、ですが、ビールは本当に美味しいです。

日本でいう地ビールの美味しいやつと思てもろたらええです。

 

さて、わたくし西塔治博士は一昨日、どうして人によってはギッチョになるのかというのがわかりました。

あ、ギッチョというのは今や差別用語らしいです。

ほなら言わしてもらうけど、ハゲはどうなんねん?

若ハゲは?

丸ハゲは? (丸ハゲて・・・・)

 

オホン、

左脳と右脳は生まれた時にはまだ役割分化していないそうで、およそ1歳くらいからそれぞれの機能に分かれていくらしい。

もしその頃に、子供が幻想世界に逃げ込みたくなるような現実(両親の関係、親とお兄ちゃん、お姉ちゃんの関係)を見せられたら、その時より右脳の特徴が強く発揮され、神経は脳幹で左右交差するため左利きになる、、、、、という説です。

そういや、ふうさん1歳くらいの頃、よく僕を睨みつけてました。

彼女ギッチョです。

よく嘘をつくというか、子供独特の幻想でも見たんか、みたいなことを話してました。

ぜ~んぶ、僕の責任です。

親は子供の前でうかつな態度とられへんね。

 

鉛筆は左で持つのに、箸は右なんてのはよくわかりません。

今はわからないので、この事案はそのまま放っておきます。

 

どうして左噛みの人と右噛みの人がおり、どちらかと言えば左噛みの人の方が多いのでしょう?

これは顎関節症が左に多いというのとも関連があります。

赤ちゃんの時の授乳の体勢に原因があるのね、実は。

左右のお乳をまんべんなくあげていたら問題起きにくいです。

普通は心臓がやや中央より左にあり心音で赤ちゃんが安心しやすいというのと、赤ちゃんの体全体を下から支えるのは利き腕の右が有利ということもあり、左のお乳を吸わす時間が多いはずです。

多くの場合、赤ちゃんは首を右にやや曲げた状態でお乳を吸いますので、この姿勢は左で物を咀嚼する時と同じだから、そういう筋肉の使い方をその時点から体に記憶させてしまうわけです。

 

このように普段から何故だろう?と思いつつ、無理に答えを出さずにいると、とあるキッカケで閃いたりします。

今、なんか話題沸騰している感じの”歯ぎしり”にしても、5月に参加した”子供の咬合を考える会”での会員発表で、低位舌の及ぼす影響のひとつとして歯ぎしりと、はっきりとスライドにあったのです。

であるにもかかわらず、歯ぎしりの原因は低位舌であると言う先生はいないのが不思議で仕方がない。

ネットで「歯ぎしりの原因」と検索しても、不明とかストレスであるとかしか書かれていません。

あくまでも身体的な原因は低位舌であり、それを改善すれば歯ぎしりはしなくなります。

しかし本当の原因は精神的なところにあり、ストレスが原因というのはその通り。

ですので舌の位置が改善して歯ぎしりをしなくなっても、原因となっているストレスをどうするのか?という問題が残ります。

答えは・・・・・あ、もう面倒くさくなっちゃった。

そこから先はスピリチュアルの出番というこってす。

サイちゃんの面目踊如でございますな。

2013.6.28

我、思うところあり、故に我あり

な~に、大した内容じゃありません。

ご承知のように最近、とんとスピリチュアルから遠ざかっておりました。

そして、僕の専門分野である歯科の中でも咬合というところに意識を集中しておりました。

 

あ、子宮頸部癌ワクチンは面白いことになってますね。

ワクチンを打てば〇〇%は予防できるのに、なんてこと言ってる医者がいますが、その根拠としているデータなど怪しいものです。

 

例えば、当院ではドックセメントなるものをやっております。

原則として歯を削らずに虫歯を治すというものです。

実際その通りになるのですが(適応を誤らなければ)、何故これが保険治療に適用されないのでしょう?

僕は先日来述べているように、歯を削るという行為を伴った治療をして生計を立てるような歯科医療は、もはや限界なのではないかと感じています。

短期的には審美的にも機能的にも良いでしょう。

でも長い目で見たら、自分の歯を削られているわけですから・・・・・

 

うちではもう、極力治療を回避するように物事を考えます。

それが成り立つには大前提があって、自分で歪みを取れるような指導をしているからなんですが。

このような動きは歯科界の中でも底辺の方から(底辺?)じわじわと広まりつつあり、いわゆる予防歯科とは違った健康歯科とでも言うのでしょうか、それが歯科医の中で認識されつつあります。

といっても、きっとごく狭い範囲なのかもしれませんが。

しかし、こういったことに関心を示す医師がいます。

著名人がいます。

そういった人を巻き込んで、流れとして厚労省など津波のように(言い方良くないかもしれませんが)飲み込んで行けたら、皆さん本当に健康になりますよ。

皆さんが不健康なのはひとえに厚労省と医療・保険行政のせいです。

もちろんその下で組み敷かれている大多数のバカな医者と歯医者のせいでもある。

 

今週末もそういったセミナーに参加しに東京へ行きます。

東京、久々です。

でも、楽しみです。

同じような指向を持った違う考えの先生方と会うのは本当に刺激を受けますから。

 

なぜドックセメントのようなものが保健に導入されないのでしょうか?

日本の大手歯科材料メーカーもその存在は知ってはいるものの、扱えないわけです。

僕は保険導入が望ましいとは決して思いませんが、広まらないのにはわけがある。

それが広まれば困る人がいるからです。

歯が削られることが前提で成り立っている歯科産業があるからです。

バッカでいっ!!

歯科に限らず、ものごとすべからくそうなのよ。

 

今行っている当院での生活指導に対する反応は二通りあります。

ひとつは、患者さん自身がそこそこの年齢でその人自身に指導を行う場合。

これは効きます。

だって、僕が40分位つきっきりでわかりやすく話すんだもん。

それでも、指導内容を軽く考える人がいます。

好きにしてって感じですが、そういう人に僕が言うのは「あなたね、僕が話してる内容はすごくつまらなく聞こえるかもしれないけど、これがほとんどの病気の原因なのよ。あなたがもし病院のベッドで一杯管をつながれて、薬漬けになって死にたいのなら今のままいなさい。でも自宅で寿命で往生したいのなら真面目に考えた方がええよ」

 

子供さんに対する指導が難しいです。

なぜ難しいかというのがわかりました。

それは親自身が僕がいう生活習慣の誤りを正せていないのに、子供だけに指導したって無理だってことです。

こういう場合は必ず次の答えが返ってきます。

「いつもこの子には注意してるんですけどねぇ・・・・」

『おまえは、どやねん?』(あくまでも僕の心の中の声)

これに気づいた時は愕然としました。

ほとんどの親は、私は大丈夫と思っているからです。

 

そして、僕の中では様々な咬合に対することがおよそまとまってきました。

今秋か来春にでも学会で発表したろかなとも思っています。

そのくらいインパクトあります。

実は僕が企画した咬合のセミナーに応募者が一人だけいらっしゃいました。

無名の人間に対する認識などこんなものです。

言っておきますが、日本中で歯ぎしりの原因と治療法を本当にわかっているのは、僕の知る限り僕だけですからね。

金などかかりません。

装置も要りません。

でも簡単ではないです。

で、来月の連休にその先生が当院に受講に来られ、その方は某大学の臨床教授をなさっている関係上、僕も極力その方のためになるようなセミナーにしないといけないと考えているわけですが、実は僕にしか話せないことがあるので楽勝と言えば楽勝。

セミナー費用は2日間で10万円ですが、広告費用とその他諸々で完璧に持ち出しです。

でもそんなことはもはや問題じゃない。

日本で一番売れている商業誌の広告に載せて、多くの人が見ているはずの中、唯一真摯に受講したいとおっしゃてくださったその先生に僕は全力で対応しなければなりません。

その先生が指導的立場に立っていらっしゃることを考えたた時に、僕にも思うところがあるわけです。

 

本当の本当の真実に目を向けようという流れは医科の方でもあるようです。

現内閣の向かうところは”経済的に”強い日本です。

要するに、金。

前よりゃマシだけど、彼らも決して正しい道にいるわけじゃない。

だ・か・ら・・・・

僕たちがきちんとしないと。

いらないものはいらない。

便利だからと身体に悪いとわかっているものを買わない。

コンビニで売っているものなどただの食品の形をしたゴミですから。

 

あなたが母親なのであれば、子供に手作りの料理を作ってあげなさい。

おやつも手作りしてあげなさい。

できないのであれば、あなたの母親がそうであった(できなかった)のを引き継いでいるわけで、子供がどれだけ成績よかろうが、その子供もそういう家庭を作るだけです。

共働きで出来ないというのであれば、いっそ路上生活してみるか、生活レベルを落としてみればいかがでしょう?

そこに真実の家庭の幸せな姿があるかもですよ。

皆さんは、手段と目的を勘違いしている。

「誰かのために」というのを言い訳にしている。

そんなこっちゃ、あきまへんで。

 

歯ぎしりの原因はストレスと言われています。

ある意味、合っていますが、ある意味では間違っています。

ストレスがあるから歯ぎしりをするというのは正しい。

しかし、歯ぎしりをしてストレス解消をしているというのは間違い。

このことを脳神経生理学的に考えていくと(これも一応僕の専門だった、過去形)、結局はスピリチュアリティ(精神性)も非常に大切だということが最近改めてわかって、いやん、やっぱりそこに足突っ込んどいて良かったわん、と思う今日この頃。

2013.6.25

食の基本

今見たら1週間も更新してない~。

頭の中には色んなメッセージ(といっても歯科分野)あるんですけど、文章にしづらいというのがあってほったらかしです。

きちんと話せば1時間近くかかる話なのですが、これが健康の基本であり、これができてないから皆さん病気になるのよ、みたいなとてもく大切で、でも非常にシンプルでわかりやすく実感しやすい話なんですな、これが。

しゃべって1時間かかる話を書くのって面倒なのよ。

最近は患者さんにそういった指導というか、話ばかりしています。

削って詰めてみたいな、治療行為を基にした医療ばかりをする人は三流やろ、という頭になってきました。

予防と称して歯ブラシ指導ばかりもおかしな気がする。

 

話は変わりますが、昨日は奈良県歯科医師会の学術委員会で新しい年度が始まりました。

法人化されたため今月が年度替わりになったのです。

新人の委員が一人はいりました。

新しい管轄常務が決まりました。

僕の大学の大先輩で、かつてその医院にアルバイトに行っていたこともあります。

「僕、F先生と飲むのなんていつぶりですかね?」

「いやな、僕思うんやけど、よう高田先生(学術理事)は西塔君みたいなのを下においてやってるな」

「・・・・・・」

僕の評価はどこに行っても、歯医者関係じゃなくても、こんなもんです(笑)

 

さて、話戻って、病気というのはそのほとんどが誤った身体の使い方、生活習慣にあるので、本気で健康になりたいという人には金には全くならないけれどお話しています。

その上で最低限必要な所だけ治療する。

正しく指導すると、身体の歪みがとれていきますから、今は一見治療の必要があるように見える部位も、一年後には必要なくなっているかもしれない。

ですから長期的な視点で診ていけるのです。

 

虫歯も歯周病も顎関節症はじめ咬み合わせのトラブルも元をただせば原因はそこにあるので、治療した後に今後悪くしないためにそういったアドバイスがないというのは歯科医療としてあり得ないわけです。

診断とは現状(病名)を言い当てるだけのものではありません。

それを引き起こした本当の原因まで含まないと正しい診断とは言えないのです。

でもそういった話を患者さんにしている歯医者というのを僕はほとんど知りません。

ごくわずか本当の叡智を備えた歯科医が真面目にそこに取り組んでいるだけです。

先日お話した当方の記事にリンクを貼ってくださっている自然歯科さんは、ご自身のHPでその旨のことを書かれており、最初読んだ時はピンとこなかったのですが、今ではよくわかります。

一度にたくさん治さない。

まさしくその通り。

大多数の医者なんかは論外のまだその外の外。

 

医者・歯医者はとかく治したがります。

目の前で即効性があれば、患者さんに感謝されるからです。

そりゃお金も入るし嬉しくもあるでしょう。

でも先ほど述べたように、生活習慣を正せば戻る歪みは戻る。

そうなってから初めて治療すれば良い。

でないと不必要な歯を削ることになるし、必要もない薬を出して中毒させてしまう恐れがある。

 

残念ながらこの話は同業者にほとんど受けません。

情けないことです。

スピリチュアル系のお話会は終了しましたが、そっち方面の、つまり僕の専門分野の話を聞きたいということであれば何人か集まってもらえればお話しますよ。

簡潔にいえば、正しい呼吸の仕方、正しい咀嚼の仕方、正しい嚥下の仕方、そして正しい姿勢についてです。

 

さて本題。

「食の基本」とは、まるで漫画「美味しんぼ」のタイトルみたい(笑)

不食が成立するなら本来人間は食べる必要がない。

でも食べる必要がある人にとってものを食べるとはどういう意味があるのだろうか?

咀嚼って何なの?

 

咀嚼とは異物の自己への同一化の手段。

難しい言い方してますが、そゆことでしょ。

でもほとんどの人はきちんと咀嚼していません。

99%の国民が何回かクチャクチャ噛んで丸呑みしています。

唾液の効用もヘッタクレもあったもんじゃありません。

当然、胃腸に負担をかけるし、そもそも栄養を考えて食事を作っても、ちゃんと吸収しないような食べ方してんだから、食卓の上にたくさんのお皿が並んでいても栄養不足に陥るという皮肉な結果を招きます。

ひと口30回とか50回とか、日本人はやたらと決めごとが好きですが、そんなもん個人差があるのでとにかく食べ物がドロドロになるまで噛むんです。

左右均等に。

 

そうしますと、あなたの食事の量は確実に減ります。

2/3か半分位にはなるでしょう。

それで十分満腹になるのです。

満腹感というのは食べた量で決まるというよりは、どれだけ噛んだか、どれだけ唾液が出たか、つまりきちんと咀嚼したかに左右されるのです。

ですからテレビ東京でやってるような早食いや大食い競争の人たちは噛んでません、飲み込んでいます。

するといくらでもお腹に入るし満腹にならないのです。

 

ダイエットになる?

いえ、その人の適正な量を食べるようになりますし、適正な物を食べるようになり、きちんと栄養が吸収されるようになるので、適正な体型になるというのが本当です。

ですから無駄に太っている人は痩せるだろうし、痩せている人は太るかもしれません。

 

やってみてわかることがあります。

あ、ものを食べるってこういうことなんだ。

感謝と言えば言えなくもない。

ワンネスと言えば言えなくもない。

食べ物をいただくという独特の行為がなんか崇高なものに思えて、決して面倒くさいだとか修行っぽいだとか感じません。

それでもなお、一部の禅宗の中においては食事を調えることと、食事を頂くことが修行の一環になっていることの意味もよくわかるのです。

 

でね、そうすると肉なんて噛んでられないのよ、噛む回数かかるし時間くっちゃうし、疲れちゃう。

一部の葉っぱ類も最後までスジが残って噛み切れません。

そういったものは食べない方が良いのでしょう。

パンなどは噛もうと思っても大して噛めませんし、市販のお菓子などは溶けるのが早いので噛めません。

ということは口の中で溶けやすく”わざと”作ってあるということです(あ~コワ)

 

たくさん食べ物を口の中に入れると当然よく噛めないので、必然的に一箸にのる量が減ります。

いままではトンカツ口に入れて、ご飯放りこんで、味噌汁啜ってたわけです。

無茶苦茶ですわな、はっきり言って。

 

粗食になります。

素食になります。

我々の食べているものの味というのは、食感と調味料(ソース)の総和で決まります。

素材の味など誰も知りません。

生野菜をそのままドレッシングもかけずに食べない限りは素材の味など知りようがないのです。

つまり素材は食感としてだけ認知されているので、豚肉と牛肉や鳥肉との差は味じゃなくて噛んだ感触だけであるということです。

動物は生きた生肉や草をそのまま食べますから、彼らだけが素材の味を知っているわけです。

ですので食感を除いた純粋な舌で味わう味ということになると、かけるソースの差だということ。

 

ただし、よくよく噛んでいくとソースの味は消え、そのうち素材の味がわかるようにはなります。

70回くらい噛んでいけばね。

 

こう考えるといったい、料理って何でしょうね?

いじくり回して結局は素材をグチャグチャにしてるだけじゃないのかしら。

それが成立する理由はね、食というのが心を癒す役割を担わされてしまっているからです。

本当はそうじゃないのに。

いわゆるストレス発散のために美味しいもの食べてホッとしたいっちゅうこってすな。

スイーツと本質的には同じことに堕してしまっている。

 

何度も申し上げますが、きちんと食せばわかること、体感することがあります。

自身の健康のために是非。

2013.6.21

美しい名前

世界最高齢だった日本人男性が亡くなりましたね。

116歳でした。

確かこないだの誕生日にテレビで元気な姿を見たと思ったのに、何故ここまで生きて、何故このタイミングで去るのか、人の命の不思議さを感じます。

 

話は飛びますが、日本の学校って、そもそも外観がひどいと思いませんか?

単なるコンクリートの塊です。

こんなところで心浮き立って勉強しようという気になるわけないじゃん。

その点、外国は違います。

非常にカラフルだしデザインもイカしています。

僕が阪大の教養部にいた頃、ある外国人教師が吹田キャンパスを初めて見た時に「Oh,terrible. It’s concrete jungle 」 と思ったそうです。

当時の吹田キャンパスは確かにひどかった。

工学部がメインだったため、文字通りコンクリートの山々があちこちに点在している状態でした。

今は医学部も移転してきて少々変わってきていますが、外国や日本の新設校でデザインに凝った所と比べるとまだまだでしょうな。

 

病院も然りなのですが、今、新しく建ったり、あるいは改装したりする場合はより患者さんがくつろげるような形でデザインされるようです。

それでも多くの病院においては、とてもじゃないけどここに居た方が心身ともに悪くなる体じゃないでしょうか。

新しいデザインと言っても、ホテルを模したようなものがほとんどで、もっと色遣いにもバリエーションがあって良いと思うんですが。

 

最近、ホームページを見て来院される新患の方が増えていて、「どんな言葉で検索してうちのHPに来られましたか?」と聞くと 「ホ・オポノポノ」だったり 「シャスタ」 だったりで、”奈良市、歯科”などではないわけです。

それでええのか?ワンネス歯科!(笑)

 

6年位前にある女性がうちの子供たちが走り回ってるのを見て、「この子たちは天使界から来てますね。さっきからバラの花を撒きながら走っていて、すごいバラの香りがします」

僕ね、たいていのことは大丈夫なんですけど、この時はさすがに言葉では「へぇ~、そうですか・・」と言いながら、心の中で「大丈夫か?このオバハン」と思ったりしました。

先日、ごく小さなお子さんの診察が終わって、その後その辺走りまわりながらメッセージをくれました。

といっても声が聞こえたわけじゃありません。

次の方の診療をしながら、ある言葉が頭に浮かんで、それが消えないのです。

このことで気づいたこと、それは・・・

 

多くの男の子が携えてくるメッセージは

「お母さん、僕ね、どんなことがあっても、お母さんのことを守ってあげるよ」

 

多くの女の子が携えてくるメッセージは

「お母さん、わたしがついてるから大丈夫よ」

 

どちらも似ているようですが、少しニュアンスが違います。

これはあくまでも子供たちの魂からのメッセージなので、口頭で聞いたからといってそのように答えるわけではありません。

僕が妊娠中の女性を見て、あるいは結婚前の女性を見て、生まれてくる子が男の子なのか、女の子なのかがわかるのは、この女性はどちらのメッセージを引き寄せるだろうか?ということを瞬時に感じとるからでしょう。

 

多くの母親は自分の子供を他の子供と比べたがります。

そしてなんとか標準かそれより少し上の状態において安心したがります。

これすなわち、実は子供のことじゃなく母親自身が「わたしは大丈夫」と安心したいために子供を比べるのです。

子供にとってはたまったもんではありませんが、事実はそうなのです。

で、比べて劣る場合があります。

その場合は、もっと劣る子を探して、その子の親をママ友に引き込むか、あるいは優っている子の親の陰口を言うようになります。

そして、その母親は自分が何をしているのかを全く理解していません。

お気の毒なことです。

 

このように何かと比較の中で子育てをしていきますと、そのうち何が起こるかというと、中学生や高校生になるまでに行き詰ります。

そんなもん行き詰まるに決まっています。

だって何においても誰よりも優れているなんとこはあり得ないのですから。

そうするとどうなるかと言いますと、親子関係が破綻します。

もしかしたら夫婦関係も破綻するかもしれません。

ほなら家族そのものが破たんするかもしれませんです。

 

あるがままの子供を愛せるかどうか、ということなのですが、大なり小なり、そう、今これを読んでいるあなたにおいても、同様のことが起こっていた・・・・・かな?

子供たちのメッセージは、あくまでも今の母親に対してであり、一生守ってあげるとか、ついていてあげるという意味ではありません(でも現実にそうなってる親子もいるにはいる)

親がきちんとそのメッセージを受け取り、自分の中のインナーチャイルドを癒せば、彼らは離れていきます。

親を助ける役目を終え、自立した自分の人生を歩んでいくということです。

もしかしたらね、高校生や大学生になっても自分のやりたいことが見つからないっていう子供は、最初の親に対するお助け役をまだ終えていないのかもしれません。

つまり、親が「うちの子はいつまでたっても云々」ではなくって、そりゃ親であるあなたの未熟さの問題なんだっちゅうこってすな。

 

ゴダイゴの歌で”Beautiful Name” というのをご存知の方も多いでしょう。

サイドメニューに「名前と生年月日に隠された秘密」というのがあり、そこにも書かれているように一人一人の子供たちの名前つまり魂って尊いのよ。

「〇〇って、とっても素敵な名前ね!」 = 「あなたって、とっても素敵な魂ね!」

どの子の名前も素敵なの、でした。

 

 

2013.6.12

居酒屋 ながほり

昨日の夜、テレビの番組表を見ていたら「あっ!中村さん出はる!」

NHKの「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に出演されました。

元々は大阪のミナミの島の内と呼ばれる所にお店を構えておられました。

非常に繁盛していて、大阪の料理人たちが通う居酒屋として有名でした。

僕も実際に辻調理師学校の日本料理の畑先生と一緒になった事があります。

テレビではえらいエエ風に映っていましたが、必要以上に客に愛想しない、ただ「美味しいもんを食べてもらいたい」という思いでやってらっしゃいました。

 

例のJR福知山線の脱線事故で最愛の奥様を亡くされ、しばらくは被害者の会の代表の一人としてJRに話し合いに行ったり、まだ中学生だった一人息子の世話をしたり、とにかく大変そうだったのを覚えています。

一度、店を閉められたのですが、数々の人の再開を望む声、お店で働くお弟子さんの「例え給料が下がっても良いから、もいっぺん大将の下で働きたい」との声、それらに後押しされてもういちど店をオープンされます。

しばらくして店は玉造の方に移転し、移転してからは僕はとんと御無沙汰してました。

だって、人気で予約取れないんですもの。

昨日のテレビで見る限り、店のキャパはほとんど前と変わらない、少しカウンターが広くなったかな程度で、大将の人柄というか、自分の目の届く範囲の大きさの店しかやらないという信念が見て取れます。

 

今では恒例となった高津神社のとんど祭で大阪の人気の飲食店に屋台を出してもらう、その立ち上げにも関わってらして、昨日のテレビを見ながら、「やっぱり人との縁、つながりを大切にしてはってんなぁ・・・・」と感じ入った次第。

このとんど祭、楽しいのは楽しいのですが、今では有名になり過ぎて超長い行列が出来て僕的にはパスです。

奈良の元興寺で行われる”夢まつり”は完ぺきにこれのパクリです。

こっちの方は色んな意味で無理があると思うんだけど・・・・・

 

大将の中村重男さん曰く、「400円の料理も1500円の料理もどっちも手ぇかけな嘘でしょ。安い料理やから手ぇ抜いてて、そんなんあらへん」

ここは魚も野菜の料理も美味しい。

以前はメニューの黒板に”和歌山 加太 天然鯛 美味しい” とか ”淡路 穴子 美味!” とか書いてあって、結局全部美味いんやないかいって突っ込み入れたくなったものです。

大阪の地野菜も使うけれど、美味しい野菜を求めて日本各地の農家にも出向き、直接取引されています。

 

テレビでも言ってましたが、ここはお酒と料理の相性のことをものすごく考えておられます。

こういう店って、案外ないのですよ。

どこどこの地酒あります、てのはその蔵と取引のある酒屋さえ知ってれば誰だってできるのよ。

そのお酒が最高に活きる状態で提供する、そのお酒が最高に活きる肴を提供する、その肴が最高に活きるお酒をみつける。

これでしょ、プロフェッショナルちゅうのは。

 

僕が言うのもおかしいけれど、中村さんは色んな経験を通して人間がずいぶん大きくなったように感じました。

それと、中村さんの下でナンバー2の立板(揚げ場、焼き場)の人の元気そうな姿が見れたのも嬉しかった。

この人の仕事はピカイチです。

頑張ってるなぁ、、、、中村さん。

俺も頑張らんとあかんな、と久しぶりに思える番組でした。

ああ、ながほり 行きたなってきた。

早めに予約しとこっと。

2013.6.11

歯医者と政治

つまらん話です。

なぜ政治がつまらない話になってしまうかというと、政治家がつまらないからです。

命をかけて日本を守ろうとすると、まあ極端な言い方をするとアメリカに殺されます。

汚名を着せられて。

ですのでアメリカの顔色見ながらの政治になるので、そりゃつまらんわな。

 

しかし別の視点においては、シャープの社長交代劇を見ても結局はどの世界でも同じ問題があると考えます。

社長を交代して、もしかしたら一時業績は回復するかもしれません。

シャープが液晶を始めた時、社の誰もが天下を取ったつもりだったでしょう。

栄枯盛衰などという言葉は日本人の誰もが知っているはずなのに、自分のことになるとわからなくなるんですね。

個人商店というものは、少なからずお客様のために、地元の人に喜んでもらい、役に立ちたいと思い営んでいるはずです。

これが大企業になってしまうと、そして今のような誤った株式運用の元に立ってしまうと、存続そのものが第一義におかれます、発展=拡大路線です。

企業の在り方というものを誰もわかっていないと思います。

トヨタの社長であっても然りです。

大きくなりすぎると、他人のためにという概念は消失し、自らの存続そのものが大切になってしまいます。

英才教育というものは須く、他と自己との調和というものが根底にないといけないのに、そういう教育はなされないのでしょう。

 

この話は2週間も前に書きかけてほったらかしてたやつの続きを書いているので話が少し古いかな、と思っていたら一昨日のAKB48の総選挙ですわ。

フジテレビが土曜の夜に4時間の生中継って、頭ん中、虫湧いてんちゃうか!

マスコミの中に深く入り込んでいるアジア某国のスパイ達は、普通なら朝日系列にいると思われますが、案外それだけじゃないのかもしれません。

右傾していると言われるフジ産経グループにいれば、そりゃ誰も疑わんでしょうし。

昨年、三笠宮寛仁さまが亡くなられた日の次の朝刊で、AKBの総選挙を大々的に報じて以来、僕はサンケイスポーツを買わなくなりました。

喫茶店でそれしか置いてなければ読むこともあります。

まあ、なんにせよ、日本国民はどこまでアホになるんだろうと本気で心配しますね。

 

石井みどり先生という方がいらっしゃって、この方は広島市内で小児歯科を開業されていたのですが、故あって日本歯科医師会代表として参議院議員をされています。

次の選挙に向けて歯科医師会会員一丸となって石井先生を応援しようと、支援者名簿を提出しろとうるさいのです。

僕は広島にいる時、みどり小児歯科で嫁の同級生が衛生士として働いていた関係で、一度遊びに伺ったことがあります。

石井先生自身に何のアレも無いのですが、いや、むしろ非常に頑張っておられると認識していますが、ただ、この方は僕より年寄り連中が勝手に選んだ人であって、それを押しつけられてもなぁと思うのです。

もし、歯科界の現状や将来が憂うべくものであるならば、それは間違いなく先輩諸氏の責任なのであって、その先輩方が相も変わらず自分たちは居座ったままで「この先生を応援しろ。どうして協力しないのか?」というのは、おまえらの脳味噌はどうなってるのか拝見したいと思うのです。

必要なのは執行部の若返りであり、先輩方こそがその若い人たちに協力すべきなのであると言いたい。

僕たち50代はその間を取り持つ役かな。

え?

おまえなんかに仲介役は無理って?

そりゃ、ごもっともなことです(笑)

 

大阪大学歯学部同窓会も今春、会長が変わりました。

30年位前の同窓会の執行部は一部の先生方の仲良しクラブ化してしまって評判があまり芳しくなくなってきた。

そこで当時やや若手の何の派閥にも属していない先生が会長になり、周囲を良識あるスタッフで固めていった。

その時の副会長が次の会長になり、そして今、同様にして僕よりは数歳年上の新会長が誕生しました。

いくらね、悪しき風習を打ち破ったとはいえ、自分の下の者を次の会長に、てなことを何度もやってたら結局同じだっつうの。

だから、阪大生はアホやっちゅうねん。

 

僕も51歳です。

昔ならもう普通に会長やっていても良い年齢です。

あ、僕がなりたいというわけじゃないですよ。

でも、僕より10も20も上の先生方が幅を効かせている世界です。

しかし、僕も51です。

いくらなんでも、年上の先生方に僕が賛同しかねることを強制されるいわれはありません。

僕は他人に命令されるのが大嫌いな上に、阿呆はもっと大嫌いですから。

 

話変わって、最近僕はものすごいことを発見しました。

心臓や脳の血管障害の原因、顎関節症の原因、ていうか、いろんな病気の原因となり得ることで、人間の営みの中の非常に基本的なこと。

それに誤りがあると問題を起こす。

ほとんどすべての人が間違って生活している。

さあ、それをどうやって伝えていこうか。

このHPを訪れるごく限られた人だけを対象にして良いってもんじゃない。

 

そうなったのは戦後の食糧不足からの脱却、誤った育児方法、栄養指導にあります。

粗食で一汁一菜というのがいかに理に適っているかということなのですが。

しかし現代人はストレスを食事やスイーツで解消しているところがあるので、単に粗食にすれば良いというものではありません。

今の仕事、今の家庭生活、普段の日常に喜びを感じられるかということが大事なので、そうじゃないのに健康のために粗食なんてかえってストレスためちゃいます。

結局は、スピリチュアルになってくるのね。

最近思うんですが、やはり本当に大切なことは、きちんと”生きる”ということを全うするということです。

ストレスがあるから〇〇をするというのは本末転倒。

きちんと生きるためにはこの身体と心を大切に扱う必要があるのは当然のこと。

目の前の刺激や誘惑に負けて人間らしくあることをやめるのか、そうでないのか。

 

あ、それと最近分かったことですが、サイドメニューの「ココロとカラダ」の中の「痛みについて~苦しみの正体~」ていうのが、そこをクリックしてもリンクエラーになっていて記事を見ることが出来なかったようです。

左上の最新記事からは見れたのかな?

修正しましたので、見たことないという人は良ければどうぞ。

2013.6.10

ちょっとした気づき~仕事バージョン~

不定期更新のブログをチェックされている皆さま、ご苦労様です。

今日、ちょっと嬉しかったことがあります。

僕は今、オリーブ色した日産セレナに乗っておりますが、借りている駐車場に停めて帰ろうとしていると、近くの工事現場で保安係(トラックとかの誘導をする人)をしている男の人に「きれいな色した車ですね。以前にも一度お見かけしたことがあるんですけど・・・・」と声を掛けられました。

「ありがとうございます」とお礼を言って、まったく見ず知らずであり、その丁重な物言いと現場の服とに違和感を感じながらも、すごく良い気分になりました。

普通、ないよね、こんなこと。

ちなみに、ここの駐車場の犬は知らないうちに僕を見ても吠えなくなりました。

それともうひとつ。

自然歯科を標榜されている某歯科医院のHPで、当方の書いたある記事がリンクされているのを発見したのも嬉しかったです。

 

たとえばある人が、お腹の調子が悪いと感じて病院に行き胃癌と診断されたとしましょう。

この場合、通常、現状がステージのⅠ~Ⅳのどれなのか、そしてどのような治療法が考えられ、それらのメリット・デメリット、5年生存率などが”インフォームド・コンセント”として告げられるでしょう。

そして問われることは「どれを選択なさいますか?」

 

僕、思うんですけどね、もちろん上の事項は医師として当然伝えるべきことですが、その上で、こういうのはどうですか?

「以上、述べたとおりですが、それを聞いてあなたは自分の癌を、あるいは癌になっている今、これからの人生を、どのように体験していきたいとお考えですか?」

 

ずいぶんと意味合いが違いますよね。

 

歯科医は普段、虫歯だの歯周病だの診断しています。

そして説明の上、治療にかかります。

しかし、初めて訪れた人にとっては、その診断は晴天の霹靂かもしれない。

診断して、一応同意をもらって、すぐに治療にかかるというのは果たしてどうなんだろう?

「あなたは今、重症の虫歯(歯周病)であると僕に告げられました。それらの治療法などは先ほど説明した通りです。ですがね、あなたはそれをもって自分はどうしたいと思われますか?どのようにそれらを体験したいですか?そのお手伝いをいたします」

 

人によれば、「はぁ?何言ってんだ、この歯医者」と思うかもしれませんが、でもこれってちょっといい感じじゃね? と思うのね、僕。

今年の仕事のテーマは「相手の望むものを与える」でしたが、その”望む”の意味合いが違って、決して治療そのもののことを言ってるわけじゃないのです。

さて、いかがなもんでしょ。

2013.6.6

トラウマ返し

生協のチラシを見ていたら、このタイトルの本が紹介されていました。

トラウマ返し

思わず「トラウマ返し、って・・・」と吹き出したのですが、図書館で借りてきて読んでみると非常におもしろい。

まあ、僕が本やこのHPのあちこちで書いていることなのですが、そのことだけを書いている本というのがスゴイ。

子供を持つ親必見の本と言ってもいいかも。

子供が小さな時に受けた心の傷を子供はいつか何らかの形で親に返しに来る。

その時になって親がうろたえない様に、心の準備をしておきましょう、という主旨です。

親は子供を傷つけたなんて思っていないし、子供が傷ついた出来事のことなんて忘れ去っています。

子供にあの時こうだったと言われても思い出せません。

そして、ほとんどの場合、大人にとっては何でそんなことで?というような些細なことだったりするのです。

かく言う僕も本を読みながら、色々と思いなおすことがありました。

 

当院の蔵書に入れようとアマゾンで注文したのですが、関連書籍を見ているとタイトルだけで笑える物が結構あります。

・毒になる親 一生苦しむ子供

・不幸にする親 人生を奪われる子供

・お母さん、「あなたのために」と言わないで

・母がしんどい

 

「トラウマ返し」の読者コメント欄を見ても様々な意見が書かれているのですが、そもそも子育ての本質を理解していないのに、あ~でもない、こ~でもないという評価をする方がおかしい。

あ、どうでもいいことですが、土曜日に”寿司処しん”のあとにタコ焼きバーに行ったのを忘れてました。

正しくは  寿司→タコ焼き→鰻→カラオケ でした。

謹んで訂正いたします(笑)

2013.6.3

Handsome Woman ”ハンサム”ウーマン

昨夜は同級生に誘われて天満へ。

超人気店となった「寿司処しん」が、なんと水曜日の電話で7時から予約取れました。

奇跡と申せましょう。

その後、寿司屋の後やのに何でか知らんけど、鰻の天五屋へ。

寿司屋の後やのに、ここでも刺身と鰻丼喰いました。

本当は2階にあるバーに行く予定だったのに、鰻です。

どんな予定じゃ(笑)

で、梅田のスナックでカラオケ唄いまくりの助なんですが、その店にトミーズの健ちゃんが来てました。

非常に良い人です。

英語の歌を唄うのですが、明らかにフリ仮名のカタカナ見て歌っています。

あのカタカナ隠したらきっとよう唄わんと思います(笑)

天満のアパホテルへご帰還。

ちゃんとベッドの上で寝ましたよ。

ベッドの中じゃありません。

ベッドの上です。

こういう場合、ベッドと壁との隙間に身の回りの色んな物が散乱しているので、チェックアウトの際は注意が必要です。

 

で、本日。

安田記念は、そう来たか、でハズレ。

僕、3連単オッズ100万円のに3千円賭けてました。

当たったら3千万です。

世の中そんなに甘くありませんわ。

 

と、そんなことはどうでもよくって、本日のハンサムウーマンは奈良が誇る、いえいえ、日本の誇りである女性映画監督の河瀬直美さんであります。

わざわざ女性ってつけなくてもいい気もするけど。

彼女が先日のカンヌ映画祭の審査員務めてたって、皆さん知ってはりました?

僕はすご~いって思いました。

だって、あのスピルバーグやニコール・キッドマンらと一緒に10日間同じ映画を見て、話をして審査をするんですよ。

欧米ですからホッペにチュの挨拶をいつもしていたわけです。

う~ん、羨ましくもあり、そうでもなし。

 

今回の審査員をセレクトした方は次のように語りました。

「ナオミ、僕は君を映画監督として審査員に招いたわけじゃないんだ。一人の人間ナオミとして来て欲しいんだ」

これって、ドえりゃあすごいことですよね。

 

本日午後1時から奈良100年会館にて歯科医師会主催で「なら 歯と口腔の健康づくり条例制定に伴う記念シンポジウム」が開かれ、そのゲストスピーカーとして彼女が招かれたわけです。

テーマは「食べること 生きること」

彼女の映画撮影現場はかなりシビアだそうでして、役者もスタッフも皆が煮詰まった状態になる。

そんな時に、美味しい食事を皆でとって一度リセットし、また撮影に臨むんですね。

彼女の映画のケータリングを担当していた男性(かなりエエ男)が、一時期うちの近くでカレー屋さんやっていて美味しかったんですが、やめちゃいました。

この人映画にも出演してたけど。

通常はプロのケータリングを頼むとお金がかかるので、撮影場所の地元のおばちゃんたちを巻きこむんだそうです。

温かいものは温かい状態で、揚げ物は揚げたてを、という河瀬さんの信念の元、役者・スタッフ一同彼女の映画作りの中で何が心に残っているか?と聞かれたら、それはあの時のおにぎりが美味しかった、みたいな・・・・・

 

そんな彼女が2週間ぶりに奈良に帰って来て何をするかというと、借りている農園で作っているえんどう豆の収穫。

河瀬さんとうちの嫁さんは、小学校のママ友なので、彼女が多忙にもかかわらず身の回りのことをきちんとして生活している人だというのは知っていました。

本日、日曜日の夜11時から京都FM、αステーションでDJもやっており、映画作りや何やかやで超多忙のはずなのに、PTAの役員もしたりして、で、衣食住もきちんと考えている。

まぎれもなく ハンサム・ウーマンです。

スピルバーグやキッドマンと今やメールのやり取りをするこの人と、嫁が知り合いというのが何とも自慢。

あ、これ言ってなかった、ていうか書いてへんかったんですが、先日 元・西本願寺総長の僕の叔父が亡くなったので仮通夜と本葬に行きました。

その仮通夜に つんく♂夫妻が来ていました。

叔父の息子つまり僕のいとこと親友なので忙しい中わざわざ来てくれたようです。

彼はいとこの披露宴でもビデオレターを送ってくれて、でも、悲しみ事には自ら駆けつけるという、きちんとした男でした。

本願寺の現総長も本葬に来られていまして、その翌日位にかえる庵さんで産経新聞見ていたら、「あっ!この人や」

インタビュー記事が出ておりました。

 

仕事では自慢できないので(自信がないのじゃないよ)、たまにはこういう風に自慢させてね。

完全に他人のふんどしやけど(笑)

 

河瀬さんの講演の話に戻ります。

お母様が亡くなられる前、認知症になっていたみたいで、食べるというのは本能だと思うのに、それになると食べる行為すら忘れてしまうということに衝撃を受けたと話されました。

口に食べ物入れても顎を動かすということを忘れてしまう、舌を使うということを忘れてしまう、そして誤嚥して肺炎で亡くなってしまうこともある。

そうなんですね。

 

先ほどの撮影現場での食事の例のように、食べるということは人にとってすごく大切。

美味しいものを追及するのもいい、安心・安全に超こだわるのもまぁいい。

でも、本当に、もっともっと、これだけは大切っていうのは、家族が笑顔で楽しく食事すること。

それを強調しておられました。

 

かつてお母さんがこの時期になると必ず作ってくれた、えんどう豆の炊いたん、それに豆ご飯。

その時は何も考えず食べていたけど、自分が母親になって今、気がついたら同じことを子供にしている。

 

2週間留守にしていても、えんどうは勝手に育ってくれている。

勝手に、じゃないか。

地球が、大地が育んでくれている。

だから、つないでいかなくちゃ。

自分たちの文化を連綿と。

そしてそれを支えてくれているこの地球(ほし)を。

生きて 逝く。

生命は見えない形でつながっていくのだ。

そして、縦だけじゃなく横にもつながっていたい。

震災の時の世界からの励ましのように。

 

そのために河瀬監督は、奈良国際映画祭というのを運営されています。

彼女曰く

河瀬という個人の映画祭じゃないのです。

この奈良という伝統ある土地で、日本中、世界中から人に集まってもらって、つながってもらいたいという願いで行っている映画祭です。

 

ということで、皆さんも 奈良へ来てね。

JR、近鉄の奈良駅からしばらく歩いたら世界遺産にめぐり合える。

確かにそんなとこ無いかもしんない。

今度は僕も映画祭に行こう。

次回開催は2014年。

興福寺の五十二段のレッドカーペット(下)でお会いしましょう。

カーペットの上歩いたら即、ツマミ出されるわね(笑)

2013.6.2

優駿

え~、特に書くこともないのですが、もう10日も更新していないのでとりあえず何か書いておきます。

最近ではブログを書きかけて途中で完成させずに放っておくこともしばしば。

 

昨日届いた「いやしの村だより6月号」の表紙を見た時に、そこに書かれているいくつかの言葉で心の中は違和感満載。

スピリチュアルなことを言葉で伝えようとか説明しようとか、あるいは本を読んだり、セミナーを受けたり、ブログ検索したりで”知ろうと”するような行為全般が、僕の中では「はあ?」って感じです。

お話会と称して遠くまで行ったり、個人セッションをしたりしたのが本当にあったことなのかどうかもわからなくなってきました。

結局ね、そういうところで話しすることって、それで不安を取り除くためにするわけです。

少し前にも書きましたが、人は理由を知らないと不安になるから。

ああ、ここまで書いてきて、もう嫌になってきた・・・・

 

どのような高次元からのメッセージを伝えている(とされる)人であっても、それが本当かどうかなどわかりっこない、少なくとも僕たちの次元ではね。

わかったつもりになるのは、それで不安が緩和されるから、その言葉を自分を和らげるために利用しようとするため。

この世界に理由などなく、ただ願望だけがあるのであれば、理由探しは無意味です。

それよりは、何も考えずにただ感じるままに行動すれば良いだけの話ではないでしょうか。

不安を言葉で解消しようとする人は、必ず次の不安を抱き次の言葉を探します。

これが延々と続きます。

 

思考というのは、物事を創造するための手段に過ぎません。

あくまでも物質化する際の手段なのです。

理由を探して安心するためのものでは決してない。

ああ、2回目の嫌んなっちゃった波が来たぁ・・・・

 

だから最近では僕の書いた本ですら、もうあんなのイイや、みたいに感じています。

不思議なことに、いやしの村だよりをめくって、最初のケビンのエッセーにバガヴァンの言葉が引用されており

「この世に理解できるものなどありません」

「いかに崇高な物であっても、プログラミングはすべて牢獄です」

と書かれていました。

アホだと思っているバガヴァンもたまにはエエこと言うね(笑)

ここで言うプログラミングとは、マインド(既成概念というエネルギー、不安もそのうちのひとつとも言える)により、がんじがらめにされている状態を示します。

 

僕はいま、病気の大元の原因というものに頭がのめり込んでいます。

ほぼ概略がわかってきました。

そしてそれは歯科領域にあります。

このようにスピリチュアルにハマった後は、現実世界、僕は歯科医ですからその世界に集中するようになりました。

ここでも思考は駆使しますが、ほとんどの場合インスピレーションというものがキッカケになっており、睡眠時の半覚醒状態の時に受け取ることが多いのです。

 

世間では株価の乱高下に一喜一憂しているようですが、株というものの本来の姿を忘れて、得も損もあったもんじゃありません。

あれは、起業者の事業がそこそこ軌道にのり、事業の拡大をしたいと思う時に応援してくれる人を募集する。

応援側は、事業の業績およびその姿勢などを評価し、これからの予測を立てOKとなれば、株を持つということで支えるというものです。

そして事業者側はその見返りとして持ち株数に応じた配当金を支払う。

元来はこういったものなのであって、決して金儲けのために存在するシステムではないのです。

頻繁に売り買いするような性質のものじゃないのね。

言っておきますが、今、得をしている人はさっさと売り抜いた方が身のためだと思いますよ。

オプションは必ずそのシステムを作ったものが儲かるようになっています。

JRAに勝てないように胴元には勝てないのよ、基本的には。

たまに万馬券をとって喜ぶくらいが関の山なんです。

 

実体経済が伴っていないのに、日経平均が上がるとか、円安になるとか、おかしいでしょ。

ドル建ての輸出関連企業はいいかもしれませんが、輸入業者は困るわけです。

そろそろお金というものの活用の仕方を真剣に考えたら如何なものですかね。

今の経済は、お金儲けのために動いていますから。

お金は潤滑油でしかないのに。

 

さて、たまにしか書かないので長くなりましたが、競馬ファンの皆さま、お待たせしました。

一昨日の競馬の祭典、日本ダービーは3着馬を4枠7番に固定していたためアウト。

約1時間前に行われた京都10Rナリタブライアンカップに、なぜダートが初めてのペルシャザールが出走し3着に来たのか。

事前に察知はしていましたが、もう少し重きをおいて考えておれば、2枠3番が3着なのは鉄板だったのに・・・・

第80回を迎える今回はJRAは特別なレースと捉えていたようでして、そういう場合必ずと言っていいほど1枠1番が勝ちます。

先週の優駿牝馬(オークス)では弟の武幸四郎がいつぶりのG1勝ち?ていうくらい久々に勝利しまして、今週の東京優駿(ダービー)ではこれもまたいつぶり?というくらい低迷していた兄の武豊が勝ちました。

こんなの偶然じゃないからね。

 

で、次の安田記念ですが、登録馬を見ていると結構な顔ぶれですね。

まずは昨秋のマイルチャンピオンシップ優勝馬、サダムパテックがひとつの鍵です。

そしてスプリンターズステークス・高松宮記念と連覇したロードカナロアが出走して来るのか否か、出走するのであればどのゲートに入るのかが問題となります。

もちろん前日の鳴尾記念の結果も影響しますし、外国馬2頭は要注意でございます。

 

最近結構、歯ぎしりとマウスピースのことを検索してこられる方がおられるので、近々書きますよ。

はっきりいって、歯ぎしりを”治す”つまり歯ぎしりをしなくなるマウスピースというものは、僕の知る限り僕の作るもの以外には聞いたことがないです。

僕の作るマウスピースという言い方をしましたが、歯医者なら誰でも作れるし、別にマウスピースがなくっても大丈夫です。

たったひとつのことを実践するだけで、それも非常に簡単なことなのですが、何十年来の癖がからんでいるので、短期間で簡単に治るとは申せません。

診療所内に飾られている絵 あおはに

写真は、先日から診療所内に飾られている絵。

奈良の社会福祉法人・青歯仁(あおはに)会からリースしてもらっている、障害者が書いた絵です。

変な欲望も考えもありません。

ただ、書きたいように書いているだけです。

このように生きたいものです。

癒されるわぁ・・・・

 

2013.5.28

ワンネス歯科発緊急電 ~今一度、子宮頸部癌ワクチンの話~

女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが予防的乳房切除を行ったニュースは衝撃でした。

将来的に乳癌になりやすいDNAの変異が見つかったからという理由らしいです。

彼女曰く、「これで子供たちにお母さんは乳癌にならなくて長生きできると話せて安心させることができるわ」

次には子宮の摘出を考えているそうです。

僕的には、はっきり申してドアホです。

あり得ないくらいの大バカ野郎です。

自分の娘なら殴ってますね。

言いたくないけど、こういうことをしていると、つまりは恐怖心で動いていると、きっと将来、彼女は望まなかった結果を招くことになるのは目に見えているんですけど、その頃にはこのブログの内容は皆さんの頭から消えているでしょう。

他人事なので、かまやしませんけどね。

僕は最近、いわゆるワンネスという言葉をその意味ではあまり使いませんが、アホは救いようがないというのが本音です。

坂田利夫さん言うところの、「蚊取り線香粉にして、うどんに振りかけ食ってみな!」です。

僕以上の年齢の関西人以外はわからないかもしれません。

アンジェリーナ・ジョリーがうどん喰うかもわからんし。

 

で、先ほどテレ朝の報道ステーションを見ていたら件のニュースがやっていました。

子宮頸部癌ワクチンを打った少女たちの中で、決して無視できない数の重篤な副作用が認められたそうです。

重篤でないのを入れるともっと増えるでしょう。

もちろん摂取した総数から言えば数%かもしれません。

でもね、数%の重篤な副作用と言ったら、はっきり言って世に出してはダメな性質のものです。

厚労省お抱えの学者の言うことは決まっています。

まだ、このワクチンがダメだというだけのデータ、根拠が揃っていないので中止するわけにはいかない。

製造販売元は、副作用の出た方の一刻も早い回復を祈りますが、このワクチンの有効性をこれからも訴え続けたい。

この人たち、皆さん確信犯ですからね。

TVのCMでこのワクチンを是非受けてくださいと言っていた女優さん(タレントだったっけ?)は、どう責任取るのかな?

 

僕はあれだけ言ってたのに、まあ超マイナーブログですから残念なことです。

被害に遭った少女たちは本当に可哀想だと思います。

でもこの被害は偶然じゃなくて必然だし、あんなのワクチンの副作用じゃなくて主作用の内の一つなんだけど。

ただ、製薬会社はワクチン接種からこう早く症状が出られると、明らかに関連性を疑われて内心舌打ちしているでしょうけどね。

本当は、あと10年以上経って関連性が明確でなくなった時に、”不妊” という症状として現れて欲しかったんです。

 

振り込め詐欺などにしてもそうなのですが、残念ながら騙される方の心のスキはないと言ったら嘘になるでしょう。

騙す方は確信犯ですから、良いも悪いもない。

騙される方が悪いとまでは言いませんが、はっきり言ってね、成人した子供の巻きこまれたトラブルが本当だとしても、身から出た錆ならばそれは子供の責任で何とかするべきものです。

それを親や祖父母が庇おうとする姿勢が海女ちゃん。

 

ワクチン接種にしても、サイドメニューでも書いているように、普通に考えて10歳過ぎたくらいの少女に子宮頸部癌ワクチンを摂取させるということに違和感を感じない親がバカです。

申し訳ないけど、本当にそうだと思う。

厚労省は基本的に利権で動かされているのです。

特に外資系の製薬会社のね。

そんなこと知らなかったでは済まされない。

そこに違和感を感じないような生き方をしてきたのなら、親が自らの不足を自覚するべきものなのであって、被害者の会結成とかは、そりゃまあ当然あってしかるべきでしょうが、少し筋が違うとも思うのです。

 

じゃあね、よく言われるようにピロリ菌が胃癌の大きな原因なのなら、小学生にピロリ菌の除菌をしますか?

そのうちさ、子供の時に遺伝子検査をして、ちょっとでも癌になり易い変異が見つかったら、女は乳房・卵巣・子宮を取って、男は陰茎・前立腺を取るの?

人類、滅びるよ、別の意味で。

 

何度も言いますがね、有色人種に対するワクチン接種は、人口削減計画の一端なのですよ。

どうして鳥インフルエンザは東南アジアに限られるのでしょう?

厚労省の役人もある程度偉いさんになると知ってるの。

自分の生活保障や出世と引き換えに魂売るのよね、あの受験戦争を勝ち上がってきた有名塾や進学校の優秀だったはずの子供たちは。

 

それでも癌が怖ければ、副作用のリスクと引き換えにどうぞおやりなさい。

それにしても、許せないのは御用学者と呼ばれる人たちよ。

一応ワンネス的に言っておきますと、こういう事態を見ても怒りや憎しみに駆られてはいけません。

単に自衛すれば良いだけです。

そのとき一番頼りになるのは、当方も含めてネットの情報ではなくて、あなたの内から来る情報であり感覚なのですよ。

そこだけは嘘つかないのに、嘘をつくあなたの脳味噌(外部情報を基にした考え)の方を信じちゃうんだよなあ、困ったことに。

 

最後にひとこと言っておきますと、現状ではワクチンはありかもしれません。

現状というのは女性の置かれている社会的立場を鑑みれば、ということです。

但し、意図的に混入されている悪意のある成分を除けばという前提において、であります。

今のワクチンに入っている成分をすべて正直に表示すれば、さすがに医者も絶対に患者に打てないと思いますけどね。

少なくとも自分の娘には打たんでしょうなぁ。

2013.5.16

よい医者・歯医者の見つけ方

おおっ!

ようやくそれらしい話なのねっ(笑)

 

結論を先に申し上げますと、わたくし常々申し上げていますように、治療が上手くいくかどうかは医者と患者との信頼関係によるところが非常に大きい。

ですから、そういう医者を探せば良いのです、あなたが信頼できると”感じる”医者をね。

ところが、多くの人は良い”治療法”を探そうとなさいます。

それも間違ってるとはいえませんが、核心ではない、ということです。

 

うちにも時折、セカンドオピニオンを求めに来られる方がいらっしゃいます。

色々と迷っておられるのが手に取るようにわかります。

で、僕は思うのです。

「この人はいったい、何を求めているのだろう?」 と。

僕くらいになりますと、当然ながら相手の迷いの奥にあるものが何か?ということがそれなりに見えています。

その中で、相手が彷徨っているのを(正直言って面倒くさい思いもありますが)観察しておるのです。

こういう場合、ほぼ100%当院で治療をお願い、とはなりません。

僕は前医の意見と違うことを言うことが多いですが、そこに優劣をつけるような言い方は絶対にしません。

 

例えばこんなことがありました。

中等度から一部重症の歯周病の患者さんですが、前の先生には「この歯とこの歯は抜歯しなくてはいけない。あとは入れ歯かインプラント」と言われたそうです。

僕は「抜かんでも助かるでしょ、これだったら」

「でも抜歯って言われました」

「それはその先生のお考えで、僕は助けようと思えば助けられると思いますがね。もちろん簡単ではないですよ」

「でも・・・・」

その後泥沼のような説明の時間が始まります。

いったい、この方は何を求めているのでしょう?

どういう風に言えば満足されるのでしょう?

 

あと、よく遭遇するパターンとして、治療するとするなら抜歯しかないという歯に対してその旨を告げると、「抜いた後はどうなりますか?」

抜歯を逡巡するのはわかります。

その後の治療法を知りたいのもよくわかります。

その際の治療費もね。

しかし往々にして、いくら説明しても治療法と治療費にこだわり抜歯に至らないことがあります。

迷うのであれば診療台の上でなく、自宅でやって欲しいものです。

後の治療法がどうなろうが、保険だろうが自費だろうが、そんなことは今関係なくて、とにかくこの歯はもうダメで放っておくと炎症が拡がってロクなことにならない、早く抜いた方が身体のためなので、まずは抜歯するのか、すべて了解のうえ放置するのか決めてください、というところです。

 

こういった場合、迷っている本当の理由が潜んでいるのですが、本人はそれに気づきません。

例えば、抜いてインプラントが良いと自分も思うけど、主人に相談したら私ばかりが医療費にお金をかけてると言われて嫌な思いをするし、なんてね。

患者さんが僕たちの前で見せる姿の奥には、明らかに家庭の問題、そしてその中における自分自身の心の問題が存在します。

喉まで出かかっていても言えないことがほとんど(まれにぶっちゃけて言うことあるけど)

 

皆さん、歯医者の本音が聞けておもしろいですか?

それとも体裁の良い、優しい感じの先生のブログが良いですか?

僕自身はHPで自院の説明をするのは当然だけど、そこで他院との差別化を図るような文言を入れるような輩はカスだと思っています。

 

以前にも書いたと思いますが、故阿佐田哲也氏が自身のエッセーの中で次のようなことを書いておられました。

”わたしは、出来ることならヤブ医者の手にかかって死にたいと思う。

ベッドで寝ているわたしの横で、わたしの病気が何なのかもわからず、従ってどうして良いかもわからず、脂汗をにじませている。

そんな医者に診られて死にたいと、本当にそう思うのだ”

 

僕も、そう思います。

神の手をもつ外科医に手術してもらって生きながらえるのも良いけれど、ヤブな内科医の元で手遅れになって死ぬのも悪くないと個人的には思っています。

普通はそうは考えないでしょうけどね。

でも、あと最低100年生きたら医療も変わりまくりでしょうけど。

100年後にもいるヤブ医者って、ちょっと素敵じゃない(笑)

 

当院にはCTもマイクロスコープもないけれど、ドックセメントを用いた削らない虫歯治療もやってるし、骨をほとんど削らないインプラントをしていますし、MTコネクター等のバネがなくてよく噛める部分義歯もできますし、何よりインプラントが嫌な方に対してそれに対抗しうるだけの精度の義歯を提供するよう努力しています。

そして、院内には殺菌水が流れ、通常自費治療になることが多い機能水を使った歯周病治療も特別な費用なしでしており、ヒーリングミュージックが流れる中、僕の出す脳波のせいで多くの患者さんが居眠りなさいます。

それが差別化でしょうか?

僕は単に特徴だと捉えています。

そして僕はこういう真っ正直な人間でして、表裏はないけれど、真面目と不真面目は同居しています(あくまでも私生活の話で仕事上ではない)

その上でわたしは言いたい。

 

医者・歯医者が良いか悪いかではない。

その技術や知識ですらない。

あなたにとって、どう映るか、あなたの心がどう動くかなのだ。

それがあなたの身体に治癒をもたらす。

 

ならまちワンネス歯科の紹介のところにも書いてあります。

 

”当院が他院より優るわけでも劣るわけでもありません。

もし御縁がございましたらどうぞワンネス歯科の扉を開けてみてください”

 

2013.5.14

マクラの話~頸椎と噛み合わせ~

今朝、銀行に行った帰り道、小西通りを歩いていたら、小さな男の子が空を指差して何か言っています。

そばにいたお母さんは「はい、行こうね」と上を見るふうでもなく手を引いて連れて行ってしまいました。

もしかしたら、彼には大人に見えない何かが見えていたのかもしれません。

 

今年、JRAのブランドCMというのがあり、タイトルは 「エマズウィッシュ」

エマズウィッシュと名付けられた牝馬の成長の物語です。

”エマ” とは19世紀半ばのハワイの女王の名前だそうですが、日本でエマと言えば絵馬に決まっています。

つまりこれは、絵馬に書かれた願い事というシャレなのです。

こういうことをしてくるのです、JRAは。

そして、かなり競馬のことを書いた昨日の記事の内容は何でしたか?

・・・・・そういうことです。

もしかしたら、僕、フリーメーソンかしら(笑)

 

これが本日のマクラでございます。

で、マクラの話というのは枕の話で、落語じゃございません。

奈良に住んでいると外国人観光客をよく見ます。

いつも思うのは、外人には姿勢の悪い人が少ない。

少なくとも日本へ旅行に来るような人の中には、猫背の人などいません。

でも片や日本人は、姿勢の悪い人が本当に多いです。

僕は日本人と外人は同じ人間でも似て非なるもの、もっと言うと違う生物だと思っているのですが、それにしてもおかしい。

外人は背筋が発達しているからだろうか?

日本には正座という文化があり、背筋がピンとしているはずなのに。

よく子供の頃注意されませんでしたか? 「背筋伸ばしなさい!」 って。

1m物差しなんか背中に突っこまれたりなんかしてね。

 

噛み合わせに真剣に取り組んでいると、どうしたって姿勢の問題に行きつく。

下顎の位置を正しくして、噛み合わせを治療すれば姿勢も良くなる・・・・・

でもね、本当にそうでしょうか?

姿勢を治してから噛み合わせや顎の位置を修正する方が、歯科的な治療介入の度合いが少なくなって良いんじゃないの?

噛み合わせを修正すれば姿勢が影響を受けるのはその通りなのですが、治療とすればやる順番が違う気がする。

 

色々考えた結果、どうやら枕が怪しいぞ、となったわけです。

旅館においてあるような昔ながらの枕であれば、完璧に頸椎を歪め頭を前に押し出してしまいます。

寝相は様々でしょうが、一応最初は仰向けで寝ることが多いでしょうから。

今、僕の中での一番のトピックが寝相なのでして、寝る時の姿勢というものがいかに我々の身体に影響しているか、おそらく一般の方は想像もつかないと思います。

この件に関しては近々まとめるつもりですが、歯科のトラブルもほとんどが就寝時のものであると考えています。

 

今はたくさんの種類の枕が売られています。

自分の頸椎の湾曲に合わせたものとかもオーダー可能です。

しかし、すでに歪んでいるものに合わせてどうしようってんでしょう?

確かに今の状態に合わせているわけですから寝やすくはあるでしょうが、身体に良いとは言えないんじゃないでしょうか。

歪みが歪みのまま残るというだけの話です。

高枕じゃないと寝られない人というのは、そういう歪み方をしているわけであって、だから自分に合わせた高枕が良いということではない。

例えテンピュールであろうが、頸椎を前に押し出すことに変わりありません。

ではどんな枕が良いのかというと、外国映画で見るようなフカフカ枕、頭を置いた時に包み込むようにしながらも特定の方向に押し出すことなく、頭を横に動かそうとした際には、優しく支えるというもの。

これじゃないかしら。

 

ちなみに布団は姿勢のことだけ考えるのなら、昔からせんべい布団が一番とされていて、今だったら”すのこベッド”かな。

 

そもそも日本における枕というものは、いにしえの髪型の人たちが、寝る時に型崩れしないようにという意味合いが強いものをずっと引っ張ってきた。

頭が前方に押し出されると、身体はバランスをとるために腰(腹)を前に突きだします。

そうしないと倒れちゃうんです。

その結果、猫背になるというわけ。

 

あるいは、仰向け寝じゃない人、左右どちらかを向いて寝たり、うつ伏せ寝を固い枕を伴ってやってしまうと、別の方向へ身体を捻じ曲げてしまいます。

某超有名高齢内科医がうつ伏せ寝を推奨しておられますが、愚の骨頂ですので耳を貸さないように願います。

これらの歪みは、噛み合わせにも絶大な悪影響を与えます。

であれば、特殊なマウスピース使ったり、噛み合わせを治療して全身の歪みを治しましょうも良いんだけど、もっともっと生活指導に時間をかけたら如何なものか。

いや、医科・歯科問わず、生活指導のない医療などあり得ないのだ。

 

どうですか?

僕、格好良かったですかぁ?(先日、タイトルを防衛した井岡選手のマネ)

ちょっとは歯医者らしかったかな。

ダメ押ししておきますが、一般的な病気のほとんどは寝ている間の問題が大きいということを忘れないで頂きたい次第です。

2013.5.13

レゾンデートル ~あなたの存在理由~

本日は快晴なり。

オフィスのすべての窓を開け放てば、薫風香ることいとおかし。

 

ナオト・インティライミって、どんなイケてる奴かと思ったら、なんと普通なことよ。

ちなみにインティライミという名前の馬がいてまして、彼の三冠馬ディープインパクトがダービーを勝った時の2着馬です。

もひとつ言っとくと、レゾンデートルという馬もいました。

JRAの存在理由(意義)って、もう無いのじゃないかしら。

本日は競馬の話ではありません。

かた~いお話です、、、、けど、最後に競馬の話も織り交ぜたりなんかします。

 

この宇宙がビッグバンにより出来る前は、ただ意識というエネルギー体だけが存在しました。

これを大神様と呼びます。

僕の車の世話をしてくれるのは大神君と言います(じぇんじぇん関係ないけど)

意識はあらゆることを体験したいと欲求し、この宇宙を創り上げました。

この宇宙の存在理由は”言ってみれば”それです。

 

では、その前のただ意識というエネルギー体というものの存在理由は何でしょうか?

おわかりになりますでしょうか?

答えはですねぇ、

そんなものの存在理由など、ない。

”ただ、在るだけなのである”

ということなのでございます。

 

いまだに、こういうことが頭に浮かぶのが不思議でならない。

今日のヴィクトリアマイルのことしか頭に無かったはずなのに、道歩いていたらふと浮かぶのよね、どういうわけか(手にはローソンで買った競馬ブック握りしめてんのに、笑)

それに最近では、うちの子供たちがこのブログを読むことがあって、書きにくくってしようがない。

そのせいで没にした記事もあったりなんかします。

 

でね、ここがポイントなんですけど、物事須くすべて欲求から起こっているのであります。

ほいでから、理由なんてものは後になって自分以外の他人が考えることなんですな。

「どうしてあのとき俺、あんなことしたんやろ?」ってのもあります、確かにね。

でもその時は、自分は第三者になっとるんですな。

 

人はやたらと理由を知りたがります。

そんなものね、いいのよ、どうだって。

なぜ理由を知りたがるかというと、自分と他人が分かたれているという誤解があるからでして、自分以外のことはわからないと思い込んでいるからです。

本当はわかっているのですよ。

 

今まで繰り返して述べてきたように、”我々は物事の結果となってはいけない。原因とならなければならない” というのはそういうことを言っておるわけです。

欲求だけがこの世界を動かして、創造していくのであり、「なぜ?」というのは大いなる錯覚なのであります。

疑問を封印してみたらいかがでしょう?

あくまでも人生という課題に関してということですよ。

仕事上は原因考えますよ、当然。

 

大神様は体験的に自分のことを知りたいと願った。

せやさかい、この宇宙を作った。

ほんで今現在、体験中でおま。

なんで?

って、なんでそんなこと聞くのん?

 

わたしが、いま、言えるのは

わたしは体験的に自分を知りたいと欲した。

今もそう欲している。

常に今、今、今

だから今も宇宙は変化し続けている。

何故この宇宙が出来たかの、それが説明になると思うのなら、あなた方は誤解している。

非常に繊細な誤解をしている。

理由などないのだ。

ただ、知りたいという欲求だけがあったのであり、今もそれしかない。

理由というのは、自分がその現象の中にいないという錯覚の元に、過去を遡る性質のものである。

よく、原因と結果という言い方がなされる。

しかし、結果は結果としてこの世界に現象化した瞬間に原因となり次の結果を呼ぶ。

これが延々つづくのであれば、実はそこにあるのは原因だけではないか?

ここで言う原因というのは理由のことではない、欲求のことなのだ。

結果というのは、この宇宙が終わった時にのみ存在し得るのであるが、そんなことは起こり得ない。

なぜなら、わたしは遊び飽きない性質なもんでね。

 

ま、「在りて在る」とか「I am」とかいうのは、こういうことを言っておるのでしょう。

人生に意味なんてないのよ。

生きる目的なんてないの。

何のために?って考えること自体が愚かなことなのね。

要するに、大切なことは、

あなたはどうしたいと願うのか?

ただ、それだけなんですな。

そうしますと、ゴチャゴチャ考えずにそれだけを願うと、この壮大な宇宙が出来ましたように、あなたの願いも実現するのでございます。

しかし、人は理由がわからないと不安になる。

そして決して正解に辿りつかないのに、理由を探し求め続ける。

理由など、本当は存在しないから。

すべて過去・現在・未来という時間の概念が引き起こしている錯覚、誤解なのです。

 

「シャングリラからの伝言」からのメッセージは最近あまりないけれど、これでもちょっとは進化したね。

 

さあ、それで今日のヴィクトリアマイルでんがな。

色々熟考した結果、勝つのは7番、11番、15番、17番のどれか。

だけど、15番は非常にブラフくさい。

でも、筋から言えばこいつが勝たなければいけない(超人気薄やけど)

11番も限りなく1着候補だけど、2着でも可。

あるいは昨年の覇者のホエールキャプチャがまんま2着というのもあり。

3着は、1番、2番、4番、17番のどれかで何にもなし。

結果・・・・

馬券は色々押さえたけど、11番ー8番ー1番は抜けちゃったよ~~。

ええっ!3連単19万もつくの~~~!?

 

なぜこういう結果になったかと申しますと、件の15番の馬が4コーナー回った所で競走中止したからであります(予後不良により馬運車の中で薬殺されました)

彼女が所持していたある戦歴が、いけなかったんでしょうね。

この競走中止がなければ、もっと荒れた馬券になっていてワタシ今頃狂喜乱舞していたでしょうに。

このように、どの馬が途中で走るの止めるのかも最初っから決まっております。

15番、フミノイマージン号には御愁傷様としか言いようがない。

農水省がどえらい動物虐待やってまんな。

でね、NHKマイルカップがマウントシャスタの雪辱を果たしたのなら、ヴィクトリアマイルはアパパネの借金背負って倒産したってとこでした。

さあ、この中に今年の春のG1を勝つためのヒントが隠されていますわ。

今度のオークスは荒れないと思われますが、2冠馬は出ないと予想しております。

勝つのは、きっと〇〇よ。

2着も誰か、わたし知ってるの。

でも、もしかしたら桜花賞組がアウトの時の”出たな、妖怪~!”ってのがあるかもしれません。

ちなみに勝ったヴィルシ―ナ号の馬主は彼の大魔神佐々木氏であります。

 

こりゃ、当分こんな感じのブログになるね、G1やってる間は(笑)

現在「良い医者・歯医者」について鋭意執筆中です。

乞うご期待・・・・ってか、この僕が書くかね、そんな記事。

え? 僕が競馬をやる理由ですか?

そんなの金が欲しいからに決まってるじゃないですか(理由、あるやん)

それが原因となり悲惨な結果を生み、その結果がまた次の原因となる・・・・・

ありゃ、まさしく書いた通りやね(笑)

ホントはね、JRAの頭脳集団との知的ゲームを楽しんでいるだけなのよん。

 

当日朝までの出走取り消しなら打つ手はある。

というか、それがヒントになる。

でもね、ゲートでの競争除外とかレース中の競走中止は、予測できることもあるけど、難儀なんですわコレが。

いざとなったらJRAにナックルボール放られて一巻の終わり。

2着に来たホエールキャプチャの鞍上、蛯名騎手は見ていた人はわかると思いますが、ハナ差で勝った内田博騎手とは対照的に馬を追っている振り、腹ムチを入れている振りだけしてましたからね。

大事なゴール前、片手で何やっとんねん! という話。

 

2013.5.12

Cry Me A River ~泣く子も黙る?歯科治療~

先日、テレビで出生前診断の話を見ていて色々と感慨深いものがありました。

下手をすれば命の選別につながりかねないとも言えるそれですが、この話題が子供の霊(いのち)について真剣に考えるきっかけになればと思います。

 

最近では歯科治療を泣いて嫌がる子供はめずらしいのですが、小学一年でそういった子がいました。

診療台の上にはのりましたが、怖がってお母さんに抱きついています。

こういう場合、ほとんどの歯科医院では先生やアシスタントや母親がよってたかった「大丈夫。怖くないから。すぐ終わるから」などということを周りで言いまくります。

それを聞いて安心して口開ける子なんていません。

うちは違います。

 

母親は常に何かしら安心させようとして話しかけていますが、僕はずっと待ってます。

「痛くない治療は出来るけど、怖いのはあなたの問題なので先生はどうすることもでけへんわ」

などと申したりしております。

で、時々「どうする?やる?」 と本人に聞いて、大丈夫そうだったら治療に入ります。

「痛かったら手を挙げて、すぐやめるから」と決まり文句ですが、必ずその約束を守ります。

しかしながら、治療はほぼ無痛なので、子供は手を上げることはほとんどなく、無事治療が終了します。

 

では、大丈夫そうでない子はどうするのか?

最低限、虫歯の消毒のための薬(薬と言っていますが、次亜塩素水、つまり塩を電気分解した機能水です)を綿で塗るくらいはします。

それもダメな子というのは、今までいなかった気がするのでわかりません。

 

今の時点で治療が難しい子に対する当院のスタンスは、6~10歳くらい間にきちんとした治療や予防が出来るようになることですので、最初は無理やり治療しなくても良いと思っています。

で、そのうち麻酔でも平気でさせてくれるようになる次第です。

今はドックセメントというのもありますので、全く削らずに処置することも可能です(ただし、保険外治療となります)

永久歯は虫歯ゼロになれば良いですね。

 

ほんで、昨日テレビをつけたら、”深イイ話” に彼の加治将一氏が出演なさっているではありませんか!

「信じる?信じない?」をテーマにした深イイ話特集なのですが、正直言って加治さん以外は半分?な人ばかり。

何か思うところがあって出演されたのでしょう。

 

で、西郷隆盛の真の顔・姿という話だったのですが、途中でローラが居眠りしているのがカメラに映り、結局はうやむやの内に加治さんの分が終了しました。

僕が思うに、ローラはディレクターに言われてわざと退屈な風を装った。

そういう作りの番組にしないと、内容が内容だけに大変にまずいと考えたのではないでしょうか。

西郷の本当の顔を隠蔽しないと明治政府建設に関わる機密事項が守られないということ。

明治天皇すり替え説など、とんでもないね、きっと。

ローラは頭のええやっちゃ。

きちんと演じとる。

(後から加治さんのツイッターを見たら、バラエティ番組だと知らずに出演しマイッタとのことでした、笑)

 

テレビに出ている作家さんと、僕は青山で一緒に食事したことがあるなんて、ちょっと自慢(笑)

でも連休中、左膝を思いっきり怪我して(昔の子供がよく作ってた擦り傷。当然酔っ払いすぎ)ジーンズ破れて、携帯が一時的行方不明になり、なんでか知らんけど朝起きたら部屋に三線が置いてあったりなんかします。

 

 

2013.5.7

五月五日の詩~マジメ編~

え~、さすがにわたくしも人の親でござんして、さっきのようなブログだけでこの日を終えるのは心許ないでやんす。

で、あの後(この前のブログを書いた後)、かえる庵に行きやしたら、川柳の会とやらをやってらして、というかその後の懇親会になってやして、わたくし入った瞬間に思わず「酒くさっ!」

このわたくしが言うのでありますからして、

たいていじゃございません。

 

で、そのままワタクシ自身が(酔っ払ってる)皆さまの酒のツマミね。

わたくし最年少で何も言えない立場で、おまけに一人だけシラフ。

いじられまくり。

無理です・・・・・。

 

「西塔さんて、お坊さんですか?」

「あのね、僕が坊さんやったらこんな中途半端な剃り方しません・・・」

「え?歯医者? 坊主の歯医者?」

「坊主の歯医者て・・・・」

 

で、艱難辛苦乗り越えた後に行ったのが近くに新しく出来たバー。

しかしながら、今日言いたいことは、こんなことじゃないので、方向転換いたします。

なお、本文中”アホ”という言葉がやたらと出てまいりますが、これは関西弁特有のニュアンスであって、関東的な“バカ”とは違いますゆえご勘弁を。

違わないところもあるけど・・・・

 

本日、慧はタメちゃんキャンプで琵琶湖を自転車で走る旅から帰ってきました。

でも参加した子供はは慧だけじゃないので、色々あるわけです。

先ほどの競馬の負けをおくびにも出さず、僕は父親としての威厳をもって慧に 「おかえり。どうやった?」と聞いたわけです。

慧は何言うたか聞こえません。

で、「お父さんが『お帰り言うてんのに・・・・』」

「え?ただいま、言うたで」

ほとんど聞こえてません、そんな小さな声。

でね、思うのです。

 

慧が良いとか悪いとかはまあ、置いときましょう。

明日、泣かしたるから(笑)

僕、つまり、父親にも色々思いがあるわけです。

で、慧自身にも感じたことが一杯あって、でも子供の場合、それを他人に言うことが少ない。

さあ、。。。。。。

 

僕が今、言いたいのは国語のつまらん問題に対してです。

「この時、〇次郎はどのように感じていたでしょうか?答えなさい」 の類。

 

アホかい!

 

僕は国語は比較的昔から得意でした。

でも、この手の設問に対しては常に出題者に対して、「これで、ほんまにええんか?」 と思っていました。

だいたいが、こんな問題作る奴の家に限って崩壊しています。

本当にそうなのです。

で、僕が伝えたいのは・・・・

そういった他人の心が、あなた次第で結構動くのよ、あなたの影響を受けて

・・・・・ということなのに。

 

世間では色々なスピリチュアル系のワークがあるでしょう。

あ~コリャコリャ、という位あります。

このGW中にだってあったでしょう。

もし僕が講師として仮に、呼ばれていくとしたなら、、、、、、

 

僕は言います。

あなた、マジでちゃんと夫婦生活していますか?(セックスのことではないよ)

いちおう説明しとくと、親が(子供たちから見て)嘘のない夫婦生活を送っているか? ということです。

旦那が働かないとか、奥さんがパチンコにはまっているとかじゃないの。

 

アホな人はここがわからないので、そういう人はうちに相談に来ないでね。

うち、お金いらないので、せめてアホには来て欲しくない。

で、やたらと質問してくる阿呆に「これ以上質問を続けられて、それらすべてに対してきちんと答えるなら、僕は何らかの見返りを求めます」って言うと、

「がっかりした」 だの、「そんな人は今まで山ほど見てきた」 だのぬかしやがるのよ。

ホントはこんなこと書かん方がええんでしょうけどね、魔除けになるわ(笑)

おまえね、タダで質問に答えてもらうことを軽く見てないか?

ほんでもって、このHP見て、僕がどんな人間か分からんのんだったら、それはそれでどうなんでしょ?

ちなみに、その時に僕の頭にあったのは、道のゴミ拾いか、どこかの募金箱にいくらか入れてもらうだったんだけどね。

 

・・・・こういうブログ書いてますとね、たまにかような発散もしたくなるのですよ。

ぼく、良い人に思われたいなんて、こっから先も思ってないし。

むしろ、ブログで与えるイメージと本人が表裏がないことを是とします。

 

で、言いたいことは、

夫婦がお互いに相手のことをきちんと受け入れているか否かってぇことなのです。

 

ほんでね、子供のこと、きっとわかってないと思うんだけど、わかった気になっていませんか?

子供ってね、本心なんか親に言わないよ。

え?

なんでかって言うとね、それ言うと、お父さん、お母さんを傷つけると思っているからなんよ。

あるいはめぐりめぐって、自分が傷つくと知っているからなの。

結局、われわれ親は子供たちから精神的に下に(弱く)見られているわけね。

 

で、気づいてないのは皆さん含めた親の方ってことなので(かく言うわたしも)、

子供に関する相談、どうしたらうまくいくと思います?

自分の頭の中をを正せってことよね。

そこ(本心を言わない子供の心)を汲み取ってあげるのが親なのよ。

 

もう、このことは普段生活していても、歯科の仕事をしていも、いやになる位、痛感されます。

お願いだから、気づいてあげてください。

めんどくさいし。

「〇次郎はこの時どのように感じたと、あなたは感じるか答えなさい。そしてそう感じるにいたった理由を記しなさい」

国語がメンタリズムになるね、こりゃ。

 

僕はこれから反撃にでます。

うちの子供たちは、しょっちゅう喧嘩しては仲直りするの繰り返し。

ほいでから、そこに割り込んでいってやるんです。

あなた達子供は、子供だけで生きているわけじゃなくて親だって傍にいるんだ。

親だって、あなたたちが喧嘩したり仲直りしたり、自分の気分次第で口のきき方変えたりで、嬉しくもあったり悲しくもあったりするんだ。

お父さんがどうやってこういうふうに思うようになったか言ってやろうか?

お母さんがなんで、こんなにふと寂しく思うか言ってやろうか?

親だって人間なんであって、歴史があって、感情があるんだよ。

人生なめんじゃないわよ!!

 

そういうことを教えられる人になりたいと思っています。

ま、直截的な言い方はしませんけどね。

 

僕、別に思いあがっているわけではないですが、周りを見ていると子供がダメなのじゃなくて親が??なだけということが少なくない気がします(ていうか、ぶっちゃけ、そんな奴ばっかり・・・・)

でね、僕にディクシャしろってぇの?

どこかのセミナーに参加しますか?

あなたが自分を真剣に見ればしまい(関西弁でそれで良い、という意味)やんかいさ。

 

うちは「あなたの心に幸せの種をまく」 だけどね

それって、自分の心の内を見るってぇことだからね。

どっかの、金と時間使ってその気にさせるとこと一緒にしないでね。

僕に言わすと、そんなのバカげてますから。

どれだけホーリー(神聖)に見えるひとであっても、頭の中がバカだったら単なるバカ。

バカ、連発してますよ~(笑)

いつも言いますが、本当に凄い人は自分が他人を癒すのではなく、力を見せびらかすでもなく、他人の中の眠れる力を呼び覚ます、でも、そこに自分は関知してないかも~って人なのであります。

それって、キリストがやりたかったことなんだけどなぁ・・・・

どうして、いまだにダメなんだろう?

 

真実は自分の外にあるか、誰かに触発されないと気づかないものと誤解してしまう。

ほとんどの人はそういった間違いを犯しながら気づいていない。

そしてセミナーやっている人もそれに気づいていない。

救いよう無しっ!!

イマ3です。

流した涙に誤魔化されるのね。

 

親は時としてキツイことを言います。

自分を見なさい。

ただ、それだけ。

自分が何をして、それがどう波紋となって広がって、自分に返ってくるのか、

そして、その最中でもそれを見ている自分を見なさい。

それを感じている自分を見なさい。

それが人生だ。

残念ながら、あなた方の周りの智慧者とされている人たちは、何も真理を知らない。

それを知っているのは、ならまちの、ちょっとオシャマな西ちゃんだけ・・・・(ホンマか?笑)

さて、どうとらえるかは・・・・あなた次第!!(僕はあなたがあなた自身を信じる、それの方がいいですっ)

世の中、精巧に出来たバッタもんがありすぎっ!!!

 

たとえば、妻を通して自分を表現などしないように。

たとえば、旦那を通して自分を創造したりしないように。

でも、相手が子供だとそれをやっちゃうんです。

子供を通して自分を表現・創造しようとしている親の何と多いことか。

それ、間違ってます。

 

いま、わたしは、あなたに言う

ワンネスの名を借りたものたちにも言おう

わたしは、なにも判断しないし、ただ見ているだけだ

ただ、わたしの姿を誰かを通して見ないで欲しい

これは、いま、本当に、本当に、切実に思う

誰も間違っていないが、あなたが願う世界に行きたいと

ほんとうに、思うのなら

少し立ち止まって、考えて欲しい

わたしは、グルの中にいるのではない

あなたの中にいるのだ

(これを伝えきれないグルは、間違ってはいないが、正しくもない)←ここだけ、僕の言葉。

2013.5.5

NHKマイルカップ所感

奈良公園で見頃となっている藤棚

GWもあと一日を残すのみとなりました。

おおむね天気が良くって何よりでしたね。

僕は戦前の予想通り嫁さんとノホホンと過ごしております。

写真(でかっ)は奈良公園で見頃となっている藤。

エライ人混みでしたが、不思議と初めて行く東大寺ミュージアムはガラガラ。

なんでかな?

大仏は見ませんでした。

その後の万葉植物園は笑う位人多いし、ならまちはワヤ。

本当は京都市美術館にゴッホ展とリヒテンシュタインの展示を観に行こうかと言ってたのですが、先ほど友人がフェイスブックにアップした写真を見て、行かんでよかったぁ~。

上野動物園にパンダが来たくらいの勢いの行列でっす(笑)

 

書きかけのきちんとした記事がいくつかある中で、マイルカップが終わった直後の今、これを書いています。

競馬通以外は読んでもわかりません、きっと。

久しぶりの更新なのに、こんなワタシでごめんしてね。

 

何とも見事な出馬表と決着でした。

審議ランプがつかないところがイイネ。

なぜかというと、本レースで2着に来るべきは15番の馬か17番の馬のどちらかであり、あのまま15番が突っこんできたらこのレースは筋書きが成立しなくなるのです。

ですので内博(うちぱく)は前が狭くなった風を装い手綱を思いっきり引っぱった。

そして審議のランプは灯らなかった。

(どうやら審議はしていたようです。でも審議ランプはついていなかった気がします。審議していた割には早く確定しましたね)

 

このレースの出馬表を最初に見た時、思わず唸りました。

桜花賞、皐月賞と微妙なタッチで変えてある。

そして20分前に施行される新潟大賞典の結果次第で買い目を考えなければいけない。

大賞典の2着に誰が来るのか?

これがその後のマイルカップの行方を決めるのです。

1着はおそらく11番か16番で固い。

それは問題ではない。

2着が問題なのだ。

で、予想通り7番の馬が2着、、、、けど、3着に4番が来るのかぁ・・・・

そうなると話がややこしくなるぅ。

これ、僕の中で死に番です。

 

元々、筋書きは幾通りかあります。

本筋はコレ!というのももちろん、あります。

そして、筋書きを読み切ったつもりの輩の集中投票(大量買い)が察知されれば、それを外すような筋書きに変えてくる。

発走直前、ゲートが開くまで実はわかりません。

何らかのアクシデント、馬券に関係ないどうでも良い馬が落鉄するとか、ゲート入りを嫌がるとか、そういうのを合図に決着の変更を騎手たちに伝える(とされているが、果たしてそんなことが可能?)

すべて仮説の範囲の話です。

しかし、結果を見るとそうとしか思えない。

そういったものであります。

 

本日のマイルカップはそれ故、朝のうちに買っておくとかいう類のものではありませんでした。

19〇〇年のマイルカップの結果、20〇〇年(複数)のマイルカップの結果、それと連動している京都新聞杯、新潟大賞典の結果(直前のも含めて)、そして今年のトレンドである前走〇人気〇〇馬、2歳秋季番組〇〇歴 等々(表立って書くとそこを外されるので書けない)

僕の敗因は4枠8番を死目と判断したことです。

3連単百万越えの万馬券炸裂。

あと少しまで追い詰めていただけに残念!

結局は、マウントシャスタの雪辱を晴らしたというお話でした。

でも、もうこれで今年の春季G1の勝ち馬はほぼ、わかった気がする今日という日。

 

すべてが公のイカサマなのに、美しい物語として語られる。

障害レースではG1勝ちはあるものの、芝G1は35歳にして初。

優勝した柴田大知の本気で溢れる涙に完敗。

 

さあ、また次行こうぜっ!(笑)

子供の日に相応しいブログは次にアップします。

エライすんません↓

ちなみにロゴタイプはダービー馬にはなれない。

2013.5.5

台なしの話~都をどりに思う~

”台抜き”とは天ぷらそば、鴨なんそば等のそば抜きのことで、そば屋で酒の肴として供されるものですが、本日のお題はそれではなく文字通り”台なし”の話です。

おじゃん、元も子もない、さっぱワヤ、ハシゴをはずす、の台なしです。

 

と、その前に・・・・

昨日は嫁さんと訳あって京都へ”都をどり”を観に行っておりました。

早めに着いて高台寺近くの前田コーヒーでブランチ。

モーニングセットとすれば少々お高いのですが(930円)、それだけのものでありました。

満足至極であります。

こんな店が家の近くにあればええよなぁ。

 

芸妓受け渡し窓口でチケットを受け取り、多少優越感(ワンネスなのに、笑)

舞妓さんのお点前は、直接出される人以外は作法もヘッタクレもない状態でして、その他大勢にはお運びさんが持ってきて、とっとと菓子食ってとっとと茶飲んで出てってくれ、て感じ。

これから行かれる方、どうぞ安心してお出かけください。

ただし、舞妓さんの前で主客となったら話は別ですけんね。

僕は豆涼さん目当てでして、彼女は小野小町役でありました。

舞台は春夏秋冬織り交ぜて約1時間の公演ですが、非常に楽しめました。

いや本当に、観たことがないのであれば、是非お勧めいたします。

平日でしたら当日券ありまくりです。

 

僕はその後、丹波橋で嫁と別れ、一路大阪へ。

天六のなにわの湯で露天風呂三昧とマッサージを受け、準備万端で梅田の老松町にある今ではほとんど予約が取れないキッチンニコの姉妹店でお寿司屋さんという”鶴と亀”へ。

平日の5時から一人だけなんで、何とかなるかなと思いつつも、裏技使って直接電話せずにニコの太郎ちゃんに頼んで予約とってもらいました。

僕、初めてなんです、この店。

最終的には一回来たら忘れない場所にあり、以前よく来ていた遠州という鰻屋さん(現在閉店)のすぐ近くにあるのですが、この路地わかりにくっっ!

 

天六の”寿司しん”さんもマスコミ露出が多すぎて予約取れない店になっちゃいましたが(カウンター8席の店がテレビ出るなっちゅうねん)、この鶴亀もひっきりなしに電話が鳴り、「申し訳ございませんが、あいにくそのお時間は・・・・・」の応酬であります。

アシスタントのめかたちゃんに「じぶん、その調子で言い寄ってきた男に『またお待ちしています』て言うたらあかんで」のアドバイスを(笑)

それにしても、場所がわからんかったんでニコに電話して聞いたんですが、ノリ君はアメリカ領事館の一本南の老松通りて、メチャクチャ言うとりました。(ホントは北にある)

本職の寿司屋さんのようにはいかないのでしょうが、大変美味しいです。

コースで3500円という破格の値段です。

でもわたくし、お酒を飲むのでその倍の金額を支払うことになります。

 

老松町というのは骨董商とか隠れ家的なレストランがあったりの大人の街です。

場所柄、弁護士・会計士・医者などが多く集う街です。

ケン坊も見たこともないような真面目な顔して仕事してます。

でも、僕が行くと雰囲気崩れまくりです。

他の客、マジなので途中で自重しました。

そういや僕も歯医者の端くれでした(笑)

 

その後、宇田さんのバーに行くと税理士のヨネちゃん発見。

歯の相談にのってたら、なんやエライ感謝されて一緒に(超久々の)新地のクラブへ連れて行ってもらいました。

何気に横に座った女の子にエッチなこと言うてた気がします。

あと、覚えてないです。

タクシー降りたんと、脱ぎ散らかした衣服だけが最後に僕の網膜に残っております。

みなさん、こんな男の書くブログ読んでるんです。

ええ加減あきらめてください(笑)

 

で、やっと本題です(前置き長っ!)

何回目か忘れたくらい観たDVDのマトリックス3部作。

最後のレボリューションズでエージェント・スミスがかように申しておりました。

「人間は目的なしには生きられないから、平和のためだの、愛のためだの幻想をでっち上げて安心している愚かな生き物だ」

みたいな。

さて、お立ち会い。

「シャングリラからの伝言」で書いてあることがぜ~んぶ嘘だったとしましょう。

宇宙の始まりも、向かう先も何もかもデタラメ。

輪廻転生も胎内記憶もあり得な~い。

自殺したらそれで終わり、全部チャラになって今の苦しみから抜けられる。

死んだら無、なんにもなし。

体験のために僕たちは存在するってえのも、人生の目的を無理やりでっち上げてるだけで、人生に目的など最初っからないのだ。

人は生まれて、生きて、死ぬだけ。

さあ、あなたはどうする?

 

これで心が揺らぐようじゃ、まだまだ半人前と申せましょう。

都をどりの舞台を観て思ったのです。

宮中文化など一般ピープルから言えば全くの別世界。

都には天女のようなお人が居りなさる、くらいのもの。

ほとんどの人は村の外へは出たことがない状態で生まれ死んでいく。

あの山の向こうに、あの川の向こうに、何があるかも知らないし、知る必要もない。

 

これっきりの人生なら、やったもん勝ちですか?

金儲けて、セックスして、旅行に行って、美味い物食って、それが幸せですか?

すべて認識の問題です。

そうなら、そうだし、そうでないなら、そうでない。

千年前でもマザーテレサはマザーテレサであったでしょう。

幸せを求めるのではなく、どうすれば自分は心地良いのか?ではないでしょうか。

本のはじめに「最初のひとり」という詩があり次のように書かれています。

 

はじめて人間が地球に降り立った時のことを考えた

(中略)

自分がどんな姿をしているかもわからない

ただ視点があるだけ

生きるための知恵も何も、教えてくれる他の人間がいない

その時、何をしているか・・・・・?

・・・・・ただ心地よいことをするだけ

 

今さらながらよく書かれている本であると思う次第です。

 

〇〇ってどうなの?

自殺したらどうなるの?

こんな場合はどうなの?

 

他人に問うなかれ。

疑問も答えを探す行為もすべてマインドの罠。

疑問などないのだ。

疑問がないのにおかしな言い方だが、答えはあなたの中にある。

あなたは知っているのだ。

あなたは智慧とともにあるのだ。

どうして他人に聞くのか?

聞くということは知らないことになる。

しかし知らないわけではないので、そこで葛藤が生じる。

だからいつまでたっても苦しむのだ。

子供たちよ、

問うこと勿れ。

あなたはわたしであり、全知全能なのである。

 

でね、ゴールドシップは4枠に入るとは思ってたけど、8番かぁ・・・・

おまけに狙ってた1枠にフェノーメノ入っちゃったよ・・・・(→トーセンラーの間違いでした。フェノーメノは3枠6番)

本日より福井競輪にて共同通信社杯(GⅡ)が開催されています。

仕事をしていない人が羨ましい今日という日。

2013.4.26

カルマカタブラ

ま、要するに日本の競馬というものは元来が軍馬育成の目的を持っていたものが、その必要性が無くなったため、JRA創設により公共ギャンブルとしての国庫の富裕化と、それに益している農水省の地位保全、そして何よりも開催側がすべてのシナリオを書くことにより一般の八百長を排除するという前代未聞のシステムなのです。

それにしても日本最新鋭のスーパーコンピューターが農水省管轄にあるというのが誰も想像し得ないですよね。

ほぼ10年単位で生産者から馬の名前から馬主、調教師、通るべき戦歴等々すべて統制されており、例えば桜花賞であればチューリップ賞、フィリーズレビュー、アネモネステークスと3つの正式なステップレースがありますが、それらの1,2,3着の馬番や枠番で等差(比)級数を作るなどというのは当たり前にやってのけます。

また長嶋茂雄氏が巨人の監督に復帰し監督として初めて背番号3を披露した週のダイヤモンドステークス(東京競馬場)では、13番(7人気)-3番(11人気)で馬連3万7千円の大万馬券を演出するなど、その時々で臨機応変に話を書き換えます。

ですので、とても太刀打ちできないわけでして、その中で半分真面目、半分娯楽として勝負していく風に遊ぶのが僕のスタイルです。

 

僕には競馬学のバイブルと言える本があって、それは熊谷英彦氏が記した「中央競馬レースマニュアル~禁断のJRA研究序説~」です。

決して競馬予想を助けるためのものではなく、JRA競馬について真面目に追求していったもので、こんな本はもう2度と世に出ないでしょう。

え~、こんな話ばかり書いていたら歯科医としての見識を疑われるのでそろそろ真面目な話題に移りましょう。

 

カルマというものがあります(歯科、関係ないやん、笑)

日本語的には因果応報の因にあたり、時空間を超えて自分に何らかの影響を与える可能性のある過去の出来事のことです。

「そんなことしたらバチが当たるよ」てやつですね。

これは悪いことに関して言ってるわけですが、もちろん良いカルマだってあるわけです。

個人のカルマ、家族あるいは家系のカルマ、地域のカルマ、国のカルマ、人類としてのカルマ等々どこまででもいきます。

 

今、自分に起こっている不幸な出来事は(例えば子供が出来ないとか)、自分の過去世での行い、あるいは先祖供養を疎かにしているから霊が祟っているとか。

確かにそういうことも無いとは言いませんが、それはその人やその人が相談する霊能者と言われる人たちが、物事をそのように見たいからそういう現実になるのであって、核心は違います。

カルマというのもひとつの記憶です。

それが自分に影響するなら、いつも申しますように今回はそういう性質の元に人生を生きるということなのです。

ただし、性質・性格は変えられませんが、それをどう活かすかは本人次第です。

縛られるのか、活かすのか。

それが問題なのです。

 

霊の問題云々はここでは議論しません。

無いとは言いませんが、鬱陶しいです、そういうの。

見たい人は見るし、影響される人はされる。

それだけです。

 

今、テレビでよく見かける女子大生スピリチュアリストの〇〇さん。

あれってクライアントと二人で作り上げている世界だってこと、いい加減わかって頂けますでしょうか?

ほとんどそんなもんです。

変な霊能者や占い師に惑わされないでね。

まともな人は、自分の能力を誇示したりしないからね。

きちんと定職をもって、自分の人生の勉強のためにそういうことをやることもある、というのが本来の姿でしょう。

肉体性、精神性、霊性、それらが調和してこその人間なのです。

どれかだけが卓越しているのはおかしい。

 

ボストンマラソンのテロにしてもアメリカのカルマと言えるかもしれない。

真相は果たしてどうなんだろう?と思わなくもないですがね。

どの人もどの国も自分の都合の良いようにしか物事を解釈しないし。

真実を見ようという勇気などどこにあるのかな?

韓国・中国による日本の領海侵犯もカルマのせいかもしれない。

で、あれもこれもカルマのせいにして、あなたどうします?

カルマだから仕方がないのか、カルマだから善行を積んで払拭しなければならないのか。

 

どうして現状を多くの視点から冷静に分析して、未来のために今何をするのか、ってならないのかしら。

争いがあるから和解があり、ワンネスへと進んでいけるのであれば、カルマって悪いものなの?

あ、先日、明日香の橘寺へ行った際に知ったのですが、聖徳太子曰くの

「和を以って尊し(貴し)と成し・・・・」

僕はずっと ”わをもって” と覚えていましたが、”やわらぎをもって” と書いてありました。

皆さん、知ってた?

 

すべては必然であり、(神、仏の目から見れば)悪いものなどひとつもありません。

カルマ、カルマってうるさいっちゅうの。

それはプロセスの中のものであり、認識の仕方ひとつなのです。

 

で、最後にもう一丁。

天皇賞で圧倒的な一番人気に支持されると思われる2冠馬で有馬記念を制したゴールドシップ。

彼が〇枠に入れば鉄板でしょう。

天皇賞(春)は皐月賞馬のものだともいうし。

でも、もしそうでなければ・・・・・

ひとつの鍵は昨年のダービー2着馬のフェノーメノ。

枠順発表が楽しみです。

2013.4.23

イノベーター(時代を変革するもの)~軍資金ゲットの話~

花水木.jpg

昨日は一日中寒かったですね。

なんですか、ありゃ?

奈良の三条通りに咲く花水木も震えています。

ゴールデンウィーク前だというのに、福島競馬が雪で中止て。

なんですか、そりゃ?

 

昨日は本年3度目の万馬券的中でした。

時代を変革ったって、あ~た、スピリチュアルの話やおまへん。

悟りの次は競馬でおま。

まぁ、何気に自信があったので、ざっとこんなもんでしょう。

今度の日曜日は京都競馬場へ突撃して、天皇賞を狙い撃ちするのでそのための資金が出来ました。

といいつつも、消費税の引き落としもありゃ、固定資産税も振り込まんといかんし、果たして軍資金出来ましたと言えるのかどうか。

 

昨日は早朝にPCで投票を済ませ(選挙じゃないよ)、10時から奈良公園で開かれているアースデイに行ってきました。

野菜、パン、豆腐、湯葉、キムチ、韓国海苔巻、焼き鳥、木で作った輪ゴム鉄砲(これは慧用)を買って、県庁の屋上展望台に登りました。

僕、初めてだったんですが思わず 「すご~い・・・・」

360°の大パノラマです。

若草山の山焼きの時はここは抽選になるそうですが、ロケーションは抜群でもきっとメチャクチャに寒いことでしょう。

しかしながら、いつ見てもアースデイに参加している人たちには違和感を感じちゃうわ、わたし。

 

昼から慧と僕は散髪してもらい、その帰りの車の中でラジオ大阪の競馬中継聞きながら、「おっしゃ~!」

でもね、メインレース二つとも勝負馬券は裏喰ったのでアガリがイマイチ。

今年のわたしは例年と一味違います。

以前からレースに関して疑問に思っていたことが氷解して、とんでもない法則を発見しました。

そのお蔭で桜花賞の14番人気の3着馬も押さえられたし(でも馬券はハズレ)、昨日のフローラステークスの9番人気の3着馬も持ってたのです(でも馬券は1,2着が逆でハズレ↓)

これは非常に貴重なネタなので黙って墓場まで持っていきます(あと100年以上も黙ってられるかな?)

味勝の大将には、こないだ焼き鳥屋さんでこそっと話しましたけど。

 

今週の木曜日には嫁さんと都をどりを観に行きます。

舞妓さんのお点前つきという、何気に緊張するシチュエーションであります故、かえる庵の大将に上田流の武家茶道の超簡略化した作法を教わりました。

日曜日は夜どうなっても良いように(次の日、祝日やし)、京都でホテルもとりました。

もう、あり得ないくらい完璧な状態で臨みます。

ワンネスだけど、カッパには淀で戦いが待っているのです。

知る人ぞ知る、JARISと呼ばれる巨大コンピューターを駆使して競馬番組表を作成している超天才的頭脳集団が演出してくる公共的イカサマとの戦いです。

 

JRA競馬というのは基本的に、時代を切り開いていくもの(原則1着馬)、そして時代を受け継ぐもの(原則2着馬)、で構成されます。

また桜花賞・皐月賞あるいは宝塚記念・有馬記念のように陰陽、裏表という要素もあります。

3歳の牝馬クラシックのトレンド(テーマとも言える)、牡馬クラシックのトレンド、古馬のトレンドというのがあり、これは毎年変わるのですが、ダービーが終わり、次のクールに入るようになると、新しい翌年のトレンドが混ざりだしてグラデーションのように変化していきます。

何度も申しますがJRA競馬の一年はダービーで終了です。

決して有馬記念ではありません。

競馬の頂点はダービーなのです。

 

1,2着馬の役割は決まっているものの、いつもそんな結果なら容易に的中されるので、1~3着馬がレースによってゴチャゴチャに決まるので困るのです。

安田記念の前哨戦でもある昨日のマイラーズカップに関しては、

え?今年は京都でやんの?(本来は阪神開催)、ほしたらこんなもん安田記念とマイルチャンピオンシップ(京都開催)を連続連対してるグランプリボスで固いわ。

2着に来た8番人気の馬は、今年のトレンドからいって間違いなく来る。

3着馬は、あれこれこういう理由で12番の馬が来る確率高い。

というような予想をします。

日曜日には京都競馬場のスタンドで大きくガッツポーズをしたいものです。

 

え~、もっとマトモな話もあるのですが、本日は競馬の話ばかりになりました。

次はちゃんとします。

また、GWには健康に関する記事を一気に増やしたいと思っております。

ということで本日の診療も終了、湯葉の刺身で一杯やろうっと。

2013.4.22

SA・TO・RI

皆さま、こんにちは。

わたくし 沙取 真子(さとり しんこ)と申します。

香取慎吾じゃございません。

ここでこんなことばかり口うるさく書くのは嫌なのですけれど、お節介なものですからどうしても一言二言言わずにはいられないんですの。

 

それは、いわゆる悟りについての誤解に関してなんです。

わたくしたちが目指している先は悟りじゃありません。

ここを勘違いしないで頂きたいのです。

生命体が最終的なゴールに達した場合、その時の状態は悟っているとも表現できるというだけの話です。

あくまでも、その時の状態をそういう表現方法を用いて説明しているだけなのです。

しかし、多くの人は悟りを求めます。

それがゴールだと思っておられます。

そうではないのです。

 

これをカッパ先生は、ご著書の中で次のように書かれております。

 

究極の一点とは”わたしとあなた”が完全に溶け合っている状態です。

(中略)

この思考と感情が行為によって結び付けられ、すべてが溶け合っている状態、この想像もできないような至福の状態を目指してこの宇宙のすべてのものは進化していっているのです。

真の愛とも思考の悟りとも究極の三位一体ともいえる状態、これを神とよぶならば我々は神との合一に向かって何度も何度も生まれ変わり進化していくのです。

 

よろしおすか?

すべて”状態”と書かれていますね。

状態とはあくまでもある瞬間の様(さま)のことです。

それは目的たり得ません。

たとえば誰々のようになりたい、と思う人がいます。

そして努力してあこがれの人の境地に達した時、それは目指していた状態ではありますが、その目標とした人そのものになっているわけではありません。

そういうことです。

 

我々は究極の一点から出発して、究極の一点を目指します。

しかしその目的たる一点とは元居た場所ではありません。

不思議ですが同じようで同じでないのです。

生命体はすべからく進化しますので宇宙の始まりと同じであっては困るのです。

 

究極のゴールに着いたあと、わたくしたちはどうなるのでしょう?

実はこのゴールには何ものたりとも、たとえ一瞬でも留まることができません。

そこに着いたと思ったら、スルッとそこを通り過ぎ再び次のステージへ進んでしまうようになっているのです。

これも先生の御本に書かれておりまして、次のようになっています。

 

では宇宙の一番外側を膨張より速いスピードで駆け抜けるとどうなるのでしょうか?

実はね、元のところつまりビッグバンの爆発の中心近くに戻ってくるのです。

中心ではなく中心近くなのには理由があり、かなりややこしい話なのでここでは省略します。

 

本ではあくまでも物理的な話として宇宙の果てが実は中心に繋がっており、循環しているのだけれど、中心そのものには何ものも留まれないと書いてあります。

わたくしが本日お話しております、生命体の進化としてのゴールは元の一点ではないというのとは、微妙に話が異なるのですが、それについての説明は難解ですので省略いたします。

 

ゴールに着いたのにまた次が始まる。

この宇宙には終わりはないのです。

創造と進化に終わりがないのと同じように。

ただし、一見、終わったかのように見える小宇宙というものは存在します。

嗚呼、これもややこしい話ですので控えておきましょう。

 

以上、要するに何が申し上げたいかといいますと、悟りは目指すものではない、そのために何らかの努力をするのは少し違うということなのです。

目覚めているというのは、悟っているとは意味合いが違います。

覚醒というのは、この世界が幻想であることを理解しており、その幻想の中でせいぜい幸せに生きることが生命の目的であるとわかっていることをさします。

その幻想世界において、何が周りで起きており、何が自分に起きており、何が自分の中に起きているのか、冷静に見ていることをさします。

 

悟りを求める最大の問題点はね、悟れば今の現状から解放される、苦しみから抜けられるという、思いっきりネガティブな動機によるということなのですよ。

あるいは、自分が悟って人類・地球を救ってあげたい。

悟ってもっと素晴らしい人間になりたい。

これらも言葉が悪ぅおすけど、大きな勘違いどすえ。

 

ということで大変にお聞き苦しい話であったかもわかりませんが、本日は最近本業がちょっと忙しいカッパ先生に代わりまして、わたくし沙取真子がお送りいたしました。

またの機会がございましたら、お目にかかりとう存じます。

どうも、物書きというものは、ネタに困ると新しいキャラを立ち上げるようでございますわね。

2013.4.15

教育って何だろう?

藍が帰って来てから色々と感じるところがあります。

彼女は今、ふうさんと一緒に農園を借りて、少しずつ種捲きをしています。

彼女たちの偉いなと思うのは、父親に買ってもらうものと、自分たちの貯めたこづかいを出し合うものとを明確に区別しており、僕が買ったものに関してはきちんとお礼を言うところです。

ちなみに種は自分たちで買います。

 

よくテレビカメラが学校の教室に入る映像を目にしますが、以前より感じていた違和感が何なのかが最近分かりました。

それはね、極論すれば誰一人として自ら望んでその場に座っているのではないということです。

義務教育なるもの、あるいは高校だって結局はそうです。

だから誰も楽しそうでない。

なぜ、国語・算数・理科・社会なのか?

なぜ、学びたいものを自分たちに決めさせてもらえないのか?

結局、子供たちは自分たちが何を欲しているかではなく、大人が何を与えたいか、の中で10数年過ごすのです。

おかしくならない方が不思議だ。

 

当院の今年のテーマは「相手(患者)が望むものを与える」です。

考えてみれば、そもそものうちのテーマが、「歯科医の思う理想に患者をはめ込まない、完全なる受容をめざします」って書いてたのね、自分で。

頭ではそうであっても、身体でそうだと思うまでに4年ほどかかったというわけ。

実は、これをやらないと愛に近づけません。

結局はそこなのです。

 

教育にしたって、大人の思うところに子供をはめ込もうとすると愛から遠ざかります。

その先には真(まこと)はないのです。

そこで飼われている子供たちはすでに悲鳴をあげ続けて久しい。

そこで子供を飼育している大人たちは未だに気づかないまま。

日本は本当に大丈夫でしょうか?

アベノミクスなどは阿呆の言うことです。

今の時代、これからの時代を本当に見据えていたら経済は絶対に違った方向に行くべきでしょうね。

そして、経済よりも憲法改正よりも何よりも大切なのが教育なのです。

よろしいか?

マニュフェストの筆頭に教育改革が書かれていないような政党は正直申してダメですな。 

 

昨日は京都で「子供の咬合を考える会 第17回特別講演会 ~子供の健やかな未来のために~」に参加して、特別講師の西原克成氏の話を傾聴しておりました。

メチャクチャにおもしろかった。

氏の著書は結構読んでいるので知識とすれば知っていることが多かったのですが、やはり直接聞くと違うもんですなぁ。

当院の方向性が正しいということを改めて再確認した次第です。

話の詳細は折につけサイドメニューの健康欄に綴っていきたいと思います。

 

あ、今日は花まつり(釈迦の誕生日)か。

最近、あまり更新しないのでついでにもう少しお付き合いください。

 

”悟る”に完了形はありません。

「あなたは悟った」というのは、遥かなる人生の旅路の終点を意味します。

そうしますと次はもいっかいミジンコから再スタートかな?(笑)

”悟りへの道”とはその数多の長い人生そのもののことです。

悟りは究極の愛の形、僕たちの終着駅なので、どのような生命体も意識していようがそうでなかろうが、本質的にその欲求を持っているのです。

それをことさらに求めるという行為自体がおかしい、ということにいい加減に気づかなければいけません。

ですので、僕などは悟りなどには一切無関心であります。

だって知らないうちにそこに向かっているんですからね。

 

悟りへの道は真摯に生きることです。

であれば、前回も述べたように、いかに自分の中に愛を発見していくか?こそがその道ではないでしょうか?

仕事も家庭もそのための場なのです。

自分を創造するとはそのことなのです。

誰もが自分の中に持っている究極の真実に気づいてもらうように、という仕事は片手間でやれます。

皆が本来持っているものですから、そのことを本業にしようというのがおかしい。

ですので、スピリチュアルだけで生計を立てている人は僕は胡散臭いと言いたいのです。

そんなこと必死になってやるこっちゃない。

ま、これに関しては異論続出でしょうな。

 

釈迦は教えなど一切述べていない、というのが僕の持論。

「自分の中に真実を見るよう努めなさい。そこにこの宇宙がある」

これが彼の伝えたかったことです。

四がふたつ合わさって四合わせ、すなわち八。

これまたすなわち発、撥、溌なりき。

人は生まれる日を自分で決めてくるって言ったでしょ。

だから釈迦はこの日なんだよなぁ。

 

あ~、長かった。

2013.4.8

愛をみつける ~シャングリラ・セラピー~

石舞台の桜.jpg

今年は桜の開花が早いですが、皆さんはもう花見はされたでしょうか?

僕は先週に嫁さんと石舞台へ行ってきました。

菜の花の黄色と桜の花の色が明日香の独特の空気に浮かんでいて、とても素敵でした。

写真中央に小さいけど石舞台古墳が見えます。

橘寺.jpg

その後寄った聖徳太子生誕の地と言われている橘寺もすごく落ち着ける場所で、久しぶりに良いお寺だなぁと感じ入った次第です。

 

昨日の朝、布団の中でふと、加治将一氏の名刺に書かれていたセラピストという肩書を思い起こし、”シャングリラ・セラピー”なるものを思いつきました。

一種の誘導瞑想みたいなものですが、ただその動画を見ているだけ、聞いているだけで癒される、自分がここに何をしに来たのかがわかる、そして何も間違っていないのだということが腑に落ちる、という代物で、YOU TUBE にアップして誰でも無料で視聴できる。。。。てなものを気が向いたらそのうち作ります。

ナレーションは標準語でしゃべる僕・・・・

 

さて、本日のテーマ、、、というよりある意味、究極のテーマかもしれませんが

「いくらなんでも、こんな人生なんて選ぶはずがない!」

「こんな体験したいわけがない!」

「その体験を通して幸せなど感じられるかっ!」

というのがあります。

実にもっともな感想です。

 

人は往々にして自分が出来ごとの被害者になってしまいます。

親や社会の犠牲者になってしまいます。

なってしまうというのは、自分でそのように捉えてしまうという意味です。

いつも言いますように、僕たちは物事の原因となるべきであって結果となってはいけないのです。

 

さて、ここでサイドメニューにある「アイ(愛)のかたち」に書かれていることを思い出してみましょう。

そこでの要旨は愛に満ち溢れている愛もあるけれど、愛がまるごと欠けている(ようにみえる)のもひとつの愛の形であるということでした。

中身が詰まっていても、中身が空洞でも、その外形はハート(愛)であるということです。

 

例えば親に十分愛されなかった、自分は必要のない子供であったというトラウマを持つ人がいるとしましょう。

その人の人生は推して知るべしですが、ここで彼・彼女が体験したいことは”親に愛されないという人生がどんなものか?”ではありません。

いや、それは確かにそうなのですが、それだと非常に低いレベルの理解となってしまうのです(ついこの間まで僕はそうだった)

この場合の親は言うまでもなく空っぽのハートを持っています。

それは自分の親からも愛されなかったと思っているからなのですが、ここではそこまで遡らずにおいておきます。

そしてその親の子供である自分自身も空っぽのハートを持っており、そこを埋めてくれるものを”外側に”求めます。

一見、自分の心の隙間を埋めてくれそうな物や人に出会いますが、結局はうまくいきません。

で、ひたすら人生を彷徨うようになります。

なぜか?

 

僕たちはあらゆる体験を通して自分自身を深く知るためにここにいます。

僕たちの本質は愛でした。

そして愛とはすべてのものであり、愛でないものは存在しません。

ただ、”いわゆる”愛のの中にどっぷりつかっていては愛が何か体験的にわからないので、対極のもの、つまり愛の欠如というものを持ってこざるを得ないのです。

それでもなお、僕たちの本質は愛なのです。

 

いま、親に愛されなかった彼・彼女がいます。

親も子供も空っぽのハートを持っています。

僕たちがするべき(したかった)体験は、あらゆる形の愛を体験的に知ること。

今回であれば、子供を愛せなかった親、その親に育てられて自分も愛が何か分からない子供、そのポッカリ空いたハートのピースを一つずつ埋めていく作業が、実は人生を生きるということなのですな、これが。

 

愛がないのに、空のハートを埋めていけるのか?

大丈夫です。

だって、愛がないのではなく、愛がないように思いこんでいるだけだから。

これがトラウマの本質であって、これがあるからハートを埋めるなどという作業が出来るのであり、トラウマからの解放というのはそのことに気づくことを意味します。

ここを勘違いしている人が実に多い気がします。

 

親のハートを埋めていくというのは、すなわち許しと同義です。

そのままの親を受け入れるということです。

そうすることで、自分の中に愛を見つけることができます。

自分の中に愛があるということを見つけるわけですから、結果的に自分のハートも充たされていきます。

また、先に自分の中のハートを埋めていき、結果的に親を愛せる(許せる)ようになる場合も当然あります。

 

ということで、人生とはあらゆる体験に相応する許し、癒し、つまりはいろんな形の愛を自分の中に見つける旅、なのでしょう。

でね、ここがポイントなのですが、決してあせらないこと。

いきなりすべての愛を自分の中に見つけることは不可能です。

それだと、この宇宙のゲームがすぐ終わってしまうから。

終わらないように”進化”という概念があり、”時間”という幻想が設定されているのです。

今回体験できなかった愛、見つけられなかった愛は、次の人生でどこかの星でやるようになってるのね。

それが曲げようのない宇宙の絶対法則であります。

だから焦んないで。

 

どうですか?

僕はこのメッセージは相当なものだと思ってるんですけど、嫁さんにはそれがどうした?くらいの感じで言われました(結構ヘコむ)

こう考えてくると、個人的なセッションを受けて自分の思いや捉われをどうこうしようってのは果たして必要でしょうか?

また、自分を愛して、自分を許して、でないと人生うまくいかないわよ、ってのもどうなんでしょうね。

だって、それが原因で人生がうまくいかないのではなくて、それが人生の目的なんだもの。

だからうまくいかないのが当然なので、それで良いんじゃないの。

 

著書の方には非常に簡潔に核心が書かれていますが、その当時の僕にはここまで深く説明する頭も経験もありませんでした。

先月になってようやくこの智慧が降りてきて、ああ、本に書いたことの裏にはこういう深い話が隠されていたのだ、と自分で納得する始末です。

もし、このことを本当に腑に落としたら、どのようなスピリチュアル・セミナーも、セッションも実は不要であるということがわかるし、パワースポット巡りなど性質の悪い冗談でしかなく、魂の故郷を巡る旅なんて何を言ってんだい?って話です。

 

僕たちは今、ここで、自分の中に愛をみつける旅をしているのであって、それ以外ではあり得ないと思うのです。

 

で、告知です。

お知らせ欄にも書いておりますが、ならまちワンネス歯科では現在、歯科衛生士を募集しております。

パートでも常勤でも構いません。

もしご希望の方がいらっしゃれば、メールあるいは電話でお問い合わせください。

お知り合いの方でそういった方がいらっしゃればご紹介ください。

当院の特徴といいますか、目的とするところは、突き詰めて言えばお口の健康でも身体の健康でもありはしません。

それはまぎれもなく、ここに書いているように、歯科医療を通して皆が愛を発見できるようにという願いの元に仕事をしている点であります。

でも、普通の歯医者よ、表面上は。

2013.4.3

Success Brocken ~成功を邪魔するもの~

皆さん、ご無沙汰しております。

”アミちゃん” 改め ”ネオ” です。

マトリックスのDVD観たら、思わずエアガン引っ張り出して来てバンバンって、、、、子供じゃ~。

 

自分の中に真実を見る、そのきっかけになれば良いだけ。

ここに書かれていることの正誤は基本的に関係ない。

その思いが益々高まるなか、HPに対するお礼などを頂くと、書いたものをすべて消し去りたい気持にかられたりもます。

まあ、自分の中での気づきが増える助けになっているのであれば、それはそれでいいんですが。

 

先週は3日間ほど歯科医師会の学術委員会の任期満了に伴う慰安旅行で沖縄に行っておりました。

その顛末記はまた機会があれば書いてみようかと思いましたが、面倒くさいのできっと書きません。

とりあえずは、ずっと飲んで食ってばかりの旅行でして、万座毛以外では海すらほとんど見なかったような気がします。

今回、初日のお昼に名護にあるステーキハウス”フリッパー”で、念願のヒレステーキ300gを食べることができ、僕はただそれだけで満足なのでした。

 

世に願望実現のハウツー本はゴマンとあり、その通りにすれば確かに願いが叶いやすくなります。

それでもダメな人も、またたくさんいます。

「夢をかなえるゾウ」に書かれている通りにやってるのに、どうしてかなわないの?

あのガネーシャが胡散臭いからなの?

いえ、違います。

それはあなたが自分で自分にブロックをかけているからです。

そしてそれは潜在意識の中に眠っているので、ちと手強いです。

 

小さい頃、親に言われ続けたことが刷り込まれてしまって、知らないうちに自分の願い事に対してネガティブな振動を発振している。

これにはいわゆる過去世が影響することもあります、残念ながら。

潜在意識から常に発振しているネガティブなエネルギーがある限り、いくらうわべで引き寄せの法則などやってみても無駄なこと。

それら自分でかけてしまっている呪縛から解放されるために退行催眠という手法があったりて、非常に有効に働く場合もあります。

あるいは自分でそのあたりに気づきながら少しずつ手放していくというのもあるでしょう(←僕なんかこのパターン)

ただですね、ここでちょっと考えてみたいのですよ。

 

僕は一貫してトラウマというのは個性づけのためのものであって、決してマイナスのものではないのだと言い続けてきました。

それによって生まれる様々な個性をそのまま受容することがワンネスへの道なのです。

ですので、退行催眠などによって呪縛を解放というのも果たしてどうなんだろうと思ったりもするのです。

〇〇によって自分はある行動に対してブロックをかけている。

だからそれを外さなければいけない。

ブロックにより自分が縛られるのはいけないことだ。

これって価値判断ですよね。

 

でも、サクサク願い事を叶えていって創造的に生きたいというのもある。

そのためのブロック外しはやはり、ありかもしれない。

それらををうまくヘラヘラ~っと使い分けられたらいいのかなぁ。

 

僕がここ最近感じているのは、ただならぬ思考の早期現実化です。

何かが強烈に変化している気がします。

地球の波動変化というか、明らかに次元が上昇しているよなぁって感じ。

シンクロも今までとはレベルが違います。

これが2013年ってことなのかしら。

2013.3.30

かぞくきねんび ~藍の卒業式~

強い意思、希望、勇気、決断、行動力、創意工夫、試行錯誤、自己責任、そして愛。

 

昨日、家族で福井まで藍を迎えに行ってきました。

もうそこは卒業だそうです。

奇しくも本日は彼女が通っている(ことになっている)中学校の卒業式でもあります。

 

最初はものすごく遠く感じた福井インターも3時間のドライブ、それも安全運転で着き、ずいぶん近いんだなぁと思いました。

でもインター降りてから道間違えた(笑)

これがお世話になっていた萌叡塾のいま。

道は除雪されていますが、まだこの位の雪は残っています。

萌叡塾卒業 002.jpg

こちらとしてはよく3年間面倒みてくださいました、本当にありがとうございました。

・・・・なんですが、

皆さんが口をそろえておっしゃるのには、「こっちこそ藍ちゃんには本当に良い体験をさせてもらいました」

それが冒頭に書いてある、この3年間に藍が僕たちも含めて周囲の大人に見せたものだったのです。

 

↓ 藍が暮らした部屋(荷物は全部運び出したあと)

まるで大正か昭和初期の書生さんの部屋のよう

萌叡塾卒業 005.jpg

萌叡塾卒業 006.jpg

何かそれらしい挨拶と話をせんとあかんよなぁ、と思っていたところリーダーの谷崎さんと食堂で自然に話がはずみました。

ちなみにこの日の食事当番は藍だったので昼食は彼女がすべてこしらえました。

ここでは全部無農薬栽培をしていますが、周囲の農家の現状は笑ってられないほどだそうで、相も変わらずJAが農家の前に勝手に農薬を置いて行っちゃう。

だからタヌキやモグラなどの動物たちはここの作物ばかりを食べに来るのかもしれません。

 

暴力などとは別に、親や先生が知らず知らずのうちに子供たちを虐待していることに気づいていないことの何と多いことか。

一番ひどい虐待は実は無視することではないかと考えます。

子供たちに自分は価値がないと思わせてしまうのです。

親の期待や学校の成績などの達して欲しい規定線があって、そこに到達しなければ能力不足だと認定してしまう。

こうやって子供たちは不登校になり、引きこもりになり、あげくに自らの命を絶ってしまう。

 

日本にそんな時代があったなんて今となっては信じられない気もしますが、かつての大学紛争時代、谷崎さんは同級生や教授たちに向かって「人は何のために学ぶのか?」 、とことん追求して聞きまくったそうです。

でも、誰も答えられない。

教授ですら、、、です。

 

親に頼まれて今までに何人かの問題児(とされる子供)を預かってきた経験があり、藍のこともいったいどうなるだろうと誰もが思っていたそうです。

しかしながら、何をしたらよいか積極的に聞いてくる。

そして次々に自分のアイデアを出してくる。

そもそもこの時代に12歳の子供が洗濯板で普通に靴下を洗ってる。

そりゃビックリもします。

そんな藍と3年間一緒に暮らして、谷崎さんは自分の教育に対する考えが間違っていなかったと確信できたのだそうです。

萌叡塾に出入りする他の人たちにもよく可愛がってもらったようで、先月には福井市内のフレンチで送別会も開いてもらい、裁縫箱や畑道具他いろんなものも頂きました。

 

子供は自由であることを大人に教えにやってきます。

そのために必要なものは想像力と創造力です。

子供は元々それらを持っているのに、僕たち大人が奪い取ってしまうのです。

 

藍は次のステージへと進んでいきます。

とりあえずは近くの貸農園を借りて、ふうさんと二人で野菜を育てます。

畑の目途が立てば、定時制高校とかアルバイトとかを考えるようです。

きょうび、中卒で就職探すて・・・・(笑)

僕と嫁はそれをサポートするだけ。

放っておけば勝手にグングン進んでいきます。

何かあったら一緒に責任取ります。

正直言ってこの人にはかないません。

スゴイと僕も思います。

 

お世話になった萌叡塾の人たち。

藍とふうさんが似てきているのであれですが、真ん中でピースしてるのが藍、隣がふうさん。

うしろのちょっと光ってる人が僕(え?わかるって?)

萌叡塾卒業 007.jpg

春の訪れとともに、冬の間休んでいた カフェ ”手の花” がオープンします。

土・日・祝限定です。

行けるもんなら行ってみてください。

普通、途中の山道でへこたれます。

この先にカフェなんて存在し得ないと思っちゃいます。

そんな場所にあります。

でもカフェの中は昭和というよりは大正って感じで、時間が止まってます。

 

なお、萌叡塾は教育施設でもなんでもなく、メンバーが自給自足の生活を普通に送っているコミュニティ、というよりはひとつの家庭です。

ですので、いきなり行って見学とかはあり得ませんし、大変失礼なことなのでご遠慮ください。

カフェでお茶を飲めば話もしてくださいますし、手が空いていたら谷崎さんに案内もしてもらえる”かも”しれません。

 

雪解け水とともに、新しい血が流れるような気がする3月の今日という日。

久しぶりにふうさんの心からの笑顔を見た気がします。

やっぱり藍がいなくて寂しかったんですねぇ。

西塔家もまた新たなステージへ進化するかな・・・・。

2013.3.15

右へならえ ~横並びの恐怖~

一日ごとに春めいてきましたが、春と一緒に花粉や黄砂や午後2時半(PM2.5)などもやって来て体調崩している人も多いですね。

僕は最近不思議とアレルギー症状が出ません。

でも今日は花粉が多いね、とかは目とか鼻の違和感でわかります。

いい大人になってから花粉症を発症することもあれば、何が原因なのかわからないけど、花粉症が緩解することもあるようです。

 

ならまちワンネス歯科になってからタウンページに約1/4ページの広告を出していました。

奈良市の分だけで2万5千円/月です。

これが1ページまるまる使えばそれだけ高くなるし、奈良市だけでなく周辺地域(郡山、木津)版まで掲載すると×2とか3になるわけです。

こう考えると他府県のタウンページに大きな広告を出しているところはすごいお金を払っていることになります。

 

それでです、この4年間にタウンページを見たと言って来院された患者さんは僕の知る限り2人。

一人は全体的な自費治療になったので一応ペイはしておりましたが、ここにきてついに費用対効果が認められなくなりました。

ホームページ経由の初診患者さんは少しずつ増えてきています。

少なくとも現状のようにどの歯科医院でもそれなりのHPを持っているのであれば、歯医者を探すときにタウンページはよほどお年寄りかパソコン嫌いな人くらいしか利用しないでしょう。

もちろん土地柄もあるでしょうけど、うちのような奈良市中心部であればそうであるということです。

そこでついに今年度4月から当院はタウンページの広告掲載を取りやめることにしました。

名前と住所と電話番号が一行書いてあるだけになります。

 

その旨をNTTの営業担当に伝えたところ、iタウンページとかグーグルと提携してこういうサービスがありますとか、簡単には引き下がりません。

あとから上司からも電話があり「何か失礼がありましたでしょうか?」

いや、そうじゃなくて、あんたら今までに不必要に儲け過ぎなんだよ。

 

ところがね、他の医院が継続して大きく広告を掲載し続けるわけですから、これに不安を感じたりするわけです。

うちだけ止めて大丈夫だろうか?

〇〇先生はどうされるの? みたいな。

もうこれからは口コミの時代ではなく、ネットを使った営業戦略をたてなければならない、と言われて久しいのですが、果たして本当にそうなのかな?というのが実感です。

うちは相変わらず口コミで来る患者さん多いよ。

 

今週、ふうさんがオタフク風邪になった時に小児科を探すのにタウンページを利用しました。

結局受診しなかったのですが、その時にも知り合いのお母さん方の口コミというのが大きいのです。

その際に何気なく歯科のページを繰ってみると、どれもこれも良いことばかり書いてある。

広告を出す以上は当然他所とは違うという差別化を図らなければなりません。

でなけりゃ広告の意味ないもんね。

ところが広告の規制というのがあるので、書けないことも多いのです。

あなたの心に幸せの種をまく、、、、なんてのは論外なんですな。

なので結局タウンページで差別化を図ろうとしてもどだい無理があるので、結局は設備や所属学会を並びたてざるをえなくなる。

うちみたいに縁があったら来てね、なんてのは広告のていをなしてないのです(笑)

タウンページに限らず歯科のホームページも同じような状況ですが、中には非常にオリジナリティあふれるところもあります。

そこでは差別化云々ではなく、その先生の考えや診療スタイルが独創的なので必然的にHPもそうなるようです。

最近歯科のHPでもやり過ぎ広告(インプラント一本〇万円とかね)というのが目立ちだして、厚労省により規制がかけられつつあります。

 

SEO対策というのがありまして、「奈良市 歯科 インプラント」などで検索をした時に上位表示されるように皆さん必死になるのです。

ですので当院にHP経由でインプラント希望の方が来られることは今のところありません。

これはこれで少し悲しかったりもします(笑)

うちは安心・安全のほとんど骨を削らない大口式インプラントですから~(宣伝)

ま、インプラントなどというものは、所詮治療手段に過ぎないのであって、目的は咬合や健康の回復ですからねぇ。

本日は総義歯セミナー。

近々花粉症対策について書いてみようかしら。

 

ブログの更新が少なくなり僕の身体を心配してくださる方もいらっしゃるようですが、当方はアメーバ等と違い有料ブログ(本当はHP)です。

僕が死んでいなくなれば、毎月の口座引き落としが止まり、このシャングリラからの伝言はぜ~んぶ削除されるのよ~。

おおっ、あと100年は生きるけど、ブログが儚いというのはいいなぁ。

2013.3.10

減塩の功罪

昨日貼りつけたYOU TUBEは、なんか僕のせいで削除されたみたいな気がします。

なので別のに変えました。

知ってる人は知ってると思うけど、これって競艇のテーマ曲じゃなかったのね。

本来著作権のあるものを勝手にアップロードするのも、それを自身のブログに貼りつけるのも違法なのは百も承知ですが、そういう細かいことを場合によっては気にしないのが当方のスタンスです。

 

ギャンブルに公営という接頭語がつくだけで合法になる。

でも賭けマージャンをすると逮捕される。

賭けないマージャンなど誰もやらないのに、一応表向きはそうなっている。

先日、吉原のソープランドの経営者が逮捕されましたが、単にやり玉にあがったに過ぎません。

あんなのは日本全国に山ほどあるのです。

どうしてあの人だけが逮捕になるのでしょう。

 

パチンコ・パチスロなど法律で禁止すれば、それをやっている人のエネルギーが正当な方に向くと思うのに絶対にやらない。

なぜならそこからの税収が馬鹿にならないからというのと、これは誤解せずに聞いて頂きたいのですが、日本に入り込んでいる韓国人の勢力によります。

だからといって著作権侵害の何の言い訳にもなりませんが、シビアなところは非常に敏感に削除依頼をするみたいなので、とりあえず気にしていないということであります。

 

で、今、手が空いているのでこういう時に書いておこうというわけでして、先ほど患者さんに話したことを少し。

テレビでやっていたのですが、長野県が年間医療費全国最低なのだそうですね。

それもこれも減塩に取り組んできたおかげということで、その発端は彼の鎌田實医師であります。

ところが鎌田氏が減塩を提唱した頃の塩というのはまぎれもなく官制の塩化ナトリウムそのものです。

それを減塩すれば確かに脳血管系や心臓系の疾患は激減するでしょう。

当たり前の話です。

でもいつも言うように鎌田氏は塩そのものについては言及しておられません(あくまでも僕の知る限りにおいてですが)

これはおかしいわけです。

 

食品から塩分を減らした結果、日持ちがしないので保存料の登場とあいなります。

味が薄くなるので添加物の登場となります。

結局、悪性新生物他さまざまな病気の登場です。

長野県は、減塩をきっかけにして健康対策に本格的に取り組んだ結果、医療費が減りました。

しかし、そのお蔭で他府県のガン患者は増えたのかもしれません。

こう考えると鎌田氏のやったことの功罪は如何なものでしょうか?

でも、鎌田氏は非常に素晴らしい先生ですので誰もそういうことが言えません。

 

医療費を減らすことなど実に簡単なことです。

皆さん、官僚とよばれる人としゃべった事がありますか?

彼らは僕でも驚くほどに頭の回転が早い。

非常に理解力があり、問題解決のための道筋の立て方がまた早い。

しくゎ~し、彼らは前例と法令から逃れられません。

それ故、創造力に欠けざるを得ません。

たまに政治家からの圧力があれば、知らん間に法改正をやることがあります。

政治家は多数票を握る企業やアメリカからの圧力で動きます。

そのインチキくさい官僚の手口は故阿佐田哲也氏の麻雀の積み込みの如くあざやかです。

中古の家電製品の再販が出来づらくなった時のことを思い出してみてください。

え?何それ? というのが国民のほとんどの感想ではなかったでしょうか。

 

医療費を減らすと困る人がいるのよ。

だからやらないの。

国民がガンになってくれた方がうれしい人がいるのよ。

だから添加物はなくならないの。

放射線測定も真面目にやらないの。

ていうか、やってるけどパニックになるから公表しないだけ。

 

二日酔いの診療では患者さんによくしゃべるわたしでした。

 

~ 告知~ず ~

わたくしの心の友である東京の柴田氏が面白い企画をなさいます。

横浜方面でご興味のある方は是非どうぞ。

僕も近けりゃ参加したいんですけどね。

以下、柴田氏からのメールより転載

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

せっかくの縁あって面白い今の世に生を受けながら 日本人としてのDNA  が眠ったママの『モッタイナイ』面々の遺伝子を覚醒させる為

楽しみながら私の出来る範囲で考えてのトライアルで『スピりチュアルなアナタの為の《茶道》事始め・・・・』との講演・実践活動をひょんな事から始める運びに相成りました

第一弾を 横浜の知り合いのヒーリング・ハウスで3/24予定致して居りま壽    http://ameblo.jp/dryas/entry-11473275040.html では。

2013.3.8

あの素晴らしい愛をもう一度

なぜこうもブログが書けなくなったのか考えてみました。

 

「アミ~小さな宇宙人~」 に次いで 「もどってきたアミ」 と 「アミ 3度めの約束」 を読みました。

まともな本に書かれていることはすべて同じ。

ただ言い回しや物語の設定が違うだけです。

これら3冊の本を通してたった一つのことだけが強調されています。

それは ”宇宙の基本法は愛である” ということ。

これは僕の今年のテーマでもあります。

そして考えてみれば、当院の基本理念に「その言動は真の愛から出ているか?」というのがあり、そうだったなぁ・・・・と思いだしている時点でアカンやんという話。

 

先週もいろいろあって、感動もしたし、涙もいっぱい流しました。

例えば日曜日には、”ならまちワンネスセンター”ならぬ”ならまちセンター(←こちらが元祖)”において、奈良いのちの電話協会主催で高石ともや氏の講演会がありました。

自殺防止のための電話相談の団体で、その日のテーマが「生きているということ そして 生きてゆくということ」 でした。

たくさんのお話や歌を聞かせてもらいましたが、高石さんの場合、聴衆も一緒になって歌います。

ほぼ3時間の講演を聞いて思ったのは、この人にはかなわん、でした。

本当に全身全霊で生きているという感じ、だけど、僕らの前ではいつもニコニコしています。

すごいなぁ、と思うのです。

 

一番最初に歌ったのが「あの素晴らしい愛をもう一度」

で、作詞が北山修、作曲が(4年前に自殺した)加藤和彦なのです。

もう最初から涙が出っぱなしでした。

 

この日のテーマに関して高石氏は、「人は結局他人に迷惑かけて生きてんだから、他の人に恩返ししなさい」 ということでした。

これに関して先日フェイスブックに書かれていた事を少しシェアしてみます。

日本では「他人に迷惑をかけないようにしなさい」「他人に迷惑さえかけなければ何をしても良い」みたいに親からしつこく聞かされてきましたよね。

ところがインドでは「他人に迷惑をかけずに生きることなんて出来ないんだから、あなたも他人のことを許してあげなさい」というのだそうです。

 

また、NHKでやっていた例のサンデル教授の「これからの復興の話をしよう」

僕がボロクソに書いたサンデルと同じ人とは思えません。

これにも涙が止まりませんでした。

 

・・・・てな具合に、いろいろあるにはあったのですが、なぜか書くのがめんどくさい。

今までだったら翌日とか翌々日に書いてたのに。

どうしてかと考えると、おそらく、その体験に伴う感情や感動をその時、その場に置いてきてるからじゃないかという気がしてきました。

あまりその気持ちを持ちこせないので、書く気にならないのでしょう。

 

あらゆる生命体の存在意義は進化であるといっても過言ではないでしょう。

進化しなければならない、ではなく、進化したいと願う、です。

それはこの前にも書いたように、究極の愛への合一化へ向けてということです。

本当の愛に則らないものはこれから厳しくなるでしょう。

そして自らもそのように心掛けないと、やはり生きていくのが厳しくなるでしょう。

 

いわゆる成功者、事業がうまくゆき日本中どころか世界規模で展開している。

社会的貢献度も大きく、経済的にも豊かであり、こういう人にありがちな傲慢な態度もない。

この人は果たして幸せでしょうか?

もちろん、事業の大規模展開とその成功自体がこの人の生まれてきた目的ではありません。

要はそれを通して、より真の愛に近づいているかどうかが問題なのです。

 

愛を求めると益々愛から遠ざかってしまいます。

愛を与えると、愛が与えられます。

というより、愛を与えることによって自分は愛である、自分の中に溢れる愛に気づくのです。

 

以前、今年のテーマとして ・現実世界をしっかり生きる ・他人に依存しない の2つを挙げましたが、それらも含めて愛を生きるという人類の究極のテーマがそろそろ顔を出し始めました。

 

僕は家族を愛せませんでした。

母親を愛せませんでした。

スタッフを愛せなかったし、患者さんも愛せなかったと思います。

そして何より自分を愛せなかった

でもね・・・・

 

愛せない自分がいるからこそ、愛することが出来るようにという旅路が続けられるのです。

そしてそれこそがすべての生命体の旅そのもの。

だから、他人を愛せないって、自分を愛せないって素敵なことなのよ。

そこからすべては始まるの。

だって宇宙の生まれた目的がそれだもの。

 

2013.3.7

アミ ~さらに大きな発見~

実は「アミ ~小さな宇宙人~」に書かれているのと同じようなことは、当方のリンク先やオススメ本でも紹介している長島龍人さんがずいぶん前から思い描いていることなんです。

さて昨日その話を嫁さんとしていたら、さらにスゴイことを思いつきました。

 

およそこの世界の生命体で過去世をまとわないものはいません。

どれだけ高次元の意識体であったとしてもです。

ということは、進化のほとんど最終形に近い星という存在ですら過去世を持っているということです。

地球のことを考えてみましょう。

昨日、このクラスになると魂の融合が起きるのだと書きました。

つまり異なる性格のエネルギー体の集合(ただし溶け合っている)が地球なのです。

それらは地球上のあらゆる生命体の多様性を表しているとも言えるし、人間に目を向けてみると・・・・・

それこそが各人種間の違う性質ではないでしょうか。

地球本体では融合していても、表面になると(光が振動数を落としてきて次元下降すると)分離分裂するんですなぁ、これが。

 

ああ、アミちゃん(←じぶんのこと)すっゴーイ!

なんか、仕事的にも人間的にも大きくBreak Through(ブレークスルー)しそうな予感がする2月の終わりでした。

競馬予想もイイ線いってるし(って、まだやってたの?笑)

ちょっとは真面目に瞑想してみようかな・・・・・

2013.2.28

AMI アミ~小さくて大きな発見~

嫁さんが図書館で借りてきた「アミ 小さな宇宙人」を読みました。

そこで、現在我が家では僕は”アミちゃん”と呼ばれない限り返事をしないことにしました←面倒くせぇオヤジ(笑)

その本を読んでいてふと気付いたことがあります。

こういうのは正確には発見とは言わないんですけどね。

すでにそうであるものを見つけたところで発見ではないということです。

 

人間が次回に動物に生まれ変わるなどということはあり得ません。

大学生が次に大学院ではなく幼稚園に入りたいなどとは思わないのと同じです。

よって動物の過去世を持っているなどというのもあり得ません。

そんなこと言う人はバッタもんです。

そりゃ僕たちがネコやカエルであったこともあったでしょう。

そういうこと言うなら、僕たちはかつて存在するものすべてでした。

ミジンコであったこともあれば、月や太陽であったこともありました。←これ、本日のヒント

それらはいわゆる過去世というものとは違います。

過去世とは今世の自分の潜在意識を形成するものです。

 

さて、アセンションどころではなく、地球人類の意識がどんどん上昇していって、真の愛に近づいていったらどうなるでしょう?

肉体を持って高い意識の元に平和に幸せに暮らしている(今も多数存在する)社会を形成し、それがさらに進化すると肉体を持たずエネルギー体、光、波、として存在するようになるかもしれません。

「シャングリラからの伝言」には次のように書いてあります。

 

旅の終着駅~すべてはワンネスのために~

究極の一点とは”わたしとあなた”が完全に溶け合っている状態です。

ヤマト言葉で言うところの”ア”(わたしの意)と”イ”(あなたの意)がひとつになっている状態です。

これを”アイ”すなわち”愛”といいます。

本当の愛とはこの究極の一点にしか存在し得ません。

釈迦やキリストですらこの状態には遠く及びません。

この思考と感情が行為によって結び付けられ、すべてが溶け合っている状態、この想像もできないような至福の状態を目指してこの宇宙のすべてのものは進化していっているのです。

真の愛とも思考の悟りとも究極の三位一体ともいえる状態、これを神と呼ぶならば我々は神との合一に向かって何度も何度も生まれ変わり進化していくのです。

 

う~ん、我ながらスゴイね(笑)

さて、釈迦やキリストクラスの魂が更に進化するとそのうちどうなるかというと、星になります(アッサリ)

この宇宙に存在する膨大な数の星は実はそれぞれが進化中の(それもかなり高次元の)魂の現れなんですねぇ、これが。

だから消滅して、また生まれたりするのよん。

ただし人間で言うところのひとつの魂がひとつの星を形成するかというと???であります。

もしかしたら、そのあたりから魂の融合は始まっていて、いくつかの魂が溶け合って星を作るような気もします。

 

でね、よくガイアって言うでしょ。

地球を意識のある生命体として捉えた言い方なのですが、それって話が逆なのがおわかりでしょうか?

僕たちが進化の先に行きつくのが惑星(自分で輝けず恒星の周りを周回している)であり恒星(自分で光り輝くことができる)なのです。

ということで、地球に対する考えと態度を変えなくちゃね。

どえらい失礼ですもんね。

 

この話、スゴクない?

2013.2.27

境界線からのメッセージ

日曜日の午前中は障害者の歯科検診でした。

いつも思うのですが、境界線近くの子供というのがいます。

健常児と障害児の間という意味です。

これはその学校により違いますが、少しでもそういう疑いがあると養護学級に入れようとする所もあれば、普通クラスで授業を受けるように勧める所もあります。

普通クラスでは多少授業についていきにくくなります。

でも養護学級に入ると、もう完全に障害児として育っていくことになるでしょう。

学校側の立場や他の生徒や保護者の想いもあり、非常に難しい問題です。

 

当院にも僕から見たら境界線だなぁと思われる子供が来ることがあります。

その時に僕は心の中で子供に対して「先生はちゃんとわかってるよ」という旨のことを伝えます。

確かに障害児が生まれるには母親の生活習慣や両親のDNAという物理的問題も存在はするでしょう。

それでもなお、障害児は勇気のある魂であり、本当の天使なのだということを僕は知っているよ、ありがとうね、と伝えるのです。

あくまでも僕の感触としてなのですが、そのように僕が認識した子供たちは成長の過程でより健常児に近づくような気がします。

子供が大人に対して持ってきたメッセージに気づくと、彼らが抱えていた荷物が減るということでしょうか。

 

子育ての極意は親自身の自分育てだと知ること、といいます。

子供というのはたった一つのメッセージ ”自由に生きること” をたずさえてきます。

よりわかり易く言うと、”自由に生きることを自分に許す” です。

その中でも障害児は ”あるがまま愛すること” を教えようとします。

これは、「こんな僕でもお父さん、お母さん、愛してくれるの?」

ということのようですが、本当は障害児の子育ての中で親が自分の中で様々に噴出する感情がありますね。

一見ネガティブに見える感情を持っている自分、すなわち親自身を親自身が愛して(許して)あげてね。

ではないかと思うのです。

 

障害児は健常児のようには出来ません。

普通には出来ないのです。

でもね、”普通って何?” なんですよ。

「お父さん、お母さん、どうしてそう自分のことを責めるの?何と比べてるの?」 なんですなぁ。

 

親が障害児のメッセージをきちんと受け取ること、すなわち、自分自身をそのまま愛せる(許せる)ようになると何かが変わっていく気がします。

境界線上の子供が健常児になるとか、あるいは、より崇高な選択というのもありますが・・・・・

2013.2.26

慣れたようで慣れないシンクロニシティ

特別な日?

診療が終わって昨日のブログをアップして自宅に上がり、テレビをつけました。

興味を引いたのはNHKの「かんさい熱視線 レンズの先に自分が見えた ~ある高校写真部の挑戦~」

ぐいぐい引き込まれました。

ある女子高生にスポットを当て、彼女がカメラを通して自分を表現するところを描いていました。

その女子高生というのがアイメイクして赤い口紅をつけて「こいつは・・・・」と思うような子なのです。

ていうか、まだ見た目でそう思う自分がいるのねと思ってしまう。

ところが、この子の写真を撮る感性が凄いのです。

どちらかというと明るく綺麗な写真ではなく、暗くネガティブにも見えますが、非常に物の本質に迫った素晴らしい写真です。

 

ある時、大阪府にあるその高校の写真部は横浜で行われた全国大会に出場しました。

3人一組のチーム戦です。

主催者側が準備したテーマにそって規定時間内に撮影して3人の合計点を各チームが競うというものです。

与えられたテーマは  ”恋するヨコハマ”

 

これは彼女にとっては非常に不利なテーマです。

でも彼女はおもねることなく、自分の感性、自分の写真を大切にすることに決めました。

”恋するヨコハマ” のテーマで街の電信柱を撮ったりなんかしてね。

僕はこれを見た時に思わず、「そうや、それでええねん!」

 

その後、ある外国人が連れていた小さな男の子をチームの仲間と撮らせてもらいました。

もちろん3人ともアングルも何もかも違います。

結果は優勝とはなりませんでしたが、仲間の一人が特別賞をもらいました。

眼力が審査員の心を打ったということです。

でも件の彼女は悔しくて仕方がないという様子。

 

大阪に帰って部室で顧問の先生は二人の女子生徒を前にして次のように言いました(うろ覚えですので委細は違うと思います)

「俺は二人ともええ写真やと思うで。

こっちの賞をもろた方は、この男の子を正面から見据えてる。

真っ向勝負を挑んだわけや、そやろ?

ほんでおまえの方は斜めからこの男の子の青い目の奥深くに迫ろうとしたわけや。

ここで表現しようとしたこと、おまえにはそう見えたんやろ?

ほんなら、そんでええねや」

 

いい先生ですね。

 

実は僕は番組の初っ端から涙がずっと流れ出て止まりませんでした。

自分らしさ、自分の視点の大切さをブログで書いてすぐにテレビでこんなん見る?

たいていのシンクロには慣れたつもりでも、まだその上が来るという話。

2013.2.23

悟りと創造性

ここ数日は奈良でも油断していたら雪が舞っています。

およそ昨年11月くらいまで、ほぼ毎日のように書いていたブログですが、よく書くことがあったというか、どうして毎日書けたんだろうと不思議でなりません。

 

と、この3行を書いただけでもう嫌になって自宅に上がってしまいました(パソコンは診療所にある)

頭の中にネタはあるものの、それを言葉として現象化させる行為が面倒くさい。

僕にとってパソコンのキーを叩くのは屁でもないです。

普通に話す程度のスピードで打てます。

いったいどうしちゃったんでしょうね?

今が普通で、毎日書いていた時が尋常じゃなかったのかな。

このような理由で僕はSNS(facebook等)も見はしますが、自分から発信することはありません。

 

「プロセスこそすべてである」

 

山中伸弥教授が新設の科学賞を受賞しました。

ノーベル賞の倍額だそうですから、結局彼はこの1年でノーベル賞賞金×3をもらうことになるわけで、他からも研究助成費の申し込みが数多くあるでしょうから、彼が今後研究費に困ることはおそらくないでしょう。

iPS細胞というのは彼にとってあくまでも手段であり、彼の真の目的は難病の患者さんを救うことです。

かつて研究員時代、自分で動物の世話をせざるを得ず、研究費もままならない時、研究生活を止めてもう一度臨床医に戻ろうかとまで思ったそうです。

これがもし、研究を始めてすぐに結果がでてノーベル賞をもらったとしたらどうだったでしょう?

 

思ってすぐにゴールに達するとどうなるかと言いますと、人間が薄っぺらくペラペラになってしまいます。

そして傲慢になります。

山中氏の仕事は確かに公共性大なるものがありますが、彼の人生だけに焦点を絞って見れば、ノーベル賞等の受賞は単なるイベントにすぎません。

頭をひねって考えて様々な試行錯誤をする、その中での数々の苦労や発見に伴う喜びこそが彼の人生の真髄でしょう。

 

そして事成りし時、人は自分の人生に失敗などなかったことを理解します。

意見が対立した人達ですら、実のところ自分の仕事の助けになっていたことを理解します。

優しくなっている自分がいることに驚きます。

どのような物の見方も尊重されるべきもので大切なのだと腹に落ちているからです。

その時、人は非常に謙虚であり、あらゆることをそのまま受け入れることが出来るようになります。

結局ね、ワンネスへの道を進んできたということに気づくわけです。

 

山中伸弥教授の受賞をして、彼がワンネスの道を一歩一歩歩いてきたのだとわかる人はどれ位いるでしょう?

僕は賢いからわかるのよ←謙虚さの欠片もおまへん(笑)

 

そしてiPS細胞が臨床応用される段になった時、山中氏はちょっとスゴイ人になっていると思います。

視点が高く、広く・・・・

スピリチュアルを追及してきた人などとは比べものにならず、研究は大成し、人を大切にし(家族や研究スタッフ)、他人に感謝し(助けてくれた人や患者さんたち)、いわゆるバースビジョン(生まれてきた目的)というものを公的にも私的にも達成するという人間的偉業。

彼は必ずそうなると信じています。

 

僕が最も感銘を受けた陶芸家の河井寛次郎氏。

彼の前では魯山人ですらかすんでしまう。

かつて足立美術館で氏の作品や書を前にした時、ディクシャどころじゃないとんでもないエネルギーに打たれ、身体が凍りついたように凝固してしまったのを覚えています。

「この人・・・・悟ってる・・・」

そう思いました。

今なら”悟る”というややこしい言葉は使わないかもしれませんが、とにかく意識が僕より遥か彼方にまで進んでいることに畏敬の念すら浮かびました。

 

氏の想像力と創造力は半端じゃありません。

その造形美は非常に力強くユニークです。

このように何か一つのことに打ちこんで、そこで創造的であることが何より重要で、そうすると結局は悟りの道を進むことになるのだと思うのです。

つまりは仕事において(主婦業も含む)創造的でありたい。

そうすれば進化は自動的に進んでいく。

そのためにたいせつなこと・・・・・

 

創造的であるために要求されることは、自分らしくあること、自分の物の見方(視点)や自分の感じ方(感情)こそが大切であるという態度ではないでしょうか。

だからわたしは言うのです。

悟りの道は、修行することでも、本を濫読することでも、セミナーを受けることでもなく、瞑想することですらない。

あなたの人生そのものがそれなのである。

 

どうやら今日は特別な日のようです・・・・

2013.2.22

日々是雑感

僕は他人のブログを見るなんてことはしませんし、なぜ他人の日記を読みたがるのか不思議に思う方なので、最近ではいったい俺は何やってんだろ?と心の中でつぶやきながらブログを書いていたりします。

ここのところ、それ言ったら元も子もないということばかりが頭に浮かびます。

 

もう「シャングリラの伝言」のミッションは終了しているので、ここに書かれていることは僕にとってはすべて過去のものです。

今書いている今日のブログも昨日感じたことなので思いっきり過去のものです。

今のことは僕の心の中にしかありませんし、それは他人に伝えることが(通常)物理的に不可能です(本当はできる)

そして当方のHPに関していまだに新しい読者の方からメールやコメントを頂くので、正直戸惑ってしまうのです。

僕が2年も3年も前に通過したところで何かを言われても返す言葉がありません。

それらが迷惑だからよこすな、と言ってるんじゃありません。

違和感を感じるという正直な感想を述べているだけです。

通過したと言っても、それらのメッセージが古いわけではありません。

ただ幾多のメッセージたちは皆自分の中にあり、みみk

 

常にあるのは”今”であるものの、過去の後悔と未来への不安は正直、僕に付きまとって離れません。

でも”今”なのです。

思考を邪魔扱いされるむきもあるようですが、僕は思考と友だちでいます。

 

これは僕だけかもしれませんが、またしても大きなエネルギーの波の変化を感じます。

毎年そうなのですが、誕生日を過ぎて2月の後半くらいから何かが始まります。

さて、当初の予定を少し変更して最近の世間での出来事に関して僕の思うところを記してみたいと思います。

ま、適当に読み流してください。

 

(体罰による自殺問題について)

顧問の懲戒免職に次いで校長が更迭されました。

何らかの責任は負うべきでしょうから仕方がないのかもしれません。

しかし、問題の根本はそこではない気がします。

桜の宮高校というスポーツで有名な学校があり、そこに行きたい、そこに行かせたい、と望む親子がおり、そういう人にどんどん来てもらいたいと学校のカラーを打ち出す運営者がいる。

その状況において、体罰は別としても厳しい指導はむしろ望むところ。

そう、皆の望むところだったはずなのです。

僕はこの話にナチス・ドイツを重ねてしまいます。

あれも国民の望むところとして出現したのです、元はと言えば。

要するに勝つことが優先されるスポーツなどクダラナイという話。

そこに集まる人全員が自分の意識の持ちようを考え直すべきでしょうね、本当の問題が何かを知ればですが。

 

なお、桜の宮高校の生徒に嫌がらせをするような輩は下の下の下ですな。

人間のクズと言えましょう。

福島の人たちを差別するような人も同類。

でもそういう日本人が少なくないのも悲しいかな事実。

 

(レスリング落選の話)

IOC理事たちの裏側で何が行われているかは知る由もありませんが、不正があるとするなら、いずれ必ず白日のもとに晒されることでしょう。

五輪精神は何処へやら、完璧に金儲けの道具になっています。

まだ国の威信を賭けて選手同士が戦うって方がマトモな気がするけど。

そもそも野球やサッカーのようにプロスポーツとしてきちんと成立しているものを五輪の場でやる必要性が僕にはわからん。

 

2020年東京五輪誘致の話は、これは絶対に無理だと思う。

決定的な要因は原発による放射能汚染です。

海外の人たちはそれがどれだけ深刻かわかっており、日本人だけが知らされていないという現状で、こんなところに世界中の人が来るはずがない。

東京都民の無関心など全く関係ありません。

 

(中国人観光客減少?)

あまりのマナーの悪さと、ツアー料金のしつこい値下げ要求に嫌気がさした旅行会社は、徐々に手を引いているようです。

様々な大手や中規模の会社も人件費高騰により、工場を東南アジアの他の地域に移すことを考えています。

でもわたしは言いたい。

中国という広大な市場、つまりは中国人がお金に見えた日本人こそ下衆いのではないか。

経営は常に拡大成長を続けないといけないという妄想から来ているのじゃないかしら。

 

(無題)

グアム島の事件は痛ましい限りです。

以前はこういうのは、過去世において加害者と被害者が入れ替わっていたんだよと言っていました。

最近は変わってきている気がします。

単に偶然にそこに居合わせてしまったということです。

物事は一瞬では切り変わらないので、徐々にカルマちっくなのから変化してきているのでしょう。

海外で起きた事件に関するニュースでいつも心に引っかかるのは、「これに関して日本人被害者は・・・」と日本人の事ばかり報道することです。

もちろんまずはそこなのでしょうが、なんか日本人さえ無事だったら他の国の人たちはどうでもいいみたいに聞こえて仕方がありません。

 

(最後に超どうでもええ話)

昨日、M先生の後に嫁さんと久しぶりにランチに訪れた高島屋ダイニングメゾンにある居酒屋さんぽ。

そこで吉本のガリガリガリクソンを見ましたぁ・・・・。

 

(まとめ)

すべての事象は我々一人一人の意識により引き起こされています。

もし望むような世界でないのなら、自分の中に何か矛盾するようなものがないかチェックするべきでしょう。

平和な世界を望みながら、子供にスポーツをさせているのなら、それこそ矛盾ってものです。

いきなりスポーツがダメで、運動が良いのよってのも無理があるでしょうが、スポーツも勝敗にさしてこだわらずに楽しむということは可能だと考えますが如何?

 

「シャングリラからの伝言」の目的は”より良く人生を生きるために”です。

人が往々にして間違いやすいのは、いや、必ずと言っていい位間違えるのは、手段が目的化してしまうことです。

医療にしてもそうでして、医療のための医療になりがちです。

スピリチュアルの場合も、メッセージは幸せに生きるためにあるはずなのに、到底幸せには見えない人がスピリチュアルを語っているのを目にするにつけ心の中で嘆息が出ます。

僕たち行動が伴ってナンボなのよ。

メッセージはあくまでもメッセージ。

 

ほんでね、ええ加減バレンタインと恵方巻きというバカバカしい習慣は止めたらどうなの、日本人は。

2013.2.15

モーニングバード ~朝取りの鳥?~

建国記念日の朝のモーニングバードという番組を見ていたら、「アゴずれ」の特集をやっていて、ん?と思ったら案の定、我が恩師である丸山剛郎先生が出演されていました。

僕はこの先生の元で大学院で学位をとったのでありまして、またこの先生にクビを言い渡されたのであります。

でも今では普通に年賀状のやり取りをしております。

 

番組では先生が普段治療に使用しているマウスピースのことはサラッと流しましたが、あれが結構ええ値段するんでおます。

普通の人はビックリします。

普通の歯医者もビックリします。

丸山先生のことをよく知っている僕は、まあそんなもんやろと思います。

 

自由診療の値段というのははっきり言って文字通り自由なのです。

患者さんがその値段だけの価値があると認識すればいくらだってありでしょう。

入れ歯で1千万円チャージする歯医者も世の中にはいるのです。

これだって患者さんが良く噛めて満足するならありだと思います。

そうならないなら、これは問題でしょう。

 

丸山咬合療法のキモは、正しい下顎の位置が身体の健康にとって大変に重要であるということです。

それはその通りなのですが、では”正しい下顎の位置はどこか?”というのは非常に難しい問題なのです。

番組では眉間と鳩尾(みぞおち)を結んだ線より下顎が左右のどちらにずれているかチェックしましょう、となっていました。

でもね、脊椎が側弯していて鳩尾が身体の中心でないこともありますし、頭の位置なんてもっと当てになりません。

試しにお風呂上がりにでも裸のままで全身が映る鏡の前に立ってみてください。

目を閉じて両方の足の踵をつけて、パッと目を開いた時の身体の中心線に対する首の傾きや頭の位置、下顎の位置などを見てみてください。

あまりの歪み具合に驚かれることでしょう。

程度の差こそあれ、誰だって歪んでいます。

 

”下顎の位置を身体の中央に” というのは非常に素晴らしい着眼点で、それにより様々な不定愁訴が改善したりもします

変化がないことは少ないと思いますが、思ったほどの効果が出ないということはあり得ます。

なぜか?

 

噛み合わせが原因で下顎の位置が狂い、身体の歪みを生んだのなら、下顎の位置の是正と噛み合わせの治療が必要となるかもしれません。

しかし、身体の歪みが原因で下顎の位置が狂い、噛み合わせが不調和になるのなら、まずは身体の歪みを取ることを考えるべきでしょう。

身体の歪みを取るのは通常害がないですが、噛み合わせをさわると元に戻らないから、きちんとした根拠と確信が必要です。

 

どちらが原因であるにせよ、悪い姿勢や習癖などの誤った生活習慣があれば、それを修正しないことには再発の危険性大であります。

そして、結局は身体が歪んでいるのであれば身体の中央に下顎をという概念も成立しない気もします。

また、中西研二氏がやっているような瞬時に身体の不調を取る5次元ヒーリングなどが可能なのであれば、何も噛み合わせをさわらなくても、マウスピースを作らなくても良さそうなものです。

でもね・・・でもね、なんですよ。

噛み合わせに不調和があると、いずれは身体を歪めていくのも確かなんですなぁ。

要は様々な視点から見ていかないといけないという話。

治療家は往々にして自分の見方だけが正しいと思い込みがちですからねぇ。

 

ああ、なんかつまらんブログ書いてしもた。

普通の歯医者の寝言です。

ということで、次回はセルフヒーリングと悟りについて。

あ~、またつまらんかも・・・・・

2013.2.13

 

頑張るじゃん~ジャン・バルジャン

話題の「レ・ミゼラブル」です。

かえる庵の奥さんに「絶対に泣きますよ」と言われていたので、絶対に泣かんとこうと思って観ました。

僕はAEONは嫌いですが、映画館は別です。

僕、自分の都合が悪いことに関しては「〇〇は別」と言います。

大人ってや~ねぇ。

夫婦のどちらかが50歳以上なら一人千円で観ることができます。

今のところ50歳超えての人生上の特典はこれくらいです。

およそ2時間半の映画を千円で観られるのなら、これはお得。

ただですね、2時間半と言いましたが、全編これミュージカル仕立てになっておりまして、僕はサウンド・オブ・ミュージックとかウェストサイド・ストーリーとかをイメージしていたのですが、要するに役者が台詞を全部唄うわけです。

必要のないところまで唄になっています。

普通に喋ってくれたらおそらく1時間くらいで終わります。

前半は暗くてだるいので、誰かが唄う度にムカムカしてました(笑)

 

で、問題のラストシーンです。

物語の途中で死んだ人があの世へ旅立とうとしているジャン・バルジャンの隣に立っています。

その人を見た瞬間に「あ、こりゃあかんわ」と思いました。

あとは涙ダダ漏れです。

そもそも僕は魂が肉体を離れることを決めるシーンに弱いのよ。

 

夜になって嫁さんが子供たちの寝間で本の読み聞かせをしている時に、僕は酒飲みながらカラオケの練習をしていました。

別にカラオケセットがあるわけではありません。

ラブ・ユー・東京です。

”七色の髪が~ 抜けてしまったの~・・・・”

な~んで自宅で替え歌の練習してるのか意味不明です。

そしてなんか知らんけど一度ご紹介したことのあるテレビ新広島のエンディングの唄を。

”もしも もしも 広島に~  ピーターパンが やってきたら・・・・”

これ唄うと涙が出ます。

広島の院長が自宅のマンションにもう一室借りていたところに居候させてもらって、ほとんど家財道具がない状態で身一つでいたあの頃。

仕事が終わって、夕食をポプラ(コンビニ)で弁当買って温めてもらって、缶ビール飲んで、大阪のテレビとは比較にならない程つまらないテレビを見ていました。

それ以外に何をやって時間をつぶしてたんだろ?

おそらく全国ネットの番組を見て、最後のエンディング・テーマを聞いていたんだと思います。

 

「西塔君、うちに来てもいいよ」 の一言を頼りに、医局をクビになってプータローをしていた僕は中国道を西へと向かいました。

僕に特別な技術や知識があったわけじゃない(全くなかったわけじゃないけど)

単に僕は西塔治として単身広島で働いていたのです。

それからすると、今はワンネス歯科の院長とか歯科医でありながらヒーラーでディクシャギバーとか、「シャングリラからの伝言」の著者、その他いろんなものを自分にくっつけちゃったなぁ。

 

いま一度

そう いま一度

裸になってやり直してみたい

ただの西塔治として

まるで真綿が水を含んでいくように

自然に ごく自然に

歯科の真実を

身体の真実を

そして真実の愛を

みつめていきたい

それが51歳になった僕の

今年のテーマのような気がする

2013.2.8

ザ・シークレット ~羨望の眼差し~

古いタイトルです。

 

はじめに柔道の話ですが、これは15人の選手たちの言うことが正論なのであって、問題は協会の体質なのです。

誰かに責任被せて辞任すれば良いという問題ではありません。

根本的に考え直す時期なのであり、また、そもそも強化委員などという言葉にも今では違和感があります。

スポーツで優劣を争うのってつまらんよ。

何度も言いますが、オリンピックは元々自分の所有している奴隷の比べ合いだったのです。

今だにそんなことやってるのが信じられない。

競馬と競輪は別(なんでじゃ!笑)

 

さて、ザ・シークレット関連の本は今では腐るほど出ていますが、元々のそれは所謂 ”引き寄せの法則”のことでした。

思考がその現実を引き寄せるということですね。

今日お伝えするのはそういうのとは少し違います。

当方はより良く生きるための”How To” 等は嫌いです。

宇宙の理と小賢しいテクニックは別物だと思います。

でもこのことは自分でもホ~と思ったのでこっそり教えちゃいます。

 

例えば、あなたが独身で彼氏いない歴〇年だとして、ある時、あなたの友達に彼氏が出来ました。

紹介された彼を見ると背が高くて今風のイケメンです。

さあ、あなたの心の中は穏やかではありません。

表面上の笑顔と言葉とは裏腹に、腹の中では・・・・

「顔が良くったって、この人フリーターじゃない。絶対に結婚までいかないわ」

とかね、

「この人モテそうだから、浮気の心配ばかりすることになって結局あの子苦労するんじゃないかしら」

とか。

 

要するにあなたは彼を見た瞬間、羨ましかったのに、それが妬みに変わってしまった。

その妬みのエネルギーから自分を守るために、何やかやと否定的な言葉を思い浮かべるわけです。

妬みというのは物事には優劣があるという誤解に基づいています。

羨ましいという感情すなわち羨望というのはごく自然な感情です。

それを否定するからいけない。

 

最初の羨望の感情をそのまま大切にしておけば良いのです。

「わたしも素敵な彼氏が欲しい」

それでいいのよ。

一度そう願ったら、あとは忘れておきなさい。

「彼氏が欲しい」と思い続けると宇宙は”彼氏が欲しい状態”すなわち”彼氏がいない状態”を延々創造し続けるからです。

その時に、よく言われるように、さも彼氏がいるように振る舞うなどとバカバカしいからやめなはれ。

 

僕もお兄ちゃんのように野球が上手くなりたい。

で、友達と野球して遊んでいるうちに気がついたら上手くなっていて、高校野球に出場ってなことになるわけさ。

 

商売上のライバルがいたとしましょう。

向こうの経営は右肩上がりで自分とは話にならない。

ざっくり言えばファーストリテイリングすなわちユニクロ(だけじゃないけど)は、安いけどすぐダメになるし、アジアの人を安い給料で雇って云々・・・・。

そういうことを言ってると、あなたはその低い状態で居続けます。

羨ましい気持ちをそのまま大切にして、自分が最も魅力を出せる状態を作り、企業努力していけば必ず自分なりの繁栄を迎えます。

その時、あなたは気づくでしょう。

ユニクロはライバルではなかった、蹴落とすべき商売敵などではなかったと。

自分を成長に導いてくれ、人々に喜ばれる商売を共にする仲間なのだと。

視点が低かったのです。

 

でね、最近こればっかり言ってるのですが、スピリチュアル関係の本を読んだりとか、誰かのセミナー受けたりとかばかりしているとね、

早い話がスピリチュアルを他人から”学ぼう”などという馬鹿げたことをしていますとですねぇ、

このような気づきは一生自分の中からやって来ないよ。

 

〇〇さんのセミナーを受けたら凄かった。

彼女は光り輝いていて、ハートが温かくなって、ハイヤーセルフと繋がった感じ。

・・・・ハイハイ。

世の中にそのように素晴らしく思えるスピリチュアリストはたくさんいます。

でもね・・・・・

 

あなたが見る世界、あなたのいる現実はあなたの視点が作るのであり、その世界において最も光り輝いて最も素晴らしいのはあなた自身なのだ。

他の人は関係ない。

どのようなセラピストも、どのような聖者も、あなたの世界において、あなた以上ではあり得ない。

あなたはピッチャーマウンドにおり、あなたが投げることでゲームが進む。

セラピストたちは外野であり、あなたを励まし、あなたの打たれたボールを拾うだけなのだ。

エースナンバーを背負っているのはあなただけ。

 

そこを腑に落とさないから、いつまでたっても堂々巡りしてるんじゃないかしら?

 

なんちゃらセラピーを学ぶのも結構、ほにゃらかヒーリングをお金出して習うのもまた結構。

しくゎ~し!

世の中にその手のメソッドなど腐るほどあるのよ。

あなたの学んだのが最強かしら?

他にもっと素晴らしい方法があって、それを教えてくれる先生がいて、あなたが知らないだけだったらどうします?

 

方法論にこだわると、大切な何かを失うよ。

セラピストを求めるのも、グルに頼るのも、ひとつの方法論に過ぎないさ。

”大切な何か”にこだわれば、あなた独自の方法が試行錯誤とともにやってくるかも。

 

本当に賢い人はどうするんでしょうねぇ?

(おおっ!久々に辛辣なブログじゃ。笑)

2013.2.5

節分

接吻ではありません、節分です(え?こればっかりって?)

土曜日はもう一人同級生が合流して3人で天満ナイトでした。

が、早めにカプセルにチェックインして、やめときゃいいのに天満の駅まで歩いて行ったんです。

JRでほぼ一駅分。

でね、道わかんなくなったんですよ、例によって。

天神橋筋商店街3丁目にいるのはいいんだけど、そこからどっちに行っていいのかわからない。

待ち合わせの7時を少し過ぎました。

親友から電話かかってきました。

「いや、近くにおんねんけど、こっからどうしたらええかわからへんねん」

「人に聞け!!」

 

近くの店の人に聞くと、案の定、商店街を駅と反対の方に歩いていたようです。

予約せずに天六のレンガ通りを歩いていて、もし入れたらお気に入りのマッシュ・アップにしよかということで店の人に聞くと、10時半までだったら空いてますとのこと。

今、7時過ぎです。

3時間も居酒屋にいませんから大丈夫です。

で、3人ともよく飲みました。

その時、一番感動したのはなんと!北海道から空輸直送の”鰊(にしん)”の刺身です。

鰊の刺身なんて食べたことないでしょ、普通。

僕も初めてだったのですが、これが歯ごたえも良く美味しいの。

やるぜ、マッシュアップ。

 

2軒目は鰻の天五屋の上にあるバー。

その後、お一人様お帰りで、いつもの二人でもう一軒居酒屋へ。

友達が先日テレビで紹介されていたのを覚えていたらしい。

どうでもええけど、さっきマッシュで〆鯖食うたやんけ。

なんでまた頼むの、おまえ?

 

4軒目はタクシーで新地に移動して昔馴染みのスナックへ。

ついさっきまで僕がえらくお世話になった先輩がいたそうで、まさにその席に僕は座ったのでした。

この先輩とはこういうことが多いです。

「西塔さん、先ほどまで〇〇先生いてはったんですよ」ていうのが。

 

5軒目はお初天神近くのカラオケスナックへ。

ホテルに戻ったら午前4時過ぎでした。

朝起きてからだと風呂は混むので、そのまま入浴してベッドイン。

8時40分に起床して朝飯食って電車で帰宅。

12時から学園前で慧と一緒に散髪屋さんの予約入れてたので、別府マラソン見ながら髪の毛を整えて頂いて、昼ごはんは?という話になりました。

嫁さんとふうさんもついてきてます。

「あ、そういや昼飯皆で食べようて言うてた気が・・・・」

僕、立派な二日酔いです。

「子供らはあそこのバイキングがええんと」

「えっ・・・・・・(絶句)」

もいちど言いますが立派な二日酔いです。

バイキング無理です。

でも父親らしさを出そうと思って行ってまいりました。

木曜日よりも人が多かったのですが、まあ、家族で外食するのは(滅多にないけど)楽しいね。

節分.jpg

帰ってから豆まき。

手作りお面と赤バットで皆が交替で鬼をやります。

何気にマジで怖いです、このお面。

なんとな~く、春が近いのかなと思う今日この頃。

普通のブログか!(あればっかり)

2013.2.4

ろくやおん

鹿野苑(釈迦が悟りを開いてから初めて説法したところ)ではありません、鹿野園です。

奈良の佐保短期大学にあるレストランで、午後1時からは一般客も利用できるのであります。

と、その前に・・・・

 

嫁さんがマイタウン奈良の読者プレゼントで酵素風呂の無料券が当たったので行ってきました。

券は1人分ですから僕は送り迎えしただけです。

以前からそれをやってるイオンハウスの前は車で通っていたので知っていましたが、まさかここに来ることになるとは思いもせず。

春日病院の横です。

大高(おおたか)酵素を混ぜたオガクズの中に身を沈め、大量の発汗を促し血行を促進するというものです。

当分続けると様々な難病に効くということで、そりゃまそうだろうと納得するのであります。

今度は夫婦一緒に行ってみよう。

その日一日嫁さんの頬はプルップルでした。

 

佐保短大のレストラン

ほいでからかねてから目をつけていた佐保短大のレストランに行ってまいりました。

1時までは学食として営業しますので、1時少し過ぎに行くと、もうすでにたくさんの人がビュッフェコーナーに並んでいます。

そこからの眺望はこんな感じ。

佐保ランチ

ランチは1300円、デザートつけると1500円です。

写っていませんがお盆の右側にはお茶と味噌汁がありまして、ご飯の上にあるのはもう食ってしまった手作り豆腐。

この豆腐は授産施設”こっから”の逸品であります。

味噌汁は”いりこ”などからとった出汁がしっかり出ていて大変に美味。

ビュッフェコーナーにはこのプレートに載りきらないくらいもっとたくさんの料理がございます。

いくらでもお代わり自由です。

が・・・・・・これだけではな~~~い!!

佐保メインディッシュ.jpg

あ~た、これにまだメインディッシュッシュがつくのよ。

何種類かの中から選べます。

嫁さんはチキンロースト、僕はポークカツミラノ風。

ほんでもって、僕はデザート付にしたので自分で作るソフトクリームにケーキがきます。

ドリンクバーがあります。

それで1500円です。

久々に根性据えて喰いました。

すごいです。

いくら業務用の食材をいくらか使っていたとしても儲からないと思います。

また、行きます。

料理の写メは(行儀悪いから)基本的に撮らない僕も思わずパチリでした。

ワンネスビルより車で10分くらい、護国神社の近くです。

 

本日、親友に誘われ天満に飲みに行きます。

ホテル大東洋予約しました。

例のサウナ付きカプセルホテルで朝食入れて3300円のやつです。

で、今日、2月2日は何気に僕の誕生日だったりします。

51歳になったのでした。

普通のブログか!?(笑)

2013.2.2

What a day!! ~神のいたずら?~

いやしの村だよりの2月号にケビンが書いていたこと。

昨年12月のインドでのディープニングコースに参加してアウェイクニング(覚醒)したと認定されたある人が、帰国してから急に周囲の人たちに自分は人格的に優れているかのように振る舞った、との旨。

笑わせてくれます。

その人のことを笑っているのではなく、アウェイクニングと認定してもらいたくてインドに行く人がいるということや、それを認定しようとしているワンネスユニバーシティが笑わせてくれるというのです、僕はね。

バカじゃね?

(と言ったら気分悪くする人多いやろな)

 

アウェイクニング(覚醒)とは何か?

目が覚めている状態とは何か?

要するに自分に何が起こっているのか冷静に見ることが出来ている状態をいいます。

現在のところ、普通の人においては、体験はマインドとセットでやってきます。

つまり電車の中で携帯で喋る人を意識した時に、その風景だけが目に入ってくるのではなく、”=悪いことをしている”という価値判断が風景とセットで目を通じて脳に行くわけです。

覚醒している人は、そうなりながらもそうなっているという自覚があります。

ですからその後、おかしな感情に振り回されることはありません。

何が起こっているかがわかっているからです。

 

この段階が進んでいくと、携帯で喋る人を意識した時に、単にその風景だけが目に入ります。

マインドはその時セットで存在しません。

要するに純粋な体験だけが存在するわけです。

価値判断しないわけですから、その体験がもたらす感情は何でしょうか?

ここまでいけばスゴイと思いますが、そこにあるのは喜びの感情以外の何ものでもありません。

というか、僕わからんけどね、そんな感覚(笑)

 

アウェイクニングもエンライトメント(悟り)もアセンションも、皆が言うのを聞いているとなんかレトリックがあるような気がするのね。

レトリック、つまり、いかにも正しそうなんだけど、そこにおかしな修飾というか曲解があるぞ、みたいな。

何度か言ったかもしれませんが、僕はどんどん現実世界に集中していっています。

「シャングリラからの伝言」、メッセージなんぞ過去のものです。

 

それはそれとして本題ですが、当院では診療が終わった後に終礼というのがあり、その日の診療を振り返るのと次の日の患者さんの診療の打ち合わせをしておくわけです。

月曜日の終礼の時に火曜日の予約を見ると外人の初診が入っとる。

「これなに?」

「なんか、〇〇さんの紹介で、歯が欠けたそうです」

当日、朝から微妙に緊張するわけですよ。

ま~た、錆びついた英語喋らなあかんわ。

外人が嫌いではありませんが、僕、基本的にシャイで人見知りするので、外人みたいに陽気にアクションや表情豊かに話をするのが大の苦手なのです。

それに外人は日本人なら我慢するような多少の痛みにも敏感に反応します。

めちゃくちゃ気を遣うのよ。

 

で、午後に付添いの日本人女性と来院されたその方は、若く見えますがそれなりのご年齢でして、話を聞くと、昨日バガヴァンのウェブダルシャンでディクシャを受けている最中に歯が欠けたとのこと・・・・・。

え~っっっつつ!?

あなたそういう人ですか?

チャネラーだそうです。

現在、一緒に来られた女性の家を拠点としてセッションをしておられ、自宅はマウイなんだけど、そんなことしながら世界中を周っておられるそうです。

 

付添いの方の通訳のお蔭で、僕の錆だらけの英語もそう活躍することもなく、また治療も自分でもどこをやったのか分からないくらいきれいに出来たので、えらく喜んで帰られました。

でも、僕は疲労困憊しましたので、こりゃ仕事終わったら飲みに行こうと、居酒屋に一人で行ったわけね。

カウンターに座って飲み食いしていると、しばらくして外人男性と日本人女性のカップルが入ってきました。

ま~た、外人かいな、と思いながら観察していますと、女性がトイレに行っている間に外人男性の方が日本語で注文をしているではありませんか。

オススメは何ですか?

チキンのオスとメスはどう違うんですか?

などと。

で、女性が帰ってきました。

ほしたらさ、その娘、英語しか喋らんのよ。

見た目、宇多田ヒカルをほっそりしたようなその女性はニュージーランド出身だそうです。

 

アタマ、ぐらぐらの一日でした。

その後、帰って風呂入って屁こいで寝ました、とさ。

2013.1.30

カッパの子はカッパ

慧の通っている小学校では、2年生に対して”命の学習”というのがあり、奈良県助産師会に協力して頂いて、次のようなことを学ぶのだそうです。

・男の子、女の子の性器

・おなかの中の赤ちゃんの成長

・赤ちゃん誕生

・妊婦体験

・子宮トンネルくぐり

・心音を聞く

・赤ちゃん人形のだっこ

・命のつながり

 

なかなかと思うのですが、ここまでやるんだったらいっそ胎内記憶まで聞いたら良いのにと思うものの、まあ難しいのでしょうな。

これは父兄向けの”ほけんしつだより”に書いてあったのですが、そこにこんなコラムがありました。

 

ほけんしつのないしょ話 32

おなかいたでやってきた5年A君。

ストーブの前で温まりながら休んでいる。

私   「将来のゆめはなに?」

A君 「明日を生きること」

私   「ふーん。もっと何かないの?」

A君 「だって命って、いつなくなるかわからんやろ」

私  「それはそうやな。明日になったらどうするの?」

A君 「今日を生きる」

私  「今日を生きたらどうするの?」

A君 「明日を生きる」

私  「え~っ!なんかすごいな」

禅問答みたい。小学生とは思えない会話・・・・・。

 

で、お気づきかもしれませんが、このA君、うちの慧です。

慧、いっそおまえがこのブログ書け。

ほんでもって、お父さんがもう一回小学校行くわ。

2013.1.29

2013年 今年のテーマ

2012年が終わり、ほぼ1カ月が過ぎ去ろうとしています。

社会では様々な事が起こっていますが、皆さんはどうお過ごしでしょうか?

さて、先月で終了したシャングリラからのメッセージですが、今になってようやくどういう流れなのかが確信をもって言えるようになりました。

僕は自分に起こっていることを通してしかここに書きませんので、時間がかかることもあるのです。

あちらの世界(霊界)では我々を積極的に導くという作業は終わっています。

あとはよく言う「あちらの世界で行われていることが、この世界でも行われるように」我々が動くだけです。

 

世間には覚醒した、と呼ばれる人が増えてきているようですね。

僕はでも、スピリチュアルにどっぷりハマって覚醒したという人よりも、普通に仕事をして徐々に光り輝いていっている人の方が信用できます。

ワンネスへの旅はプロセスこそが大切なので、今であれば拝金主義は良くないけれど、お金自体は汚いものでも悪いものでもありません。

お金も、それを使う人も、それをもらう人も、皆が喜ぶというような経済システムを経ていく必要があると思います。

それは他人に与えられてその経過をとるのではなく、自分の意識でその道を拓いて行くのです。

だからこそ僕は今年の自分の仕事のテーマを”患者さんが望むものを渡す”としたのです。

 

常に自分の技量を高めようとしていると、つい、新しく学んだ治療法を適応したくなります。

決して押し付けようとしているわけでも、それによって自費診療を増やそうとしているわけでもないのですが、患者さんの欲求というものを多少棚上げしていたかもという反省があります。

要するに歯科医目線が強かったというところでしょう。

だからといって、良い治療法があるのに説明もせず保険治療だけでホイホイとやるのもおかしな話でして、そのあたりのバランスが取れるように気をつけようと思っております。

患者さんが喜んでお金を払い、僕が喜んでそれを受け取り、スタッフも喜び、お金も喜ぶ。

ここですな。

 

ですので、今年のテーマのひとつは、現実世界をしっかり生きるです。

僕にとっては家族を大切にし、仕事を頑張るですね。

お金を得るような仕事をしている方は、自分の仕事の在り方をよく考えられた方がよいかもしれません。

それと関連してもう一つのテーマがあります。

それは”もう他人を頼らない。他人に答えを聞かない”です。

ここでいう頼らないは依存という意味ね。

困った時に助けを求めるのとは違うよ。

安易に他人を頼ったり答えを聞こうとすると、自分の内なる声、直感が聞こえなくなります。

もうこれからは躊躇せずに直感通りに生きる時代なんです。

 

もう一度強調しておきますが、他人に聞くと自分の直感は出てきませんぜ。

阿呆になりますよ。

 

僕たちはとかく失敗したくないので、いろんな意味で安全を求めます。

その結果、先達に聞いて、自分での試行錯誤ということをしなくなります。

そうすると自分の中にあるのはすべて誰かのコピー商品ばかりで、まったく創造性の欠片もないという状態に陥ります。

でも無難には生きていけるわけです。

でもそのうち必ず迷子になって、その時に行くべき道がわからなくなるのね。

昔の職人が弟子に対して手取り足取り教えず、見て盗めと言ったのはそういうことを何気にわかっていたからかもしれません。

 

先人の知恵を馬鹿にしてはいけませんが、それだけだと問題を起こすようです。

 

僕は以前にも言いましたが、これからはスピリチュアルで生計を立てている人は生きにくくなるだろう、なぜならすべての人が自分でメッセージを受け取るようになるから。

ただ、現実をみると相変わらずセッションをやっている人がいるし、受けようとする人がいます。

僕もつい最近までやっていたわけですから偉そうには言えませんが。

僕のセッションは完ぺきに相手に丸投げ、本人が自立するようにしか進めませんので、何か特別なことが起こるのではと期待されている人には見事に期待外れに終わります。

霊視をしたりサイキックな力を見せつけたりはしないのです(そんなんようせんし)

普通の人が普通に歩いていけるように解説するだけです。

 

占いの話でも述べましたが、誰かのセラピーなりセッションを受けたとしましょう。

そこで気づいた過去世やハイヤーセルフや守護霊との繋がりは、あくまでもセラピストとあなたで創り出したひとつの幻想でしかありません。

誰かに頼ると絶対にその人の影響を受けてひとつの仮想現実を作るのです。

セラピストの霊能力が強ければ強いほどその影響は大きく、結局は癒されて強くなったつもりが静かに骨抜きされていたりします。

どのような素晴らしいセラピストでもこれは避けがたいものなのです。

 

過去あったそういうものを否定しているわけではありません。

そういうのが必要だった時も確かにあったと思うのです。

しかしながら、昨年から今年にかけて、時代は確実に変化したので、もうそういうスタイルは波にそぐわないということを言いたいのであり、どうして巷のスピリチュアリストやセラピストを自称する人たちはそのことに気づかないのだろうか?と不思議でなりません。

逆に言うなら、それをわかっていないのなら、その人にどれだけ霊能力があろうと、癒しの力があろうとも、それだけの人ということじゃないの?

あくまでも僕個人の見解ですけれど。

 

もうこれからはスピリチュアルの世界においても、人間関係はフラットでないといけません。

自分を特別だなどと感じさせてはダメなのです。

ということは、誰かに「あなたは覚醒した」と認定してもらうのも笑止ということですかな。

 

僕自身は歯科関係のセミナーや講演会は相変わらず受けておりますが、要はバランスであり、自分から沸き出る疑問を大切にし、マインドを大いに働かせてあれやこれや考えて楽しんでおります。

きっとそのうちに僕独自の診療スタイルが出来上がるのでしょう。

他院との差別化を図るのでもなく、高価な器材を導入するのでもなく、新しいテクニックや材料を駆使するのでもなく、これから先にある当院独自のスタイルは僕の疑問と解決から出てくるのです。

それこそが創造ですよね。

 

”知らない、わからない”というのは楽しいことなのよ。

そこからすべては始まるの。

だって宇宙がそうだったんだもの。

2012.1.25

見てるのに見てない~You do see,but who knows?~

皆さんは3連休?

僕は土曜日午前中が仕事で午後と日曜日がセミナー受講。

昨日は一日中資料整理して終わり。

 

”きゃりーぱみゅぱみゅ” が言えないカッパですぅ。

 

僕の年代的には、ジューシィ・フルーツを初めてザ・ベストテンで見た時くらいの衝撃です。

「なんじゃ!コイツは?」

 

去年11月あたりから、やたらと「宇宙人はいるのか?」で検索している人が来るので、それに対して少々コメントを。

僕は随分以前から気がついていましたが、おそらく宇宙人を見ていない日本人はいないと思いますよ。

だってテレビCMに出てるもん。

何って、缶コーヒーの宣伝にモロにそのていで出てんじゃん。

わたし宇宙人で、地球の調査に来てるって本人がのたまわってるのよ。

それ程あけすけにしていても皆気づかないもんだから、最近ではいい気になってズボン脱いで茶の間に向かってお尻ペンペンくらいの勢いでやっとりますな。

 

・・・・嘘ですよ。

僕のたわ言ですよ。

一切、責任とりませんよ。

 

とはいえ、こういったことを目の当たりにしておきながら、宇宙人がいるのかどうか検索するというのは如何なものでしょうね。

 

見ているのに見えていない。

そういうことが多いのじゃないでしょうか。

 

こんな記事に附属させるのはどうかと思いますが、今月大阪で金城初子さんのお話会とディクシャ会が開かれるそうです。

興味のある方はこちらを見てください。

http://kokucheese.com/event/index/52087/

 

いまだに成人式が1月15日でないのに慣れないカッパでした。

では。

2013.1.15

リンギング・シダー ~Ringing Cedar~

以前からの読者の方は、こう飛び飛びで更新されると戸惑われるかもしれませんが、まあ、今はこんなところです。

僕は子供たちの自殺の報道を見るたびに、〇〇の責任とかではなく、そこまで悩んでいることを親に相談できなかったことこそが問題ではないかと思うのです。

昨年の新潟での講演の際に、子供は親の鏡を演じており、親が足りないところ、捉われている部分を見せてくれていると話しました。

そして、親がそのことに気づけば子供はその役割を果たし終わり、自分の道を歩みだすとも言いました。

そこで、ふうさんが不登校になった時に僕が彼女の気持ちをわかってあげていなかった、心に寄り添うことができなかった、彼女が僕に心から悩みを伝えることがなかった等々に反省させられた旨をしゃべりながら、「あれ?ていうことは、僕は未だに子供たちに鏡を演じられてるってことですよね・・・・・・」

講演しながら、演者が自分の話で気づいてメチャクチャにへこむという何とも間抜けな姿を晒したのです。

 

今年になって、患者さんが多いわけでもないけど、僕は結構バタバタしています。

だんだん患者さんに話している時間が長くなってきました。

たった一カ所の虫歯であっても、それが出来た原因があるわけで、口の中の状況や噛み合わせのこと、身体の歪みなどを説明していると、患者さんは納得されますが診療は滞ります。

でもそれらの関連性を理解してもらうことがすごく大事だと思うわけです。

そして口の中で起こっている現象の裏にある筋肉や骨格の歪みを頭の中でアレコレ考察していると、頭の中も結構忙しく働いております。

ですので、大した仕事もしてないのに診療が終わるとかなり疲れてしまいます。

ちなみに、意識で行うセルフヒーリングはその後も100%出来ておりますので、これが他の人にも出来れば凄いよなあと思っておる次第です。

本当に筋肉や骨が動くからね。

身体の歪みを取ることは非常に重要ですね。

 

でも、大切なのはその修正された身体を維持するために、普段の姿勢や生活習慣を正すことであります。

こういったことも患者さんにアドバイスしたりしておりますと、お金に一切ならない時間がどんどん過ぎていくわけでして、それもまあ仕方がないなあと思わないとやってられません。

患者さんに提案するストレッチやちょっとしたトレーニングなどもすべてお金がかかりませんので、結局は健康になるためにお金をかけるのはちと違う気がするのであります。

ただし、身体の歪みに多大な関連性を持つ噛み合わせに関しては歯医者の出番です。

でも正確な診断の元に、適切な必要最小限の介入に留めないとね。

 

リンギング・シダーとは「アナスタシア」の中に書いてあったシベリア杉のことで、ある時期になると今までに地球上で貯めた記憶・情報を宇宙に返すために、枝の先から空に向かって光線を出すそうです。

その時に耳を澄ますと独特の音が聞こえるのですって。

そしてまた宇宙から大地に情報が降り注ぎ、それを樹木が吸い上げていく。

これを長い時間をかけて繰り返していくのね、森林全体として。

シャスタ杉群

この話を読んで、ふと思い出したものがあるのです。

シャスタ山でトレッキングした時に、同行していた女性があとから送ってくれたデジカメで撮った写真のコピー。

(下の図。右は僕が撮った普通の写真)

シャスタ杉.jpg

これは杉なのか何なのかわかりませんが(ちなみにシダーとは針葉樹の総称みたいです)、確かに先端から空に向かって光線が出ていますね。

他の樹からも数本出ています。

ちなみに左上の白い部分は異次元の扉という話もあったりなんかして。

スゴイね。

実は僕もこの時、樹々の写真を撮ったのですがこういったものは一切写っていませんでした。

オーブを撮ろうとしてもあまり写りません、僕の場合。

これは撮影する人の意識を反映するので、結構へこみます。

で、これを撮影した女性はシャングリラからの伝言に興味を示されたのですが、僕に言わすとその女性は存在そのものが癒しになるのに、どうして他から知識や智慧を聞こうとするのか不思議です。

こういう女性にはこれまでにたくさん出会いました(不思議と男はいない)

始めに言葉ありきではありますが、所詮言葉などという制限のあるものを操るのには限度があるのでして、そういうことしている分にはまだまだレベル低いのでおます。

ただいるだけで癒されるってな方がスゴクね?と思うんだけど・・・・・。

2012.1.10

オススメの本とオススメでない本

昨年の話で恐縮です。

大晦日、いつものように午前中に大阪駅前第三ビルの竹生庵さんに年越しそばを取りに行きました。

そしていつものように、なんばウォークにある蓬莱で肉まん6個を買い求め、近鉄電車に乗って帰る前にトイレに入りました。

少しシャツの裾を直したかったからです。

唯一空いていたの方に入ったら、便器が多量のトイレットペーパーで詰まっており、溢れる寸前。

”ンコ”はなかったのですが、ここしか空いてないので仕方がありません。

蕎麦と汁・薬味は別々の袋に入っており、それに肉まんの袋をトイレのドアの内側のひっかけに吊るしました。

と、思ったら、袋がひとつ落ちてしまって薬味が飛びだしかかりました。

「うわぁ、やめてくれぇ~」

思わず声が、そりゃ出ます。

ギリギリセーフだったのですが、シャツの裾も直して、トイレから出る前になんでそういう気になったのか、詰まってるペーパーを流そうとしてレバーを足で押してしまったのです。

もうおわかりでしょう。

紙は流れることなく、便器から溢れだす清流。

扉の下から外に向かっていくのを見て、申し訳ないけどその場から逃げだしました(笑)

 

アナスタシア.jpg奈良駅に着いてそのまま帰宅するつもりが、なぜか気になって啓林堂(本屋)へ立ち寄りました。

”美味しんぼ”の最新刊でも出てないかなと思ったのですが、ないので、もう絶対に読まないつもりだった精神世界コーナーへ行きますと、最初に目に飛び込んできたのがコレ→

以前、いやしの村だよりの中で中西研二氏が勧めておられた本です。

どうして今、目の前にあるの?

 

 

シャンバラからの超レッスン.jpg棚のすぐ横を見ると、(僕の嫌いな)中丸薫女史の新刊を挟んで何と!ペガサスさんの新刊も出ているではあ~りませんか。

出るとは聞いていたけど、今、ここで見つけますか~!?

実際に流通し始めたのは12月7日だそうですが、本には12月31日、つまりその日に発刊と書いてある。

う~ん、、、、買っちゃえ。

どうでもいいけど、この編集者やたらとタイトルに“超”ってつけてねぇか?

 

アナスタシアはスピリチュアル好きなあなたに、お勧めします。

人間が本来どう生きてきたのかを思い出させてくれます。

ペガサスさんの本は、かなりイッチャッテるので、お勧めしません(笑)

ペガサスさんのことをよくご存知の方や前作を読まれた方には一応お勧めします。

僕も嫁さんも読んで面白かったです。

一時期行方知れずだった気もするので、見限った人も多いことでしょう。

僕は市川市でのシャスタの篠原さん夫妻とのコラボ講演会で、肩を抱き合って写真を撮ったこともあり、どうしてるのかなぁと思ってましたが見事に復活ですな。

 

元旦の朝、以前うちで勤めていた衛生士さんがやっと結婚した旨の年賀状が届きました。

結構ええ歳です。

藍が「〇〇ちゃん、子供生まれるかなぁ?」

嫁「そりゃできるじゃろ」

慧「できるでぇ。アレしたら」

・・・・・・・・。

2013.1.5

女神は微笑む

年賀013

2013年、院長ブログは”新・カッパのサンポ”としてスタートします。

この元旦を日本一幸せな気分で迎えている男がいます。

それは暮れの30日に競輪グランプリ2012を制して、一発勝負一億円の賞金を手にした京都の村上義弘選手(73期)です。

そう、新・カッパのサンポ”はスピリチュアルではなく競輪の話から始まるのです。

わからない人も一応読んでね。

 

この男くらい競輪道に真摯にいそしんでいる人はいないでしょう。

ですから車券が外れた人でさえ、雨の京王閣の4コーナーを村上が先頭で周ってきた時、思わず大声あげて応援したのです。

写真判定の末、村上の優勝が決まった瞬間、涙を流した競輪ファン、そしてプロの競輪選手は数知れず。

僕もその一人でした。

超一流の競輪選手の中でも村上選手のファンだと公言する人は多いのです。

それくらい彼の競輪に対する姿勢は人の胸を熱くするものがあります。

 

レース自体は佐藤友和(岩手)の大ボケが誘導員に接触して車体故障するというヘマをしでかしたおかげでメチャメチャになりました。

その原因を作ったのが自分ではないかと思った一番人気の武田豊樹選手が集中力が切れたため、皆の予想はことごとく外れたことでしょう。

僕も一応ファンである村上選手の頭は買っていましたが、いくらなんでも武田が3着までに来ないことはないと思い、そこから流していましたのでアウト。

3連単8万円越えの大荒れです。

ところが、僕はその前の京王閣競輪第10R、寺内大吉杯決勝の4万車券を的中していたので、財布の中はヌクヌクでした。

そいでもって最終のグランプリにちょっと賭けたことがないような金額を投入してハズレ。

でも、まだ余裕で浮いておりました(ヘッヘッヘッ)

おめでとう!村上義弘選手!!

魂の走り、しっかり見届けました

 

ところで、村上選手は12月に入ってから練習中の事故でに肋骨を2本骨折しておったのです。

ふつう、考えられません。

先行するあの強い深谷知弘選手を2コーナーからその状態で捲りきるなんて、あり得ないです。

何があっても他人のせいにせず、結果はすぐに出なくても常に自分を高めるように人一倍努力していた者には必ず勝利の女神が微笑むのですね。

 

ということで、2012年の反省を踏まえ、2013年の新年の誓いは”相手が(心から)欲しいものをわたす” です。

そしてそれに対して相手が喜んでお金を払ってもらえるように。

とかく、僕たち歯科医は勉強したこと新しく学んだことを、もちろん患者さんのために良かれと思ってやるのですが、多少無理くりやりたがります。

そうすると後でえらいしっぺ返しがきます。

今は現実化が早いので上手くいくことも、しっぺ返しもすぐさまやってきます。

そして、村上義弘選手のように、今一度、真剣に歯科医学に向き合うために勉強します。

 

この勉強というのが曲者で、往々にして成書や論文を読んだり、セミナーを受けたりするのが勉強と思われますが、それは単に情報を収集しているだけ。

他人の話を聞いたところで、所詮それだけのことなのです。

本来は自ら現象を観察して、疑問に思って考え、無理に答えは出さず閃くのを待ちながら、閃くための準備として、あるいは考えた仮説の裏付けとして論文を読む。

それが正しい科学者の在り方です。

僕はかつて大学院時代にかなりハードワークをしまして、それで一生分のシビアな勉強はしたかなと思っていたのですが、その貯金はすでに使い果たしてしまいました。

51歳を前にして、今一度自分を追い込んでみます。

そしてそれが必ずや歯科界のためになると信じています。

自分の診療だけのためやったら、やらへんからね、そんなもん。

 

その一環として2月から歯科医向けの噛み合わせのセミナーを開きます。

考えてみれば、44歳になってからずっと何か新しいことを始めるのがすべて2月の誕生月からでした。

 

今年も自家製の蒟蒻や蒲鉾の入った手作りおせち、自家製味噌に為ちゃんキャンプで子供たちが搗いてきたお餅の入ったお雑煮、藍がお世話になってる萌叡塾の谷ちゃんが作ってくれた竹の祝箸、寺田本家の御屠蘇で家族全員そろってお正月を迎えることが出来ました。

 おせち2013.jpg

祝箸2013.jpg 

慧年賀2013.jpg

朝、食堂に降りて行くと慧が三日がかりで作った年賀の垂れ幕がありました。

さすがにビックリしたのですが、一人では天井に貼れないので、朝四時に嫁さん起こして一緒に作業したそうです。

(五時だとふうたちが起きてくるから・・・・)

インドのバガヴァンは2012年のミッションが終わったら、ワンネスユニバーシティを解散するって言ってたのに、まだ当分人々を覚醒させ続けるそうです。

まだミッション途上ということなのでしょう。

僕個人的には、マインドを既成概念と訳すのであれば、マインドから自由になることを選びますが、マインドを思考と訳すのであれば、思考を自由自在に操ってものごとを創造していきたいと考えます。

昨年も言いましたが、僕はますますこの物質(化)世界で地に足をつけて生きていこうと思います。

皆さんの新年の想いは何ですか?

きっと叶うと思いますよ。

今から皆で春日大社へ初詣に行ってきます。

あれら2013.jpg

今年も良い年になると信じて、僕たちがものごとの結果となるのではなく、他からの影響を受けるのではなく、僕たちがものごとの原因となるように、他に影響を与えるように。

本年もどうぞ宜しくお願いします。

2013年 元旦

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